白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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25話*消えた少女

 

 

 

 

 

 

 

 

─いつまでここにいるんだろう。

 

 時間の感覚は消え失せ、思考が少しずつ鈍っているように思う。籠の外には空と青々とした緑が広がるばかりで、たまに小鳥が訪れる以外はほとんど変化はない。

 

 アスナは宛がわれたベッドに仰向けに寝転がり天を仰いだ。

 

 そもそも鳥籠と言うのが悪趣味だ。

 気が付けばエルフの様に尖った耳に変わり、まるで踊り子みたいな心許ない服を纏っていた。極めつけは背中の翅だ。自分の意思で出し入れ可能…とは言え違和感しかない。

 

 キリトとセツナがSAOをクリアした。

 

 その記憶が確かならば本来自分は現実世界に還っている筈。それなのにこんなところにいる。…その答えはおぞましい呪いのような言葉で伝えられ知ってはいる。

 

 生きるも死ぬも()次第。

 

 心底嫌いな()()()に自分の命が握られているなんて我慢ならない。…いっそのこと自分で命を絶ってしまえれば楽になれるが、そうするにも武器はないしステータスを見る限り今の自分にHPの概念はない。それに、セツナが命を張ってあの世界から解放してくれたのに、そんなことをしては申し訳がたたない。彼女の分まで生きなければならない。だからまだ絶望するわけにはいかない。

 

 どうにかアスナの心を繋ぎ止めているのはただその思いだけだった。だからそれはそんな彼女には聞こえる筈のない声だった。

 

 

『…………………!』

 

 

 その微かな声にアスナはベッドから飛び起きた。

 気のせいかと思うほどの僅かな響き。2度目がないか聴覚に全神経を注いだ。

 

 

『………ぁ…な………!』

 

 

 今度は確かに聞こえた。

 

「セツナっ!!」

 

 気が付けば自分も呼び返していた。幻聴でもお化けでも何でも彼女の声には間違いない。

 

 

『………アスナァ…………!!』

 

 

 段々必死な色が濃くなる彼女の声に、自分の声が届いていないことを悟る。声の方向は下。どうにか声が聞こえていることだけでも伝えたい。アスナはベッドの下に隠しておいたものを抜き取ると、願いを込めてそれを落下させた。それは、一度セキュリティパスを盗み、脱走した際にコンソールから抜き取った銀色のカードキーだった。鳥籠はアスナが脱出出来ないように一切の物を通さないように出来ていた。しかしそのカードキーだけはこの世界にとって異質なもの。だからか鳥籠の隙間をあっさりとすり抜け、落下していった。

 

「良かった…。」

 

 カードキーがセツナのもとに届くことを願い、アスナはそこに希望を抱いた。もし、彼女が生きてこの世界にいるのならば、何か起こるかもしれない。いつだって不可能を可能にしてきたのだから。

 

「何が、良かったのかな?」

 

 セツナの声に夢中になるあまり、背後への警戒をすっかり忘れていた。そこには今の出来事を知られてはならない人物が立っていた。

 

「…すっ…須郷さん…!」

 

―――最悪……

 

 それはアスナが毛虫のごとく嫌う、アスナをここに閉じ込めた張本人、須郷伸之だった。

 

「不粋だなぁ。ここでは妖精王オベイロンだと何回も言っているだろう? ね、ティターニア。」

 

 ねっとりとした芝居かがった語り口で、口元には笑みを浮かべながらも目は笑っていない。そして、アスナが今まで見詰めていた方向をじっとりと見据えた。じっとその場を見た後、彼は手を振り、メニュー画面を開く。

 

「これはこれは…。」

 

 そして楽しそうにその画面を操作し終わると、高笑いを上げた。

 

「アハハハハハハハ! なんたる僥幸!! 探していたものをこんな風に見つけるなんてね。」

 

 こんな風に狂った様に笑うのはアスナがここに来て初めてだった。これが本性……。拒絶以外の感情は浮かばない。その場に尻餅をつき、彼の様子を窺うことしかできずにいると、急に空間にヒビが入るのを感じた。

 アスナはそのエフェクトを知っていた。自分も何度も使った、転移結晶でプレイヤーが現れる時の兆候だ。

 

─――まさか……

 

 たった今希望を託した筈だったのに。それがこんなにもすぐ打ち砕かれるとは。

 アスナの予想通り、空間には白髪の少女。あの頃とは違うがやはり青基調の服装で姿を表す。開かれた目が赤いことを確認し、たった今話していたのはやはりセツナだったことを実感すると共に、申し訳なさや失望やら負の感情に包まれ何がなんだか分からなくなってしまった。

 セツナはそのままキレイに着地をすると辺りを見回し、背中から剣を抜いた。

 

「ここは!?」

 

 自然に臨戦態勢になる彼女。須郷―――オベイロンはパン、パンパンパンパンと渇いた音を立て、手を叩き賛辞を送る。

 

「やぁ、初めまして。セツナくん。世界樹へようこそ。」

 

 男のその言葉に剣を握る手を緩めないままセツナは向き直る。

 

「……あなた、誰。」

 

 元々吊り気味の目をより吊り上げ、セツナは抑揚の無い声で答えた。

 

「うーん。それは良くないね。消してしまおう。」

 

 セツナの言葉には答えず、須郷がマイペースにウィンドウを操作すれば、セツナの握っていた武器が瞬時に消え去った。構えていた彼女は武器に乗せていた分の重心からバランスを崩し、その場に崩れ落ちる。

 

「…ゲームマスター…。」

 

 そんなことをできる人間。セツナの口から出たのはそれだけだった。須郷はますます楽しそうに口元を歪めた。

 

「ははっ、流石高名なゲーマーなだけはあるね。そう、僕は妖精王オベイロン。君たち風に言えばこのALOのゲームマスターになるのかな。」

「…なぜ私をここへ?」

 

 起伏のない声で続けるセツナに須郷の、眉がピクリと歪む。アスナはそんな二人の様子を見守ることしか出来ない。

 

「……可愛くないなぁ。君たちはどうしても僕の思い通りにはならないみたいだね。すぐにでも実験したいところだけど、流石に移行には時間がかかりそうだし、暫くはここにいてもらうよ。」

 

 機嫌を損ねたらしい須郷はセツナとの会話を諦めて、そのまま足早に鳥籠を出ていってしまった。取り繕ってはいたが、足音に荒々しさが滲み出ており、何よりそれが苛立ちを表していた。

 

 セツナはそんな須郷を呆然と見送ると、ようやく振り返った。

 

「アスナ……!」

「セツナ……生きていたのね。」

 

 アスナには、聞きたいことが沢山あった。SAOでHPが全損したのを確かに見たのに、セツナはここにいる。それに、希望もないまま約1ヶ月過ごした。そんな中出会えた希望。油断をすれば涙が溢れてしまいそうなぐらいだ。しかし、それはセツナの眼差しに遮られる。

 

「……まぁね。私にも分からないことだらけなんだけど。それよりアスナ、状況を整理したい。」

「えぇ。」

 

 アスナの返事を待って、セツナは部屋を見渡し、外を眺めた。

 

「アスナがいるってことはここは世界樹の上で、鳥籠の中ってことで良いのね?」

 

 まるでプロファイリングでもしようかと言うような様子だ。ついさっきまで諦めかけていた脱出の望みを彼女はどうにか繋いでくれそうに思えた。

 

「…世界樹と言うのね。それで良いと思うわ。」

「ゲームマスター―――あの人は何?」

 

 セツナの射るような視線に思わず怯みそうになる。しかし大切なことだ。きっと何よりも。アスナは頷き答える。

 

「あの人は、須郷伸之。レクトのフルダイブ部門の技術主任よ。」

「……なんでそんな人がアスナを?」

「……うちの父がレクトのCEOで……彼は父のお気に入りなの。私の意識が戻らないのを良いことに、私と結婚してレクトを乗っ取るつもりなのよ。」

 

 アスナがここにいるのは完全に彼の欲望に因るものだ。目的のためなら手段を選ばない。利己的で狡猾―――自尊心の高いあの男がアスナは大嫌いだった。そんなことにセツナを巻き込んでしまったようで少し気が引ける。

 

「ふーん…。でも、なんで私を知っていたんだろう。」

 

 ただそれはセツナの欲しい情報ではなかったようで、関心がなさそうにセツナは再び外を眺めた。

 

「アスナが幽閉されてた理由は分かった。だけど私まで閉じ込める理由は無いわよね。」

「……そうね。」

 

 セツナの言うことは尤もで、須郷の行動に疑問符を並べる。しかしアスナは直ぐにあのおぞましい実験を思い出した。

 

「あの人…実験って言ったわよね。セツナももしかしたらあんな風に…!?」

 

 そして1人震えた。須郷が行っていた非人道的な行為。名前も知らないプレイヤーたちが酷い状態に置かれているだけでも怒りが収まらないのに、それをセツナが受けると思うと恐怖でどうにかなりそうだった。

 

「アスナ? 何を知ってるの?」

 

 アスナの変化にセツナが戸惑うのも無理はない。あの事を知っているのはアスナと須郷をはじめとしたレクト・プレグレスの一部の研究員だけなのだから。

 アスナは一呼吸おいて、ゆっくり口を開いた。

 

「……セツナ、SAOからログアウト出来ていないのは私たちだけじゃない。約300人もの人がまだ現実世界に還れてないのよ。」

「どういうこと?」

「彼は……SAOサーバーのルーターに細工をして、自分の実験のために、ログアウトする筈だったプレイヤーたちをここに監禁しているの。」

 

 アスナは脱走した時に目にしたおぞましい光景をセツナに話す。人間の脳が並ぶ空間。捕らえた人たちに感情や記憶の操作を行っていたこと。決して許される筈のない神をも恐れぬ行為を。

 

「………………。」

 

 それを聞いてセツナは俯いた。ただ、それは恐怖に因るものではなく、何か思い当たる節でもある様子だった。再び顔を上げたセツナの表情はまた強いものに戻っていた。

 

「……あいつが、見た目よりもクソヤローだってことはよく分かった。だったら尚更屈する訳にいかないわね。」

 

 セツナは籠の縁まで歩くと、格子の隙間から体を出そうと試みる。しかし何かの障壁に妨げられ、それは叶わなかった。ただそれを意に介した風はなく、純粋に確認したようだった。

 

「幸い、私たちにはアスナが落としてくれたカードキーがある。後は、信じるしかない。」

「どういうこと?」

 

 アスナは、セツナがここに来た時点で、カードキーに託した願いは潰えたのだと思っていた。しかしそれはどうやら違うようで、

 

「あれはユイちゃんがきっとキリトに届けてくれる。だから大丈夫。」

 

 落胆していたアスナを尻目にセツナはしっかりと不敵な表情で笑って見せた。そんなセツナにアスナは驚きを隠せない。セツナがここにいるだけで奇跡だと思ったのに、強い希望の名前が出るなんて。

 

「キリトくんもここに来てるの?」

「うん。それはアスナのお陰。」

「え?」

 

 自分のお陰と言われ、さっぱり訳がわからなくなる。

 

「さっきのでハッキリしたけど、私もアスナと一緒みたいね。アイツに作為的にここに連れてこられたからずっとログアウト出来ないでいたの。」

 

 セツナの言葉には驚かされてばかりだ。望んでここに来たわけではない。そして漸く須郷の台詞が繋がってくる。

 

「……キリトは私を探してくれてたみたい。そしたらアスナがここにいる画像を拾ったみたいでね。」

「それでキリトくんもここに?」

「うん。まぁ尤もキリトは現実に還ってて正規ルートで来てるから、今はログアウトしてるけど。」

「はぁ……。」

 

 約1ヶ月閉じ込められている間になんと言う超展開。目まぐるし過ぎて言葉を飲み込むのがやっとだった。

 

「運良くキリトと再会出来たけど私も1ヶ月ぐらいは1人で還る方法を模索してたの。…閉じ込められてたアスナに比べたら些かまっしだと思うけど。」

 

 それで現れた時はあんな出で立ちをしていたのかと、色々なパズルのピースが埋まっていく。

 

「状況は良くないけど、ゲームマスターが分かったならやりようもあるかもね。」

「どうするの?」

「それを今から考えるの。時間だけはあるんだから。」

 

 セツナの無茶が頼もしく感じる。SAOでボス攻略会議をしていた時みたいだ。自分には思い付かない突拍子もないことをいつも言い出す。この状況下、何よりも強い希望になりそうだった。

 不謹慎ながら、アスナはセツナが共に囚われたことに感謝した。

 

 

 

 

 




さて、久しぶりに短いスパンでの投稿です。
タイトルの傾向で私が今やっているゲームがわかると思います 笑

セツナの最後の台詞は私の台詞ですね。
さぁここからどうしよっかなー 棒

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