白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

88 / 104
26話*現実と幻想の狭間①

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

 ログインするなりユイが血相を変えて文字通り飛んできた。

 

「よぉ。どうしたんだよ慌てて。」

 

 睡眠と食事を取り、情報収集をし…と言っても何も成果はないが、ようやく戻って来て、さぁ攻略だ! と意気込んだ矢先のことだった。

 キリトは両手を頭上で結び、左右に捻ると体がバーチャルに適応した気がした。現実世界での体の不自由さにはまだ慣れる気配がない。

 

「そんな呑気な起動シークエンスはいいんです! 大変なんです。お姉ちゃんが…。」

 

 のんびりとしたキリトに対しユイは一気に捲し立てたかと思えば、セツナのことを口にした瞬間、語気を落とした。

 

「…セツナに何かあったのか?」

 

 当たり前のように一緒に攻略を開始するつもりだった。何か起きるほど時間を空けたつもりはないし、この状況で無茶をする程セツナもバカじゃない筈だ。

 予想外の出来事にキリトの表情も引き締まる。

 

「……消えてしまったんです。私の目の前で……。」

「消え…た……?」

 

 涙ながらにユイが口にした出来事が、キリトには全くもって理解できなかった。

 

「消えたってどういうことだよ!!」

 

 そしてようやく出会えたと思ったのに、見付けたと思ったのに…その思いから言葉は荒くなる。彼女にあたったって仕方がないってことを理解しながら。

 

「私にも分からないんです。」

 

 泣きながら(かぶり)を振られてはまるで自分がいじめているかのようだ。焦りと苛立ちを抑えるためにキリトは目を閉じ、大きく深呼吸をした。

 

──やるべきことはセツナを助ける。それだけだ。

 

 そして1つ、揺るがないことを確認し、ユイの頭を撫でた。

 

「ゴメンな。怒鳴ったりして悪かったよ。俺たちと別れた後に何をしたか教えてもらえるか?」

 

 柔らかいトーン。それでいて瞳に宿す意志は何よりも強い。キリトの様子にユイもコクりと頷き、引き締まった表情を作った。そして語り始める。

 

「私たち、世界樹の様子を見に行ったんです。…そこにはいつかお兄ちゃんが見せてくれたアスナさんの鳥籠と思わしきものがありました。」

「アスナの?」

 

 ユイの口から出てきた人物は意外なもので、キリトは目を見張る。

 

「お姉ちゃんはアスナさんに強く呼び掛けました。限界高度からでもとっても遠かったですけど…。」

「…アスナから返事はあったのか?」

 

 キリトの問いにユイは首を横に振る。

 

「いいえ、その代わりにこれが。」

 

 ユイが取り出したのは銀色のカードキー。無機質でこの世界に似つかわしくないそれをキリトはつまみ上げる。

 

「これは…? セツナの呼び掛けが聞こえたと言うことか。」

「おそらくはそう考えられます。そのカードは何かのセキュリティキーですね。この世界のアイテムではありません。」

「─―なるほどね。」

 

 キリトは世界樹を見上げた。

 グランドクエスト云々でなく彼女を助けるためには上に行くしかない。ゲームクリアが曖昧な中、グランドクエストを挑むよりは余程分かりやすい。やることは同じでも、道筋の濃さが違う。

 

「お兄ちゃん…?」

「予定通り攻略だな。それ以外に世界樹を登る方法は残念ながら分からないからな。」

 

 いくらでも時間はある。そう思っていたが、こうなっては猶予はあまりなさそうだ。囚われているアスナに拐われたセツナ。何者かが作為的に行っているのは明らかだ。目的は分からないが有名プレイヤーである二人が揃ったことで、事態が動く可能性が生じる。

 しかし…

 

「…焦って余計な時間を使うのもな。リーファたちに連絡するか。」

 

 すぐにでも世界樹に飛び込みたい衝動を抑え、キリトはどうにか冷静な判断をしようと拳を握りしめた。

 キラキラと陽の光を反射する世界樹の葉。たゆたうそれが美しいばかりに憎らしい。遥か上空を睨み付け、そこで彼女たちが無事でいることをただ願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うん。」

 

 その遥か上空。右手を縦に振り、セツナは何度も頷いていた。

 

「どうしたの?」

 

 神妙な面持ちの彼女にアスナは首をかしげる。

 

「だぁめだわ! あれが一番使いやすかったんだけど無くなってる。」

 

 そう言いながら彼女は一振りの槍を手にした。

 あれ、と言うのはアスナの前に姿を現した時に手にしていたソレだろう。大剣でありながら、真っ直ぐに上下に伸びた様がどこか細身のフォルムに思わせた。アスナにも覚えがある、SAOの中層辺りで彼女が愛用していたものにどことなく似ているものだった。

 セツナは手にした槍を左右に振ると一つ頷いた。

 

「ま、武器装備ができない訳じゃないことに感謝するかな。」

 

 アスナにはHPの概念がない。そしてウィンドウを開いてもアイテムストレージは存在しなかった。ただセツナのそれは変わっていないと言うことは、この空間が特殊なのではなく、アスナの設定がいじられていることを示していた。

 ただそれは、

 

須郷(あの人)に通用するのかしら…。」

 

 彼はGM(ゲームマスター)。茅場晶彦がそうであったように破壊不能物体(イモータルオブジェクト)に設定されている可能性は少なくない。つまり、いくらセツナが武器を装備しようと彼には届かない可能性が高い。しかしそんなことはセツナも知るところで、

 

「別に戦おうって言う訳じゃないわ。無いと落ち着かないだけよ。…これからダンジョン攻略に向かうんだから。」

 

そう口にすると片頬だけを上げて笑った。

 

「…ダンジョン攻略?」

 

 突拍子もないその言葉にアスナはポカンと口を開く。

 

「えぇ。そもそも試してみたけどここじゃ魔法は使えないみたいだし、まともに戦えるなんて思ってないわ。ただ、ここにいても始まらないでしょ。だから出掛けなきゃ。」

 

 カツンと槍が音を立てる。垂直に立ったそれとセツナの姿勢がシンクロする。魔法だとか戦うとか突っ込みたいところは他にもあれど、何より気になるのは1つ。

 

「出掛けるって…。」

 

 そう言われてもここは鳥籠の中。出入口は閉ざされている。ポツリと言うアスナにセツナは大仰に肩を竦める。

 

「アスナ、一回脱走したんじゃなかったの?」

「そりゃぁそうなんだけど…。その時とはパスコード変わってるし…。」

 

 セツナに首をかしげられてもこちらが首をかしげたいぐらいだ。セツナがどうしようとしているか理解できてもその先が見えない。するとセツナはあっけらかんと言い放った。

 

「あら、アスナ様とあろう方が甘いわよ。そんなのさっき盗んでやったわ。」

 

 あぁこの子は…。

 その台詞を聞いてセツナがどういう人間だったかどうやら忘れかけていたことに気付く。規格外。自分の常識で測ってはいけない。VRMMOの申し子。アスナよりも遥かに根っからのゲーマー。どんな事態であろうと攻略を目指す。確かに、そんな人間だった。

 

「…そうね。どうやらこの一ヶ月で随分と鈍ってしまったようね。」

 

 そう言われて気弱になっていってしまっていた自分に気付く。武器を奪われ、動きを奪われ、希望を摘み取られ…そして気付かぬうちに思考まで鈍らされていた。あの非人道的なモノを明るみにしなければ。同じ陰謀に巻き込まれている彼女の希望が消えていないのだからそれを守らねば。

 アスナの表情(かお)を見てセツナは再び片頬だけを上げ、笑みを浮かべた。

 

「そうこなくっちゃ。」

 

 そして廊下側へ歩を進め、パネルに向き合う。

 

「ゲーム慣れしてないやつはどこに穴があるか分かってないわよね。遠いから見えないと思ってたら大間違いなんだから。」

 

 セツナは須郷()が去って行った時に入力したパスワードを迷いなく入力する。アスナが一度そうしたように。

 

「ねぇ、セツナ。」

 

 自動ドアがゆっくり開き始める。

 

「何?」

 

 以前脱出した時は何も感じなかったのに、まるであの頃の、フロアボスに挑むような瞬間に思えるのは、セツナが一緒にいるからだろうか。

 

「私にも…何か持てるものないかしら。」

 

 だからか、アスナは自分の手に何もないことになんとなく不安を感じた。するとセツナは少し考えた後、右手を振り、簡素な剣を取り出した。

 

「アスナにはアイテムストレージがないからどうなるかちょっと想像もできないんだけど…。」

 

 間近に見ると本当に簡素。セツナは軽々とした手つきでそれをアスナに手渡した。

 

「えっ…。」

 

 しかしそれは予想もしない重みでアスナを襲った。恐らく初期装備であろうそれ。いくらSAOでアスナが筋力よりも速さ重視のビルドだったとはいえ、レベルとしてはトップ10に入っていたはず…そもそもSAOでのステータスが関係なくとも初期装備がこんなに重く感じるとは…。

 

「やっぱりなぁ…。」

 

 セツナの呟きが身に刺さる。

 

「武器とかが持てるようにはなってないみたいだね。」

 

 装備をすると言う概念がないため、アスナにとってそれはただの鉄の塊に成り果ててしまうようで、現実で剣など持ったことはないがSAOはやはりゲームの世界で、装備品にはそれなりの考慮がされていたことが分かる。

 それでも無いよりはましかとアスナは剣を構えようとするも、構えることは出来ても、とてもじゃないがあの頃のような動きは出来そうもなかった。…それどころか構えるのが精一杯…と言うのが正しい。

 

「…ありがとう。諦める。」

 

 少しの名残惜しさはあるが、足手まといになるのはごめんだ。アスナはそれを床に突き立てた。セツナのように軽々と手渡すことは出来なかった。

 セツナは軽く頷くとそれをまたアイテムストレージに格納する。どちらにせよ戦闘が出来ない可能性が高いため、あっても気休めに過ぎない。

 体を被うことすら対して役に立たない衣服に丸腰。心許ないがHPの概念のないアスナはそもそも破壊不能物体(イモータルオブジェクト)の可能性だってある。セツナには申し訳ないがアスナは自分にそう言い聞かせ、小さく頷いた。

 そんなアスナの様子を見て、セツナは扉の外へ足を踏み出した。

 

 まるで幹と紛うかのような木の枝に巻き付く蔦。ほのかに輝きを放ち、まさに妖精の世界に相応しい世界樹。傘にでもなりそうな大きさの葉が繁り、かなりの高度を誇るが足元に対する不安は微塵も感じさせられない。…もともとセツナは高所恐怖症ではないのもあるが。

 そんな、状況さえ違えばずっと見ていたいような美しい通路を通り抜ければ、次に待ち受けていたのは、それまでとは真逆のものだった。

 真っ白で無機質な通路は病棟を思わせ、ご丁寧に案内プレートまで据えられている。セツナもアスナもこの2年目にすることのなかった現実世界のそれ。真新しいビルのような空間が広がっていた。

 

「これが…世界樹だって言うの?」

 

 2度目のアスナに対し、セツナは初めて。それにALOを冒険してきてある程度の世界観を見聞きしてきた。そんなセツナには受け入れがたい光景であった。

 

「…セツナ?」

「もし…攻略の先にこんなものあるとしたら…こんなこと…許されないわよ。」

 

 それほどに違和感のある場所。

 全てのプレイヤーが目指している場所だとはとても思えなかった。

 

「…別の空間があると信じたい。それよりも今は自分たちのことを考えなきゃよね。」

 

 自身にそう強く言い聞かせ、セツナは通路の先へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




大分お久しぶりです。
サブタイトルがずっと浮かばず…すると筆の進みも遅いものですね。
サブタイトル=道筋みたいなものなので。

訳あってニート状態なので続きは早めにお届けしたいなぁと。
…随分中途半端なのもありますし。

一部ルビと地が逆になってて草w
修正しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。