白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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27話*現実と幻想の狭間②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナの案内をもとに通路を進む。白く無機質な空間にセツナとアスナの姿は異質で、この場所に拒絶されているかのようだ。

 現実と紛うような場所で手に槍を持ち、金属の装備を纏ったセツナと、薄布一枚のアスナ。違和感しかない。

 

 コツコツ…

 

 ペタペタ…

 

 二人の足音が消えることなく何もない廊下に響き渡る。

 

「セツナそこ…。」

 

 囁かれるようにアスナに言われ、セツナは足を止めた。1枚の自動扉。プレートには《実験体格納室》の文字が書かれていた。字面だけで十分におぞましいそれ。

 

「アスナが前に見たところ?」

 

 セツナが尋ねればアスナは苦虫を噛み潰したような顔で口許だけに笑みを浮かべた。

 

「出来れば見たくない光景だけど…この世界の真実を知るには手っ取り早いと思う。」

 

 そう言われてセツナは小さく頷くと、扉の開閉スイッチを押した。シュンっと音を立て静かに開く扉。その先には廊下とは異なり少し照明の落とされた空間が広がっていた。そしてその中にぼんやりと浮かぶ無数と光。アスナの言うこの世界の真実は直視するには堪えないものだった。

 

「人間の…脳?」

 

 培養ポッドの様なものに格納された人間の脳…正しくはその形をしたもの。それが入り口から奥まで敷き詰められるように並んでいた。

 セツナが振り返るとアスナは固く頷いた。

 

「これは…私たちと同じく未だ現実に戻れずにいるSAOプレイヤーたちよ…。」

「─…まさか…!」

 

 実際に目にしても信じがたい。約300人もの監禁されたプレイヤーたち。そして同時にセツナは恐ろしくなった。不思議と自分はゲーム内で目を覚ましていたが、この中のひとつだった可能性があることに。

 アスナが鳥籠に幽閉されているのは須郷(オベイロン)の意図に因るものなのは疑いようもない。ただ彼の反応からしてセツナがこの姿でいるのは全くのイレギュラーなのだ。本来なら自分はこのポッドにいたのではと思うと背筋が凍る。

 自分の姿と重ね、セツナは拳を強く握りしめた。

 

「…こんなの許されるはずない。ただの人体実験じゃない…。」

「─そうよ。だからこそ暴かなきゃいけない。」

「私たちの問題だけじゃ無いわけね。絶対に脱出しなきゃ。」

 

 セツナの言葉を聞き終わると、アスナは頷き、その中を迷いなく進み始めた。セツナとしては、気持ちの悪いこの空間から出てしまいたい気持ちで一杯だったが、仕方なく後を追った。キョロキョロとポッドを見れば、それぞれ表示が少しずつ違うことが目に入った。《pain》や《fear》などの後ろ向きの感情を示すものもあれば、《happy》や《ecstasy》などの良い感情を示すものもあった。それは与えられている負荷が各々違うからだろう。実験体と言う名の通りの仕打ちだ。いっそのこと手にしている槍で薙ぎ払ってしまいたい。しかしそんなことをすれば彼、彼女らがどうなるかは分からない。感情のまま動くわけにはいかなかった。

 足早に前を歩くアスナの後を追うと、その先には1台のコンソール。

 

「それ…。」

 

 セツナはそれを遠目からではあったが一度目にしていた。…正しくはそれに類するものであるが。セツナから漏れた声にアスナは振り返る。

 

「セツナに託したカードはここから抜き取ったの。でも残念だけど今は無いみたいね…。」

 

 ま、当然だけどね、と溢すアスナ。ゲーム内のアイテムではなかったあれが刺さっていたと言うことは、SAO時代に地下で目にしたもので間違いないと言うことだ。ユイが記憶を取り戻した管理者用のコンソール。ただ肝心のモノがない。キーがなければそれは動かないのだから。自分が鳥籠に転移される前に手にしたあのカード。ユイが持っていることを願うしかない。 

 

「脱出の手段の1つはここってことか。」

 

 それを起動させるものが手元に無いからには他の手段も考えなければならない。…むしろそれがメインになる。こんな特殊な場所に一般のプレーヤーが来れるとは考えにくい。ユイが持っていることを願いつつも、彼女がここに来ることの出来る可能性は極めて低い。

 

「…………!」

 

 セツナがコンソールに触れようとした時、隣でアスナが息を飲んだのが聞こえた。特に変わった行動はしていない筈だとセツナは考えを巡らせたが、直ぐに自分が油断していたことに気付かされた。

 いつもなら―――戦闘時なら反応していたはずのそれ。第三者の気配。《索敵》のスキルとは別に感覚的に分かるもの。セツナが武器を手にアスナの視線の方向へ向き直ると、そこには得たいの知れない物体が居た。

 

「あれぇ? また来ちゃったの?」

「お前パスコード変えたんじゃなかったのかよ。ちゃんとしないと須郷ちゃんに怒られるぞ。」

 

 ナメクジのような軟体の動物が2体。その体と同じく粘り気のある口調に鳥肌がたちそうになる。おまけに粘着質な視線がゆっくりと這ったかと思えば、間をたっぷり使ってソレは言葉を発する。

 

「で、増えたキミは? おかしいなぁ。外から入れるような場所じゃないんだけど。」

 

 答えを知ってるようで、面白そうにケタケタと音を立てる。

 

「キミ、須郷ちゃんが探してた子だよね。見付かったんだ。」

 

 そしてセツナが答える前に別の個体がそう発した。

 

 おぞましい。

 ただそう感じた。

 

「あなたたち…。」

 

 絡み付く遠慮のない視線を受け、背筋に冷たいものが走る。それを誤魔化すかの様にセツナは背負っていた槍を手にした。

 

──キィン…

 

 いつも通りに響く音が少し心を落ち着かせてくれる。2匹の個体は一瞬目を見張った―――とても分かりにくかったけれど―――が、すぐに気持ちの悪い表情に戻った。

 

「そんなもの持ち込めたんだ? でもダメだよ。ボクたちにそんなものは……」

 

 ソレが次の言葉を発し終える前にセツナは手にした槍をそのまま突き出した。しかしビュンッと音を立てて繰り出されたそれが、奴らに届くことはなかった。

 

─パシッ

 

 乾いた音共に現れたのは《破壊不能物体(イモータルオブジェクト)》の紫色のポップと目に見えぬ障壁。そんなことは気にもせず、セツナは続けて手を動かす。

 パァンッと言う音共に、ソレの悲鳴が空間に響く。

 

「なっ…! なんだよそれは!?」

「っ…やめっ…やめろっ…!!」

 

 明らかに怯んだところでセツナは手を止め視線を下げた。

 

「ねぇ。あんたたちが何なのかに興味はないけど…持ってるんでしょ?」

 

 温度のない声。セツナのそんな様子久しぶりに見たなとアスナは一月前までの感覚が揺り動かさせるのを感じた。こんな状況だからか、こんな状況にも関わらずか。文字通り鳥籠の鳥だった一ヶ月間。その懐かしい感覚に喜びすら抱く。それと共にあの頃は当たり前の様に巡らせていた考えが及ばなくなっている自分に驚く。セツナの狙いはここにあったのだ。装備がないと落ち着かない。それも彼女の本心であろうが、通じなくとも威嚇にぐらいは使える、それこそが真意だろう。実際、衝撃が伝わっているかも分からないが、十二分に牽制の役目を果たしている。

 

「俺たちが何を持ってるって?」

「取り敢えずその物騒なものしまえよ。」

 

 その証拠にナメクジたちの語気が明らかに落ちている。あの脳波を測定する機械をつけたならば恐らくは《scare》と表示されることだろう。

 セツナは真っ直ぐに槍を突き出したまま氷点下の視線を注ぎ続ける。

 

「しまうのはあなたたちが出してからよ。─ねぇ、持ってるんでしょ? セキュリティパス。」

 

 そして今度ははっきりと言葉に出して尋ねた。

 見付かってしまったこと自体は決して運が良いとは言えない。ただ、目の前の物体が屈する様であればこれは千載一遇のチャンスになる。目の前にはコンソール。一発大逆転で二人ともログアウトすることが可能になるだろう。

 

「………。」

 

 応えない2体に対して、セツナは再び武器を振りかぶった。

 

「わっ分かったよ! 頼むから武器を下ろしてくれ。」

 

 すると1体が慌てて口を開いた。セツナは向かって左にいた個体を一瞥するとゆっくりと切っ先を下げる。

 

「…あなたたちが出すのが先。それに使えるか試してから。偽物掴まされちゃ堪んないからね。」

 

 いつでも攻撃を繰り出せる足の位置は変わっていない。おずおずと差し出されたカードをセツナは視線を動かさずに後ろに投げた。

 

パシッ

 

 乾いた音がして、それが彼女に受け取られたことを確認する。どうやら反射神経は鈍っていないようだ。

 

「アスナ。それ、使えるか確認して。」

 

 アスナは小さく頷くがそれは2体に視線を向けているセツナには見えなかった。ペタペタという足音が了承の証だ。

 以前、アスナが一人でここに来たとき、押せそうで押せなかった《log out》のボタン。今度こそ…。アスナは手早く前回と同じように画面を開いていく。ブン…ブン…っと小さな音を立てて重なるようにウィンドウが開く。当然のようにその先にあるのは《log out》のボタン。二人をすぐにログアウト出来るよう、アスナは管理者権限のあるそれで、セツナを選択しようとした。

 

「…え……。」

 

 アスナの口から小さく声が漏れる。

 

「…アスナ?」

 

 その違和感にセツナは背を向けたまま声をかける。

 

「ない…ないっ……!」

 

「ないって…。」

 

 "ない"と言う言葉にセツナは槍を握り直した。もし、偽物(ダミー)だとしたらただじゃおかない。しかしアスナが続けた言葉は異なっていた。

 

「…セツナの名前がない。」

 

「私の…名前?」

 

 全くもって意味が分からなくなった。混乱のあまりカランと武器が地に落ちたことにすら気付かない程に。

 

「私とそいつららしき名前はログアウトリストに表示されているの…。だけどセツナの名前は…。」

 

 目の前が真っ暗になるのを感じた。自分は命を拾ったのでは無かったのか。キリトは現実世界に"雪菜(セツナ)"が生きていると確かに言った。名前がないと言うことはシステム的に自分は存在しないと言うことだ。なら今ここにいる自分はなんなのだ。

 理解が追い付かない頭で1つだけ言えることはあった。

 

「…よく分かんないけど…アスナ、あなただけでも…。」

 

 旅をする中でアスナを助けると言う目的もあった。自分の状況が分からないならせめて彼女だけでも。

 

「──そう言うわけには…!」

 

「お願いっ!」

 

 ここまで来て目の前にある現実に眩暈がする。泣き出しそうになるのを堪え、なんとか言葉を投げ出す。帰ることを何より願ってここまで来たのにシステムコンソールでも帰れないならどうすれば良いのか。

 

「…必ず、助けに来る…。」

 

 そう猶予はないためアスナはすぐに首を縦に振った。セツナからコンソールに向き直り、実行ボタンを押す。

 

「──そこまでだよ。」

 

 しかしそれは叶わなかった。

 アスナの手は寸前で何者かに掴まれコンソールまで届かなかったのだ。

 

「─っ………!」

 

 その闖入者にセツナは武器を振るおうとするもそれも阻まれる。

 

「こっ…れは……。」

 

 身に覚えのある感覚だった。麻痺だ。

 

「二人とも良くないね。どうして大人しくしていられないんだ。」

 

 その声に凍りついたのは二人だけでなくナメクジの様な2体もだった。

 動かない不自由な体。セツナは視線だけをなんとか移し、望まない人物をせめて睨み付けた。

 

「須郷……っ!」

 

 浅はかだったのか。

 すぐに固まった体に思考まで奪われていく様だった。

 

 

 

 




と言うわけで…コンソールの機能については多少アレンジぶっ込んでますが…続きます。
ようやくここまで来たので次は多分彼らが登場するでしょう。

SAOPの最新刊どころかSAOの最新刊すらまだ読めてません…涙
でも頑張ってALO編、完結させたいです。

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