白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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28話*偽りの王国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと! 離してよ!!」

 

 ゲームの世界には不釣り合いな、病院の廊下のような空間に少女二人の声が響く。

 

「優しくしていれば付け上がって。君たちは少し反省するべきだ。」

 

 長身の男に引き摺られる様は、さながら人拐いのようだ。

ゲーム内のパラメーターならセツナの腕力はかなり高い。しかし麻痺状態にされてはそれは何の足しにもならない。

 

「反省? 何を言っているか分からないわ。するとしたらあなたの方よ!」

 

 体が動かなくても口が減らないところはセツナだ。あくまで強気は変わらない。語気の荒いセツナに対し、須郷は小馬鹿にしたように言葉を発する。

 

「分かってないね。君の命は僕が握っているんだよ。」

「──どうかしら。私をアスナみたいに拘束しておく必要はないはずよ。あの人たちみたいな実験体として欲しているだけでしょ。…あなた、確か移行には時間が必要だと言ったわね? 出来ない理由があるんじゃないの?」

 

 それはセツナの願望でもあった。確かにここにいる自分。それなのにアスナによればシステム上存在しないものになっている。──だが、そんなはずはない。須郷(オベイロン)によって麻痺状態にされたり、空間移動をさせられたりしている。事情は分からないが、なんらかのイレギュラーでシステムが介在しきれていない部分があると言うことだろう…でないと説明がつかない。

 セツナのその言葉に須郷(オベイロン)は歩みを止めた。

 

「……本当にさっさと喋れないようにしたいものだね。全くもって可愛くない。」

「あなたに可愛いなんて思って頂きたくないから有り難いわ。」

 

 暗に肯定を意味した言葉にセツナは胸を撫で下ろした。帰れるならばいくらだって気を強く持てる。

 

「───あっ!!」

 

 その時だった。見張られたアスナの視線の先を追うと、エフェクトが見られた。キラキラとポリゴン片が集まり人の形を作っていく。二人……いや、もう一人。全部で三人の転移。それはアスナとセツナの繋いだ希望の欠片が、渡るべきところへ渡ったことを示していた。セツナもアスナも同時に口を開いた。

 

「キリト! ディアベル! ユイちゃん!」

「キリトくん! ディアベルさん!」

 

 黒ずくめで短髪の少年と、青い衣装を身に纏った青年。あの頃と風貌は変わっているがアスナにも誰だか直ぐに分かったようだ。そして水先案内人のように白いワンピースを纏ったユイ。この空間のせいかピクシーの姿ではなく、少女の姿に戻っていた。

 招かれざる客を前に、須郷の額に青筋が見てとれる。

 

「…どうしてここへ……。」

 

 握られた拳が小刻みに震える。

 現れた3人は状況が分からず辺りを見回した。そこには探していた二人の少女に長身の男。

「彼は…妖精王オベイロン。GM(ゲームマスター)のようです!」

妖精王(オベイロン)…?」

 

 ユイが答えを絞り出し、キリトが口にしたところで須郷は我に帰ったようだった。

 

「キリト…ディアベル…SAO有力プレイヤーの名前だね。どうやったか知らないが、まさかここまで来るとは…。」

 

 そして"妖精王"らしく芝居がかった振る舞いをする。不測の事態であろうが余裕たっぷりなのはGMだからなのだろうか。先刻見せた取り乱した様子はあっという間に消えてなくなった。

 

「まさか本当にGMとはな。グランドクエストをクリアしてきたが、その割にはファンファーレの1つも無かったぜ?」

 

 そんな須郷(オベイロン)にキリトは状況を理解したようで背丈ほどもある黒い剣を構えて見せた。再会を喜ぶのはまだ早い。セツナとアスナの救出の他にもやることがありそうだ。

 

「キリト! ここには天空の街なんて存在しないわ。あるのはこの実験施設だけよ。」

「……みたいだな。」

 

 セツナの声にキリトは小さく頷いた。

 キリトとディアベルは、セツナが本来目指していたルート―――グランドクエストを突破し、ここまでたどり着いた。しかしそのルートも正攻法だったのかと言えば疑問が残る。グランドクエストの最後には何故か管理者のセキュリティコードが必要であり、到着したのはゲームの世界には似つかわしくないこの空間。何かがおかしいと言うことはすぐに分かった。

 そしてキリトの隣からはやはりこの世界に相応しくない固有名詞が漏れて出た。

 

「……須郷…伸之……?」

 

 青い髪をしたファンタジー世界の住人から溢れ落ちた現実味の強い名前。ディアベルの口から出たことに驚いたのはアスナだけではなく、須郷本人もだった。

 

「…ディアベルくん……だね。君は何を知っているのかな。」

「さて。俺は一介のSAOプレイヤーに過ぎませんよ。」

 

 その答えは正解。須郷(オベイロン)の反応を見てディアベルは不敵に肩を竦めた。そんなディアベルに須郷は肩を震わせた。

 

「……ここは僕の世界だ。なぜこんなにも邪魔されなければならないんだ………。」

 

 ワナワナと震える須郷の肩と共に空間が歪んでいく。

 

「───!!」

「──っ…。」

「─ぁぐっ……。」

「ぅ………。」

 

 それと共に4人は大きな力に寄って地面に押さえ付けられた。身動きが取れず、ヘドロのようなもので押し潰されたかのような不快感に襲われる。

 

「みなさん!!」

 

 唯一影響を受けないユイは悲痛に声をあげた。そんな様子に須郷はふんっと鼻を鳴らし口を開いた。

 

「妙なプログラムだな…こんなの僕は知らないぞ。」

 

 そして左手でシステムパネルを操作し始めた。

 

「─ぅっ……みなさん…ごめんなさ………。」

「──ユイっ!!」

「ユイちゃん!!」

 

 するとキリトとセツナの声が谺する中、ユイは空間に吸い込まれるように消えていく。

 

「全く……。勝手なことをしないで欲しいな。」

 

 ユイがブラックホールのようなものに吸い込まれると、須郷はようやく少し満足したかのようにマントを翻した。

 

「さて、みなさん。君たちには今度のアップデートで導入予定の重力魔法を体験してもらっているのだが…如何かな? ちょぉっと強すぎるかな?」

 

 そして下卑た笑い声をケタケタと上げた。

 地に伏す4人を1人で見下ろすのはさぞかし気分が良いに違いない。──自分がしたいかどうかはともかく。麻痺の次は重力か。セツナは自分の体の不自由さに嫌気が注す。この世界にいながらこんな屈辱は初めてだ。

 

 いつだって自由だった。

 

 自由を求めてこの世界(ここ)に来た。

 

 ログアウト出来ないと言う事件に巻き込まれながらも憧れの世界で暮らすことには次第に慣れ、心は自由だった。

 

 それは傲りだったと言うのか……。

 

 ゲームマスターの前ではこんなにも簡単に自由を奪われてしまう。

 

 自分は強く、この世界ではなんでもできる…キリトとなら。

 

 それも全て夢幻。

 

 セツナにとって全て信じたくない現実。どうしても抗いたいことだった。今還りたいと願う現実世界には自分が思い通りに振る舞える環境はない。それを求めてこの世界に逃避してきた。分かっている。自分は1プレイヤーで、彼はゲームマスターで、その間には越えられない厚すぎる壁があると言うことは。頭では理解している。それでも。

 

「──ふざけ…っ…。」

 

 セツナは必死に腕に力を入れ、体を起こそうとした。ここでそれに屈してしまえば全て認めてしまうことになる。それはあの世界をも否定するように思えた。

 グッとミリ単位で動く体。 上に起こそうとするも、ピクッピクッとすぐに下へと引き戻されてしまう。麻痺の効果なのか重力の効果なのかもはや分からない。

 

「──ハハハ!! 最強プレイヤー、仮想世界の申し子も形無しだな!!」

 

 そんなセツナの様子に須郷は上機嫌に声を上げた。

 その言葉にセツナは自分がALO(この世界)に迷い混んだ理由を確信する。須郷は知っているのだ…茅場がセツナに言ったことを。どう言うわけかこの世界に限りなく適応した存在だと言うことを。

 ゲームマスターには敵わない…そんなの知れたことだ。それでも戦った。戦うことを諦めては全てを否定することになる。ただ…体が動かないのにどうすれば。

 

 ──力を貸そうか。

 

 ふいにそんな言葉が降りてきた。

 どこかで聞いたような声。しかし正体は分からなかった。それでも…どんな力だって良い。

 

 ──須郷(あいつ)をブッ飛ばせるなら

 

 それがセツナの素直な気持ちだった。

 やられっぱなしは性に合わない。たとえゲームマスターとプレイヤーと言う間でも、圧倒的に不利だったとしても負けることは受け入れられなかった。それがこの世界で2年間生きてきた者の矜持。

 

 ──君らしいね。

 

 謎の声はフッと息を漏らしそんな風に言った。

 すると急に体が軽くなったような気がした。何が変わったのか。助けるとはこの事だけなのか。

 

「──システムログイン……ID《ヒースクリフ》…─!」

 

 違った。頭に自然に浮かんだコード。それを口にした瞬間、声の正体が分かった。しかし、そんなことは今はどうでも良かった。望むことは目の前の男をブッ飛ばす。ただそれだけだ。

 

「……ヒースクリフ…だと……?」

 

 セツナの台詞にけたたましい笑い声をあげていた須郷は顔色を変えた。そう、彼は知っているはずだ。セツナを捕らえようと思ったきっかけになった人物の名前を。セツナはそのまま頭に浮かぶ言葉をつづける。

 

「システムコマンド、スーパーバイザー権限ID《オベイロン》をレベル1に。」

 

 皮肉なことだ。自身が忌避したGM権限を行使することになるとは。ただ、目の前の男(須郷)をブッ飛ばせるなら。その気持ちに偽りはない。

 

「なっ……何を…っ! ぼっ僕より高位のIDだと!? システムコマンド……っ!」

 

 セツナの言葉に混乱を隠せない須郷は血相を変え、金切り声を上げた。

 

「システムコマンドっ、オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート!」

 

 あわてふためき須郷が口にしたのはセツナたちが地下世界で目にしたこの世界で最強の剣の名前だった。しかし、須郷の声にシステムは耳を貸さない。

 

「システムコマンド!! システムコマンドぉっ!! 言うことを聞けっ! このポンコツがぁ!!」

 

 先程まで開いていた管理者のシステムパネルは須郷のもとに姿を現さなくなった。セツナが()のIDを使い、そう変更した。セツナは静かに須郷と同じ言葉を呟いた。

 

「システムコマンド、オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート。」

 

 光の粒に包まれながらそれは静かに姿を現す。その目映さは神々しく、正に聖剣と言ったものだった。あの時は遠目に、ただ博物館の宝石の様に眺めただけだったが、それがいとも簡単に手に入る。

 

「……つまらないものね。」

 

 GM(ゲームマスター)になるとは、管理者権限を得るとはこういうことか。先程までは圧倒的な力に捩じ伏せられ、その力を羨みもしたが、この世界で生きてきた者としてのセツナの素直な感想は“つまらない”の一言に尽きた。

 

「お前……お前ぇ………!」

 

 悲鳴にも似た須郷の呻き声。管理者権限と言うプレイヤーにとってはチートとも言えるものが標準装備だった彼にとっては受け入れがたい状況で、混乱しているのは明白だった。

 

「…大丈夫よ。私は何もしないわ。」

 

 なんて愚かしい。この力を得た瞬間自分はプレイヤーでは無くなってしまった。セツナは手にした剣を相棒に投げた。

 

「──キリト!」

「─────!」

 

 セツナが管理者権限を得た時点で須郷の発した重力魔法の効力は切れていた。まだ公式に存在しないものだ。当たり前だ。キリトは虚を衝かれるもなんとかそれを受け取った。

 

「お願い。決着をつけて。」

「俺が?」

「─私じゃそんな剣使えないもの。」

 

 剣は使えない。それもセツナの本音だったが、今の状態で武器を振るいたくない、その想いが強かった。

 

─全くあの男……。

 

 少し恨みつつも望んだのは自分だ。セツナは剣をいつものように左右に振るキリトを見詰める。

 

「……よく分かんないけどこんなに簡単にこの剣を手に出来るとはな。」

 

 キリトから発される強烈な威圧感。セツナをはじめとしたSAOプレイヤー…特に諸事情によりディアベルは慣れたものだが、須郷にとっては耐え難いものだろう。須郷はブルブルと体を震わせる。

 

「なっ……何をするつもりだ。」

 

 打って変わった須郷をキリトは横目で見やるとそのままエクスキャリバーを構えた。

 

「お前がしようとしたことだよ。報いを受けろ。」

 

 ダッ

 

 音がするのが早いか、ポリゴンが飛び散るのが早いか。結末は実に呆気ないものだった。所詮は偽りの国の偽りの王だったのだ。その偽りの王に今自分がなっていること。憧れすらあったこの世界を手にするのがこんなに虚しいのかとセツナは空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 




世間はGWですね。一時的ニートな楢橋です。

さて…色々登場人物大集合ですが伏線だけ散らしてほぼ空気。
VS須郷はどうするか迷いに迷ったのですが…呆気ない感じに。
原作の様なゲスい展開も痛い展開もちょっと書けなかったです…
ゲス展開はSAOのクラディールが私の限界です。
次回は皆様お待ちかね(?)砂糖まみれを頑張るぞー!

…どんどん読んでないSAO原作が溜まっていく
SAOPの新刊読もうと思ったらそれまでの話を忘れていたと言う…。

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