白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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30話*過去が思い出に変わる時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーン…コーン…カーン…コーン………

 

 響くチャイム。こればっかりはあの世界に行く前と、いや、自分が学生になった頃から変化がない。もっと言えば親の世代から、もしかしたらそれよりも前からも変わっていないのかもしれない。

 雪菜(セツナ)は授業の終わりを告げる教師ではなく窓の外を眺め、そんなことを思っていた。

 

雪菜(ゆきな)、飯行こうぜ。」

 

 かけられた声に視線をあげるとそこには見慣れた顔があった。本人に言ったら怒られるだろうが…和人(キリト)の中性的な顔立ちはあの世界でもこの世界でも変わることはない。

 

「─うん。」

 

 雪菜は薄く色の着いた眼鏡の位置を少し直すと席を立った。光を反射するプラチナブロンドの髪は、入学から1ヶ月が経とうとしている今も注目の的だ。

 

 

 

 

 

 

 ALOからログアウトした後、それはそれは大変だった。キリトが現実世界に戻った時もそうだったと言うが、SAO対策室の役人たちが3日も経たずにやって来て、あれやこれやと聴取を始めたのだ。看護師さんが怒り心頭気味に、"ここは病院ですよ! 彼女は衰弱してるんです!"と怒鳴り散らしてくれなければどうなっていたか分からない。…おまけに、最初は勝手にやって来た癖に見慣れない容姿に戸惑われ、2年ぶりに恥辱を受けた。雪菜自身もSAOでもALOでも受け入れられていたため、自分がアルビノ症で他とは違う容姿をしていたことを強制的に思い出さされた形だ。SAOに巻き込まれ、須郷の陰謀にも巻き込まれ…役人の人たちからすれば重要参考人であろうがこっちは本来被害者だ。少しぐらい、いや、多分に配慮していただきたかった。最も、目が覚めてからいくら目を凝らしても朧気にしかものが見えなかったことでも実感したのだったが。

 雪菜は先天性白皮性としてメラニン色素を持たない。そのため雪菜の髪は白髪(はくはつ)であり、瞳は血管が透けて赤い。同じアルビノでも程度の違いはあり、メラニン色素の持ち方は様々だ。その状態により少しずつ髪も瞳も色が異なる。あくまで雪菜の場合は無いと言っても過言ではないレベルのためにそう言った色になった。そしてそのせいか光には強くなく、視力は良くなかった。VRの世界にいた頃は、脳に直接的に指令が送られていたため、実際の視力は全く関係なかった。それに慣れてしまったため自分の目がいかに見えにくかったかなど忘れてしまっていた。…直ぐに眼鏡を設え直したが、その感覚に慣れるのには少し時間がかかりそうだ。

 そんなこんなで目を覚ました当日は和人(キリト)の顔をきちんと確認することは出来なかったのだが、意外とナイーブな所がある彼が知ったら傷付きそうなのでそれは黙っていた。

 雪菜の方は役人にもみくちゃにされた…と言うこと以外は至って平和で、雪菜よりも大変だったのはアスナの方だった。

 

 アスナがレクトのご令嬢であると言うのは雪菜も聞いた話。CEOだと言う彼女の父が決めた婚約者による不祥事に、アスナの家の方はアスナが目を覚ましたことを含めて大事件。凄い騒ぎだった…と雪菜に教えてくれたのは弘貴(ディアベル)だった。

 

「嫌な予感って当たるもんでさ、アスナくんの病室に行ったら即ナースコールを押すはめになったさ。」

 

 SAOでもイケメン──雪菜(セツナ)の目には胡散臭いヤツにしかうつっていなかったが──ではあったが、少し髪がさっぱりした現実世界でもかけ目なしにイケメンだった。雪菜が帰ってきて1週間程経ってから、彼は病室にやって来た。

 

「何があったの?」

「須郷の最後の悪足掻きさ。アスナくんが完全に覚醒する前に自分のものにしてしまおうってね。」

「…それは。」

「勿論すぐに引き剥がしたさ。だけど俺だって帰ってきて1ヶ月ちょっとだったからね。残念ながら体力に自信はない。」

 

 両手を芝居がかったように広げてものを話すのは姿が変わっていてもディアベルだった。

 

「そりゃぁそうよね。私なんてまだ歩くのも覚束ないって言うのに。」

「アスナくんもそうさ。」

「随分とアスナと仲良くなったのね。」

 

 彼の好意がこちらにあるのを知っていながら、雪菜は態と含みのある言い方をした。

 

「セツナ…そりゃないよ。俺だってもう少し早く来たかったさ。」

「アハハ。分かってるわよ。大変だったの?」

 

 弘貴(ディアベル)が大変だったのは須郷との現実世界での対峙と後始末ではなかった。もっと大変なのはそれからだった。

 

「面白がってるね。」

「ええ、勿論。私には関係ないし…と言うより貴方には幸せになって欲しいわ。」

 

 弘貴はレクトの取引先の御曹司だったと言うからまた驚きで、アスナの病室にいた彼とアスナがてっきりそういう関係だと彼女の両親は勘違い。外堀から現在進行形で埋められていると言う話だ。

 

「俺はまだまだあわよくばと思ってるんだけど。」

「あら? あなたのことはとっても大切に思ってるけど、戦友であり親友…そして恩人ね。友達以上ではあることは認めても恋愛関係になることは無いと思うわ。」

「全く?」

「一ミリもね。」

 

 大きくため息をつく弘貴に雪菜は少し申し訳ないとも思う。自分の態度は少し思わせ振りだ。彼の想いを知って受け止める。それは時と場合によって酷である。そして本当の恋人であるキリトとは恥ずかしさや照れもあり、そう素直な態度はとれない。感情の介入は時に厄介だ。だからこそ完全に否定をした。それは雪菜の優しさだ。

 

「でもあなたまで良いところの出とはね。」

「…そう言われるのは好きじゃないけど今回ばかりは役に立ったね。」

 

 そう、彼が須郷を知っていたのはパーティーでレクトの後継者候補として挨拶されたことがあったからだ。そして弘貴はアスナの父親とも面識があったと言う。同じ被害者であり、4月から田町にある名門大学への復帰が決まっている彼。アスナの両親は次の婚約者として白羽の矢を立てた。

 

「まぁ良いじゃない。ゆっくり考えれば。」

「アスナくんの気持ちもあるからね。」

 

 美男美女で端から見ればお似合いだが話はそう単純でもない。その両端は雪菜と和人に握られているのだから、これ以上雪菜には追及出来なかったのだが。

 

 

 

 

 

「──今日も良い天気。」

 

 廊下から射し込む光は少し毒だ。バーチャルの世界より現実のものは遠慮ない。

 4月から高校生として学校に通うようになり1つの願いは叶った。

 

「雪菜、あんまり外見ない方が良いんじゃないのか?」

「…ちょっとぐらい平気よ。キリトが思っているよりずっと普通なんだから。」

 

 それはキリトと学校に通うことだった。

 

「雪菜…マナー違反。」

「ゴメン。でも私たちなんてきっとバレバレよ。」

 

 SAO帰還者たちは希望さえすれば一同に同じ学校に集められた。十把一絡げな対応ではあるが、本人たちからすると助かることもある。2年間勉強せずにデスゲームに身を置いてきた。今更普通の学校に戻るのは中々難しい。そんな環境だから当然にあの頃の話はタブーであるが元々現実の姿をトレースしてプレイしていたのだ、なんとなく、分かる者には分かる。

 セツナの特徴的な容姿はゲーム内でも有名だったし、現実世界では尚更目立つ。無論その気になれば髪を染めることもカラーコンタクトを入れることも出来る。しかしそれを望むことは無かった。それはSAOに囚われる前も今も。如何に忌避していたとしてもアイデンティティに関わる。

 そんな雪菜と共にいる和人。そもそも和人だって攻略組として有名なプレイヤーだったのだ。下層プレイヤーはともかく、上層プレイヤーの多くは彼のことを知っているはずだ。…でもなぁ…とぼやく彼に雪菜は少し意地悪をすることにした。

 

「嫌なんだったら私といるの止めたら? その方がバレないのは勿論、友だちも沢山出来るわよ。」

 

 ツカツカツカと歩みも速め、つっけんどんに言い放つ。勿論、冗談だ。すると和人は雪菜が思った通りの反応を返してくる。

 

「まっ…待てよ! 誰もそんな…。」

 

 和人が雪菜の手首を掴むとそこにはしたり顔で微笑む彼女の姿があった。

 

「なんてね。ウソウソ。」

「セツナぁ…。」

「和人だって人のこと言えないじゃない。」

「お前が…。」

「ほらっ! 早く行かないと席なくなっちゃうよー!!」

「セツナっ!!」

 

 急に走り出す彼女に周囲の視線は釘付けになる。

 

「和人はまた! 気を付けてよ!!」

 

 セツナの名前はあまりに有名だ。SAOプレイヤーの中でもアスナと並んで。その名前が大声で叫ばれれば振り向かない人の方が少なかった。濃紺の制服は《竜騎士の翼》時代のものと色彩が似ており、それも雪菜がセツナであることを助長する。

 

「雪菜!! 待てって!」

 

 ゲームの世界ではパラメータがものを言うため、雪菜(セツナ)に先に走り出されたら和人(キリト)とて追い付けなかったが今はそうではない。男女差があるおまけに雪菜は和人よりも現実世界に帰ってきたのが1ヶ月以上も遅い。雪菜が如何に走ろうともすぐに捕まってしまう。

 

 

 

 

 

「キリトったら意外に大胆ですなぁ…。」

 

 そんな二人の姿を見るかげが三つ。見られているとは知らずに和人は追い付くと共に雪菜を後ろから抱き締める。

 

「彼、結構そう言うところあるのよ。」

 

 面白そうに見るのは二人の上級生にあたる二人。そして、

 

「そんなこと言って良いんですかぁ!? 里香さんも明日奈さんも!」

 

 少し焦ったように言うのは二人の下級生にあたる一人だ。

 

「そんなこと言われたってあっちにいる頃からセツナはアイツのものでしょ。ねぇ? アスナ。」

「うーん…どちらかと言うとキリトくんがセツナのものじゃない? まぁどっちにしても仕方ないわよ、珪子ちゃん。」

「お二人とも呑気ですーー!!」

 

 大きな声を出す珪子(シリカ)に、気付かれないかと里香(リズベット)と明日奈は慌てて珪子の口を塞いだ。

 

「ちょっと! 珪子! そんな大きい声だしたらバレるでしょ!」

「そうよ。どうせ私たちがいなくても注目の的なんだから少しぐらいゆっくりさせてあげましょうよ。」

「でもぉ…。」

 

 二人が窘めるも珪子は納得のいかない表情だ。何にしても何に不平を言いたいのか何を焦っているのかも分からない。三人に共通することはキリトに淡い恋心があったことと、セツナが大切な友人であると言うことだ。どちらの感情を優先するのか、したいのか、一番幼い珪子には整理出来ていない。

 

「まぁまぁ、私たちもお昼にしましょ。時間無くなっちゃうわ。」

「やった! 明日奈様特製ランチ!」

「え? あ…待ってくださーい!!」

 

 どちらも大切にしたい。三人で取り敢えずは見守ると言う協定を結んだのは入学して直ぐのこと。それがいつまで続くかは分からない。そんな三人の想いを知ってか、雪菜も和人も学生生活を十分に謳歌する。

 

 

「そう言えば、今日オフ会だっけ? 直葉も来るの?」

 

 それでも、向かい合って食事をしながらする会話は相変わらずだ。

 

「雪菜…食べながら喋るなよ。」

「ゴメンゴメン。向こうの迷宮区での癖が中々抜けなくてさ。」

「ったく…スグも行くって言ってたよ。」

「楽しみだなー。会うの久しぶりだもんね。早く午後の授業終わらないかなー。」

「お前いつも授業聞いてないもんな。」

「だって今の範囲もう終わってたんだもん。」

「明日奈といい、弘貴さんといい…雪菜までもとは何なんだよ俺の周りは。」

「そんなこと言われても…。」

 

 和人が言うのは皆のバックグラウンドのことだ。弘貴と明日奈は言うまでもなく名家に違わず名門校に通っていた。雪菜も…と言うのはその特殊な容姿からそうしたのであり、雪菜としてはそんなこと言われるのは不本意だった。

 

「あの二人と一緒にしないで欲しい。」

「まぁそうなんだろうけどさ。」

「それにさ、今は一緒なんだから関係ないじゃん。」

「…そうだな。」

 

 過去は過去。現在(いま)現在(いま)

 出会う前のことを言っても仕方がない。出会ってからも色々なことがあった。それを乗り越えてようやく現在(いま)に落ち着いたのだから。

 

「和人がそんな風に言うんだったら弘貴さんに浮気するよー。」

「雪菜…それだけはホント冗談キツいから勘弁して。」

 

 ご馳走さま、と立ち上がる雪菜。あの頃が嘘だったかのように穏やかな時間。それでも確実に自分たちにとって現実だったあの頃。

 茅場晶彦の残した《対価》がそれを物語っていた。

 

 須郷の凶行からVRMMOは糾弾され、社会的に消滅しそうになったが、それを救ったのが茅場の残した《世界の種子》だった。二人の出会ったあの世界を救うこと。それは二人にとっても願ったことだ。結局《対価》と言われたものの一方的に享受しただけのような形でもある。

 

"あの世界に憎しみ以外の感情を残しているなら"

 

 初めは雪菜にとって希望以外の何物でもなかった。事件にさえならなければ、自分が自分であるための。ただ、皮肉にも事件になったことで手に入れた物もあった。そうでなければこんなに大切な存在を得はしなかっただろう。

 

 

「雪菜? 何笑ってんだよ。」

「なんでもないよ。」

 

 

──憎しみなんて…。だって私が私になれたのは…。

 

 

 

 

 雪菜は窓越しに遠く空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、次回エピローグです。
うーん…上手く終結に向かえているか?
基本セツナがいること以外は原作遵守ですよ(念のため)

今更ですがSAOif始めてみました。
更新滞ってたくせに…
見掛けたら生暖かく見守ってください。
常に時限爆弾抱えているのでいつログアウトするかわかりません。

追記。
以前も書きましたが、アルビノ設定はセツナの当初の闇の根底です。しかしそれによってそれらの人に対する差別を助長するつもりはありません。
SAO、ALOを経て自分の容姿に対する彼女の思いは変わったはず。でも向き合っていかなければならないことは確かなので改めて。

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