番外編*直葉の素朴な疑問 前編
「お兄ちゃんと雪菜さんはさ…なんでお互いを選んだの?」
それは、まだ雪菜が病室にいる頃に投下された爆弾。何かに音を立てて亀裂が入った。和人がSAOから帰還し、雪菜も遅れること一月半、SAOとALOから帰還。年も明けてようやく落ち着いた頃の話である。
その日、直葉は和人と共に雪菜の病室を訪れていた。
自分で自分の傷を抉るような行為でもあるが、直葉は雪菜の奔放で型に嵌まらないところが気に入っていたし、もしかしたら将来
しかし不思議だった。和人はSAO時代、妙にモテたという──それは弘貴さんに聞いた話で、SAO一の美人と名高い《閃光》のアスナさんにも想いを寄せられていたという。そして雪菜さんだってイケメン御曹司の弘貴さんに好かれている。別に二人が似合っていないとかそういう話ではなく、むしろとてもお似合いで、どこか似たところすらあるけれど、他の選択肢があっても良かったのではと思う。
和人は雪菜のベッドの隣に座り、透き通るような彼女の細腕をなぞっていた。メラニン色素を殆ど持たない雪菜の肌は血管が透けてほんのり桃色。2年以上もの間フルダイブしていたため、筋肉は痩せ細りどうにかしたら折れてしまいそうな。日々のトレーニングで日焼けし、剣道のために程よく筋肉のついた直葉のものとは大違いだ。…無意識なのかもしれないけど妹の前でスキンシップは控えて欲しい。
「直葉…唐突だね。」
ALOの内部で見ていた容姿と違うのは痩せ細った体と、一番はその眼鏡だろう。あれだけ奔放な彼女が知的に見える。──実際にSAOにフルダイブする前は千代田区にある名門校に通っていたらしいが…。容姿も美しく、勉強も出来るなんて聞いてない。性格は置いといて。
「だって雪菜さんって皆のアイドルだったわけでしょ? 弘貴さんだっているしお兄ちゃんじゃなくても良かったんじゃないって。」
「スグっ……!お前……」
和人が直ぐに抗議の声をあげる。どうでも良いけど片時も雪菜から手を離そうとしない和人に、直葉は一回りして呆れてしまった。少なくとも和人が相当に惚れ込んでいることは確かだ。だけど雪菜の態度はどうか。受け入れてはいるものの、どこか和人の一方通行のようにもみえる。それどころか弘貴とは自然に恋人のようなやり取りをしているのだ。何故そっちじゃない!!
「うーん…なんでだろうねぇ……。」
雪菜は和人に触れられていない左手をゆっくり動かすと頬を掻いた。
「雪菜……。」
飄々とした雪菜に焦りの色を隠せない和人。なんだか片想いのようなやり取りは散々見てきた。
「でもさ、そう言うことって理屈じゃないでしょう?」
尤もらしいことを言うも雪菜の表情には"めんどくさい"と言うのが透けて見えていた。そもそも恋愛事は得意じゃないのだろう。ALOでリーファと出会ったセツナはキリトの事を恋人だとは言わなかった。"大切な人"と言うのは中々便利な言葉だ。
「…もう諦めたけどな。そう言うところ。」
「和人は弘貴さんのことも含めて理解してくれてるんだと思ってたけど?」
「弘貴さんは…仕方ないさ。」
直葉には全くもって分からない。特に、焦りながらもライバルを受け入れてしまう和人が。
「お兄ちゃんそんなんだと本当にいつか弘貴さんに雪菜さん持ってかれちゃうんじゃ…。」
「それはない。」
直葉がじとっと見ながらそんなことを言えば和人は食い気味に否定した。その自信はどこから…。するとセツナも同様に、
「それはないわね。」
と、そう言った。そして真っ直ぐに直葉を見ると続けた。
「たった2年…後から思えばそうかもしれない。だけど本当に濃厚な2年だったの。生と死の極限にいながら私は和人を選んだ。それは今後も違えようが無いと思うわ。」
そして和人に視線を送ると柔らかく笑って見せた。和人の手を握る力が少し強くなったのを直葉は見逃さない。もう呆れるのを通り越して諦めて直葉は口を開く。
「でも…お兄ちゃんはこっちに帰ってきたら普通の高校生ですよ。片や弘貴さんはエリート大学生で、イケメンで、実家はお金持ちの御曹司! どっちがいいかなんて明白じゃないです?」
「…まぁステータスだけみればね。」
「おい、雪菜が折角いいこと言ったのに台無しだよスグ…。」
勿論、直葉だってキリト…そして和人に好意をもった一人だ。彼の不思議な魅力が分からないわけではない。だけど、直葉としては自分が持ち合わせないからこそのものだと思っている。"キリト"の大胆不敵さ、豪胆さ、そして奇想天外な行動。どれをとってもプレイヤーとしてかなり魅力的だった。けれどセツナはそれを全て持ち合わせ…と言うより輪をかけて酷い。きっと直葉とは違うところを見ているのではないかと思う。
「だぁってぇ…全然分かんないんだもん。」
「でも、それを言うなら私が弘貴さんを選んでもおかしくないように、和人が明日奈を選んでもおかしくないんだけどね。だって明日奈はあの通りの容姿にレクトのご令嬢よ。」
雪菜にそう言われて直葉は言葉に詰まる。確かに和人の気持ちは分かりやすいほど透けてみえるが、その選択肢だってあってもいい。和人に付いて、直葉も1度だけ明日奈のお見舞いに行ったが、雪菜とは違う透明感を持った綺麗な女性だった。
「そうだねぇ…尚更迷宮入りだわ。」
直葉が両手を挙げると和人は一息吐いて仕方ないと口を開いた。
「俺が雪菜…セツナをそういう風に思ったのは背中を預けたいと思ってたのが覆されたから、かな。」
「え…この話まだ続く?」
「まぁ中々無い機会だし。」
あからさまに表情を歪める雪菜に対して和人は視線を天井に送るとあの鋼鉄の城を思い浮かべた。そう、それは2年半ほど前に遡る―――
和人がSAOのβテスターに当選し、あのゲームを始めた日、思いがけず彼女もいた。
「セツナ…? セツナだろ!」
他のゲームでも面識があった彼女。アバターが決められるものならいつも決まってその容姿。
「あなた…?」
怪訝な顔の彼女。ゲームの画面ではなくフルダイブ環境。アバターとは言え、初めて自分の目で彼女を確認したときだった。
「キリト。…覚えてないかな?」
名乗ると曇った
「あなたも当選してたのね!」
「君もな!」
"キリト"のアバターは現実の自分よりも少し長身で年も上の設定にしてある。それでもセツナが無邪気な表情を浮かべるので、それに釣られてしまいそうになった。現実の、中学二年生の自分に。
「お互いソロが信条だけど…慣れるまでちょっと一緒にやらないか? 情報交換も兼ねて。」
"キリト"がそう言えば、セツナは小さく頷き不敵に笑って見せた。
「良いわよ。他の人だったら断ってるところだけどあなたの腕は信用してるし。」
それがバーチャルでのセツナとの出会い。
ただ、他のゲームと同じようにパーティ前提のクエストなど致し方ない場合を除いて基本的に多く絡むことは無かった。基本スタンスはお互いソロ。それが分かっているから互いに深入りすることはなかった。ただしセツナは女性アバターだけあって隠れファンがいる。粘着行為に辟易してる彼女が必要以上に他のプレイヤーと絡んでいるのはみなかった。そういう面では唯一の友人、仲の良いプレイヤーと言っても良かったのかもしれない。
それはSAO正式サービスが始まり、あの世界に囚われても変わることはなかった。あくまでもセツナはセツナだった。そして自分もソロが信条であるのは変わることはなく…それに加えて第一層ボス戦の事件で余計にパーティプレイはやり辛くなった。だからこの関係が大きく変わることになるとは思っても見なかった。
「そう。βの頃は良かったよねー。思えばあのクエストで弘貴さんと会っていたのね。」
「あぁ、そうだな。帰ってきて名前を聞いても暫くは分かんなかったよ。」
SAOの頃を懐かしむ二人に直葉は全く付いていけなくなる。おまけに今の話からどうしてこうなったのか全くもって分からない。聞いている限り
「ねぇ、お兄ちゃん…私の聞き逃しじゃなければまだ話してくれてないよね?」
焦れる直葉に和人も雪菜も同じような表情で笑顔を作った。顔の造作とかじゃなく、どこか似ているところのある二人。元々なのか一緒にいるうちにそうなったのかは分からない。
「そう焦るなって。あの頃のことを話すのは俺たちだって初めてなんだ。」
「そうそう。まさかこんなに穏やかに話せる日がくるとは思ってもみなかった。」
和人が馴れ初めを語ることについては雪菜も腹を括ったようで、純粋にSAOの頃を思い出すのを楽しんでいるようだった。
べったりという訳ではないが、余計なちょっかいは入りつつもそこそこ一緒にプレイしてきた二人。道を違えたのは些細なことからだった。
その日、キリトは素材集めに当時の前線である24層から13層低い、11層を訪れていた。結果としてそれが全てのターニングポイントだったのかもしれない。
キリトが区切りをつけ、帰ろうとしていた時にそれは起こる。ギルド《月夜の黒猫団》のメンバーがモンスターに囲まれ、窮地に陥っていたのだ。それを無視するほどビーターとして落ちぶれてはいない。キリトにとっては強くもないモンスターを蹴散らすと彼らにギルド加入を誘われたのだった。
その時のことは少し苦い思い出でもある。和人はそこで一息ついた。そんな和人に雪菜はイタズラっぽい
「キリトってば"暫く一緒にいれない"なんてメッセージ一言送ってきただけだったんだよね。」
「えぇ! それでお兄ちゃん勝手にギルドに入っちゃったの!?」
派手に驚いて見せる直葉に和人はただでさえ決まりが悪いのに余計に居心地が悪くなった。
「べっ別に約束してたわけじゃないし、その頃はセツナの方がパーティ組んでる訳じゃないってずっと言い張ってだろ!」
そんな和人に雪菜はケタケタと笑った。
「そうだったねー。だから別に私に断らなきゃいけない訳でもなかったんだけど…。」
「でも実質パーティ組んでたようなものでしょ? 何か一言あっても良かったんじゃ…。」
「だからそのヒトコトが"暫く一緒にいれない"だったわけでしょ。」
直葉の突き刺さる視線に和人は視線を上に逃がした。女二人とは分が悪すぎる…しかも片方は妹だ。容赦無さすぎる。…いや、雪菜も大概容赦ない。
「でもさ、結果的には良かったよね。」
しかし意外にも雪菜は助け船を出してくれた。和人はそれに強く頷く。
「あれが無ければ俺は自覚するのがもっと遅かったかもしれないな。」
結局勧誘されるがままに加入したギルド。理由は色々あった。彼らのアットホームな雰囲気に癒しを求めた。ビーターとして汚名を背負って生きてきた、リソースを独占してきた自分を彼らの力になることで正当化したかった。…でも一番は近くにいるようでいない
しかしすぐに少しの後悔が襲った。
キリトの飛ばしたメッセージにセツナからの返信はなく、代わりに目にしたのはセツナの新聞記事だった。
和人の話に直葉は目を丸くする。
「え…雪菜さんて……。」
「だからこいつはメチャクチャなんだよ。伊達に二つ名持ってた訳じゃないんだ。」
そう、単騎でフィールドボスを撃破したと言う話。和人から《
今度は雪菜の方がばつが悪くなる。
「…だってあの時は凄い腹がたって…。」
そういう問題ではない。
「俺が言えたことじゃないけどさ、あの時HPレッドゾーンに入ってただろ!? 死んでたらどうすんだよ!」
「死んでたらどうもできないでしょ! …じゃなくて、あの時は頭に血が昇っててフィールドボスだなんて気づいてなかったのよ。後で私もビックリしたの。」
その話を聞いて直葉は開いた口が塞がらなくなった。普通じゃないどころの話ではない。普通にプレイしているのならまだ理解もできるが、SAOでの死イコール現実での死であったのにも関わらずその行為。頭のネジが何本か抜けているとしか思えない。
「…心配したんだよ。」
「…そんな話初めて聞いたわよ。」
そしてぶっ飛んだ話をしているのにも関わらず直葉の目の前では見詰め合う二人がいる。…取り敢えず存在を忘れるのはやめて欲しい。
「で、どうなったの?」
直葉はゴホンと態とらしく咳をし、続きを促した。二人とも何事も無かったかのように続きを思い返す。
「本当に暫く一緒にいなかったのよ。」
そしてあっけらかんと雪菜が言い放った言葉に直葉は耳を疑った。
「え?」
「5、6層ぐらいかなー…キリトが前線から離れてたの。確か2ヶ月半ぐらいだったと思うけど。」
他意はない雪菜だが和人はうぐっと呻いた。そう、勝手にギルドに入った挙げ句、攻略も放棄。…勿論攻略をしなければならない道理はないが。思わず直葉は細目で和人を見やった。
「お兄ちゃん…。」
「いっ、色々事情があったんだよ!」
「…サチ、とかね。」
焦る和人に今度は追い討ちをかける雪菜。上げたり下げたり忙しいことだ。
「サチって誰?」
「友だち。《月夜の黒猫団》の子よ。…その辺の事情、私聞いて無いんだよね。まぁ別に? 付き合う前だし? 関係ないっちゃ関係ないけど?」
棘のある言い方に和人は全身から汗が吹き出るような思いだった。話すことを選んだのは自分だったが墓穴を掘ったかもしれない。
「雪菜……。それはさぁ……。」
「なんてね。冗談よ。」
しどろもどろになる和人に雪菜はしれっと言い放った。本当に忙しい。そして何事も無かったかのように続きを語り始めた。
「それから再会したのは本当に偶然だったのよ。」
セツナがそこに行ったのもまた素材集めだったと言うから因縁深い。
前線より3層低い迷宮区。トラップだらけのダンジョンだ。素材集めだから縫うようにしらみ潰しに歩いていた。だからこそ見付けたのかもしれない。宝箱を開けるかどうかを揉めていたそのパーティを。そして普通なら開けない、あからさまにトラップの宝箱を開けた。信じられない思いだった。
ビーッビーッビーッ
けたたましく響いたアラーム。止めるつもりがそのパーティと共にトラップに巻き込まれたセツナ。おまけにそこは結晶無効化空間で逃げることすらままならない、実に悪質なトラップだった。雪崩れ混んでくる大量のモンスター。ただ、それよりも驚いたのはそこにキリトがいたことだった。
「ひゃぁ…なかなかエグいね。」
「直葉の、魔女に釜で煮られたよりはましだと思うけど。」
「ううん。デスゲームなのにえげつないなって。」
雪菜の話を聞いて顔を歪める直葉。確かにモンスターハウス───しかも通常より高位の──ってだけでもかなりのトラップなのに脱出すら出来ないと言うのは、某有名RPGのスピンオフ作品のダンジョンRPGですらなかった展開だ。(巻物を詠めばひとっとび…。)
「そうね。私が知る限り結晶無効化空間はあそこが初めてだったわ。」
「俺も。」
結果が分かっているからか雪菜も和人も暢気に話をする。そんな態度なのは全員無事だったからに他ならない。
直葉は小さくため息をつくと、頬杖をついた。
「…で、どうせ雪菜さんがぜーんぶ倒しちゃったんでしょ?」
先は読めたとばかりに言う直葉に雪菜は首を横に振る。
「ううん。キリトだよ。」
「えっ!? 前線離れてたのに?」
「うーん…そうね。でもそこはキリトだからさ。」
「…レベル上げしてたんだよ。」
我が兄ながら直葉は呆れてしまった。ALOはスキル制のため必ずしもプレイ時間ややり込みが強さと比例しないことがあるが、SAOはレベル制だ。他の要素もありつつレベルが何よりも物を言う筈だ。自分のレベルよりも低い層にいて高レベルが保てるわけがない。
「で? 再会して?」
「
直葉の許容範囲もいよいよ限界だ。突拍子もないことが多すぎる。
「デュ…
二人の間に起こったことだから二人は当たり前のように話をするが、聞いている身としては何がどうなってそうなったのか理解に苦しむ。
「再会したのは良かったんだけど…私もどうして良いか分からなかったのよ。」
「そのまま去ろうとするセツナに俺が申し込んだ。」
「はぁ……。」
だからってどうしてそこで
「ギルドに入ってはみたもののさ、
和人はさらりと言ってのけたがゴチソウサマとしか言いようがない。直葉の中で結果は見えたがそれはまた覆される。
「じゃぁお兄ちゃんが勝ったんだ!」
「うぅん。勝ったのは私。」
「え?」
「前線を離れてたキリトに負けるわけないでしょ。」
さも当たり前かのように言う雪菜に和人の負けん気が顔を出す。
「…あんときのセツナ、可愛かったもんな。」
「………かっ!?」
「肩震わしてさ、涙ながらに上目遣いで"帰って来て"なんて言われてそうしないやつがいるもんか。」
懐かしさに目を細める和人だったが直葉にはそんな雪菜は想像も出来なかった。強気で、自由で、破天荒な彼女が何かを懇願する姿など。
「あの時だな…俺がセツナをパートナーじゃなくて女の子だと思うようになったのは。」
「───────っ!!」
雪菜にとっては恥ずかしい過去なのかもしれない。珍しく顔を真っ赤に染め上げ、言葉にならないと言った様子で口をパクパクと動かした。そんな雪菜に和人は気をよくしたのか口の滑りが良くなる。
「それまでは多分パートナーとしての独占欲みたいな感じだったと思うんだ。…だけどあれからはそういう意味でもディアベルに盗られたくないって思うように成ってたよ。」
「和人……。」
しっかり目を見て熱い愛の告白を改めてする和人に雪菜の頬はきれいに染まり上がった。元の色素が薄い分より際立って見える。
この二人、普段は全然そんな素振りないくせにスイッチが入ったら少し厄介かもしれない。目の前の二人を見て直葉は好きにして、とただそう思った。
「でもさ、お兄ちゃんはそのタイミングだけど雪菜さん違うみたいね?」
直葉の問いに雪菜ややあって頷いた。
「そうね…。私はこの時はただ寂しかったんだと思う。」
そして少し考えた後に、ゆっくり口を開いた。
なんか黒猫団総集編みたいになっちゃった…。
直葉には悪いけどひたすらイチャイチャする二人みたいなのを書こうと思ったのに…うまくいかないもんですね。
私としてはいつもよりは砂糖入れてみたんですけどどうでしょうか…。
基本私の料理薄味なんです。(関係ない)
そして思いの外長くなったので前後編です。
どうでも良いけどどんなに探しても8巻とP4巻が見当たらない…。
買うしかないのか…。
Pなんてどこまで読んだか不明 滝汗