白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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前後編に分ける意味はあったのか…


番外編*直葉の素朴な疑問 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は基本的に人付き合いがよく分からなかったのよね。」

 

 雪菜はそう語り始めた。その理由は聞かなくとも直葉にも想像できた。その、人離れした美しい容姿。美しくも異質で忌避の対象ともなるその姿。

 

「雪菜さん……。」

 

 直葉は雪菜の気持ちを思うと、心が傷み、表情を歪めた。

 

「……確かに、キリトには他の人と違う感情があったけど、それが最初から恋愛感情だったかって言われたらそれは違うと思うんだよね。」

 

 しかし雪菜の方は淡々と記憶を探る。もう本人にとっては過去形である。第二の現実として過ごした場所では、彼女に憧れはしても、容姿で疎外するものは少なかった。それは大きな力となっている。

 

「アスナにライバル宣言されたり、キリトが他の女の子と行動しているのを見たり、…私がキリトと離れてギルドに入って初めてそんな気持ちになったような気がする。」

「雪菜さんもギルドに?」

「…よりにもよってディアベルのギルドにな。」

 

 意外だと口にする直葉に、和人は苦虫を噛み潰したように付け加えた。

 

「ぇ……それはそれはまたなんで……。」

 

 聞いているだけで面倒な二人である。どこをどうしたらそんなに拗れるのか。直葉は雪菜が話し始めたばかりにも関わらずうんざりし、後悔してきた。

 

「あの人って本当に自分のこと省みないって言うか…。私がヘマしたばかりに私を庇ってHPがレッドにまでなったのよ。」

「その言葉、そっくりそのまま返すからな。」

 

 少し彼に憤慨しながら話す雪菜に和人がチクりと横槍を入れる。そんな和人に構わず直葉は先を促す。

 

「それでギルドに?」

「うん。それまでも色んなもの貰ってばっかりで、少しでも返したい、力になりたいって思ったの。」

「でも、それだとディアベルさんのこと…。」

 

 好きみたい。と直葉が口にしなかったのは和人の視線が痛かったからだ。よほどのトラウマの出来事らしい。

 

「うーん彼のことをそんな風に思ったことはないかなー。守りたいとも思ったけど…うーん。」

「だったらいつお兄ちゃんに?」

 

 聞きたいのはそこだ。このままじゃ何を言っているのかさっぱり分からなかった。

 しかしそこで雪菜の表情は一気に暗くなり少し肩が震えた。

 

「キリトが…死んじゃうって思った時……。」

「雪菜………。」

 

 雪菜が思い出していたのは《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》討伐の時だった。和人も自分の危険を省みずに、自分を守ってくれた…そして自分の代わりに大きなものを背負ってくれた彼女を思い出した。彼女の前で大きくHPを減らしたのはその時だけだ。小さく震える雪菜の頭を軽く引き寄せ柔らかく撫でる。

 

「話すな。それは思い出さなくて良い。」

 

 少し呼吸が早くなり、目尻には薄く涙が滲んだ。やはりあの世界では直葉が思いもしないような出来事も多々あったようだ。ゲームであってゲームではない。直葉もやっているALOではゲーム内で何があろうと現実世界に直接影響することはないし、帰ってこれないと言うことはない。SAOでは帰ってくることが叶わないどころかゲーム内で死ぬと現実でも死ぬと言う、正にゲームが現実である生活を強いられた。

 雪菜は少しの間天井を見詰めると、力なく直葉に笑って見せた。

 

「…ゴメンね。そう、でも私から離れたから…気付いてもキリトに言うことなんて出来なかったんだ。」

 

 気丈にも話を続ける雪菜に直葉は申し訳ない気持ちで一杯になった。何の気なしに聞いたことで殺伐とした記憶まで掘り返してしまうなど。やはりSAOで起きた出来事は、普通では想像できないこともあったようだ。

 

「そう…だったんだ……。」

「正しくは気付いた…だけどね。」

 

 語気が弱くなった直葉に雪菜は力なく笑って見せる。

 

「やっぱり一番に守りたかったのもキリトで、背中を預けられる程信頼できたのもキリトだったんだよね。」

 

 そんな雪菜の肩を和人はただ優しく叩いた。そのまま雪菜は和人の肩に頭を預ける。その心地良い重みに今度は和人が口を開いた。

 

「俺だって自覚したのは早かったけど、結局はセツナが危険に陥るまで言えなかったんだ。もし、もっと早く言えてたら違ったのか…とは思うけどな。」

 

 そこで直葉は二人の間にある"大切な人"の重みを知った。ALOで二人が再会したときに感じたそれ。ただの恋人だなんて一言じゃ表せない。的確な言葉がないのだ。確かにそこには恋愛感情もある。ただ、それだけではない。

 

「……そう、なんだ。」

 

 直葉はそれ以上はもう良いと思った。"なんで"なんて理屈じゃない。二人がそうしているのは"当然"のように思えた。

 あの世界に囚われる前、和人は直葉と、家族との距離を置くようになっていた。それがまた家族になれた。それは似た物を抱え、互いに乗り越えることが出来た彼女の存在があってこそかもしれない。彼女がいたから和人はまた直葉との距離感を取り戻し、このように過ごせているのだろう。そしてまた彼女も和人がいたから…。

 そう思うと直葉の胸にすっと入ってきた。

 

「そうだよね。」

「直葉?」

 

 そしてスクッと立ち上がった直葉を雪菜は見上げた。

 

「あんまり妹の前でナチュラルにイチャイチャされてもね。お邪魔虫みたいだから失礼します!」

「イチャ……っ!?」

「自分から聞いたけど、思った以上に当てられたから退散しますよー。」

 

 それはちょっとした直葉の意地悪だった。雪菜は色恋事に疎い。そしてウブだ。直葉の言葉に頬が紅潮する。何のことかと体重を預けている方向を見ればすぐ側に和人の顔がある。それをみて更に顔を赤くした。

 そんな雪菜の反応を見て和人は小さくため息をつく。

 

「今更?」

「だっ、だって!!」

 

 直葉がいるにも関わらず、されるがままかと思えば無意識だったようだ。

 

「スグー……」

「ゴメンゴメン! だから退散するって。」

 

 気付かせた直葉に和人は不平を漏らすもそれはそれで雪菜の反応を楽しんでいるようだった。雪菜が体を離そうとしてもそれをさせない。雪菜は動かない体に唖然とした。

 

「……こんなに力の差があるの……。」

「雪菜は目覚めて間もないし、現実世界(こっち)ではただの女の子なんだよ。」

 

 彼女が対等だったのは…むしろ和人に勝ることがあったのはゲームの世界だからだ。男女差に優位はなく、パラメータが全てだった。しかし現実世界では違う。

 

「そうそう。雪菜さんも、帰って来たんだから。」

 

 二人にそう言われても脱走を図る雪菜だがキリトに羽交い締めにされてはそれは叶うことはない。

 

「…こっちって不便なことは不便…!」

 

 そして体力もまだあまりないため、すぐに疲れ、諦めた。頬を膨らませてそのまま再び体重を和人に預ける。

 

「まぁ、たまには良いかな。」

 

 雪菜が頭越しに和人を見詰めれば、今度は和人の顔が赤く染まる番だった。

 

「なんか素直な雪菜って…。」

「何?」

「いや…弘貴さんにはいつもそんな感じだけど。」

「だって…それは…。」

「それは?」

「弘貴さんはなんとも思ってないから。」

 

 実にシンプルな理由。

 

「俺は?」

「言わせるかなー…好きだからこそ恥ずかしくてどうして良いか分からないって…あるでしょ?」

 

 上目遣いに言われて和人は口許を押さえた。

 そんな二人を見兼ねて直葉はいよいよドアに向かって歩き出した。

 

「はいはい。もう勝手にしてー。お兄ちゃん夕飯までには帰って来てね。」

「あ…あぁ。」

 

 和人の空返事を聞いて、直葉はバタンと大きな音を立てて部屋から出ていった。残されたのは顔を真っ赤にした二人。

 

「直葉、いたんだよね…。」

「雪菜ってほんっとにたまに…。」

「言わせたくせに。」

 

 ただ純粋に妹に見られた恥ずかしさか、行為に対する照れなのか、二人は赤い顔を付き合わせると小さく笑った。

 

「ま、でも、とんだ爆弾だと思ったけど良いこと聞けたな。」

「そう?」

「分かりやすいようで雪菜は分かりにくいんだよ。」

「和人は開き直ると強いタイプだよね。」

「そうかもな。」

 

 背中に感じる心地の良い体温。あの世界の22層に暮らした頃、何度となく感じたものだったが思えば現実世界では初めてだった。重なっていく心音に顔の熱が少しずつ引いていく。雪菜はその心地よさにまぶたを閉じた。

 

「結構落ち着くね。ホントにたまにはいいかも。」

「たまに、じゃなくても全然良いんだけど。」

「…それはどうだろう?」

 

 和人の腕がシートベルトのように被さって来るのを感じる。あの頃だったらハラスメント警告が出ているんだろうなぁと思いながら、当然にそんなアラーム音も鳴らない。

 

「弘貴さんよりはスキンシップ多めにしてくれると嬉しいんだけど。」

「それは和人次第よ。私が多いんじゃなくてあの人が多いのよ。」

 

 時間を共有して他愛もない話をする。聞こえてくる音は確かにあの頃と同じものの筈なのに、デジタルが介入しない分鮮やかにも聞こえる。

 

「じゃぁ俺が増やせば増えるのか?」

「さぁ? どうだろう?」

「……コノヤロウ。」

 

 和人が言ったように、直葉に聞かれたことはとんだ爆弾だったけれど、雪菜も結果として良い機会だったのかも知れないと思えた。想いが通じていたとしても、そう得意ではない色恋事。強引に対峙させられなければ、和人には悪いがずっとスルーしていたかもしれない。ずっと付かず離れず側にいた。隣にいるのは当たり前でも恋人として振る舞うのは気恥ずかしい。

 

「…少しずつね。」

 

 でも、人と心を通わせる温かさと心地よさを知ったから。

 雪菜は右手の人差し指で和人の唇をなぞるとそれを頬に添え、自分の唇を寄せた。

 

「たまにの方が和人の反応が面白いし。」

 

 イタズラっぽく雪菜が笑えば赤面しながらも頬をひきつらせる和人の姿があった。

 

「お前覚えてろよ。」

「やーよ。」

 

 常にそういう状態なのは少しハードルが高い、と言うのはまだ内緒にしておく。でなければ優位を彼に譲ってしまう。どんなことだろうと、恋人だろうと勝ちを渡すのは面白くない。そのためにはこれもレベリングをしなければ。

 

「雪菜? 何笑ってんだよ。」

「別に。」

 

 まだ帰って来て1ヶ月も経っていない。長く感じた2年だったけれど、それよりも長い時間をこの気持ちと共に生きていく。焦ることはない。1層1層攻略したように、一段ずつ上がれば良い。ただそれだけだ。

 

 傾きかけた陽が、澄んだ空気を橙色から赤色へ染め行く窓の外を見て、雪菜はあの頃のことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




直葉の素朴な疑問。
私の疑問を整理したものです(ぇ
キリト→セツナは黒猫団の時、と言うのは皆様にも分かりやすいところだったと思うんです。
そういう風に書いてきたつもりです。
…セツナの記念すべき初デレもそこのはず。
だけどセツナ→キリト…は?
整理した結果、不明と言うことが分かりました。
いや、語弊がありますね。様々な過程を経てと言うことです。
セツナは基本的に小学生男子だと思っておるので恋愛は苦手です。
ほら、付き合いだすとギクシャクして別れていく可愛い人たちいるじゃないですか。
そんな感じです。

次は多分あんまり需要の無い番外編。
私が書きたいだけです。

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