白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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番外編*千日紅の二人

 

 

 目の前にいる男とよもやこんな関係になるとは、人生分からないものだ。…そもそもあの日気紛れでナーヴギアを被ってから、いろんなものが正に音をたてて崩れている。それまで築き上げて来たはずのものが瓦礫と化した。いや、もしかしたらそれまでの自分は初めから瓦礫を積み上げて来ただけなのかもしれない。…そう思えるようになったのはあの世界での出会いたちのおかげ。きっとそれまでの自分なら、あの頃信じていたものを瓦礫だなんて思えなかっただろうから。

 

「やぁ。こうして正面から向き合って話をするのは初めてかもしれないね。」

 

 あの頃と同じように柔和でどこかつかみどころの無い表情。青く、後ろ髪と同じぐらいに長かった前髪は短く切られ、あの頃よりも更に爽やかな印象。明日奈のタイプではないが10人いたら8人はイケメンだと言うであろう容姿。あの世界にいた頃にファンクラブがあったのは伊達ではない。プレイヤーネーム、ディアベル。本名を風間 弘貴と言った。

 

「…そうね。」

 

 そう答えながら明日奈の記憶にはただ一度だけあった。アインクラッド59層のカフェでのことだ。

 

「いや、違ったか。アスナくんに()()のことを相談された時、以来だ。」

 

 意地の悪い男。知っていて訂正をした。明日奈にとってあまり思い出したい出来事ではないのに、揺り動かした。

 

「…あなた、ほんっとに良い性格してるわよね。」

「…褒め言葉だと受け取っておくよ。」

 

 彼のファンだった人の何人が知っているだろうか。あのゲームが始まった時から騎士(ナイト)であろうとした人だ。そんなことは仲間内には晒していなさそうだ。知っているならそれこそ()()、だ。

 明日奈がきつい視線を送ると弘貴は飄々とした笑顔で肩を竦めた。

 

「そう睨まないでよ。まぁ、仲良くやろう。少なくとも後二時間は一緒にいなきゃいけないんだからさ。」

 

 そう、どうしてこんなことになっているかと言うと…

 

「一応お見合いなんだからさ。」

 

 さらりと弘貴に言われ明日奈の頬はひきつった。

 

「私はご飯を食べに来ただけよ。」

 

 東京タワーの見える絶好のロケーション。門から建物の入り口までを立派な日本庭園が迎えてくれる。当然にそこにあるのは、立派な瓦が敷き詰められた、由緒のある日本家屋の様な建物。勿論、部屋の中からも中庭が臨め、ご丁寧に池まである。桜の季節を過ぎた今は、新緑が青々と繁り生命力に満ち溢れていた。そんな場所を、もう、少し気温が上がってきていると言うのに、明日奈は中振り袖を着せられて訪れていた。それは彼が言ったように親に仕組まれたお見合いのためだ。

 悔し紛れにそう口にするも、装いのせいで全くもって説得力がない。弘貴はクツクツと上機嫌に笑った。

 

「そう言うことにしとこうか。明日奈くんもたまにセツナみたいなことを言うね。」

「雪菜、ね。」

 

 明日奈はポロリと弘貴の口から出た名前を訂正する。お見合いと言っておきながら他の女の名前を出すとは、この男、本当に良い度胸をしている。

 

「…折角だから、お酒。御注ぎしましょうか?」

 

 テーブルの上にはお祝いだからと竹筒に入った日本酒が置いてある。明日奈はまだ飲めないが、彼はSAO(あの世界)に行く前に成人していたはずだ。

 

「なんだか悪いけど飲まないのも勿体ないからね。」

 

 硝子のお猪口にとぷとぷと酒が注がれる音が響き、如何に静かなのかが分かる。

 そもそも特に親しいわけでもはない。しかし親しくないと言うのも語弊がある…、と言う微妙な関係なのだ。あの世界にいた間は、攻略と言う共通の話題があった。ギルドの代表格同士として顔を会わせる機会は少なくなかった。だけどプライベートのことを、ああだこうだと話すような関係ではない。

 

「…あなたも大変ね。」

 

 静かな空間に明日奈はポツリとこぼした。

 

「何が、かな?」

 

 弘貴の方はあくまでも変わらず、つかみ所のない様子で答える。

 

「だって…うちの両親の勘違いから始まって…押し切られてこんなことにまでなって…。」

 

 結城家にとってはこれは必ず成功させなければならない縁談だった。

 

 明日奈がSAOに囚われた、と言うのは世間では勿論、結城家でも大事件だった。

 それまで親の敷いたレールを何の疑いもなく真っ直ぐに進み続けた明日奈。幸いにも結城家の人間として十分すぎるぐらいに明日奈は優秀だった。そして容姿にも恵まれた。望む通りに成長していった愛娘が何を思ったかゲームの世界から帰ってこない。受け入れがたい現実だった。

 進学も遅れ、世間からはSAO被害者のレッテルを貼られ、一流と言われる道を歩んでいたはずの彼女がその道から転落した。そんな時に見えた僥倖が風間家との縁談だったのだ。

 

 ALOでの出来事から弘貴は明日奈の病室に駆け付けた。目を覚ました明日奈の元には当然に家族も姿を見せる。父、彰三と顔見知りの青年が娘の病室にいる。しかも取引先の令息である。幸いにもその青年は明日奈と同じくSAO被害者ながら、大学の復学の目処もたっている。同じ被害者であれば娘の事情も理解してくれる。母、京子はなんとか娘の将来を…と早々に話をまとめあげてしまったのだ。

 

「ある意味俺たちは似たところがあるからね。」

 

 俯く明日奈の表情も声の調子も優れない。弘貴はそれを知ってか努めて平常を保つ。

 

「私たちが、似ている?」

 

 弘貴の言葉に明日奈は顔を上げると怪訝な表情(かお)をした。

 

「そうだろう? 親の期待を裏切ることは出来ない。それでいて自由に焦がれている。」

「あなたが?」

 

 信じられないと明日奈は更に顔を歪めた。

 

「年食ってる分、明日奈くんより少しばかり要領が良いだけさ。親の言うとおりに進学して、当たり前のように後を継ぐと思っていたんだ。君とどこが違う?」

「……………。」

 

 弘貴にそう言われ、明日奈は答えることが出来なかった。彼の言うことは正に明日奈がSAOに囚われる前にやろうとしていたことだ。

 

「ついでに言えば、だからこそ俺らの常識にとらわれない()()に惹かれてしまっているところもね。」

 

 弘貴の言う()()とは、明日奈の想い人であるキリトこと桐ヶ谷和人と、彼の想い人であるセツナこと北原雪菜のことである。

 

「俺は君の気持ちを知っているし、君も俺の気持ちを知っている。これほどやり易いことはないと俺は思うけど?」

「やり易い?」

「君も俺も今は親を裏切れないだろう? 基本的にイイコをやって来たんだ。このタイミングでまた道は外せない。だから俺にとっても悪い話じゃないんだ。」

「……あなたって。」

 

 ズルい男。

 明日奈の両親が弘貴を利用しようとしているのと同じように弘貴はただ明日奈を利用しようとしている。ここに来る前、明日奈は気が重かった。弘貴には須郷から救ってくれただけでなく、縁談と言う形で迷惑をかけてしまった。決して病室まで来てくれるような間柄では無かったのもに関わらず、助けてくれた。…正直、あの時弘貴が来てくれていなければどうなっていたかなんて分からない。そんな恩人に次から次へと厄介事に巻き込んでしまって本当に申し訳ない。そう思っていたのに…。

 

「なぁんか気を揉んで損したみたい。」

「持っていて損のないカードは持っていても良い。そう思わないか?」

「そうね。」

 

 お互い手の内は分かっている。だから利用しあうことに遠慮はしなくていいし、手札も切りやすい。

 

「明日奈くんはまだ若いだろ? いずれ俺よりも相応しい人に出会うかもしれない。その頃にはキリトさんへの想いも風化しているかもしれない。だから()は、で良いんだよ。」

「若いってあなた…自分をそんな年寄りのように…。」

「少なくとも君より5年は年食ってるさ。」

「若いかどうかはともかく…それはあなただってそうかもしれないじゃない。」

「さぁ? それはどうだろう。」

 

 明日奈はなんて不思議な人なんだろうと思った。なぜ彼があんなにも人を惹き付け、第一層から癖の強い攻略組を率いてこれたのか。それが帰って来て分かるとは。

 

「…雪菜はどうしてあなたを選ばなかったのかしら。」

「明日奈くんは見る目あるね。」

「そりゃぁ和人くんを好きになるぐらいだもん。」

 

 そう言って二人はニヤリと笑った。

 

「ここのお豆腐料理絶品なのよね。折角だから楽しまないと損だわ。」

「明日奈くんは何度か?」

「まぁね。それよりもその()()って止めてもらえない?」

「そう言われても…。」

「明日奈で良いわよ。」

 

 弘貴が言うようにこれで終わる訳じゃない。幸いにも相手は彼なのだ。選択肢は多い方がいい。向こうがその気ならこっちもそうする。もし、()がいなければ本当に話を受けていたかもしれない。ただ、()に出会って知ってしまったから今はそんなことは考えられなかった。

 吹っ切れたような明日奈の表情に弘貴はほっと一息ついた。

 

「良かった。責任感の強い()()()のことだからきっと悲壮感たっぷりで来ると思ってたんだ。」

「失礼ね。」

「実際そうだろう?」

 

 今は彼に勝つことは出来なさそうだ。明日奈は目の前の料理に集中することにした。これは始まり。彼との関係がどうなるかは分からないけれど。

 

 外の池には鯉が悠然と泳いでいるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




アスナとディアベル編。
なんとなーく書きたかったこの話。
私としてはアスナにはキリトを想っていて欲しいし、ディアベルにはセツナを想っていて欲しい…と言うわけで外堀を埋められている二人ですが中々良好な関係のようです。

千日紅は色が赤紫なので二人の関係として良いかなぁと。
花言葉は変わらぬ愛情。
それはお互いに対してではなく、勿論……です!

次も番外編…?SAO編になるかも。

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