白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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ベタベタ第二弾!


番外編*cliche(クリーシェ)

 

 

 

 

 

 

 

 直葉が帰宅するとリビングは真っ暗だった。

 

 どう考えてもおかしい。いつもなら、部活を終えて帰って来ている自分より早く兄の和人が帰宅しているはずだ。早々とアミュスフィアを被ってALOの中で恋人のセツナとデートと言う名の攻略をしている線も捨てがたいが…だったら連絡の一本でも来ているはずだ。

 直葉はため息混じりにパチッと音を立てて電気を点けた。母は遅いし夕飯は一人かな…などと考えながら顔を上げるとそこには、ダイニングテーブルに突っ伏す和人の姿があった。

 

「おっ…お兄ちゃん!?」

 

 あまりに驚き直葉は素っ頓狂な声をあげた。

 

「───スグか……。」

 

 突っ伏したまま返事をした和人に直葉は何から突っ込んで良いか分からなかった。

 しくしくと、まるで漫画のようにテーブルは涙と鼻水で溢れ、和人からは生気が感じられない。魂が半分抜けかけているのではないかと言うようなそんな状態。彼がそんな風になる原因は1つしか考えられなかった。

 

「雪菜さんとなんかあったの?」

 

 ズバッと直葉が言い切れば、抜けかかっていた魂が完全に家出しようとする。

 

「ちょっ…お兄ちゃん!?」

 

 そんな和人を気休めでも引き起こし、意識を取り戻させようとする。やはり雪菜絡みだ。しかし、直葉には和人がこんな風になるようなことを彼女がするとは思えなかった。

 

「どっどうしたのさぁ!」

 

 直葉は和人の肩を掴み、前後に揺らした。力が完全に抜けている和人の頭は前後にぐわんぐわんと揺れる。

 

「ヒロ……ってなんだろな。」

「ひろ?」

 

 呟かれたのは一言。

 

「心変わりかな…。あいつに浮気って概念は無さそうだしな…。ハハハ…。」

 

 そして和人は乾いた笑いを浮かべた。それを聞いて直葉は顎が外れるかと思うほどに驚いた。

 

「雪菜さんが? あり得ないでしょ!」

「俺だってそう思いたいさ! だけど実際あったんだよ」

 

 そして和人はもうダメだ…、と再び机に突っ伏した。

 

 時は数時間遡る。

 

 

 

 

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「雪菜、帰るぞ。」

 

 放課後。いつものように和人は雪菜に声をかけた。正直雪菜は居眠りが多い。授業の大半を寝ている気がする。本人曰く、中高一貫校に通っていたため、普通の人より授業が進んでいたからだと言う。

 和人たちの通う学校では、救済措置のため2年で高卒資格がとれるようになってはいるが、義務教育は義務教育なのでダイブ前の学年に合わせて必修科目が定められている。…つまり、当時の年齢が幼ければ幼いほど必要とされる科目数は多く、また高ければ高いほど必要単位は少なくなると言うことだ。

 和人と雪菜は同い年だった。なので必修科目は勿論、殆どの授業を同じものを履修している。しかし当時中学二年の下期だった自分たち。雪菜の学校では殆どの科目が中学三年の範囲に入り、科目によっては高校範囲に入ろうとしていた…と言うことだ。…そんなことは私立校あるあるらしい。驚くべきことは2年以上も勉強と言う勉強をしていなかったにも関わらず、雪菜はそれを覚えていた…と言うことだ。和人自身は攻略法で埋め尽くされた脳内を勉学に切り替えるのに随分と苦労した。しかし雪菜はそんなことはなかった。

 SAOの世界ではメチャクチャなことばかりやっていた彼女。アホなのか賢いのかよく分からない。

 そんなわけでこの日も例に漏れず雪菜は爆睡していた。和人は軽く彼女の肩を揺する。

 

「おい、起きろ…。」

 

「……ん……、ヒロ………。」

 

 和人の時間が止まった。

 

 今、何て言った? 聞き間違いか? いや、確かに"ヒロ"と言った。人の名前…そして恐らく男の名前だ。寝言で呟くとはかなり思い入れのある。まさか弘貴さんか? いやいや今さら…。だけど……。

 

 考えがぐるぐると回る。

 和人がそうしている時間は結構長かったのだろうか。雪菜がゆっくり瞼を開け、目を擦り始めた。

 

「あれ…和人? もう放課後かぁ…ふぁ……。」

 

 口許を隠しながら大きなあくびをすれば、今度は両手を天井に向かって結び、思いっきり伸びをして見せる。そして固まったままの和人を見て、小首をかしげた。

 

「どうしたの?」

 

 SAO、ALOに囚われていた頃の猛々しさはとれ、随分と女の子の仕草になってきた。元々女の子らしさは欠けていたが、死と隣り合わせで戦場に身をおいていた頃は余計にそうだった。

 はっと意識を取り戻すも、ついそれに見とれてしまう。美人は3日で飽きると言うが全然慣れない。

 

「かーずーと!」

 

 自分の方が寝ていたくせに雪菜は和人の頬を引っ張った。

 

「あだだだだだだ!」

「目開けて寝てんの?」

 

 そしてニッコリといたずらっぽく笑って見せる。呟かれたの名前が聞き間違いだったかと思うほどに通常運転だ。後ろめたさの欠片もない。

 和人が痛みに頬を押さえると、雪菜はテキパキと帰り支度を済ませてしまう。つば広の帽子に透明に近い色付のサングラス。手には鞄の他に日傘を持っていた。

 

「さっ帰ろ。」

 

 寝ていたのは自分の癖にその言い種。和人は色々と整理が出来ないまま歩き始める雪菜の背を追った。

 

 

 

 

 

 

───

 

 

──────

 

 

 

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 その話を聞いて直葉は呆れる。

 

「で、それについてお兄ちゃん聞かなかったんだ。」

「聞けるわけないだろ!!」

 

 ただ雪菜が寝言で名前を呟いた…と言う事実。それだけでこんなにダメージを受けるとは我が兄ながら情けない。

 

「ちゃんと聞きなよー。多分どうってことないと思うよ? だって雪菜さんでしょ。」

「……………。」

「そんなバカみたいに悩んで凹んでるなら、とどめ刺してもらうか何かしてきなよ。」

「とどめって…。」

「良いじゃん。お兄ちゃんには次の人沢山いるよー。」

 

 直葉にそう捲し立てられ、和人はノロノロと立ち上がった。

 

「…この時間ならALOにいるかな。」

「はーい、行ってらっしゃい。かわいそうなお兄ちゃんのために好きなもの作っててあげる。」

「……サンキュ。」

 

 オンラインでは最強の剣士なのに普段は極々普通の高校生だ。…むしろ雪菜が絡めば若干ヘタレの。直葉は兄の背中を見送ると、台所に立ち腕捲りをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ALOにログインしたキリトはセツナの居場所を確かめる。どうやらいつもの溜まり場にいるようで、胸を撫で下ろした。何かクエストにでも行ってしまっていたら捕まえるのは困難だ。キリトは背中に力を入れると翅を思い切り動かした。

 現実世界はとうに夕方を過ぎ、夜の時刻になろうとしていた頃だったが、24時間制ではないALOの世界は真っ昼間だった。太陽が煌々と照っているのは暗い気持ちの中にいる自分には幸いだった。

 スピードホリックである妹に負けず劣らずのスピードを出せるキリトは目的地まで一気に飛び抜ける。…と言ってもそう遠くはなくすぐに翅を畳むことになるのだが。

 溜まり場の酒場の扉を開ければ、アルゴと談笑するセツナの姿があった。

 

「セツナ!」

 

 キリトが息をきらして名前を呼べばセツナはいつも通りの顔を向けた。

 

「あ、キリト。今日は遅かったね。」

 

 本当に通常運転。腹が立つぐらいに。キリトはつかつかと歩み寄るとセツナの手を取り、席を立たせた。

 

「キャァッ!?」

「アルゴ、コイツ借りてくな。」

 

 強引なキリトにセツナは小さく悲鳴をあげ、そんな光景にアルゴはニヤニヤと笑った。

 

「ナニナニー? 随分と面白そうだナ。」

「俺は面白くない。」

 

 そんなアルゴを一蹴するとキリトはセツナを引き摺る勢いで歩き始めた。目の前にいるのが情報屋だろうがなんだろうが気にしていられなかった。

 

「ぇっ? ちょっ…どうしたの? アルゴまたね。」

 

 戸惑うも、引き摺られるわけにもいかないのでセツナは慌てて歩みを進める。

 

「キー坊! ツケにしておくヨ!」

「今は昔ほど需要無いだろ。」

 

 背中に浴びるアルゴの言葉をいなし、店を出るとキリトはそのまま地面を蹴った。それに慌ててセツナも翅を開く。無言で飛ぶキリトに取り敢えず従うセツナ。空には新生アインクラッドが佇んでいる。雲に少し隠れるとまるでアニメ映画に出てくる伝説の城のようだった。なんど見ても世界が終わりを迎えた日を思い起こされる。

 

「キリト! どうしたの? 変だよ。」

 

 あくまでも普通に、後ろめたいことなど微塵も感じさせないセツナにキリトは直葉の言っていたことを思い出す。それでもあの時呟かれた言葉は衝撃的だった。

 

「セツナ、俺に言ってないこと無いか?」

 

 振り返ってセツナの目を見る。現実世界とは違い、南国の海を思わせるような澄んだマリンブルー。急停止に揺れる金髪にも未だ慣れない。

 セツナはキョトンと目をしばたたかせる。

 

「言ってないこと…? 隠し事ってこと?」

 

 そして小癪にも小首を傾げた。キリトは怒っている筈なのにかわいいと感じ追及を止めてしまいそうになる自分を戒めた。先に惚れた方が負けとはよく言ったもんだ。

 

「あるだろ?」

 

 それでもじっと視線を送ると、セツナは斜め上に視線を送りながら少し考えた。そしてポンと手のひらを打った。

 

「あ、もしかして…。え、でも誰にもまだ言ってないのに…。」

 

 思い当たることがあるのかとキリトはそのまま墜落してしまいそうになるのを耐えた。真相は正しく突き止めなければ意味がない。

 

「その…ヒロって……。」

「えっ! なんでキリト知ってるの!?」

 

 (くだん)の名前を出すとセツナは両頬を押さえて顔を真っ赤にした。…なんかもう死んでしまいたい。それがキリトの正直な気持ちだった。

 

「今日、名前呼んでただろ? やっぱりディアベル…。」

 

 しかしキリトがそう言えばセツナはぷっと吹き出して大声で笑い始めた。

 

「やだっ…アハハハ、何勘違いしてるの?」

「へ?」

 

 さぞかし間抜けな顔をしているだろうがそれどころではない。

 

「そっかぁ…私寝惚けて名前呼んじゃったんだ。でもディアベルは関係ないよ。そうね、あの人ヒロキだったわね。」

 

 ケタケタと笑うセツナにキリトと暗鬱とした気分は一気に吹っ飛ばされた。しかし何がなんだかわからない。

 

「……関係…ないのか?」

「まったくね。」

 

 呆けるキリトをセツナは覗き込む。

 

「何? ヤキモチ?」

「…………………。」

 

 ニヤニヤと笑われてはなんと返して良いか分からなくなる。

 

「そっかぁ、勘違いしちゃうぐらいキリトは私のこと好きなんだー。」

「ちがっ……!」

 

 セツナにそう言われ、キリトは反射的にそう言うが失言に口を押さえた。

 

「違うの?」

「……違わない。」

 

 完敗だ。セツナには色んな意味で敵わない。SAOが始まった頃からずっと振り回されている。

 キリトが降参し、肯定を現せばセツナは満足そうに笑った。

 

「よろしい。そんなキリトくんにいいことを教えてあげる。」

「いいこと?」

「ヒロって言うのはね…うちの猫のことよ。」

 

 その瞬間キリトの時間が止まる。

 

「ねっ…猫ぉ!?」

 

 まさかそんなベタな展開が待っているとは思いもせず。

 

「うん。アルビノの子でね。かわいいわよぉー。あ、でも男の子だからある意味浮気?」

 

 そんなキリトの心を知ってか知らでかセツナは上機嫌に話す。…そんな満面の笑み中々見ない…とキリトは何を喜んで何を悲しめば良いのか分からなくなる。取り敢えず分かったのは直葉が言ったように雪菜に限って所謂浮気は無かった、と言うことだった。

 

「なんか…バカみたいだな。」

 

 一気に脱力するキリトの頭をセツナはガシガシとなで回した。

 

「ふふ。ゴメンね。でも大丈夫だよー。私色恋事弱いからキリト以外にそんな感情湧かないと思う。」

「左様で。」

「ええ。」

 

 この数時間の心労を返して欲しい。いや、勘違いしただけなのだけど。それでもセツナの表情を見ているだけで全部吹っ飛んでしまいそうになる自分は一生彼女には敵わないんだろうなぁと思うキリトだった。

 

「今度見においでよー。学校帰りでも。」

「考えておくよ。」

 

 ほとぼりが冷めるまではその猫に会う気にはなれなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 




タイトル、使い古された表現。
はい。まんまです。

学校の単位についてはオリジナル設定ぶっ込んでます。中高一貫の授業の進み方は…高校から中途入学すると死にます。(実体験)

名前とか生物とかは色々とどうしようかなぁと思いつつ紛らわしい感じでヒロ。そしてセツナには猫が似合うかなぁと適当な感じです。
そもそもベタベタ展開書きたかっただけなんで…。

もうすぐ100話。GGOは100話目からかなぁと思いつつ番外編のネタがもうないジレンマ。

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