白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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リハビリに短い番外編を。
SAO編の蒼の騎士の想いの続編的な。


番外編*あの日の約束

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ALOをクリアしてから暫くして、弘貴は雪菜の病室にいた。

 

 あの頃より少し痩せ、髪は伸びているが、透き通る肌も赤い勝ち気な瞳も、そして光を反射する白い髪もそのままだった。以前、和人に連れて来られ、未だ目を覚ましていない彼女に会ったこともあったが、やはり意識がないのとあるのとでは大違いだ。それに、特に印象的なのはやはりその赤い目なのだ。

 SAOの内部はかなり精巧だった。個人差はあれど基本的には現実とほぼ変わらなかった…2年もの月日を過ごすうちに皆が適応していったのもあるのだろうが。それでも、帰ってくるとその違いを知る。逆に作り物のようなその瞳から弘貴は目を離せなかった。

 

「どうしたの? ディア…じゃなかった、弘貴…さん。」

 

 変わらない声でそう言われ、弘貴は我に返った。

 

「いや、悪い。」

「そ?」

 

 くすくすと笑う彼女はあの中より少し穏やかに感じた。服装以外は変わらない彼女に現実と()の世界を混同する。

 

「しかし…分かっていても不思議なもんだな。」

「この姿? 自分じゃよく分からないけど…取り敢えず不自由さを思い出したわ。」

 

 雪菜は両手でそっと眼鏡に触れた。そう、それは向こうでは無かったものだ。

 

「こんなにも見えなかったのよねー…これも手放せないし。帰ってきたかったけど不自由なのは少し嫌になるわ。」

「あぁ…少しわかる気もするが…セツナの場合はその比じゃないのか。」

 

 弘貴も視力が良い方ではない。普段はコンタクトをしている。確かに、向こう側ではそんなことは必要なかったわけで、帰って来た時に視界がボヤけていたのは暫く肉体を使っていなかったからなのかただ単に視力のせいだったのかは定かではない。

 

「比じゃない…って言うか…。まぁそれで良いか。とにかく眩しくて。大分感覚戻ってきたけど快適さに慣れすぎるのも…ね。」

 

 今日は快晴。病室のカーテンは締め切られていた。

 

「…眩しい……。」

 

 弘貴にはぴんとこない話だった。

 

「虹彩にね、色素を持たないから…。」

 

 口元だけで笑顔を作り、そう答えた彼女。おそらくはそれも彼女の特性によるものなのだろう。

 

「そうか…。」

 

 そう答えるのがやっとだった。

 

「まぁ今に始まったことじゃないわ。」

 

 その話題を続けるのは精神衛生良くない。弘貴は今座っている場所におそらく1番座っているであろう人物を浮かべた。

 

「それより、今日はキリトさんは来てないのか?」

「あれ? 和人はこの時間リハビリよ。知ってて態々この時間に来たんだと思ってた。」

 

 それを聞いて弘貴は胸を撫で下ろした。つまりは暫くはゆっくり二人で話ができると言うことだ。

 

「いや、知らなかったけど助かったかな…って。」

「助かった?」

 

 セツナは首をかしげる。

 

「今日は約束を果たしに来たからね。」

 

 そう言う弘貴には雪菜は逆方向に再び首をかしげた。それもそのはず。その約束と言うのは弘貴がただ胸に誓っただけで、雪菜本人と約束を交わしたわけではないのだ。

 

「…私…何か忘れてる?」

 

 だから雪菜の口からそんな台詞が出るのは当然のことだった。弘貴はゆっくりと首を左右に振った。

 

「違う。俺がずっと伝えたかったことだよ。」

 

 それは、1年程前。2人で出掛けた時のこと。その時はディアベルとしてセツナに告げた想い。今度は弘貴として雪菜に伝える。

 弘貴は視線を真っ赤な瞳から光を反射する髪へと移した。

 

 

 雑じり気のないその色。まるで雪にでも覆われているかのようだった。しかしそっと手を伸ばしても当然冷たくはない。

 

「きれい…だな…。」

 

 伝えたかった言葉は零れ落ちた。

 あの時、その姿が現実の物と違わぬと知っても、そして実際に目にしてもそれは変わることはなかった。"気持ち悪い"。彼女はそう言ったし、その様な扱いを受けてきたのも分かる。ただ弘貴にとっては純粋にきれいな物に映った。

 どこか景色でも見るかの様に言った弘貴に雪菜は目を見張った。そして口を開きかけ一度言葉を飲み込むと、ゆっくり瞬きをしてから言葉を紡いだ。

 

「……弘貴さんは…人の望む言葉を言うのが得意みたい。」

 

 その口元には穏やかな笑みが湛えられている。

 

「和人とは大違い。…だけど、だから私はあなたじゃ駄目なんだわ。」

 

 凛とした表情に弘貴は目を放せなかった。

 

「…私が異端だから美しい。それは私を思う1つの答えかもしれない。けど、和人は絶対にそうは言わないの。」

 

 雪菜はカーテンの閉まった窓に視線を移した。光は柔らかく射し込んでくる。

 

「これが当たり前で…。触れないわけではない。ごく自然なものとして扱ってくれるの。」

 

 その言葉に弘貴ははっとした。そして二人の関係には決して割り込めないことを悟る。

 

「確かに、私は先天性白皮症…アルビノと言う疾患を抱えている。だけど、その前に私は私だし…うまく言えないんだけど、和人はその私自身を見てくれている。舞神としての私ではなく、セツナと言う一プレイヤーを見てくれたように。」

 

 そう言われては何も言葉は出なかった。弘貴(ディアベル)にとってのセツナは【舞神】であり、当然キリトも【黒の剣士】…つまりは憧れと羨望の対象でもあるのだ。友人であってもその感情が無いわけではない。

 

「そうか…。」

 

 改めて叶うわけないのだと思い知らされる。

 

「私は、弘貴さんのことを恩人だと同時に大事な友人だと思ってるけど…あなたは…。」

「本当に鈍いようで良く見てる。」

 

 そう、弘貴にはとって雪菜は当然友人であり想い人であるが、それより勝るのが最強プレイヤーと言う憧れなのだ。

 

「直葉に言われたけど…私のあなたに対する態度はどうも思わせ振りみたいだから、言葉ではしっかり言わないとね。」

 

 そう言って肩を竦める雪菜に無自覚は性質(たち)が悪いと改めて思う。

 

「行動に自覚なしか。」

「あなたに対する親愛の情に嘘はないもの。」

 

 周囲からすればよっぽど和人に対するよりもスキンシップは多めだ…2人の時は別なのかも知れないが。本人も周囲も勘違いしてもおかしくないぐらいには。それでも容赦のない言葉に弘貴はため息を落とした。

 

「――……フラれるのは何度目か…慣れないな。」

「こんな小娘に拘らなければモテるでしょうに。」

「違いない。」

「勿体無いことしたなぁって思わせてね?」

 

 イタズラっぽく笑う雪菜はあの時と同じ表情で、あの世界であの時に共にした時間は今と同じ穏やかなものだったのかと思えた。それはきっとあのデスゲームを生きるのに必要な時間だった。それを確認できただけでも伝えたかいはあったように思えた。

 

 カーテンの向こう側では陽が南に昇りきったところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完全リハビリの短編です。
一応読み返したときに約束があったので回収してみました。
GGOも少しずつ少しずつ…

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