――――いつの時代にも、『お受験』というのは存在するものだ。
小学校や中学校……法的にまだ『義務教育』と呼ばれる教育をする学校機関の中でも、レベルが格段に違ったり他の学校とは違う特別な校風があったりする小中学校に入学する時は、まだ幼い子供であっても勉学に勤しみ、狭き門を通り抜けねばならない。
最近はごく普通の私立中学でも、倍率が4倍を超えてしまう現象が見られるが、それとはまた違う中学を、俺達は受験する。
「うおぉぉ……。緊張してきたぁ……」
目の前にそびえる壁に彫られた『東京武偵高校付属中学』という文字の前に、緊張癖のある俺は顔色を悪くしていた。
「もう響哉ったら……。そこまで緊張する事ないでしょ?」
俺の隣にいる女の子――黒坂燐が、俺の顔を苦笑いしながら覗き込んできた。
「緊張するのに理由なんてないんだっ!」
「はいはい。わかりましたよーっと」
燐は若干俺のことを茶化しながら、武偵中高区内へと入って行く。
「待ってくれ! 俺を置いて行くな!」
俺は慌てて燐の背中を追いかけた。
――俺と燐が受験する東京武偵高校付属中学、通称『東京武偵中』は『武偵』という国家資格を得るための専門機関と中学校を混ぜ合わせた『一応』ではあるが教育機関だ。
なぜ一応が付くのかというと……教師から習うことの中に『普通じゃない』科目がある。
その科目とは、『学科』にもよるが俺達が今から受ける『強襲科』だと『戦闘』。
武偵の中で最も平和で安全な学科と呼ばれることの多い『探偵科』は『捜査術』。
他にも『装備科』なら『銃火器の構造』なんかを教わり、『救護科』なら『医療術』を習う。
高校に上がるとそこからさらに専門的な学科に枝分かれするのだが、中学校ではこの程度だ。
もちろん、中学校なので文科省の定める学習指導要領は守る。
それに加えて専門の技術を学ぶのだ。
試験官の代表らしい先生による強襲科の試験の説明を終え、遂に俺と燐の人生初の受験が幕を上げた。
受験の内容は『10人程度の受験生を一度に闘わせ、その戦闘内容で評価する』というものだった。言ってみればバトルロワイヤル形式だ。
俺と燐は、自分たちの番を控室で待っていた。緊張で手が汗ばんで気持ち悪い。
『受験番号31から40の受験生。試験を開始する』
端的な放送がスピーカーから流れる。
俺の受験番号は73番で、燐の番号は38番だ。つまり、今から燐は行かなければならない。
「燐の番だな」
「うん。ちょっと不安かな」
そう言う燐の顔色は、いつもより少し暗かった。
「大丈夫だ! 燐なら絶対合格するって!」
俺が励ましてやると、燐は笑った。
「ありがとう、響哉」
燐はそれだけ言って、控室から出て行った。
すでに試験が終った受験生は、別の部屋で全ての受験が終るまで待たされる。
よって、ここから俺は1人だった。
そして待つこと1時間半……遂に俺の番が来た。
俺は人が少なくなった控室を出て、会場へと歩を進める。
かなり広い舞台の上には、格闘技の試合のように審判と見られる先生が何人もいる。
舞台の上にいる受験生は俺を除いて9人……。中々数が多い。
ちなみに――――この試験……共闘もアリだ。
例えば、誰かが1対1で闘っているとする。そこに第3者が介入して、弱い方を助ければ強い方を倒せるかもしれないし、普通に強い方に味方してポイントを稼ぐことも許されるということだ。
つまりこの試験は、自分と相手の力量をある程度理解できる者を選出するためのものなのだ。
まあ初めはとりあえず、あそこにいる見るからに弱そうなヤツ……71番を倒しに行くか。
俺はわりと長身な方だからな。初めに狙われる事は無いだろう。
――それよりも気を付けるべきは……『アイツ』だ。
『アイツ』は……79番は俺よりも身長があって、なんとなく雰囲気が他のヤツと違う。この試験の本質を、多分俺よりもよく解っている。できるだけ距離を取って、なるべく近くで闘わないようにしよう。
俺は『ソイツ』から離れた場所で、尚且つ目を付けた弱そうなヤツの近くに移動した。
「では……試験を始めてください!」
審判の先生がそう告げると同時に、俺は目を付けたヤツに向かって拳を振り下ろそうとする――――!
――だが、俺は殴れなかった。意外過ぎる相手の介入によって。
さっき俺が危険視して距離を取った、79番がまるでライダーキックをするように俺と71番の間に割って入った。アイツも71番を狙ってたのか?
だが俺の予想とは裏腹に、79番は俺に向かって攻撃を仕掛けてくる。
(コイツの狙いは、俺――――――!!?)
ドンッと、俺は壁に背中をぶつける。
気付いたとしてももう手遅れだ。俺は逃げようと後退していく内に、その逃げ場……背後も失ってしまった。
殴り返しても簡単に避けられ、カウンターを浴びせられる。この圧倒的な屈辱に、俺はただ嵐が過ぎ去るのを待つだけの人のように、耐え忍ぶしかないのだろうか?
――――認めない。
俺はこの時、自分が弱者だと思い知らされた。だが、このままでは『ただの弱者』だ。
俺は、そんな弱いヤツになりたくはなかった。
「オラァァァァッ!!」
渾身の力を込めた拳を79番に加減無く本気で放った。それは奇跡的に79番の顔面にヒットし、鈍い音と嫌な手応えがした。鼻の骨が折れているかもしれない。
(これで、終った……)
そう思うほどに、俺の正拳は完璧に決まっていた。
……だが、俺の顔面に、さっきのお返しと言わんばかりの拳が飛んできた。
――――俺の意識は、そこで途切れた――――。
そして数日後、俺の家に武偵中の入試結果が届いた。
結果は―――不合格。
1人も戦闘不能にさせられなかったのが大きいらしい。あの最後の抵抗も、外したと思われているようだ。本当はかなりのダメージがあの一撃で通っていたハズなのだが。
一緒に受験した燐の方は、合格だった。だが、別に羨ましいとは思わない。
「運が悪かっただけだよ。響哉はホントは強いんだから!」
「でもなぁ……負けちまったし。次受験する時は高校の時か~」
「え? 普通の中学校からでも編入はできるよ?」
「いや。そんな中途半端な事は、したくない。それに……」
「それに?」
俺は燐の方を見て、笑顔を作った。
「次会う時は、お前がビックリするくらい強くなってみせる! そんで、俺を負かしたヤツに絶対リベンジする!!」
「――じゃあ、私も響哉に負けないくらい強くなってるよ! それで、高校生になったら……」
「コンビを組む、だろ? 約束な」
俺は、燐が言い切る前にそう言った。
「うん! 約束ね!!」
――――それから3年後、俺達は強くなり、そして再会した。
……だがこの時の約束は、未だに叶っていない――――。