「さて、と」
朝の10時頃。カバンを肩に担ぎ、俺は自宅の玄関で親父と姉貴に見送られ、学園島に戻ろうとしていた。
「お盆くらい家で休んでいけばいいのに」
「そういう訳にもいかねえよ。訓練とかあるし」
本当は昨日のうちに帰ろうとしていたのだが、姉貴に引き止められて結局一泊してしまった。その遅れを取り返すためにも、正午までには武偵高に戻りたい。
尤も、姉貴は納得のいかない表情をしているが。
「次はいつ帰ってくる?」
「正月は帰ってくると思うけど、どうなるか分かんねえ」
「はー。大変だな武偵ってのは」
姉貴が同情の眼差しを送ってくれているが、それは武装弁護士を目指す人が果たして言っていい言葉なのだろうか。
「おい響哉。これからが、大変だぞ」
「……? おう、わかってるよ。じゃあな」
一瞬、親父の言葉が不自然に力んだような気がしたが……この時の俺は特に気にすることもなく、炎天下の下に出て行った。
◇◆◇
――熱い。暑いではなく、熱い。
なぜこの国はこんなにも日差しが強く、尚且つ日差しが強いのだろうか。北国出身の私に対して、何かしらの敵意を持っているのではないかと時偶疑うことがある。
一刻も早くエアコンのある寮に戻ってしまいたいのだが、私は今、武偵高の超能力捜査研究科……通称SSRの校舎から出てきたばかりで、この後もすぐにそこへ行かなければならない。
いや。どちらかといえば、私はそこくらいにしか行く場所がないのだ。私の持つ超能力(ステルス)、脳波計(スキャンメトリー)は触れた相手の思考を読み取ってしまうため、周囲の人間に余計な手間を掛けさせてしまうかもしれないからだ。
……この超能力に、私はあまりいい感情を持ちあわせてはいない。幼少期に覗き見た異性の脳内はあまりにも醜く、性的嫌悪感を覚えた。ただすれ違った人と肩がぶつかった程度で頭の中を覗かれたとして文句を言ってくる人も大勢いいて、彼らは私を迫害した。
それでも私は――――何かしらの繋がりのようなものを求めて、偶然でも何でも、見てしまった思考の中に危険なことがあれば、それを注意することにしている。
だが、結果的に私は一人ぼっちだ。だから私と似た境遇の者が多いSSRは、私にとってはとても居心地がいい。同類相憐れむと日本の諺であるが、今の私はまさにその通りなのだろう。
――――そんな時だ。あの男に出会ったのは――――。
普段からヘラヘラしているかと思えば、危ない橋を単身で渡ろうとしていたり……。
あの日、武偵高で最も危ない教師陣が一同に介したあの場所にむかうなど、馬鹿のやる所業だと心の底から呆れた。
そのまま放っておいても良かったが、気になって様子を見に行くと、案の定彼はぐったりした様子で地面に倒れていた。
ここで放置していたら、風を引いてしまうんじゃないかと、私の良心が彼を保健室まで運ばせた。
今思い返すと、私は誰かとの繋がりに飢えていたのだとよく分かる。それは今もそうだが、私は誰かの為になることをすることで、その見返りを受け取ろうとしていたのだ。
それを恥ずべきことだとは思わない。他の誰もが、意識しないうちでやっていることだから。
「――よお、時任。奇遇だな」
コンビニで弁当を選んでいると、遅れて入ってきた男に声をかけられた。その声を聞いた時、私の心臓はドキッと大きな鼓動をあげる。
彼は同じクラスの朱葉響哉……私の、好きな人だ。
「響哉か。最近、武偵高の生徒が大勢帰省しているようだが、お前もそうだったのか?」
「まあな。季節的にはお盆だし。……ああ、お盆っていうのは、先祖の魂がこっちに帰ってくる時期のことで、親戚とかが集まって墓参りに行ったりするんだよ」
「変わった風習だ」
「日本じゃメジャーだよ」
そう言って、彼は慣れた手付きでコンビニの棚からビニールで包装されたサンドイッチやおにぎり等をいくつか手に取り、レジへ持っていく。
私はプラスチックの容器に盛られたスパゲッティを持ってその後に続き、何でもない些細な会話をしながらコンビニを出て適当な場所にあったベンチに並んで腰を掛けた。
……異性とこうして並んでいることに、改めて驚きを隠せない。
私は男性が嫌いだ。年上、年下、同年問わず、異性と接すると幼少期のトラウマが少なからず蘇る。
いや、トラウマと言うよりも、男という生物が欲望に忠実な者が多いからこそ、私は男の脳波を読み取りたくないのだ。祖国のチェルノブイリに誰も足を踏み入れたくないように、私も男の品のない頭の中を覗こうとはしない。ただ、それだけだ。
しかし、偶然というものは起こり得る。現に私はこの男の思考を偶然、読み取ってしまったことがある。
その時はどうとも思わなかったが、彼は……響哉は、どこまでも真っ直ぐなのだ。私がそれをやっと理解できたのは、もう1度彼の思考を読んでしまいそうになった時だ。
1度目はそれほど深く読み取れはしなかったが、2度目は彼が強引に私の額を自分の額に押し付けたせいで、視たくもないものを視せられてしまいそうになった。
結果として私は彼の思考を読み取ることができなかったが、その代わりに何か、今まで感じたことのない熱意というか、そういうものが私に伝わってきた。
その時の彼の瞳には一点の曇もなく、ただ真っ直ぐに私の眼を見据えていた。時任ジュリアという人物と、彼は迫害も畏怖も何もなく、直に接してくれた。
私はきっと、この男のそういう真っ直ぐな気持ちに惹かれたのだろう。
だからアドシアードの後、私は心から元の響哉に戻って欲しいと願った。あの不安定な彼の姿を見るのは本当に辛かったが、私は祈ることしかできなかった。
しかし、響哉を戻してくれたのは神でも仏でもなく、同じ1年生の男子生徒だった。こんなに歯痒い事はない。
それに響哉は稀に、人が変わったように雰囲気をがらりと変える時がある。そんな彼の姿には、僅かな恐怖さえ覚える。
私は直感した。響哉はアドシアードの時に何か、大きな変化を余儀なくされたのだと。その時一緒にいた志波さんの話を聞くと、彼の顔見知りの女性がキッカケの可能性が非常に高い。
(響哉……お前はどうして、私に一言でも相談してくれない?)
解っている。自分の能力では、響哉と闘えないことは。それでも、何かの手伝いをすることはできるはずだ。
(私はお前の力になりたい。お前が望むなら、私にできることは何でもする。だから、もっと他人を頼ってくれ……!)
この口に出して叫びたい。でも、言うことができない。私や、他の誰かと話す時の、何かを隠していると悟られないようにする彼の姿を見ると、言葉が喉で詰まってしまう。
だから私は、響哉が全てを自ら話すその時まで、ひたすらに待ち続けると決めた。それは『逃げ』なのかもしれないが、私はそれを恥とは思わない。
彼の役に立てないのなら、彼の邪魔にならないようにするのが私の役目なのだから――――。