緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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水投げ

 

 

 

 

 9月1日……武偵高は一応高等学校なので、もちろん2学期の始業式がある。

 その時に来ていく服装は、世界初の武偵高だというローマ武偵高の制服を模した、『防弾制服(ディヴィーザ)・黒(ネロ)』と呼ばれる、その名の通り黒い防弾制服だ。これは国際的な慣例らしく、わざわざ名札も付けなければならない。

 

 本来、こういう集会に集まってくるのは時任や志波みたいに真面目な人間か、俺みたいにヒマなヤツか、単位が悪いバカ者のどれかと相場が決まっている。

 

 同部屋の3人は、真面目な春樹とヒマな龍、成績の悪い戒と、その相場の3人が揃っている。そのため俺は同じくヒマな龍とコソコソ話をしながら、校長の話を聞き流していた。

 

 

 そんな始業式が終わった後、俺達がさっきまでいた講堂前の道路ではリトル・エヴァの名曲『ロコモーション』に乗せて、2年生のマーチングバンドが始まっていた。

 

 羽根付き帽子にマーチ衣装姿のバトントワラーの先輩達がくるくると回している物は残念ながら普通の棒(バトン)ではなく、弾の入っていないアサルトライフルや狙撃銃である。

 自衛隊や警察なんかも、昔から似たようなパレードをしてイメージアップを図るが、武偵高ではそれが顕著に現れる。校長である緑松の趣味が全開なのだ。

 

 

(校長といえば……そういや今日は、『水投げ』の日だったな)

 

 水投げとは、元々は校長の母校でやっていたらしい『始業式の日には誰に水をかけてもいい』という変わった風習のことだ。

 それを先代の武偵高生徒はどう聞き間違えたのか、水投げを『始業式の日には徒手でなら誰に喧嘩を売ってもいい』というとんでもないケンカ祭りにしてしまったのだ。

 

 しかし、勝っても名が上がらないような1年生相手に喧嘩を売ってくるようなヤツはいない。なので俺はあまり警戒もせずに、マーチングバンドのパレードを横目に4人で飯を食いに学食へ行こうとしていた。

 

 

 

「――見つけたぞ、朱葉響哉ァ!!」

 

 

 突然、背後から大きな声で名前を叫ばれて俺は振り返った。そこには額にバンダナを巻いた160センチくらいの小柄な少年が、息を荒くさせながら1人でニヤついていた。

 

「今日は誰と喧嘩してもいい日なんだろ? このオレと【雲雀(ヒバリ)】を賭けて勝負しろ、朱葉響哉!」

 

 ビシィッ! と指で俺を指す少年。しかし、彼が何を言っているのか、俺にはさっぱり理解できないでいた。

 

 

「おい響哉、アレはお前の親戚か何かか?」

 何を思ったのか、龍がそんな事を俺に尋ねてくる。

 

「そんなわけあるか。知らねーよ、あんな生意気そうなガキ」

「誰がガキだ! オレはれっきとした高校生だ! 馬鹿にするんじゃねぇッ!」

 

 『ガキ』と言われたのが相当頭にきたのか、少年はダンダンと地駄踏して怒りを露わにしていた。そういう行動が一々子供らしく見えることに、コイツは気づいていないのだろうか。

 

 

「お前誰なんだよ。名前は?」

「オレの名前は玄田(ゲンダ)剣(ケン)だ! さあ、勝負しろ!」

 

 少年はそう言いながら背中に手を伸ばし、なんと服の中に隠していた日本刀を抜刀してきた。

 

 

「――ッ!?」

 

 俺達4人の表情が、一気に険しくなる。

 

 刀身の長さは目測でおよそ70センチ、柄糸の色は黒。太陽の光を鈍く反射する刀身に、俺は先日手にしたあの小太刀を連想させた。

 

 

(まさか、コイツが言っていた【ヒバリ】っていうのは、この小太刀のことなのか……?)

 

 昔、親父から銘を聞いたような気がするのだが、随分と昔のことなのでどうにも思い出すことができない。そもそも、親父は銘を言ったのだろうか。それすらも酷く曖昧だった。

 

 

 

「さあ、刀を抜け!」

 今度は刀の切先で俺を指して、玄田は意気揚々と言い放つ。

 

 こんな人通りの多い場所で無暗に拳銃を使うわけにはいかないので、俺は渋々小太刀に手を伸ばそうとした。

 

 

「待ちな、響哉。こいつは俺が相手をする」

 そう言って元だと俺の間に割り込んだのは、龍だった。

 

「何だテメェ。邪魔すんな」

「口の悪いガキだな。ま、俺達が言えた事じゃねーが……」

 

 龍は腰に帯刀していた日本刀を抜刀し、八相の構えで戦闘意志を相手に示す。

 

 

「ザコが。いいぜ、朱葉響哉と闘う前のウォーミングアップだ」

 

 玄田も龍の誘いに応じたようで、刀を上段に構えて身体の重心を僅かに下げた。

 

 

 

「後悔すんなよッ!!」

 

 直後、玄田は地を蹴り瞬く間に数メートルあった龍との間合いを詰め、肉薄した。

 

 

(疾い……ッ!)

 俺は玄田のスピードに戦慄し、目を見開く。かつて闘った銭形や雅を凌駕するほど、玄田の速さは凄まじかった。

 

 

 

 だが、その超スピードで迫る玄田よりも先に刀を振り降ろしたのは、彼を待ち構えていた龍だった。

 

 

 渾身の力と体重を乗せて振るわれた龍の刀は玄田の刀を斬り下げ、そして甲高い金属音とともに玄田の手から刀を弾き飛ばしてしまった。

 

 アスファルトの上を玄田の刀が転がり、玄田自身は加速を付けすぎたのか、つまずいて前のめりに倒れそうになっていた。

 

 

 

「悪いな。ウォーミングアップで終了だ」

 

 チンッ、と刀を鞘に戻した龍は、玄田の刀を拾い上げて、それをまじまじと見つめていた。

 

 

「……この日本刀、どこで手に入れた?」

「テメェに言う義務はねえ! 返しやがれ!」

 

 指を龍に向けて叫ぶ玄田だが、いつの間にか彼の隣には戒と春樹が回り込んでいた。俺はそれを、少し離れたところからただ眺めているだけである。

 

 

「大人しくしろ!」

 戒と春樹が玄田を抑えこみ、身動きを取れなくさせた。勿論、玄田は暴れるが、戒がしっかりと腕を抑えてしまってどうにもならない。

 

 

「チクショウ、離せ! 俺が何したってんだ!」

「水投げでは武器の使用はルール違反なんだよ、ボケ。危ない物振り回しやがって」

 

 俺は戒が抑えている玄田に水投げのルールを言い聞かせた。

 

 

「大体お前、どこの武偵だ? ここの生徒じゃないだろ」

「俺は武偵じゃねえ、一般市民だ! 市民にこんな事して、許されると思ってんのか!?」

「…………」

 

 そう吠えた玄田に、俺達は絶句する。

 

 

「……おい、春樹。時間」

「11時02分だね」

「了解。11時02分、銃刀法違反の現行犯で逮捕っと」

 

 戒が懐から手錠を取り出し、玄田の手首にそれを掛けた。

 

 

「は……?」

「いや。だからさ、銃刀法違反。あんな立派な日本刀を俺らの前で振り回しておいて、現行犯で取り押さえないわけねえだろ」

 

 ポカーンと口を開いたまま微動だにしなくなった玄田を、戒はただ呆れたような眼差しで見つめていた。

 

 

 

 

 ――その後、暴れる玄田を押さえつけつつ教務科まで彼を連行した俺達は、その後の処分を尋問科の教師である綴に引き渡してこの騒動を収めたのだが……

 

 

「それ、持ってきちまって良かったのか?」

「いいじゃねーか。あの玄田ってやつが綴の尋問でヘロヘロになって出てくるまで、俺が安全のために預かってるだけなんだし」

「物は言いようだな」

 

 龍は玄田の持っていた日本刀を腰に差し、俺の隣を歩いていた。何とも追い剥ぎのようなことをしてしまっているが、一応の筋は通っているので特に誰からも文句は言われることがない。まあ、玄田には文句を言う資格はあるだろうか。

 

 

 

「ところで、彼は響哉くんを狙ってきたみたいだったけど、何か心当たりはある?」

 春樹が、俺も頭の片隅で引っ掛かっていたことを尋ねてきた。

 

「それが全くないんだよなぁ。ま、武偵なんて誰からも恨みを買う職業だし、こういうこともあるって」

 

 

 結局は、そういうことなのだろう。この前一斉逮捕した暴力団の構成員の中に玄田の親族がいたのかもしれないし、それとも他の俺が関与した事件に玄田も関係していたのかもしれない。俺が知らなくても、アイツは俺を知っていたのだから、その可能性は高いだろう。

 

 

 

 しかし、俺はその真相を明確にしないまま、放っておいてしまった。そのことを少し後悔するのは、今からおよそ1年後のことである――。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 始業式の翌日、9月2日。

 

 昨日は午前中で終わったせいで、夏休み以降、クラスメイト全員と顔を合わせるのは今日が初めてとなる。全寮制と言っても、実家に帰省していたり民間からの依頼を受けていたりして学校から長い間出ていた生徒も数多くいるので、久しぶりに顔を合わせるヤツもいる。

 

 そのせいで、気分も浮かれている輩も多いのだろうが、今日は更にこのクラスに転校生が来ると言うことも相まって、教室内は普段よりざわついていた。

 

 

 朝のHR開始の予鈴とともに、教室の前側の扉から入ってきたのは担任の綴だった。相変わらず眠そうと言うか、生気の宿っていない虚ろな瞳をして、怪しげな煙草を吸いながらパイプ椅子にドカッと腰を下ろし、出席簿を教卓の上に投げ置いた。

 

「あー、今日は転校生を紹介する。入っていいぞ」

 教室の前側の扉の向こうにいる転校生に、綴りが呼びかける。

 

 

(なっ…………!?)

 

 教室に入ってきたその転校生の正体に、俺は驚愕する。

 

 

 

 

 2ヶ月前と比べて髪は伸びて、肩まで掛かるほどの長さになっているが、他の容姿は殆ど変わっていなかったので、すぐに彼女だと理解できた。

 

 

「香港武偵高から転校してきた、諜報科の久我(クガ)雅(ミヤビ)だ」

「…………」

 

 なんと転校生の少女は、先々月俺が逮捕した時雨沢組の用心棒、雅だったのだ。

 

 

 

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