緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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危険な男

 

 

 ――9月中旬のこと。

 

 夜の山中に引かれている道路を、酷く焦った表情で走るカナの姿があった。

 女装中……つまりHSS状態になって身体能力が飛躍的に上昇している今でさえ、その顔には余裕の色は全く見受けられない。

 

 そんなカナが向かった先は――――倒壊して間のない、研究施設のような建物だった。

 

 

「酷い有様ね。自業自得と言ってしまえばそれまでだけど……」

 険しい顔で、瓦礫の山へと進んでいくカナ。その後から、遅れて跡地に足を踏み入れる人影があった。

 

 

「遅かったわね」

「イ・ウーからここまで来るのがどれだけ大変か、あなたにも解るでしょう?」

 そう言って夜の闇の中から姿を見せたのは、アドシアードの時に燐と共に武偵高を訪れたアヤメだった。

 

「ユウは?」

「私1人ですよ。ユウは燐さんとイ・ウーに残ってます」

「右腕だものね。変な気に当てられて、おかしくなったら困るもの、妥当な判断だわ」

 

 カナはそれだけ言って、瓦礫の山を進んでいく。アヤメは、そんなカナの隣で忙しなく周囲を見渡していた。

 

 そんなアヤメに、カナが唐突に話を切り出した。

 

「ねえ、アヤメ。あなたたち、5月くらいに響哉へ接触(コンタクト)したでしょう?」

「バレてましたか」

「彼を見れば解るわよ。もうそんな勝手な行動はしないで。計画が破綻するわ」

「帰ったら燐さんに伝えておきます」

「くれぐれも忘れないで」

 

 カナはアヤメに向き直ることもなく、強い口調でそう言った。そしてその後は特に何も話すこともなく瓦礫の山を見回し、歩を進めていく。

 

 だが、その足取りが揃って急に止まった。

 

 

 彼女たちの前にあったのは、頑丈な土台のような何かだった。

 

 

「一番傷だらけに成ってるプレートは【C-9】って書かれてますね。逃げたのはこの被験体で間違いないでしょう」

「そのようね。それにしても、この大規模破壊が可能な超能力……G20以上はあるわ」

「おっかないですねぇ」

 

 G20といえば、世界最強クラスの超能力だ。具体的にどのような能力を使うのかは定かではないが、どうであれ強力なものであることは確かだろう。

 

 

「あーあ、死体がぐっちゃぐちゃになってる。これじゃあ元がどんな形だったのかも分からないですね。顔も潰れてる」

「体中の骨が粉々になってるわ。物理的な衝撃を加えられた跡もある」

 

 しかし、これだけで被験体がどのような超能力を駆使するのかは判別できなかった。現状の僅かな証拠から判別するのは、ミスリードになると考えたからでもある。

 

 

「私はC-9を追う。アヤメは急いでイ・ウーに戻って燐と教授にこの事を報告しておいて」

「大変ですねぇ、あなたも。間宮一族を滅ぼしてすぐ、今度は被験体を狩りに行くなんて」

「今その話は関係ないわ。それじゃあ、任せたわよ」

 

 それだけ言い残し、カナはその場から立ち去った。C-9の向かった先に、心当たりがあるのだろうか。行き先の決断には、迷いがなかった。

 

 

 一方で、瓦礫の山の中にたった1人で残されたアヤメは、おもむろに腰から無線機を取り出した。

 

「――問題の被験体を特定しました。C班のNo.9で間違いないかと……。現在、カナが行方不明のC-9を捜索中です。オーバー」

『了解した。以降もそのまま潜入し、連中の動向を報告せよ。C-9に対しては我々は手出しをしない。アウト』

 

 通信が切れるとアヤメは無線機を仕舞い、無残な形をした死体を前にしてしゃがみこんだ。

 

 

「……こういう奴らの考えることって、皆同じなんだなぁ」

 

 何かをこの惨劇に重ねるように、アヤメは静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 12月も、そろそろ終わりに差し掛かろうとしている矢先の事だった。

 

 日曜の朝7時過ぎ、俺は日課のロードワークを終えて強襲科で近接格闘の訓練をしに行く前に、武偵高のある人工浮島の外れにある、俗に『看板裏』と呼ばれる空き地で一息ついていた。

 

 ここはレインボーブリッジに向けられている大きな看板と建物が死角になって人の視線がなく、かと言って橋を渡っている車のエンジン音のお陰で無闇に静かではない、俺の好きな場所の1つだ。

 

 

 地面に座ってスポーツドリンクを喉に流しこみ、建物の壁に凭れ掛かりながら晴れ渡った冬の空を仰ぐと――

 

 

「久しぶりね、響哉」

 

 横から、カナが俺の顔を覗きこんできた。

 

 

「今までどこで何やってたんだよ、カナ。文化祭にも体育祭にも顔見せてなかったじゃねえか」

「あら、心配してくれてたの?」

「お前に気を使うほどアホらしいことはねえよ。……それで、今日は何か用か?」

 

 ペットボトルのキャップを閉めてから俺は立ち上がり、カナに向き直る。

 

 

「たまたまあなたが走っていたのが見えたから、様子を見に来たのよ」

「へぇ……そうだ、カナ。ちょっと俺の相手してくれよ」

「勿論。たまには戦姉らしいこともしないとね」

 

 お前は男だろうと一瞬頭を過ぎったが、それを言うとカナの機嫌が悪くなるのでここはスルーしておく。

 

 それにしても、この人の持つ人格の多面性はどういう仕組になっているんだろうか。遠山金一という人格と、カナという第2の人格の入れ替わりのスイッチがHSSなのは見た通りだが、それが人格変貌に大きく関わっているのだろうか。

 

 

「銃、ナイフなしの徒手格闘戦よ。胸を借りるつもりで来なさい」

「初めからそのつもりさ」

 

 俺は右半身を一歩引いて、格闘戦の構えを取る。

 しかし、その時俺の視界に妙な物が入り込んだ。

 

 

「……ん? カナ、ちょっと待ってくれ。あの海の上に浮かんでるのは何だ?」

「海の上……?」

「あそこだ。あれは、まさか……」

 

 俺は指をさしてカナにそれを教えるが、その浮いている物体が何なのかを悟った時、背中に冷たい汗が流れる感覚が伝わってきた。

 

 

「人、間……ッ!?」

 

 俺は驚愕し、我が目を疑った。

 

 人が、浮いているのだ。いや、浮いているというより、寧ろ空中に立っているといったような具合に、その人物は悠然と海面の上に佇んでいた。

 

 

(俺は、幽霊でも見てるっていうのか……!?)

 

 そんな事を考え俺が動揺していた時、その人物はこちらを振り返り、俺たちと視線が交わった。

 そして、その人物は俺達のいる方に向かってゆっくりと移動してくる。だが、その足は少しも動いてはいない。

 

 『コイツはヤバい』。そう俺は直感した。得体の知れないヤツの存在感が、俺の恐怖心を掻き立てる。

 

 

 俺は咄嗟にP2000を抜き威嚇行動を取ろうとするが、カナに抑えられて拳銃をホルスターに戻した。

 確かに、ヤツは俺達に危害を加えていないし、法も犯していない。逮捕状だって発行されていない今の状態で戦闘行為を行えば、ただの発砲事件へと繋がるだけだった。

 

 

 少しして、その人物は人工浮島の上までやってきた。だが警戒しているのか、俺達との距離はかなり開いている。

 

 性別は男。身長は190くらいで、歳は10代後半から20代半ば。肌の色や顔付きから日本人のようだが眼と髪の色は薄い赤色で、浮世離れしている雰囲気がある。

 

 

「【C-9】……まさか、東京にいるなんて……!」

 カナの表情に、僅かに焦りの色が浮かぶ。口ぶりからして、ここ暫くカナが追っていた犯罪者なのは間違いないだろう。

 

 そう考えると真っ先に思い浮かぶのは、あの警視庁で起こったガスナイフによる殺人事件の犯人だが……あれは武装検事の管轄になった筈だから、それとは別件の容疑者なのだろう。

 

 

「僕をそう呼ぶことは許さない。それは、あの忌々しい奴らが勝手に付けた検体番号だ。僕の名は……――椎名(シイナ)だ。僕は『椎名』として新たな自分と本当の自由を手に入れるために……カナ、お前を殺す!」

 

 殺意を剥き出しにしたその男――――椎名が、グライダーで滑空するようにカナに向かって肉薄する……!

 

 

 

「そう急くなって……!」

 

 ゴッ、と鈍い音がして、俺の回し蹴りが椎名の顔面を捉えた。さらにそのまま脚を椎名の頭上に振り抜き、ヤツの頭頂部に踵落としを食らわせ地面に叩きつける!

 

 

「――ッ!?」

 俺のことなど初めから眼中にもなかったらしい椎名は目を見開きながらアスファルトに顔を埋めていた。

 

 が、椎名は体全体を使いながら俺の足元を掬うように下段蹴りを放とうとする。それを第六感で察知していた俺は、後方に飛び退いて躱しつつ椎名との距離を取りP2000の銃口を向けた。

 

 

「カナ、アイツは何をやってお前に追われてるんだ?」

「極秘事項だからあまり詳しく言えないけど……彼は殺人事件の容疑者よ。色々あって、なんとしても私達が保護しなきゃいけないの。だから……」

「実力行使もやむなしってことか」

 

 俺は右手に銃を構えたまま、左手で背中に隠していた小太刀を抜刀し、一剣一銃の構えを取る。カナも、銃は出していないが臨戦態勢であることには違いない。

 

 

「つーわけだ。力づくでも大人しくしてもらうぜ」

「僕の邪魔をするのなら、誰だろうと容赦はしない……!」

 

 

 

 

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