「気をつけなさい、響哉。彼はG20以上の強力な超能力を使ってくるわ」
椎名を挟んだ向かい側に立つカナがそう叫ぶ。しかし、そのようなオカルト的なことに関しては知識のない響哉には、それが何を指すのか具体的に掴むことができないでいた。
そもそも、なぜそんな話をするのかというと、超能力というのが徐々にではあるがこの現代社会に表面化してきたからである。
超能力を操る武偵は『超偵』と呼ばれ、犯罪捜査、犯人検挙において通常の武偵に比べ圧倒的なアドバンテージを得ることから、超偵は武偵よりも優れていると言われることがある。
響哉の周囲で言えば、時任ジュリアもその超偵の1人だ。近年では武偵高にも超能力捜査研究科(SSR)が設立されたりするなど、その待遇は日に日に良くなってきている。
そうしなければならない理由そのものが、このC-9――椎名である。
超能力者を敵に回した時の厄介さは、計り知れない。
中には物理法則を無視した異常な能力を持つ者もいるというのに、そんな人物が国家公安の敵になってしまったら凶悪極まりないのは馬鹿でもわかる。
その厄介な相手がこの椎名だ。どんな能力なのかは不明だが、とにかく強力な超能力を操ってくるということはカナの助言から響哉は理解していた。
――響哉は大きく息を吸い、そして吐き出した。すると、彼の雰囲気がさっきと変わり、威圧的な空気を纏うようになる。
「……!」
それを椎名も悟ったのか、そのほんの僅かな変化に眉を動かす。
だが、響哉に攻撃を仕掛けてくるような気配はない。カナも攻め手に欠いているのか、それとも響哉がどう動くか予想できないからか、暫く2人とも椎名に攻撃を加えようとはしなかった。
(単なるハッタリか……?)
ふと、椎名はそう思った。こうして睨み合うことで時間を稼ぎ、増援を要請するつもりなのでは、と考えたからだ。
闘いの基本は『数』である。2対1も大概だが、4対1、5対1となってくれば、たとえ勝利したとしても自分への被害もただでは済まない。
ここは自分から仕掛けてしまった方がマシだと、椎名は判断した。
彼の狙いは元々カナ1人。当初の考え通り、響哉を無視してカナを優先的に撃破してそのまま逃げるのが一番手っ取り早いと思い至ったからだ。
地面から少し浮いた椎名は、姿勢を低く保ったままカナに肉薄する。
瞬く間にその間合いが互いの手と手が触れ合う域まで達した瞬間、椎名の手刀がカナの頭部を狙う。
カナはそれを全く無駄のない最小限の動きで、上体を後ろに反らすことで躱し、同時に左足を軸にして右回し蹴りを浴びせる。
が、椎名はその蹴りを軽々と片手で受け止め、そのまま横に流す。それにより、カナは自分の背中を椎名に晒してしまった。
椎名とカナがかなり密着しているので、響哉はカナの援護をすることができない。
それを見越して、椎名はこの時、確かに勝利を確信していた。
(獲った……ッ!)
椎名の左手による突きが、カナの後頭部へ迫る。
――だがここで、椎名は一瞬だけ放たれたカナの『殺気』のようなものに勘付き、左手を止めて思わずカナを投げ飛ばし自分も後方へ大きく飛び退く。
まるで死神の鎌を首に向けられていたような、そんな嫌な感覚をこの時椎名は覚えた。
武偵法9条によって縛られている武偵に殺されることは無いと高を括っていた椎名にとって、それはあまりにも衝撃的だった。
だが――彼を狙うのは、カナだけではない。
「俺を忘れんなよ!」
響哉のP2000から、2発の銃弾が撃ち出される。
その銃弾は確かに椎名の左脚と腰に着弾するが、やはりダメージはなく銃弾の衝撃は伝わっていないように思える。
「またお前か……ッ!」
椎名の手が、上着の裏に隠されていたポーチへと伸びる。
ジャラッ、と軽い金属同士が擦れ合うような独特の音がポーチから漏れる。そして椎名は、そのポーチの中に入っていた物を響哉にむけて投げつけた!
「――ッ!?」
およそ投擲物とは思えないほどの速さで襲いかかる物体に、しかし響哉は驚きつつもそれに完全な対応をしてそれを躱し切った。
身体を曲げ、捻り、左手の小太刀の腹に当て、1つたりとも響哉には傷が付いていない。
そして、彼の足元には椎名が投げた飛び道具が散乱していた。
――釘に螺子、ボルトにナット。さっきまでなかったはずのこれらの金属パーツが、響哉の足元には確かに転がっていた。
「……なるほど」
ッフ、と不敵な笑みを零しながら、響哉は呟いた。
「お前の能力は『念力』か、それに準ずる何かだ。さっきの攻撃で確信した」
「なんだと……!?」
「…………ッ!」
そう断言した響哉に、椎名、そしてカナすらも驚きを隠せないでいた。
(バカなっ……たったあれだけの攻防で、僕の攻撃が見切れるわけがない……!)
口には決して出さないものの、しかし椎名の焦りは僅かに顔に出ていた。それを視た響哉は対照的に、自分の直感が正しいとさらに確信することができた。
カナも響哉と同じように椎名の超能力には大体の見当を付けていたのだが、カナが驚いたのはそこではなく、たったあれだけの攻防でその本質に近い所まで見抜いてしまう域まで響哉がすでに達しているという衝撃的な事実だった。
5月、黒坂燐が彼に接触してしまったことにより狂い始めた予定のせいで、響哉の力は想像を超える速さで成長してしまった。
あの警視庁での凄惨な殺人事件を見せるだけで彼の向上意欲を引き出すには十分だっただろう。だが、同学年の銭型平士の存在、黒坂燐による早過ぎたイ・ウーへの招待。これらが過剰な刺激となり、響哉の成長に拍車をかけてしまった。
強くなることで生まれてくる、『弊害』。カナはそれを恐れていたのだ。
「空中に立っていられるのは、念力で自分の身体か、それとも靴なんかを浮かしているからか? 銃弾が効かないのは服を体から離して固定しているからだろう。それだと弾は止まって、衝撃は伝わらないからな。器用なことしやがる」
「……お前は、何者なんだ? お前の情報は、リストには載っていなかった」
「東京武偵高強襲科1年、朱葉響哉。ランクはAだ」
響哉が答えると、椎名はまた目を丸くして驚いた。自分が戦慄を覚えるほどの相手がまさかSランクではなく、その下のAランクだったからだ。
「ククッ……ハハハハ!」
これが正しい判定なのだとしたら、これから闘う機会のあるであろうSランク武偵は、カナは、どのくらい強いというのだ。そんな事を考えながら、椎名は自嘲気味に高笑いを上げる。
本質を見ない、見せない……そんな社会が、椎名には酷く滑稽に映ったのだ。
「……薬でもキメてんじゃねえか?」
「それもあながち間違いじゃない。……お前のような武偵がカナの近くにいるとは思わなかった。今回は出直すとしよう」
「みすみす私が見逃すと思っているの?」
ピクッと、カナのつま先が僅かに動く。究極の銃技、『不可視の銃弾』のシグナルだ。
椎名はそれに気づきはしなかったが、カナが何かを仕掛けてくることまでは察することができた。
響哉も第六感でカナが不可視の銃弾を撃つことまでは予想できたが、しかし銃弾が通じない椎名に対し頭部射撃(ヘッドショット)以外で銃によるダメージを与える方法が解らず、カナの真意までは計り知れないでいた。
「僕もそこまで無知ではない。武偵法9条がある限り、お前たち武偵は僕に勝つことはできない」
余裕の表情で、椎名はそう断言する。
武偵法とは、文字通り武偵のみに適用される法律のことで、その9条とは『武偵はその活動中、如何なる場合であっても人を殺してはならない』というものだ。
自分や仲間が命の危機に瀕していようが、武偵が人を殺すことはあってはならない。凶器を持つ者としてその責任を持ち続けるという名目で作られた法である。
ゆえに、犯罪者はそれを盾に武偵の追跡から逃れることも間々ある。そう、今の椎名のように。
「本当にそうかしら?」
パチ、パチ…と、連続してカナはマバタキをする。マバタキ信号(ウィンキング)と呼ばれる暗号だ。
内容は、『ミ・ミ・フ・サ・ゲ』。響哉はそれが、『耳を塞げ』ということだとすぐに理解できた。
「試してみる? あなたの言った通り、私達が勝てないかどうか……!」
その瞬間、カナの正面から眩い閃光が巻き起こり、それとほぼ同時に甲高い音が辺り一帯に響き渡る。
不可視の銃弾による銃声すらも掻き消すその音は、空中にいる椎名から発生していた。
「ぐ……あ……!?」
椎名は頭を抑え悶えながら、冷たいアスファルトの上に倒れ右半身を強打する。
(武偵弾……初めて見たぜ)
耳を塞いでなお、耳鳴りしている響哉は、カナが放った銃弾の正体を直感的に悟った。
武偵弾とは、銃弾職人と呼ばれる者がハンドメイドで製造している多様な強化弾の総称だ。
1発1発がとても高価で、超一流の武偵にしか流通させていないため、1度もそれを見ることなく一生を終える武偵が殆どだ。
今回カナが放ったのは音響弾(カノン)と呼ばれる、大きな音で相手の戦意を喪失させる武偵弾だ。
超能力者はその能力を使うために、ある程度精神を集中させなければならない。それを妨害されてしまえば、超能力者は超能力を使うことができない場合が非常に多いのだ。
だが――椎名は、その通例通りの超能力者ではなかった。
確かに念力は解除されて椎名は地面に倒れている。しかし、その様子がおかしいと響哉とカナは気付いた。
元々薄い赤色のような色をしていた椎名の瞳が、徐々にその深みを増していき――――血のような赤黒い光を放ち始めたのだ。
やがて椎名を中心に強い風が吹き荒れ、その周囲に雲が生まれていき、青白い稲妻がパチパチと音を立てながら発生している。
「――ッ! 響哉、今すぐここから逃げなさい!」
カナが血相を変えて響哉に叫ぶ。だが響哉は退かず、右手の拳銃を椎名に向け続けている。まるで、カナの声など届いていないかのように。
いや――――本当にカナの声が、響哉には聞こえていないのだ。
音とは空気の振動である。その振動が耳に伝わらなければ、相手に声は通じない。
空気の振動すらねじ曲げてしまう程の圧力を、椎名は垂れ流しているのだ。
その捻じ曲がった空気の流れが突風となり、そして空気中の僅かな水滴が集まり合い、やがて静電気が発生しこのような光景を生み出していた。
「クソッ! 一体どうなってやがる……!」
響哉は突風に吹き飛ばされないように踏ん張りながら舌打ちする。しかし同時に、まるで『天災』のような人外を目の当たりにして、自分が何をしていいのか咄嗟に理解できなかった。
カナも風に動きを捉えられ、椎名を挟んだ向こう側にいる響哉の元へ駆けつけることもできず、その場で堪えているのがやっとの状態だ。
(まさか、ここまで強力な超能力を使ってくるだなんて……!)
椎名の能力は、カナの予想を遥かに上回っていた。警戒はしていたが、それすらも無意味になるほど、実際のそれは圧倒的だった。
「……――がぁぁぁぁ!!」
突如、椎名が獣のような雄叫びを上げる。それと同時に彼の瞳の光が消え、風も徐々に弱くなろうとしていた。
椎名が超能力の行使を、中断したのだ。
「くっ……!」
「待て、椎名!」
響哉とカナがまだ怯んでいた間に、椎名は駆け出して東京湾へ身を投げるようにして落ちてしまった。
慌ててその後を追う2人だが、椎名の影はどこにもなく、またあの超能力を目の当たりにした直後に冷たい冬の海に潜ろうとは思えなかった。
「……よくあの状況で2人とも生き残れたものね」
「まったくだ。運が良かったとしか言い様がねぇな」
大きく安堵の息を吐きながら、響哉は自分の獲物を収める。
「見たところ、どうやら超能力が暴走したみたいね。あのままだと3人ともお陀仏だったわ」
「まるで人間台風だ。いつかアイツがあのレベルの超能力を完璧に操る日が来るかもしれないと思うと、ぞっとするぜ」
「そうなる前に何とか保護しないと大変ね。……ふあぁ」
カナが大きなあくびをすると、響哉が意外そうな表情でカナの顔を覗き込む。
彼にとってカナはいつでも意識を研ぎ澄ませ、全く隙も見せない完璧な存在だっただけに、無防備に大あくびを見せるのは衝撃的だった。
「大丈夫か?」
「ええ、問題ないわ。HSSを酷使すると脳に負担がかかって眠たくなるのよ。最近はずっとだったから、しばらく寝続けることになるでしょうね」
「しばらくって、どのくらいだ?」
「卒業式までには何とか起きれるかしら……?」
「ハァ!?」
今はまだ12月。卒業式までは3ヶ月近くある。そんなに長い間ずっと寝続けると急に言われれば、驚くのは無理もない。
「えらく本格的な寝正月だな」
「まあ、HSSにもデメリットはあるってことね。それじゃ、私は警察に彼の捜索を依頼して実家に帰るわ」
「そうか。じゃあ、今度会うのは卒業式だな」
「そうなるわね。次会うのを楽しみにしてるわ」
カナは響哉にそう言い残し、その場を立ち去っていった。
(――また、か)
1人残された響哉を襲う、強烈な劣等感。
椎名との闘いで、殆どなんの役にも立てなかったこと。そしてまた、前回の件も含めて詳しいことを何も聞かされずにカナが去ってしまったという事実。
それらが、響哉に『自分ではまだ役者不足なのか』と思い込ませていた。
今月から自動車学校に通い始めたので、更新ペースが目に見えて落ち始めました。さらになのはの二次創作をちょこっと書き始めたり、COD BO2にのめり込んだりで、次回はまた時間を開けてしまうかもしれません。
原作勢が登場するのはこのままだと大分先になりそうですね……。
4月までには卒業式の話を投稿できるように頑張ります。それではまた。