緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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力の代償

 

 

 

 

 ――あの入学試験から1年、色々なことがあった。

 

 

 少し変わった体質を持った先輩に出会い、死んだと思っていた幼馴染と再開し、同年のSランク武偵と闘い…………他にもまだまだ数えきれないほどの出来事があり、俺を成長させてきた。

 

 

 

 今の俺なら、誰にだって立ち向かっていける。そんな自信からか、俺はカナの気迫に臆することはなかった。

 

 

 

(今ならあの銃技を……いや、今こそやらなければならない時なんだ)

 

 そう決意し、俺は懐のホルスターからP2000を抜き安全装置を解除し銃口を上向きにして顔の横に構える。

 

 

 

「全力で行くぞ、カナ」

 

 

 自然と力の入った低い声で言った――――その直後、目にも留まらぬ凄まじい速さでP2000の銃口をカナに向け、その引金を引いた。

 

 

 

 発射された9ミリパラベラム弾は真っ直ぐカナに向かって飛んでいくが、その途中で銃声混じりに甲高い金属音が響き渡り、左右の防弾壁に金属片のような物がめり込んだ。

 そして、撃たれたはずのカナは涼しい顔をしてその場に立っている。

 

 

「狙いは私の右膝のようだったけれど、実際には左足首に向かって飛んできていたわね。少し狙いが逸れたけれど、中々に驚かせてもらったわ」

「…………ッ!?」

 

 カナにそう言われ、俺は思わず後退る。

 

 

 俺は――――少しでも金一さんに追い付くため、『不可視の銃弾』を何度か試みたことがある。

 だがそれは一度たりとも上手くいかず、俺は自分と自分の拳銃に合うように変化させていき、この初めから銃を抜いておく形に辿り着いた。

 こうすることで銃を構えるまでの時間を大幅に削減させることが可能になり、自動式拳銃でも即座に銃弾が放てるようになる。

 

 不可視の銃弾とは相違点がいくつもあるが、『敵に銃撃の瞬間を見せない』という根源的な点では同じようなものだろう。

 

 

 

 ――そう。俺が撃つ瞬間は、見えていないはずなのだ。

 

 それなのにカナは俺の狙った位置だけでなく、さらに銃弾が飛んでいった方向まで正確に予測し、それを不可視の銃弾で弾いたのだ。

 

 

 

(俺の目の前に立っているのは、本当に同じ人間なのかよ……!)

 

 歯を食いしばって、俺は悠然と佇むカナを睨む。

 理解が及ぶ分、その見せ付けられた絶望感は燐や椎名を上回っていた。

 

 

 

 

 だが、策がないわけではない。

 

 

 

「うおおおおお!!」

 

 心の底にある恐怖感を抑えるため、俺は叫びながら小太刀を抜刀し逆手に持ってカナに肉薄する。

 

 

 『第六感』とそれによる『反射』を頼った接近戦。それが俺とカナの差を詰める唯一の方法だった。

 

 

 

「そんなに直線的な動きで本当にいいの?」

 

 カナの正面が光り、乾いた銃声が響き渡る。だが、銃撃の瞬間は見ることができない。『不可視の銃弾』だ。

 

 

 これこそがこの銃技の真の強み。敵に撃たれたことを悟らせないのもそうだが、一気に距離を詰めてくる敵に対してその間合いを詰められなくさせる。銃弾を受ければ、どんな人間だろうと足が止まり動けなくなるのだから。

 

 

 だが――――逆に言えば、そんな技があるのだから使わない手はない。カナは絶対に、俺の踏み出してきた瞬間の足を狙って『不可視の銃弾』を撃ち込んでくる。

 

 そう予測を立てていた俺は、飛来してきた銃弾を小太刀の腹で捉えその軌道を斜めに逸らした!

 

 

 

 弾かれた銃弾は地面に着弾し、俺とカナの間合いは一気に手が届きそうな距離まで詰まる。俺は逆手に持った左手の小太刀を翳し、カナの上半身めがけて小太刀の峰を振るった。

 

 が、カナはその人間離れした反射神経でそれを見切り体を大きく後ろに反らせて躱す。そして、地に両手を付きブリッジのような姿勢になりながら下半身を浮かせ、全身の筋肉を巧みに使った両足蹴りを放とうとしてくる。

 

 第六感で何とかその直前に察知できた俺は反射的に後ろに飛び退き、姿勢を崩しながらもカナの攻撃を避け、着地した瞬間に駆け出してカナとの間合いを再度詰め飛び膝蹴りを繰り出した。

 

 両足蹴りの隙が大きかった分カナは反応に遅れ後手に回ることとなり、重い攻撃をカナは受け止めることになった。

 カナが後退ったのを確認して、すかさず俺は左手の小太刀を水平に振るって追い打ちを仕掛ける。しかしカナはそれを受ける前に体制を立て直し、小太刀の腹を手で振り上げ非常にコンパクトな回し蹴りを俺の手首に当てる事によって俺の手から弾いた。

 

 

 

 その瞬間、カナと視線が合わさる。それは0.1秒にも満たないほんの僅かなものだったのだろうが、集中力を極限まで引き出している今の俺にはそれが何十秒もの間睨み合っているような錯覚さえするほどだった。

 

 カナの拳が俺の頭部に向かって飛んでくる。反射的に俺は首を横に曲げてそれを躱し、これも思わず出していた膝蹴りがカナの腹部を捉える。

 だがカナはそれを左手1つで受け止め、反対の手で手刀を振り下ろしてくる。それもまた反射で躱し――――と、徐々にそれが高速の打撃の打ち合いへと発展していった。

 

 

 カナはHSSによって飛躍的に強化された反射神経と瞬間判断力で防御と反撃を繰り返し、俺を追い詰めてくる。

 一撃が致命傷になりかねないそんな状態で、一方の俺は無思考による反射的回避と攻撃によって何とか喰らい付くことができていた。

 

 しかし、脳によるリミッターを介さない反射による打撃は確実にカナのスタミナを奪っている。更に速く、更に重く……徐々に強くなっていく俺の打撃に、遂にあのカナが僅かな隙を許した。身体の軸が、ほんの少し後ろに傾いたのだ。

 

 その状態から無理に放ったカナの突きは速さが鈍り、直後に無防備な空間を作ってしまうことを許してしまった。

 

 俺はカナの攻撃を右側に流してバランスを崩させ、伸びきった左手を掴み、更にその腕を押し込むようにして畳ませて外側に投げようとする。こうすることで相手の肘・手首・肩関節を破壊することができるので、カナは絶対に自分の左手の上を飛んで受け身を取らざるを得ない。

 

 

 カナの背中が地面に付いた瞬間、俺は右手にずっと持っていたP2000をカナに向けようとする。

 

 

(獲った……ッ!)

 

 俺は勝利を確信した。あの遠い存在だったはずのカナに、俺は今、勝とうとしている。あとはこの手に収まっている拳銃の銃口を向け、降参を促すだけだ。

 

 

 時間の流れが遅く感じる。即座に構えているはずなのに、非常にゆっくりとした速さで俺の手は上がっていく。

 

 まだか、まだかと焦りつつも、この達成感をいつまでも味わっていたいという矛盾した気分に襲われる。

 

 

 

 俺の右腕が伸び、照準がカナを捉えた、その時――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺の中で、何か大事な線がプツンッと切れたような感覚がして、世界が急に傾き始めた。

 

 

(いや、違う。これは……)

 

 

 

 

 

 俺が、倒れているんだ。糸の切れた操り人形のように。

 

 

 

 

 そう悟ったのは、頭部を地面に強打してからだった。その直後、俺の意識は途切れてしまった――――。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「――や……響哉……!」

 

 靄のかかったような曖昧な意識の中、カナの叫び声が耳に入ってくる。

 

 

(俺は……気を失っていたのか?)

 どうやら倒れた際、頭を強く打ち付けてしまったようだ。しかし、なぜ急に倒れてしまったのか――――そう気にし始めたその時、俺は全身に強い痛みを感じた。

 

 

「…………ッ!」

 

 声も出ないような苦痛が駆け巡り、俺の意識は一気に覚醒する。その様子を見て、カナは驚きながらも安堵の表情を浮かべていた。

 

 

「良かったわ、すぐ目をさましてくれて……」

「全然よくねえよ……てか、俺はどうなったんだ?」

「多分、全身が肉離れを起こしてるわ。それで倒れた時頭を打って、気絶したみたいね」

「やっぱそうか……って、全身肉離れ?」

 

 聞いた瞬間、俺は驚愕した。ハムストリングスなどの体の一部などではなく、全身が肉離れを起こすなんて聞いたこともなかったからだ。

 

 

「あなた、普段からかなりハードな訓練を積んできていたでしょう? その時に溜まっていた負担が、あの勝負で限界を迎えたのね。あの打ち合いの時も、相当無理してたみたいだし」

「そんな……!」

 

 自分でも、かなりの無茶をやらかしていたとは思う。だが、そうしないと俺はカナと互角に闘えなかった。ここまで強くなれなかった。

 どちらにせよ、絶対に譲れなかったのだ。俺の目的のためには。

 

 

「これからは少し、自分の身体を労りなさい。それも大事な仕事よ」

「でも……!」

「ダメ。もし実戦でこんな事態になったら、誰も助けてくれないのよ」

 

 子供を諭すような口調でそう言ったカナに、俺は何も言い返すことができなかった。

この勝負、負けたのは俺だが……カナに負けたんじゃない。俺は俺自身の貧弱さに敗れた。その惨めさが、俺から反論の余地を奪っていく。

 

 

「響哉、あなたは私の想像を超える速さで予想以上の強さをこの1年で身に着けてくれた。だから次は、自分を守れる強さを身に着けなさい。それも教えてあげられなかったのは、私が不甲斐なかったせいよ」

「そんなことない、これは俺の自業自得だ」

「そうやって自分を追い込んでいくのも必要だけど、響哉は少し度が過ぎるわ。たまには逃げ道に足を運ぶのも悪くないのよ」

 

 1月に鷹見が言っていたような台詞をカナまで言い始めたものだから、俺は少しだけだが驚いた。

 そしてそれは正しいのかもしれない。それでも、俺は早く燐に追い付くためにも前に進みたい。進まなくてはならない。

 

 

 

 ただ……最高の判断が常に最良の結末とは限らない。それをこの勝負で思い知らされた俺は、再び足止めを食らった俺には、今までのペースで進むことはできないだろう。

 

 

 

 

 ――それでも俺は真っ直ぐ前に向かって歩き続ける。もう足を止めないように、今までよりゆっくりとした速さで。

 

 

 

 俺は新たに、そんな決意を胸に刻み込むのだった。

 

 

 

 

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