緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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響哉の判断

 

 

 キンジが理子から響哉の情報を買ったその日の夜10時過ぎ……響哉は毎日のように、武偵高のある人工埠頭を通る海沿いの道を走っていた。

 まだ少し寒い夜の海風が、熱くなった自分の身体を冷ましていくのを肌で感じながら、ジャージ姿の響哉は一定のペースで黙々と走り続けていた。

 

 そんな時、普段は誰も通らないようなひと気のない道で誰かが電柱にもたれ掛かっているのが響哉の目に飛び込んできた。街灯の光が胸部から下を照らしているが、その顔は月が雲に隠れて暗くなり見えなかった。しかし武偵高の防弾制服が男子生徒のものだったため、彼が男であることは何とか理解できた。

 

 無視して通り過ぎようかとも思ったが、その男が自分に気づいて道路の真中に道を塞ぐようにして立ちはだかったために、響哉は足を止めてその男と向かい合う。

 その時、強い風が起こり――――雲が晴れ月光が照らした男の顔を見て、響哉は眉を動かした。

 

 

「こんな所で何をしている? 遠山」

「先輩に折り入って話たいことがあるので、ここで待ってました」

「俺に話?」

 

 首に掛けていたタオルで額に浮かぶ汗を拭いながら、響哉はキンジに聞き直す。

 キンジは緊張した面持ちで、固唾を飲んで声を振り絞った。

 

 

「俺を……『戦弟』にしてくれませんか」

 

 キンジの頭の中を、数時間前に理子に言われた言葉が過る。

 戦姉妹システムは本当に自分が利用してもいい制度なのか。響哉がSランクの戦弟を持つことに抵抗を感じないだろうか。幾つもの不安がキンジの足に絡みつき、躊躇わせていた。

 だが、キンジはこの時、それらを振り切って声に出した。もう後には引き返せない。言い知れぬ後悔が、今になって彼の背中に忍び寄る。

 

 

 対し、響哉は驚いたような表情を浮かべながら少し考え、キンジに聞き返した。

 

 

「どうして俺なんだ?」

「俺は……兄さんみたいな武偵になりたくてここへ来ました。兄さんの戦弟だった先輩なら、兄さんに近付くきっかけになると思ったんです」

「なるほど。そういう理由か」

 

 響哉はキンジから視線を逸らした。そして近くに備えられていた自動販売機の前まで歩き、貨幣を入れてスポーツドリンクを購入しキャップを開けそれを喉に流し込む。

 一息置いてから、響哉はもう一度キンジに向き直った。

 

 

「よく言った。お前自身、俺なんかの戦弟になるのは色々と考えさせられただろう。身体能力的な面からも、お前には十分な素質がある」

「じゃ、じゃあ……」

「だが一応、実力は見させてもらう。そこの公園にある遊歩道で、HSSにならずに俺に一撃を加えてみろ。制限時間は日付が変わるまでだ。ルールは基本的に何でもありだが――――ああ、やっぱり武器は使用禁止だ。一応防弾ベストは中に着込んでいるが、流れ弾が誰かに当たったら事だからな。ついでにナイフも禁止だ」

「分かりました」

 

 キンジは頷き、響哉の案内のもと近くの公園の遊歩道へと入っていく。

 

 遊歩道を少し歩くと、急に響哉が足を止め後ろを歩いていたキンジに振り返った。

 

 

「俺はこの先で待っている。お前はこの地形をいくらでも利用して俺に攻撃してこい」

「なっ……それじゃあ先輩があまりにも不利……」

「HSSでもないお前程度にはこのくらいのハンデがあってもまだ足りん。いいから気にせずに闇討ちでも騙し討でも何でもいいからかかって来い」

 

 

 しれっとそう言った響哉は、そのままキンジを残して薄暗い遊歩道の奥へと姿を消してしまった。

 1人置いて行かれたキンジは、戸惑いつつも響哉に言われたルールを頭の中で反芻する。

 

 

(拳銃やナイフ……武器になるような物は使用禁止。石ころなんかも誰かに当たる危険があるから、銃と同じ。使っていいのは自分の身体だけ。つまらないミスで不合格になんてされてたまるか)

 

 一応、M92Fの薬室に銃弾が装填されていないことを確認し、キンジは遊歩道の脇の茂みの中に身を潜めながら物音を立てないよう慎重に響哉の後を追う。そして思いの外すぐ近くの場所で、キンジは響哉を発見した。

 

 

 遊歩道の真ん中で無言のまま仁王立ちする彼の姿は、えも言われぬ威圧感が漂っていた。しかし、そんなことで一々怯えたりしてはいられない。キンジは生唾を飲み静かに深い呼吸を挟んでから、響哉の背後に迂回する。ヒステリアモードの反射神経に追いついてきた響哉に一撃を与えるには、背後からの急襲しかないと判断したからだ。

 

 

 その判断自体は正しい。キンジは位置を悟られないよう、慎重に背後を取った。それまでに慎重になり過ぎて大幅に時間を浪費してしまったものの、その結果キンジが得たアドバンテージは非常に大きなものだった。

 

 2人の距離はさほど離れてはいない。それこそ、キンジが飛び出してから1秒もかからずに響哉との距離はなくなるだろう。しかし、キンジは到達時間をさらに縮めたかった。まだ、この距離では防がれてしまう。そんな気がしてならなかった。

 自分の位置が響哉にバレるかもしれないリスクもあったが、それよりも間合いを詰める事の方が大きいとキンジは判断した。

 

 物音を立てないよう、ゆっくりと足を動かす。さっきまでよりも神経を研ぎ澄ませ、息を殺し、響哉の背後から少しずつ距離を詰めていく。

 そして、遂にキンジは響哉との距離を限界まで縮めた。あとはもう、飛び出すだけ。1歩踏み出し、思い切り腕を伸ばせば届く。

 

 だが、キンジは動かない。いつまで経っても、茂みの中から飛び出さない。

 

 響哉に隙がないのだ。なさ過ぎるほどに。もうすぐ制限時間を迎えようとしているのに、響哉の集中は磨り減るどころかより鋭利になっていくようだ。

 寧ろ、刻々と迫る制限時間にキンジの方が焦りを覚え始めていた。

 

 

(落ち着け……俺の方に地の利はあるんだ。それに、この距離。ミスさえしなければ、問題ない)

 

 キンジは自分を鼓舞し、遂に茂みの中から飛び出して響哉に襲いかかった――――!

 

 

 コンマ1秒でも速く到達するよう指を真直ぐに伸ばし、関節が外れそうなほど腕を伸ばす。やった。キンジがそう確信したその瞬間だった。

 

 

「――甘ェッ!」

 

 勢い良く背後を振り返りながら、響哉は迫っていたキンジの手首を掴み、そのまま遠心力を利用してキンジを強引に投げ飛ばした!

 

 キンジはアスファルトの地面で転がりながら受け身を取る。もう時間は残されていない。実力に雲泥の差はあっても、もう真正面から挑むしかキンジには選択肢が残されていなかった。

 

 

 屈んだ姿勢から、キンジが脚に力を入れて踏み出そうとしたその時。

 

 

 ピピピ、という電子音が夜の静寂を掻き消した。

 

 

 どうやら響哉が携帯電話のアラーム機能を設定していたようだ。つまり、これは――――

 

 

「……時間切れだ、遠山」

 

 携帯の液晶画面に表示された時刻を見せながら、響哉はキンジにそう告げた。

 

 

「そん、な……」

 

 キンジは呆然とし、がくっと膝を落とす。

 

 勝つ自信はあった。あれだけのハンデを貰って、負けるわけがないと決めつけていた。だが、結果はこの有様。今のキンジにはその事実が、響哉が強いのではなく自分が弱過ぎるのだと悲観的にしか捉えられなくなってしまっていた。

 

(こんなのじゃあ、兄さんになんて届くわけが……)

 

 失意の果てに、キンジがそんな事を考え始めた時だった。

 

 

「まぁ、こんなもんだろ。手続きは明日俺が済ませとくから、今日はもう帰れ」

「え……?」

 

 響哉にそう言われ、キンジは間抜けな声を上げる。その姿を見て、響哉は溜息混じりにキンジの前に屈みながら言った。

 

 

「……あのなぁ遠山。俺は何も、合格不合格を着けるなんて言ってないだろ。普段のお前がどの程度のモノなのか知りたかっただけだ」

「そ、そうだったんですか……」

「そういうことだ。じゃあ明日の放課後、トレーニングのノルマ終わったら強襲科の徒手格闘訓練場まで来い。早速シゴいてやるから、覚悟しておけよ。キンジ」

「は、はい!」

 

 初めて名前で呼んでもらい、響哉に認められたような気がして喜びを抑えきれなくなったキンジは、その気持を声に乗せて威勢よく返事をした。

 

 

 しかし、キンジはまだ知らない。明日からの訓練が、想像していた3倍はキツイものであるということを。

 

 

 

 

 

 そして、彼らはまだ知らない。近いうちに闘うことになる、姿のない巨大な敵の存在を。

 

 

 

 ……いや。或いは響哉だけは、その前兆に気づいているのかもしれない。

 

 警告は、彼の身の回りで確かに起こっていたのだから――――。

 

 

 

 

 

 

 

 




長い間お待たせてしまって申し訳ありませんでした。これからはもうちょっと早く投稿できるように頑張りますです、ハイ。
でも今後の時系列を纏めておきたいので、また更新が遅れるかもしれません。

感想等頂ければ嬉しいです。それではまた。
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