あの一件から数日が経った、ある日。
俺は今回の潜入調査の結果報告をしに1人で秀桜の理事長室を訪れていた。
「これが調査の結果です」
「ご苦労様でした」
「いえ。仕事ですから」
俺は潜入調査で得られた情報をまとめたUSBメモリーを柳理事長に差し出した。
「東京武偵高は素晴らしい生徒を送ってくれた。特に、朱葉くん。君は私の望んだ以上の結果を出してくれた」
柳理事長は満面の笑みを顔に貼り付けながらそう言った。
それと同時に、俺は自分の中でまだ不確定だった推論に確信が生まれる。
「……やっぱり、あなたは北原七海を秀桜から追い出すために俺をF組に入れたんですね?」
「人聞きの悪い事を言わないでくれ」
キッパリと、柳理事長は整然とそう言い切った。
「生徒を甘やかしていいのは義務教育――中学までだ。高校は、子供の遊び場じゃない。自分の行いの良し悪しに気付けないような生徒は、我が校には必要ないのだよ。我々はビジネスで、質の高い教育を施しているのだ。その邪魔をする者は誰であろうと排除する。当然だ」
柳理事長は一息つき、「だが」とまた話を続けた。
「君の言っていることも間違いではない。事実私は、素行不良で問題になっていた彼女に、自分から武偵高へ転校させようと君を差し向けた。現役武偵の君になら彼女も興味を示し、どんな手を使ってでも、また武偵としてやり直そうとするだろうと考えた」
「でも、そうはならなかった」
柳理事長の表情から、笑みが消える。
七海は終業式の日、髪を黒く染め制服もきちんと着こなし、まだ口調はぎこちないものだったが模範的な生徒に見えるよう努力し始めていた。
あいつが武偵に未練を残していたのは俺も知っている。あの時鶴見が叫んでいたように、七海は昔、やり方は良くなかったが両親や秀桜にたった1人で抵抗していた。そしてそれが無意味だということもよく解っていたことだろう。
それでも、七海は止めることができなかった。
あいつに必要だったのは説教でも罰でもなく、気の置ける仲間だった。ささやかな心の拠り所があれば、それで良かったんだ。
「いったい、君は彼女に何をした? 何が彼女をあそこまで変えた?」
柳理事長は依頼者としてではなく、ただ1人の教育者として興味深そうにそう質問してきた。もうその表情には、愛想の良さそうな笑みはない。
「彼女は最初から何も変わっていませんよ。ただ俺は、あいつの不満を解消してやっただけですから。じゃあ、俺はこの辺で失礼します」
素っ気なく、俺はそう答えて理事長室を後にした。
――だが、どれだけ俺が勝ち誇ろうと、全てはあの柳理事長の手の平の上で弄ばれていたに過ぎない。
俺は彼の思惑通りに事を進めさせ、何も知らぬまま優秀な駒としての成果を上げてしまった。
してやったり? 馬鹿を言うな。俺も七海も、最初から最後まであの人に都合よく利用されていただけだ。
それがなんだか無性にやるせなく感じて、俺は理事長室の重厚な扉の前で、少しの間下唇と一緒に悔しさを噛み締めていた。
◇◆◇
夏休みで人もまばらな校舎の廊下を歩き、来客用の玄関まで行くと、そこには意外な人物が俺を待っていた。
「よっ」
壁にもたれかかりながら、七海は小さく手を上げて俺に声をかけてくる。
「お前、何しにここに来たんだ? 部活とかやってないだろ」
「響哉と話がしたくてさ……最後の日、あんなことになって、言いそびれちまったし」
そう言いつつ、七海は照れくさそうに髪を弄りながら視線を泳がせている。
「お前がこのままここに残るって話か?」
「……知ってたのか」
溜息混じりにぽつんとそう呟いて、七海は壁から背中を離した。
「理事長の企みはすぐに分かってたし、あの男の思い通りになんかさせたくねーってのもあったけど……私が武偵高に行ったら、絶対父親が黙ってないだろうし、そうなれば響哉にも迷惑がかかるから」
神奈川の県議会議員が東京の武偵高に直接的な圧力はかけられないだろうが、間接的にならそれも不可能ではない。七海は自分のせいで問題を大きくさせることを避けるために、自らが犠牲になって秀桜に残る道を選んだのだ。
だが、俺はそれが間違った道だとは思わない。数年間のブランクのせいで、身体能力的にも今から強襲科に戻っても他の生徒に追いつけないだろう。
七海の学習能力は確かに高いが、それが活かされるのは情報科か救護科くらいしかない。しかし、今からそこへ行ってもスタートがあまりにも遅れ過ぎているため、それを取り戻すので精一杯になってしまう。
七海が武偵高へ転校するという選択肢は、あまりにもハードルの高いものだった。
「でもさ、嫌々残るってわけじゃねーんだ。私もやりたいこと見つけたから、それ目指すためにこっちで頑張ろうかなって思ったんだよ」
「そうか。……それで、やりたいことって何なんだ?」
「父親の地盤を継いで議員になる」
「うわーお……」
きっと七海の親父さんも、七海を政治家にするために武偵を辞めさせたんだろう。まあ過程はどうあれ、七海なら立派になってちゃんと後を継いでくれることは間違いないだろうが。
「色々大変だろうけど、頑張れよ。あと、着服とかしたらしょっぴくからな」
「しねえよ! ま、遅くとも10年後くらいには期待の若手知事としてクリーンな政治を成し遂げてやるさ」
「クリーンな政治とか謳ってる奴が黒くなかった記憶がねえんだが……
っと、そろそろ武偵高に戻らねえとマズいな。じゃあな、七海」
「待って!」
俺が七海の横を通り過ぎようとした時、必死さが篭った声で七海が呼び止めた。
その後、静寂が訪れ吹奏楽部の演奏と運動部の掛け声がここまで響いてくる。
「その……きっと、これが最後のチャンスだから……だから、正直に言うよ」
七海は何かに怯えながらも、掠れそうになる声を振り絞った。
「私、響哉のことが――――」
「それ以上は言わないでくれ」
その必死な言葉を遮って、俺はそう言った。
七海は、俺にそう言われることを覚悟していたように見えたが、しかし耐え切れなくなって下を向いてしまう。
「俺は……自分で言うのもアレだが、結構ヤバい橋を渡ってる。ひょっとしたら、お前にまで危害が及ぶかもしれない。そうなったら俺は、お前を守りきれる自信がないんだ」
この1年間で、俺は色んな犯罪者と出会い、戦ってきた。
超能力を駆使する敵や、超人的な戦闘能力を持つ敵。そして――――先日のような、裏で事件を操る得体のしれない敵。
そんな連中が俺に恨みを持って、親しくしていた七海を襲わない保証はどこにもない。だから、俺たちは今まで通りの付き合いを続けるわけにはいかないのだ。
必要なのは、明確な線引。俺と彼女は任務先で知り合っただけで、深い関係はないということにしておくのが最良にして最高の選択だ。
だから俺は、彼女の告白を聞くことすら許されなかった。
聞けば、答えなければならないから。この薄氷の上を歩くようなギリギリの関係を崩すような真似を、俺は避けたかった。
それは、七海のためでもある。
「続きはいつか、全部終わってからにしよう。今はまだ、ダメなんだ」
「……約束だからな」
「ああ。――じゃあな、七海。また会おうぜ」
「響哉の方こそ、忘れるんじゃねーぞ!」
七海は振り払うように声を絞りながら、走って生徒玄関から校舎の外へ出て行った。
決して彼女は振り返ることはしないと分かっていながらも、俺は1人、小さく手を振ってその背中を見送ってやる。
(さて、あとは……)
一息つきながら、俺は七海を見送った後、背後を振り返る。
「最初から断るつもりで保留にするなんて、君は碌な死に方をしないだろうな」
柱の影から、理事長室を出てからずっと後をつけてきていた青木がそう言いながら姿を見せた。
「盗み聞きとは無粋な奴だな」
「そんなつもりはなかった。ただ、君には人目につかない場所で君に報告しなければならないことがあったから隠れていただけだ」
「……鶴見の一件か?」
俺が訊くと、青木は無言で頷いてみせた。
「謎の男に鶴見秋穂が銃を渡された時、彼女と一緒にいた2人の生徒から証言を得ることができた。身長は190センチ弱、痩せ型の男性。ヨーロッパ人かアメリカ人のような顔つきをしていたそうだ。そしてその男は、忽然と自分たちの前から姿を消したという」
「おいおい、まさか黒幕の正体は幽霊だとでも言いたいのか? そいつはSSRの管轄だぞ」
「まだその方が良かったかもしれん。幽霊ならそもそも捕まえることもできないのだからな。なまじ生身の人間のほうが捕まえなければならない分、厄介だとも言える」
確かに、姿を消す相手なんて捕まえようがない。あと一歩まで追い詰めようとも、絶対に逃げられてしまうのだから。
「報告はこれだけだ。精々後ろから刺されないように気をつけろ」
「肝に銘じとくよ」
俺は青木の冗談(?)をひらひらと手を振りながら受け流し、今度こそ武偵高へ帰ろうとする。その帰り道のことだ。
――――最初から断るつもりで保留にするなんて――――
青木の言っていたことが、頭の中でふと蘇る。
(案外、それは違うかもしれないぞ……?)
少なくとも、中学までの俺だったらその場で返事を出していたかもしれない。今だって、わりとアリなんじゃないかと思ったくらいだ。それをすぐに言おうとしなかったのは、いつまで経っても昔の思い出を忘れられない俺が女々しいからか。
乗客のまばらな武偵高行きのモノレールの中で、俺はほくそ笑みながら『その時』のことを思い浮かべていた。
それまで七海は待っていてくれるだろうか?
いや。俺が待たせているのだから、どちらにせよ、どんな答えを用意しているにせよ、迎えに行かなくてはならない。たとえその時、七海が俺のことを忘れていようとも。
その前に、まずは俺との約束を放ったらかして、どこで何やってるか分からない『あいつ』を迎えに行くのが先か。2年も姿を現さないで俺を待たせたツケは、全部きっちり払ってもらわないと。
だから俺は、何があっても武偵を辞めることはないだろう。約束を果たした、その時まで――――。
当初は5話程度で終わると思っていた潜入調査編が予想以上に長くなってしまい、9話にもわたってお付き合いいただいたことを心から感謝いたします。
緋弾のアリア最新15巻を読みましたが、まあキンジが凄いこと。誰だよ拳銃を至高の近接戦器とか言ってた奴は。
それにしても3年生の話がちらほら出てきて、こんなの書いてる私は3年生という単語が出るだけでヒヤヒヤしてます。辻褄合わせが大変だなぁという意味で。
……きっと今までのパターンから3年生も女ばっかでキンジハーレムに追加されるんだろうなぁ。
とりあえず今のところ面倒だなぁと思ったのが修学旅行が5まであるということ。多いよ。
まあだらだらと原作前の話を別キャラ視点で続けているのでそんな先のことはどうだっていいんですが。
ところで最近自分が何書いてるのかわからなくなってきました。原作メインキャラで出てるのキンジくらいだし。なお、我らがアリアが初登場するのは作中12月末頃の予定。それまで書けるんだろうか。
次回の更新はまた来週末くらいです。きっと。それでは。