緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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第4章
不穏な影


 

 長かった夏休みが明け、9月を迎えた今日、東京武偵高では一般の高校と同じく始業式が開かれていた。

 だが一般校と違う点は、全員が普段の制服ではなく暴力団が大事な集会に着るような、黒い防弾制服を着用しているという点だ。

 

 防弾制服(ディヴィーザ)(ネロ)と呼ばれるこの防弾制服は、世界初の武偵高、ローマ武偵高の制服を模したもので、始業式や卒業式などの式典に着ていく正装である。

 

 

 緑松校長の話を最後に始業式は終わり、講堂から出ると、そのすぐ前を通る道路ではライフルなどをバトン代わりにしたマーチングバンドが行われていた。

 

 これは武偵高のイメージアップ戦略の一環で、警察や自衛隊でも、世間に良い印象を持ってもらうために似たようなことをやっている。メディアも毎年注目しているので、今日の夕方のニュースの特集は超凶悪事件が発生しない限りこれで間違いないだろう。

 

 

「おい響哉。今年はあのチビみたいな奴が喧嘩売ってきたりしねーのか?」

 隣にいた龍が俺にそう聞いてくる。

 

「毎年あんなのに絡まれてたまるかよ」

「つまんねーの」

 

 俺は素っ気なくそう返すと、龍は不満気に足元の小石を蹴飛ばした。蹴られた石はコロコロと転がり、近くの溝へと落ちていってしまう。

 

 その時、「そういえば」と龍が思い出したように話しかけてきた。

 

 

修学旅行Ⅰ(キャラバン・ワン)、誰と行くかもう決めたのか?」

「ああ」

 

 武偵高では、2年生の間に2回の修学旅行が行われる。その1回目が『修学旅行Ⅰ』だ。

 これは名目上は普通の修学旅行となっているのだが、実際はチーム登録前の最終調整としての役割が強く、生徒だけでなく教務科や武偵高の内部事情に詳しい一般人もそういう認識を持っている。

 チーム登録とはその通り、2年の9月末までに学校側に登録申請をしなければならない2~8人程度のチームの編成、登録のことを言う。

 

 さらにこのチームは国際武偵連盟(IADA)にも登録され、地球の裏側にいようが敵対する組織に所属しようがチーム協力のためならばその関係は何よりも優先して良いと国際武偵法に表記されている。

 

 なのでこのチーム登録は、将来に影響する非常に重要な行事なのだ。

 

 

「今朝、時任に誘われた。雅も一緒に連れて行くつもりだ」

「この女たらしめ」

 

 引きつった顔で龍が俺の腹を肘で突いてくる。夏休みの時、戒にも同じようなことを言われたがなぜそう言われるのか理由が分からない。女友達くらい普通だろうに。

 

 

「まあ、久我はいいとしてもよ……」

 龍の表情が一変し、真面目なものへと変わる。だが――

 

「……いや、やっぱやめとくわ」

 それ以上のことを口に出すのを、龍は躊躇った。

 そして、俺はそれを深く掘り下げようとも思わない。龍が言いたいことは、俺もよくわかっているのだから。

 

「お前もわかってると思うけどさ、一応これだけは忠告しとくぜ。こればっかりは、お互いのためにもよく考えるべきだ」

「ああ……そうだな」

 

 その後、しばらく俺と龍は一言も言葉を発さなかった。何を話せばいいのか、よくわからなくなってしまったのだろう。

 

 5分くらい経ってから、マスコミの誘導を行っていた戒と春樹がやってきて、少し様子がおかしかった俺たちに事情を聞いてきたが、適当にはぐらかしてちょっと遅めの昼食を食べに学食へと向かった。その頃には、俺も龍もすっかりいつもの調子に戻っていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 東京都の品川区には、バブル崩壊によって予算捻出が困難になり放置された地下都市(ジオフロント)が存在する。

 ジオ品川と称されるそれは、地面を逆円錐型に掘っただけの巨大な穴でしかなかったのだが、近年再開発計画の一環として、そこに半ば強引に町が建設された。

 

 だが、不景気により工事を中断させられたせいで掘削が最後まで行われていない地下道や、無人となったビル、空き地などが点在するため、いつしか荒くれ者が住み着くようになり、都内屈指の無法地帯となってしまった。

 ここでは警察の目も届きにくく、また追手から逃れる際も容易であるため、アジアからの密入国者や凶悪犯罪者の巣窟になっていると言われている。さらにハッカーなどもこの地を根城にしているため、近隣一帯では電波台風と称される電波障害が発生している。

 

 言うなれば、まさに『無法者の桃源郷』という場所である。

 

 

 だが、そんなはぐれ者の集う町にもリーダーのような者は存在している。昨年までは関東最大級の規模を誇っている三郷会によってジオ品川は管理されていたのだが、しかし現在では別の組織がこの町を纏めていた。

 

 

「城戸さん、今月分の集金です」

 黒いジャケットを着ている剃り込みの入った坊主頭の若い男が、大量の万札が入れられた茶封筒をリーダーと思しき男に渡した。

 

 その男の名は城戸(キド)(アキラ)。頭はくすんだ金髪、黒いタンクトップを着ていて、所々破けているダメージジーンズを履いている。風貌は街で稀に見かける不良のようだったが、その威圧感は極道者ですら萎縮するような、とてつもないものだ。

 城戸は元は暴力団の事務所であった雑居ビルの3階にある部屋で、もうボロボロになってしまったソファにふんぞり返っている。それに対し他の輩は倒したロッカーや布を敷いた床に腰を下ろしている辺り、上下関係の差が窺える。

 

 

「……確かに、50万ぴったりだ。ご苦労だった。少ないが、これで旨いものでも食ってこい」

 

 そう言って、城戸は茶封筒の中から1万円札を10枚ほど抜き取り、それを坊主頭の男に差し出した。

 

 

「い、いいんスか!? こんなに貰っちまって……!」

「構いやしねえさ。金はこの町にいるあのクソッタレ共からいくらでも巻き上げられるんだ。……そういや、第7地区の方へ行った奴はまだ戻ってこねえのか?」

「ああ、むこうに行った奴は今日が初仕事なんスよ。だから時間食ってるのかもしれません」

 

 坊主頭の男が、城戸に説明を終えたちょうどその時だった。

 ひょろっとしたヤンキー風の男が扉を開け、城戸たちのいた部屋に入ってきた。彼も赤いシャツの上に黒い上着を着ているため、城戸の手下なのだと窺える。

 

 

「すいません、ちょっと道迷っちまって……」

「なっ……このバカ!」

 

 遅れてきた彼が弁解する前に、焦ったようにして他の男が声を上げる。だがそれは、どうやら遅れてきたことを咎めているようではないようだった。

 

 

「おい、テメェ」

 

 低く唸るような声でそう言いながら、城戸はソファから立ち上がり遅れてきた男の前まで歩み寄る。

 

 そして、城戸は彼の顔を右手で掴み、その手に力を込めて何と片手で男の体を持ち上げたのだ。

 

 

「そのシャツは何だ? 誰に許しを得てその『色』を着てんだ、あァん?」

「あ、が……が」

 

 城戸の右手に更に力が込められ、男の顔から頭蓋骨の軋む音が響き渡る。宙に浮いた足をバタつかせながら懸命に抵抗しようとするが、城戸は右手に込もる力を一切緩めようとしない。

 

 

「き、城戸さん! すいやせん、コイツ、新人な者で勝手がわからねえみたいで……だからどうか、今回だけは見逃してやって――――!」

「フン」

 

 手下の1人に説得されてか、城戸は赤いシャツを着ていた男を投げ飛ばして開放した。だが、彼は背中を壁に強く叩きつけられ、涙目になりながら床に這いつくばっている。

 

 

「……次やったら、どうなるかわかってんだろうな?」

「は、はい! すいませんっしたァァ!」

 

 額を床に擦りつけながら、彼はすぐにシャツを脱ぎ捨てて床に捨てた。その対応に周囲の城戸の手下たちがほっとして胸を撫で下ろしたのも束の間、不意に扉が開きその部屋にいた全員の視線がそこへ集中した。

 

 

「相変わらずだな。お前は」

「……何の用だ、連二」

 

 連二と呼ばれた眉間から頬にかけて傷のある男が部屋に入ってくると、城戸の手下たちが急にざわつき始めた。

 

 彼の名は菊池(キクチ)連二(レンジ)と言った。城戸やその手下たちと違って、黒い服ではなく、青い半袖のパーカーを着ている。

 

 

「また中国の密入国者から金を巻き上げたんだって? もういい加減にしたらどうだ」

「お前は甘ェんだよ。治安を守るには力がいる。この町はただでさえ頭の狂った連中が住み着いてるんだ、短刀(ドス)やスタンガンがいくらあっても足りゃしねえんだよ。だから金が必要なんだ。まぁ、最近じゃあヤクザどもが消えてくれたおかげか、珍しいものをいくつか手に入れられたがな」

「そのヤクザ……前までここら一帯を統括していた三郷会で動きがあった。どうやら、正式にあの若頭が4代目を襲名したみたいだ。『KARs(カーズ)』を解散するなら今しかない。今ならまだ、きっと三郷会もお前たちを見逃してくれるハズだ」

「ハッ、お前は昔っから温ィんだよ、連二。俺たちはもう、昔みたいに遊びでやってるわけじゃねェんだ。今更ヤクザどもが出てきたとしても、返り討ちにしてやる準備はできてるんだ」

「そう、うまく行けばいいがな。……忠告はしたぞ」

 

 そう言い残し、連二は踵を返して雑居ビルを後にした。その後の城戸の機嫌は、先ほどにも増して悪くなっているように見える。

 

 

「……ッチ、タバコが切れてやがる」

「あ、でしたら俺のを――」

「いや、散歩がてら買ってくる。お前らはついてくんな」

「へ、へい!」

 

 手下どもを残し事務所を出ると、汚れた空気のせいで月すらも霞むジオ品川の夜空を見上げながら、城戸は誰に言うでもなく静かに呟いた。

 

 

「お前は、いつになったら認めてくれるんだ、響哉……」

 

 

 

 

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