森ノ宮駅から地下鉄中央線に乗り、俺と玄田は住之江区のコスモスクエアから2キロ先にある
瀬戸内海に浮かぶこの人口埠頭は南西から北東にかけて1.2キロ、南東から北西にかけて400メートルと東京武偵校よりは小さいが、かなりの敷地面積を誇る学校である。
東京武偵高には学校の施設の他にもファミレスやコンビニ等の店や空き地があるが、駅前に設置されていた学園島の地図によると大阪武偵高にはそういったものは一切無く、無駄のない設計になっている。
駅を出てすぐ前にあったのは校舎棟の壁だった。4階建ての校舎が、集合住宅のように並んで俺たちを出迎えてくれる。
地図によると、どうやらこの奥に強襲科専用の体育館と体育等で使用する2つのグラウンド、狙撃科棟や情報科棟など特殊な設備が必要になってくる専門科棟が立ち並んでいるようで、一番奥には車輌科のレーシングコースや飛行場、船舶が出入りするためのドッグがあるようだ。
「おい、駅まででいいのをわざわざここまでついてきてやったんだ。そろそろお前が何しに大阪まで来たのか教えてもらうぞ」
俺が言うと、玄田はしょうがないといった様子でそれを答えてくれた。
「俺が大阪に来たのは、ここから兵庫にきてる荒川組の流通調査だ」
(荒川組か……)
その単語を耳にした時、俺は素直に玄田に同情する。
――荒川組は三郷会、有馬成瀬連合と並ぶ東日本3大暴力団の一角で、初代組長がそこらにいたチンピラを率いたった1代で築き上げた巨大な組織だ。
単純な勢力で言えば三郷会や有馬成瀬連合に劣るものの、情報戦や構成員の連携でそれを埋め合わせていると言われていて、最近では組内で歳をとった2代目組長に代わり3代目候補の若頭の勢力が中国のマフィアと手を組もうとしているという噂もある。
そして、武偵が仕事や訓練中以外で亡くなる――もとい、暗殺される原因の8割以上が暴力団絡みという現状、大きなシノギであるはずのこの案件を潰されれば、玄田も荒川組の鉄砲玉に狙われることになるかもしれない。……まあ、三郷会の事務所と直系傘下組織を1つずつ潰した俺が言える立場じゃないが。
「あぁ、ようやく来てくれたか!」
突然、安堵に満ちた声がしてその方向に振り返る。
そこには、こちらに駆け寄ってくる気の弱そうな若い白衣を着た黒縁メガネの男性がいた。
「誰だおっさん?」
「おっさんって……。僕はこの学校で非常勤の教師をやってる
「いや、俺は違――――」
「ああ、そうだ!」
俺が断りを入れる前に、玄田ははっきりとそう言い切ってしまう。
「ああ、良かった。来るのが遅かったから心配したよ。ウチの生徒はもう会議室で待ってるから、早く来てくれ!」
「いやだから、話を――――」
俺が弁解する前に、日暮先生は俺と玄田の手をとって早足で無理矢理連れて行かれ、結局、日暮先生に連れられて俺は玄田とともに会議室まで来てしまった。
「一色くん、連れてきたよ!」
会議室の扉を開けながらそう言った日暮先生に、会議室で待っていた2人の男子生徒がこちらへ視線を向ける。短髪の人と、タブレット端末を持った眼鏡の人。双方とも性別は男性だ。
その後、俺と玄田を交互に見据え、短髪の男子生徒が口を開いた。
「……日暮先生、そちらの方は?」
「神戸から来てくれた1年生だけど……」
「神戸から来るのは1人のはずでは?」
「え、そうだっけ」
素で驚いたような声を上げた日暮先生は、ぐるっと首だけをこちらに向けて視線で返答を促してくる。
「だから、さっきから俺は違うって言ってるじゃないですか。俺は修学旅行でたまたま顔見知りの玄田に会って、ここまで道案内しについて来ただけなんです」
「え、えーっ!」
「……日暮先生、これからは少し落ち着いて行動して下さい」
「は、はい……面目ない……」
呆れたように生徒にそう諭され、日暮先生は落ち込んだ素振りを見せた。
そんな日暮先生をとりあえず置いておいて、短髪の男子生徒が話を切り出した。そんな彼からはどこかリーダーシップのようなものを感じる。
「じゃあ、そのバンダナを巻いた方が神戸の玄田君か。隣の君は?」
「東京武偵高、強襲科2年の朱葉です」
「朱葉君か。佇まいからして1年生ではないとすぐ分かったよ。2年生というのにも正直かなり驚いたけれど。俺は大阪武偵高3年の
リーダー風の短髪の男子生徒……一色さんは、落ち着いた笑みを浮かべながら名乗った。
C3とは、現代の軍事理論における軍事組織を能率的に運営するための概念の一つであり、それぞれ『指揮』『統制』『通信』を意味する
名前から察するに、どうやらC3の8人はそれぞれ強襲科、通信科、情報科などの様々な学科の男女が集まり構成された大規模混成チームのようで、C3というチーム名から察するに現場での指揮を一色さんが、情報の統制を奥の方でタブレット端末を持っている小早川さんが、インカムによる通信を通信科のメンバーが受け持っているのだろう。
流石に俺たちより長く武偵活動をしているだけあって、このチーム編成は非常に合理的だ。彼ら1チームだけで、強襲・捜索・偵察・電子戦・災害救助等など……ありとあらゆる任務に即座に対応することができる。
まさに、バランス型混成チームの見本のようなチームだ。
「ここで会ったのも何かの縁だ、俺たちと一緒に任務に出てみないか?」
「えっ、いや、俺は――――」
「おい正義、何言ってんだ!」
俺が反論しようとする前に、一色さんともう1人いた、タブレット端末を持っている眼鏡の男子生徒が声を荒らげながら立ち上がった。その剣幕はかなり険しい。
「ただでさえ外部の1年を入れて編成が大変なのに、これ以上増やすなんて……!」
「秀、逆だ。確かにお前の言うとおり、経験の浅い1年を作戦に同行させるのは俺たちへの負担が大きいが、朱葉くんが彼と同行してくれるならそれも大きく減る。どうやら2人は仲がいいようだし、さっき顔を合わせたばかりの俺なんかよりもずっと良い連携をしてくれるだろう」
誰と誰の仲がいいんだろうか。聞き違いだったらいいんだが。
「ま、まあまあ小早川くん。そんなにかっかしないで、下級生のお手本になって教えてやってくれないかい?」
「何が手本だ……相手は関西ではそこまで勢力が大きくないと言っても、本物の暴力団なんだぞ。もしこいつらがミスしたら、現場にいる全員が危なくなる。もしそうなったら、誰が責任をとるんですか、日暮先生」
「そ、それは……その……」
タブレット端末を置き、小早川さんはまっすぐに日暮先生の目を睨みそう問い詰める。
気弱な日暮先生は俯き気味になって視線を逸らし、何かを答えるのか、答えないのかはっきりしないでいた。そのせいで、室内には痛いくらいの沈黙が生まれる。
「だから言ったろう、正義。その2人が勝手にくたばろうが僕らの知ったことじゃあないが、そのせいで危険な目に遭うのは僕らだ。1年の、それも校長が勝手に話を進めてしまった他の学校の下級生の研修なんて請け負うべきじゃなかったんだ」
「おい、そこのヒョロ眼鏡」
俺の隣で今まで黙っていた玄田が、威圧するように低い声でおそらくは小早川さんのことを呼び指した。
「2つも年上みてーだからさっきから黙って聞いてりゃ、随分と勝手なこと言ってくれるじゃんよ。あぁ?」
「おい、玄田!」
「……ッハ。猿が、口の利き方も知らないのか。程度が知れる」
「秀、そこまでにしておけ」
「断る。おい、隣の……朱葉とか言ったか。その身の程知らずを連れてさっさとこの武偵高から――――」
「そこまでにしておけと言っているッ!」
穏やかな口調を通してきた一色さんの口から、室内の空気を大きく震わせるような大きな声が発せられる。
音響弾でも投げ込まれたかのような錯覚に、俺も玄田も――仲間であるはずの小早川さんの視線も、彼らに教鞭を執っているはず(?)の日暮先生も、思わずといったように口を噤んで一色さんへと視線を向ける。
「……こうしよう。秀の言う責任とやらは俺が全て請け負う。もし2人が何かしらのミスをしでかし、全員が危機に晒されれば、どんなことになろうと皆を撤退させる。これで文句はないはずだ」
「ちょっと待って下さい、一色さん。じゃあつまり、自分が囮になって俺たちを逃すって言うんですか?」
「元々これは俺が校長の頼みに頷いてしまった結果だ。ならば責任は俺が負うべきだろう」
「ふざけるなよ正義。お前がいなくなったら誰がこのチームを纏めるんだ」
「俺はまだ抜けるつもりも殉学するつもりもないさ。ただ、この2人をそれだけ高く評価しているだけだ」
「……いいだろう。最終的な決定権はお前にあるからな」
渋々といった様子で、小早川さんは席についてタブレット端末の画面に視線を戻した。しかし、どうにも納得のいかない部分が1つ、俺にはあった。
「2人ってことは……俺も同行するんですか?」
引きつった顔で一色さんにそう尋ねる。すると、一色さんは柔らかい笑みを浮かべながらそっと俺に耳打ちしてきた。
「日暮先生は気付いてないみたいだから、修学旅行での単独行動は黙っておいてあげるよ」
「……アリガトウゴザイマス」
それを言われると俺にはどうしようもない。もし単独行動が東京武偵高の教務科にバレたら蘭豹に私刑にされ、綴の拷問お試しコースを体験させられ、矢常呂による人体実験のサンプルにさせられる。それだけはどうしても避けたいところだった。
「よぉし、朱葉響哉! あのガリ眼鏡に俺たちの実力見せてやろうぜ!」
(何でお前はそんなにやる気なんだよ……)
やる気があるのは結構だが、そのやる気が空回りしてあらぬミスをしでかさないでくれたらいいのだが。
先行き不安になりつつ、俺は携帯を取り出し、短く『帰りが遅れる』と時任にメールを送信した。