女装した金一さんことカナに連れられてやってきた場所は、なんと俺の父さんが昔務めていた職場、警視庁だった。
「カナ、なんで俺をこんな場所に連れて来たんだ……?」
さっき来る途中、私(カナ)の時はタメ語でいいと言われたので、俺の言葉遣いは龍達に使うソレと同じだ。
「今回の事件現場なのよ、警視庁は」
「どういうことだ?」
ここは、大昔から日本の安全と平和を護ってきた警察の、総本山なんだぞ。そんな所で事件だなんて、起こるはずがない。起こそうとするヤツがいないのだから。
「ついてきて」
カナに言われるがまま、俺は警視庁の中に入っていく。ここに入るのは久しぶりだ。まだ武偵制度が日本で認められてなかった頃、当時ここの鑑識だった親父に着替えを持ってよく母さんと来たものだ。今から思うと懐かしい。
武偵制度が導入されてから、各科の教員を必要とした全国の武偵高は、地元の警察やら自衛隊隊員などの、その手のプロフェッショナルをあちこちから引き抜いた。
特に警視庁は、全国の警察の中でも能力に秀でたエリート達の集まった場所だ。なので、多くの職員が武偵高の教員として引き抜かれることとなった歴史がある。お陰で今はどこの県警も人手不足が深刻化し、武偵を頼りにする所が増えている。
よって、優れた指導者による教鞭を受けた生徒らは目覚しい功績を上げ、武偵という単語は多くの一般人に周知されることとなった。
だが、警視庁で起こった事件となると、いくら人手不足でも警視庁(ここ)の鑑識が駆り出されるのではないだろうか。そもそも、俺も金一さんも鑑識ではないのだが、それはいいのだろうか。
エレベーターに乗って、上の階へ行く。しばらくしてエレベーターが止まり、その分厚い鉄の扉が開かれた時、俺は絶句した。
「な……んだよ、これ…………」
寒気がした。吐き気を催した。なにより、呼吸をしたくなかった。
なぜなら、俺の眼前に広がっていたのは――――
――――人の血によって真っ赤に染められた床――――
――――そして大量の血が飛び散った壁と天井だった――――。
脳内でまず過った言葉が、『地獄絵図』。次に、『血の海』。
辺り一面真っ赤に染められた通路は、非常線を張られただけでそこには俺とカナ以外誰もいなかった。
カナは鞄からファイルを取り出し、ソレに書かれている文章を読み上げ始めた。
「一昨夜、警視庁に何者かが侵入し、偶然犯人と遭遇した刑事3名を殺害。犯人は逃走し現在行方不明。報道規制が敷かれて電波には乗らなかったけど、警察関係者と武装検事、一部の武偵には情報が渡っているわ」
カナは淡々と読み上げた後、ファイルに付いていた写真を俺に渡した。
「…………ッ!?」
俺は、驚く事しかできなかった。
その写真に写っていたのは、バラバラに飛び散った肉片と、ドス黒い血、下半身、そして遠くに転がっている――――人の、頭だった。
それが、3つずつ。この人達はさっきカナの言っていた、『3人の被害者』だろう。
「……非道過ぎる…………」
俺は、親父の影響と武偵を目指す事も相まって、凄惨な現場も写真でだが何度か見たことがある。尤も、その写真は教導に用いられる書籍にある物だが。
だが、今回のこれは肉眼で見たという事を差し引いても、あまりにも衝撃的すぎる。
「殺害された刑事3人の遺体の共通点は、全員胴体が無い……と言うより、飛び散っていたこと。それと、その飛び散った肉片が凍っていたことよ」
「凍っていた……」
カナの話で、俺はある武器を連想する。
「ガスナイフ、ですか?」
俺は口元を手で押さえながら言った。
「おそらく、その通りよ」
――ガスナイフ。
対猛獣用の近接武器で、ナイフの柄の部分に内蔵された超低温のガスを刃の先端から放出し、細胞を瞬間冷却してガス圧で爆散させる凶悪な必殺武器だ。
「一体、どこでそんな獲物を……。英国警察が警戒していたはずだろ」
「犯人に関しての情報は一切無いわ。……そろそろ、行きましょう」
カナでも、こんな光景はそう見ないのだろう。眼が、さっきまでと違って鋭くなっている。
休憩室で休んでいる時、俺は今日どうして金一さんがカナの姿で警視庁に来たのかが分かった。
カナは、すれ違う警官から声をかけられているのだ。それも昔から知っているように、ごく自然に。
つまり、『顔が利く』ということなのだろう。だからあっさりと現場に入れてもらえたのだ。
「で、何で俺を連れてきたのかをまだ聞いてないんですけど」
休憩室の椅子に腰かけ、まだ一口も口を付けていないコーヒーを飲む。
…………やはり、不味い。アレを見た後だと、やはり口に入れる物全てが不味く感じる。
「アレをやった犯人が、あなたがこれから戦っていく敵になるかもしれない。だから、ここに連れて来たの」
……俺がこれから闘っていく、敵?
「カナ。それはどういうことだ?」
俺はなるべく平静を装おうとしたが、その声は微妙に震えていたと自分でも解った。
「答えは近いうちに判るわ。……さっきの事件の話に戻すけど、3人の死亡推定時刻の少し前に、警視庁のコンピューターからあるデータが持ち出されていたの」
「あるデータ?」
「そう。そのデータは、日本の武偵、武装検事、公安0課の個人情報よ」
この場合の個人情報とは、一般人の個人情報より、さらに秘匿性が高い情報の事を指す。
名前、住所はもちろん、その人のランク、戦闘能力、使用武器、経歴などの武偵などにとっては外部に知られたくない情報なのだ。
それが、盗まれた。
犯人が欲しかったのは、情報。その情報をどこかの組織にでも売り払うのだろうか。あまり大きな金にはならなさそうだが、1つの組織じゃなく複数の組織に売ったら、かなり大きな額になるのかもしれないが。俺にはそんな事は分からないが。
だが、俺には解っていたことがある。
カナが、金一さんが、今回の事件について何か決定的な証拠、それか確信があると言う事を、俺は第六感から読み取っていた。
しかし、カナは話そうとはしなかった。隠し事は無しと言ったばかりなのに、だ。
つまり、『何か俺に言えない事情があった』のではないか。
だったら待とう。俺に話してくれるその日を。
今の弱い俺には、それしか選択肢は無いのだから。