緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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欠損分隊

 

 10月9日未明――中国海南省から東に30キロの沖合に浮かぶ小さな無人島では、壮絶な激戦が繰り広げられていた。

 遅れてやってきた大型台風のせいで視界は最悪。吹き荒れる風のせい常人ならば立っていることすらままならぬという中であるが、彼らはそんなことを全く意に介していない。

 

 

「ヒョヒョ……よく斬れる剣じゃないの」

 

 金髪の女性が、相手に対して愚痴を漏らし、折れた――――いや、切断された自分の獲物であるマシェットを捨て、新たなマシェットを鞘から引き抜き両手にそれを構えた。

 彼女の名はナターリヤ・ヴォロトニコフ。ロシアの諜報機関が英才教育を施して育成した暗殺のプロフェッショナルだ。

 

 対する相手は、まだ年端もいかぬ中学生ほどの子供。栗色の髪に、愛らしい大きな瞳。それをHMD(ヘッドマウントディスプレイ)で覆い隠している。格好は黒いスキーウェアのようなスーツの上に、プロテクターが取り付けられた近未来的なボディアーマーのようだ。

 そして、その腰部プロテクターからは、左右から2本ずつ、計4本の半透明な尾のようなものが靡いている。

 

 

先端科学兵装(ノイエ・エンジエ)の前には、そんな武器じゃ歯が立たないよ。諦めて降参したら?」

 

 余裕を見せるその少女の名は、正確には、まだない。GⅣ(ジーフォース)という識別番号だけが、彼女を表す記号だ。彼女はアメリカの研究機関、ロスアラモスが創りだした人口天才(ジニオン)と呼ばれる人間兵器(ヒューム・アモ)であり、人権など持ちあわせてはいないのだ。

 そんな彼女の武器は主に、炭素原子等で構成されたモース硬度10(ダイヤモンドと同等の硬さ)のワイヤーを高速回転させることで物体を切断する単分子振動刀と、米国の最新技術の粋を結集して開発されたHMD、『テラナ』と接続させることにより自動で戦闘のアシストをする磁気推進繊盾(P・ファイバー)である。

 

 どちらも、とてもではないがただの(マシェット)程度で太刀打ちできるような武器ではない。よって、このジーフォースの言動は、『油断』ではなく『余裕』であった。

 

 

 が――――

 

 

 

「ヒョヒョヒョ。確かに、コレ(マシェット)じゃぁその剣は斬れないねぇ。でも……」

「…………ッ!?」

 

 ナターリヤが言葉を区切ったその時、ジーフォースは全力で地面を蹴り、大きく後ろに跳び退いた。

 その幼い顔からは先ほどまでの余裕は消え失せ、吐き気と共に激しい動悸が彼女を襲う。

 

 

(あ、危なかった……もしあのままあそこにいたら――――手首より先が、なくなってた……!)

 

 そう。ナターリヤの持つマシェットでは、ジーフォースの単分子振動刀は斬れない。

 

 

 だが――――持ち主(ジーフォース)の腕ならば、斬り落とすことは可能なのだ。

 

 ジーフォースは、相手が一瞬だけ放った殺気を感じ取り、動物的本能で事前にそれを察知し、大げさなまでの回避行動に移ったのだ。

 

 

「ヒョヒョ。勘のいいガキだ」

「っく……!」

 

 ナターリヤの浮かべた不気味な笑みに、ジーフォースは思わず1歩後退る。

 

 

「アトラス! 援護(ヘルプ)!」

「無茶を言うな……ッ!」

 

 ジーフォースが助けを呼んだその相手は、彼女の倍近い背丈を誇る長身の男、アトラスだ。その厳つい顔つきと、膨れ上がった筋肉、そして恵まれた体格から、誰もがパワーファイターを連想するであろう。

 

 だが、そのアトラスと単純な腕力で互角に渡り合う人間がいた。

 

 

「クハハハハハ! どうしたどうした、その程度かァ!?」

「ぐおおお!?」

 

 互いに手を掴み合っての力勝負で、アトラスの身体が半歩分後ろに下がる。必至に相手の力によって押し潰されまいと踏み留まっているといった様子だ。

 

 反面、相手の男の表情にはまだまだ余裕がある。彼は悦に浸りながらアトラスを潰そうと、更にその太い腕に力を込めた、その時だった。

 

 

「思い、上がるなァァァァ!」

 

 アトラスは叫びながら、相手の力を受け流すようにして横にいなし、一旦距離をとってジーフォースの支援に向かおうとする。

 

 そう。彼の本当の武器は筋力(パワー)ではなく、米陸軍特殊作戦群(グリーンベレー)で培った技術(テクニック)、そして速さ(スピード)を高い水準で纏めた安定性(バランス)である。ジーフォースが相手をしていた金髪の女の側面を取っていたアトラスは、奇襲を仕掛けようとするが――――

 

 

「思い上がってんのはテメェの方だッ!」

 

 後ろから、巨大な影が自分の横にやってきたのが視界に入り、アトラスが右を向いた瞬間――――彼の身体はふっ飛ばされ、建物の壁に激突すると、その崩れた壁の瓦礫に埋もれてしまった。

 

 

「アトラス……!?」

「ヒョヒョ。『北欧の死神』を甘く見過ぎたね」

「北欧の死神……リカルド・ダールマン!? そんな、データと戦闘スタイルが違う……!」

 

 ジーフォースがHUD(テラナ)を使って検索したデータによると――――『北欧の死神』として恐れられた殺し屋、リカルド・ダールマンは、まるで忍者のような身のこなしと素早さで数々の暗殺任務を成功させてきたとされている。

 現在から2年前に日本の学生武偵に逮捕され、スウェーデンの刑務所で身体検査を受けた際の身長は248センチと非常に大柄であったが、その体重は71キロとかなりの痩せ型であったことが想像できる。

 

 が、今ジーフォースの目の前にいるリカルドは筋骨隆々の、ヘビー級ボクサー以上の筋肉を持った体つきをしている。表示された顔写真など面影はあるもののほぼ別人である。

 

 

「リカルドは服役中、自分を倒した日本の学生武偵に復讐するために新しい武器(パワー)を手に入れたのさ。そんなことより――――ヒョヒョ。アンタらのボスももう一息さね」

「なっ……!?」

 

 ジーフォースが背後を振り返ると――――彼女たちのボスであるGⅢ(ジーサード)が、3人の男女を相手にたった1人で奮戦している光景がジーフォースの目に飛びこんできた。

 

 中国人風の顔つきをした40代半ば程の男、李云寰(リ・ユンファン)と、ジーサードと同じ年くらいの女、蘇馨嫣(スウ・シンイェン)が、2人掛かりでジーサードに近接戦を繰り広げている。いくら人口天才といえど、左右からの波状攻撃には防ぎきるだけで精一杯のようだ。

 

 耐えかねたジーサードは一旦退避するために距離を取る。が、彼の着地点へ照準を合わせる人物がいた。

 その人物の名はヴァイス。名の通り、生気の抜けたような真っ白い肌と髪をした、まるで少女のような少年だ。

 

 そんなヴァイスが携えているのは『95-1式自動歩槍(QBZ-95-1)』。中国北方工業公司(ノリンコ)製のブルパップ式アサルトライフルだ。

 

 

「ぐっ……!」

 

 95-1式自動歩槍によるフルオート射撃はジーサードを捉え、射出された8発のうち5発の5.8ミリ弾が彼に襲いかかる。

 

 が、ジーサードはそれを右手に持っていたナイフで斬り、身体を高速で回転させ、ナイフを持っていない左手の人さし指と中指でライフル弾を挟み込み、回転のエネルギーを利用しそのライフル弾の運動方向を反転させ、それを迫っていた3発目のライフル弾に飛ばし、2発目、3発目のライフル弾を躱す。

 そして、そのまま右手のナイフを振り下ろし4発目のライフル弾を斬ると、最後は同じようにしてライフル弾を指に挟み、回転のエネルギーを失った今度は後ろにライフル弾を逸らした。

 

 (ジーサード)はこれらの技をそれぞれ『銃弾断ち(チョップ)』、『綣局(コイル)』と呼称しているが、先程のは『銃弾断ち』、『綣局』の応用、『銃弾断ち』、『綣局』の順に繋げることで回避したのだ。

 

 その曲芸じみた光景に、馨嫣とヴァイスは驚愕し目を剥くが、ただ1人――――云寰だけは、直後の硬直を見逃してはいなかった。

 

 

 凄まじい速さで地を蹴り、瞬く間に距離を詰めた云寰はジーサードの腹部装甲の上から強烈な掌打を加える。

 ガードすらも取ることのできない速さで放たれたその掌打はジーサードの身体を浮かせ、大きなダメージを装甲の上から与えた。

 

 

(クソッ……!)

 

 ジーサードは着用しているプロテクター内部の固形ロケットエンジンを起動させ、その推進力を利用し一気に云寰たちから距離を取った。

 これは元々心中覚悟の攻撃補助装置(アサルト・アシスト)であるが、それを回避に使わなければならないほどジーサードは大きなダメージを受けていたのだ。

 

 そんな今まで見せたことのないようなジーサードの姿を目にし、ジーフォースが思わず声を張り上げる。

 

 

「サードっ!」

「隙ありィ!」

 

 一声と同時に、ナターリヤがジーフォースに斬りかかる。僅かに注意が後ろで戦っているジーサードの方へ向いたため、判断が遅れ後手に回ってしまった。

 

 だが、その防御をすり抜けるようにして、ナターリヤは服の上からジーフォースの肌を切り裂く。

 

 

「くぅ……っ!?」

 

 ジーフォースは我が目を疑った。いくら不意を突かれたからといっても、人口天才の反応速度を上回る速度で斬られたことなど今まで経験したことがなかったからだ。

 

 背後に回り込んだナターリヤはジーフォースが再度態勢を立て直す前に、背後から攻撃を仕掛ける。それに対し、ジーフォースは磁気推進繊盾で迎撃しようとするが、それらを紙一重で躱しながらナターリヤは再度ジーフォースの肌を切り裂いた。

 

 

「――私を、舐めるなァァァァ!」

 

 金切り声を上げながら、ジーフォースは単分子振動刀を逆袈裟に振るう。その切っ先が僅かにナターリヤを捉え、彼女の背中に傷を負わせた。

 が、その傷は決して深くなく、致命傷どころか暫く痕に残る程度の浅いものだ。

 

 それはジーフォースも変わらず、体中には無数の斬られた痕があるもののそのどれもが浅く、致命傷には至っていない。

 

 しかし、浅いとは言っても傷は傷だ。無数に刻まれた斬撃の痕は時間が経つに連れ彼女の消耗を加速させ、いずれ動けなくなる。それは斬撃というよりも、『毒』に近い。

 

 

「ヒョヒョヒョ、大したガキだ。だが……もう、終わりだ」

 

 ナターリヤがそう言った、その時――――ヘリのローター音が島中に響き渡り、それによる突風が彼らに襲いかかった。

 

 突如としてこの場に現れたのは、中型多目的軍用ヘリコプターである『UH-60(ブラックホーク)』だ。操縦席にはジーサードの執事であるアンガスが座っていて、その隣には包帯を巻いた黒人男性、コリンズの姿が覗える。

 

 

『サード様! アトラスはロカとツクモが回収いたしました。ここは一度、撤退すべきです!』

「チィ……――フォース! 撤退だ!」

「了解!」

 

 ブラックホークのスピーカーを使ってアンガスに助言されたジーサードは、ジーフォースにそう指示を送ると、降ろされた縄梯子に捕まる。ヴァイスの95-1式自動歩槍による追撃も、ブラックホークのローターによる風が照準を不安定にしているため、全くジーサードたちを捉えることができていない。

 

 ジーフォースもナターリヤから逃れ、遅れて縄梯子に捕まると、ブラックホークはそのまま高度を取って島から離脱し始めた。

 

 

(何だ、あの男の攻撃は? この俺がアーマーの上から一撃でアゴニザンデになりかけた……。ちっ、臓器破裂の可能性があるな。中国のアジトを失うのは惜しいが、仕方ねェ)

 

 一息つき、ジーサードは怪我の状態を確認する。コリンズも手酷くやられ、見たところジーフォースも傷だらけだ。いくら奇襲であったとはいえ、ここまで手酷くやられたのははじめてかもしれない。

 

 

(にしても、随分と簡単に逃げさせてくれたな。特にフォースは…………まさか!?)

 

 この時、ジーサードは悟った。自分たちが、わざとヘリで離脱させられたことに。

 

 直後、ブラックホークに警告音が鳴り響く。センサーが直下に熱源反応を観測したのだ。

 

 彼らの下から迫ってくるのは――――本来対戦車攻撃に使用するATM、RPG-7。それがまっすぐ、ブラックホークに直撃する軌道で向かってきている。

 

 

「全員、衝撃に備えろ!」

 

 宙吊りの状態から弾頭の噴射炎を目視することができたジーサードは、H&K社の自動式拳銃『H&K USP』を右手に構え、縄梯子からぶら下がった状態で下から迫ってくる弾頭に向かって発砲し、爆発させた。

 

 その爆発の影響でヘリは大きく揺れるが、堕ちることはない。敵からの追撃を躱したジーサードたちは、なんとか逃げ切ることに成功した。

 

 

 

 

 

「李です。急襲に成功しジーサード一味は離脱。島は完全に我々が奪還しました」

『ご苦労だった。本部の者が到着次第、【欠損分隊】は帰還せよ』

「了解」

 

 無線で連絡を済ませると、李はパンパンと手を叩き、部下たちの視線を集める。

 

 

「皆さん、今日はお疲れ様でした。次の任務まで時間はありませんが、帰ったらゆっくりと体を休めて下さい。特にヴァイスくん、よくやってくれました」

「……でも、当たらなかった。あの変な格好の奴に邪魔された」

「近くを通らせられたら幸運と考えていましたから、直撃の軌道を見せただけで十分です。これで暫くは彼らも中国に踏み入れることはなくなるでしょう。最悪の作戦でしたが、皆さんよくやってくれました」

「この程度、お安い御用です。そういえば、次の任務の目的地はどこになるんですか? ボス」

「日本です」

「というと、雅が行った国ですねぇ……ヒョヒョ。楽しみだ」

「日本……」

 

 不気味に笑うナターリヤの隣で静かにそう呟いたのは、ジーサードと戦っていた馨嫣だ。ニィっと口元を吊り上げさせ、獰猛な雰囲気を漂わせている。

 

 

(待っていろよ、久我雅――――!)

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「…………」

「久我さん、手が止まってるわよ。気分でも悪いの?」

「ううん、なんでもない」

 

 同時刻、東京武偵高では教室に数名の生徒が集まり、月末にある文化祭で2年生がやる変装食堂(リストランテ・マスケ)の衣装作りが行われていた。

 くじ引きによって何に変装するか決められた彼らは、こうしてせっせと衣装を編む者もいれば特殊捜査研究科(CVR)から衣装を購入する者もいる。

 

 しかし、リアリティを出すため現品そのままを使用することは原則として許されていないため、生徒たちは新品の制服を揉んだりして使用感を出す作業をしたり、練習をしたりするためにこうして教室に集まっているのだ。

 

 先ほど、ぼーっと夜空を眺めていた雅はメイド、時任は陸上自衛官の制服をCVRから購入し、手揉みし続けている。その彼女たちの隣で、ショッピングモールで買ってきた露出の少ない落ち着いた洋服を着ているのは狙撃科の志波ヰ子である。

 

 

「ねえ2人とも、どうかな? 先生っぽいかな?」

「いいんじゃないかしら。とても教員らしい格好だわ」

「うん、似合ってる」

「えへへ。ありがと」

 

 志波は照れくさそうに頭を掻いて、ひかえめにポージングしたりして楽しんでいた。

 

 一方で、教室の一角では男3人が何やら騒いでいる。どうやら榊原龍、八雲戒、そして御園春樹の3人のようだ。

 

 

「龍、お前良かったのか? 衣装買わなくて」

「いいんだよ。どうせ俺ん家、寺だし」

「龍くん、確か変装するのは『神主』じゃなかったっけ……? お寺は『お坊さん』だよ?」

「えっ、一緒じゃないの?」

「なぜ一緒だと思ってたんだ……」

「嘘だろォォォ!? 神主とか余裕って思ってたのにこのままじゃヤベーじゃん!」

 

 そんなこんなで龍が騒いでいると――――不意に教室の引き戸が開き、1人の女子生徒が教室内に入ってきた。

 

 まず目が行くのは、肩まで伸びた僅かに赤っぽい茶髪と、180センチ近い背の高さだ。サイハイソックスとスカートの間に僅かに曝け出された大腿には、レッグホルスターに収納されたH&K社の『P2000』が周囲からの視線をカットしている。

 その女子生徒は俯き気味になって前髪で顔を隠しながら、周囲の目をやたらと気にして雅の隣に腰を下ろした。

 

 

「……え? あなた、もしかして…………」

「ああそうだよ! 俺だよ!」

 

 若干引き攣った顔で時任が確認すると、その女子生徒――――の格好をした響哉は、地声でそう暴露した。

 そのあまりに完璧な女装に、教室にいた生徒たちが響哉にわっと集まってくる。

 

 

「ヒャヒャヒャヒャ! マジかよ響哉! お前女だったのか!?」

「んなわけあるか!」

「髪伸ばしたの? なんでソックス履いてるの? 好きなの?」

「髪はウィッグだ! ソックス履いてるのは脚を隠すためだ!」

「どこで買った香水?」

「姉貴から貰ったやつだから詳しくは知らん!」

 

 響哉がもみくちゃになりながら質問攻めに遭っていたその時。

 

 またも不意に教室の引き戸が開き、そこから今度は救護科の非常勤講師、小夜鳴徹が教室に入ってきた。

 

 

「こらこら皆さん。騒ぐなとは言いませんが、もう少し静かにして下さい。教務科まで声が聞こえてきましたよ。それと、今日の作業時間はあと10分なのでそろそろ後片付けを始めて下さい」

「は~い」

 

 優しい口調で生徒たちをそう諭すと、先程まで響哉の周りを取り囲んでいた生徒たちは皆片付けに取り掛かり始める。

 

 

「さあ、そこの君たちも……、ッ!?」

 

 小夜鳴がまだシートの上で座っていた響哉たちに声を掛けた途端、彼は目を見開いて硬直した。響哉は幼い頃から時々小夜鳴と顔を合わせたことがあったが、こんな彼の様子を見たのは今までで一度たりともなかった。

 

 その異変を察知したのか、教室にいた全生徒がその視線を小夜鳴に向け、室内に異様な空気が蔓延する。

 

 

「小夜鳴先生? 大丈夫ですか?」

「え、えぇ……心配をかけたようで申し訳ありません。君は、朱葉くんですね。今年のハズレくじは君が引いたんですか」

「ハハ……そうなんですよ」

 

 引き攣った笑みを浮かべながら響哉はそう答えた。

 しかし、そんな響哉とは対照的に、小夜鳴は至極真剣な表情で響哉の顔を覗く。

 

 

「――亡くなられた君のお母様に、とてもよく似ています」

 

 それだけを響哉に言い残し、小夜鳴は教務科へと帰っていった。

 

 その後、響哉は他の皆が後片付けをしている中で、ふと姿鏡に映った自分の姿に目が行ってしまう。

 

 

(母さん、か……)

 

 母との思い出が殆どない響哉にとっては、似ていると言われてもいまいちピンとくるものではない。

 

 しかし、小夜鳴のあの反応からして、それこそ瓜二つのような姿をしていたのではないかと勝手に想像してしまうのは避けられなかった。

 

 

「ちょっと響哉。ボーっとしてないで、早く私の制服返してよ」

「あ、悪い悪い」

 

 時任が詰め寄ると、響哉は我に返ってその場で制服を脱ぎ始める。勿論、下に長袖のTシャツと自前のカッターシャツを着用しているので、この場で脱いでも問題ない。

 

 

「破いたりしてないでしょうね」

「お前には俺が他人の物をそんな粗末に扱うように見えるのかよ……まあ確かにちょっとキツかったけどよ」

「……どうやら大丈夫みたいね。全く、女子の制服を借りて準備を楽しようなんて、信じられないわ…………」

「仕方ないだろ。雅や志波のは小さ過ぎるし……。それにこんな事、お前じゃないと頼めねえよ」

「そ、そう……でも、絶対破いたり汚したりしないでよね」

「わかってるよ」

 

 どこかまんざらでもなさそうに、時任は後片付けに戻って行った。

 

 チーム登録の日、あのような出来事があっても彼らの仲は大して変化することもなく、今までと殆ど変わっていない。そもそも、学校で共に過ごすクラスが以前と同じなので、変化しようがないだけだ。

 

 

 ――片付けが終わり、じゃんけんで敗けた響哉は教室の戸締まりをすると鍵を返却するために教務科を訪れていた。その格好はいつもと同じ男子生徒用の防弾制服だ。

 

 

「おう、朱葉。ちょっと来い」

 

 唐突に、強襲科教諭の蘭豹が寮に帰ろうとしていた響哉を呼び止めた。

 

 響哉はさっさと帰ってしまいたかったが、蘭豹のことを無視すると後が怖いので渋々といった様子で教務科の奥へと蘭豹の後ろを着いて行く。すると、蘭豹から無言のまま親指で「入れ」と催促されたので、苦虫を噛み潰したような表情で響哉は職員室に隣接している個室のドアを開けた。

 

 

「失礼します」

「あ、響哉くん」

「お前は……鷹見じゃないか! それに不二と奈須川も。久しぶりだな」

 

 個室のソファに並んで座っていたのは、昨年東京武偵高に研修に来ていた名古屋武偵女子高の不二杏、奈須川美羽、そして鷹見伊織の3人だった。彼女たちにテーブルを挟んだ反対側では、尋問科の綴が怪しい煙草に火を点けている。

 

 

「ちょうどよかった。……朱葉、お前に聞きたいことがある」

「……? 何ですか、綴先生」

「先生、それは私たちの方から」

「そうか」

 

 煙草の灰を灰皿に落とすと、綴はソファの背もたれに背中を預け、響哉たちから視線を外した。

 

 

「響哉くん。私たち、3人で【Blitz(ブリッツ)】っていうチームを作ったんだ。それで、東京に来たのは緊急性の高い任務を向こう(ナゴジョ)の教務科から言い渡されたからなの」

「そうだったのか。俺でよければ相談に乗るぜ」

「だったら話は早いな……」

 

 そう言って、不二は急に立ち上がると――――突然、巌しい形相で響哉に掴み掛かり、大きな声を張り上げた。

 

 

KAR’s(カーズ)のリーダー、城戸明の居場所を吐け! あの組織を作ったお前なら知っているだろうッ、朱葉響哉ァ!」

 

 

 

 

 ――何か大きなきっかけがなければ、人間関係というのは中々目立った変化は起きたりはしない。そしてそのきっかけがあっても、変化が起こるとは限らない。

 だが、それはある日突然、些細なことで取り返しの付かない事になってしまうこともある。響哉は今日この日、それを身を持って経験していたことを思い出した。

 

 

 




だいぶ長くなってしまいましたが、前々から書きたいと思っていた話を入れられたので個人的には満足です。
特にジーサード一味は話の流れ的に出せるかどうか微妙だったので、初登場はこういう形になってしまいました。響哉たちと絡ませるわけにもいきませんからね。私としては彼らはわりと好きなキャラなので、原作でも彼らの活躍を期待しています。

次回は早ければ月曜日、遅くとも来週の週末には投稿できると思います。それではまた。
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