緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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飛花落葉 前編

 

 

 響哉の電話番号は、武偵高に潜入している峰理子を通じて得た。

 幾多の殺人を犯してきた側近を引き連れているが、まだ警察機構からのマークは燐自身には至っていないという保証もある。否、今はまだ政府によってあえて泳がされているのだ。故に彼女は思うがままに自らの目的を遂行することができる。

 

 荒川功を抹殺するのも彼女の目的の一つだ。だが、それよりも彼女は旧友との再開を心待ちにしている。眼前の目的よりも、それは彼女の中では大きなものだった。

 だからこそ、普段は誰にも悟られぬよう、慎重にアヤメやユウを使って暗殺をする燐が、自ら動いたのだ。

 

 

 響哉の携帯に電話をかけた電話ボックスの中から荒川邸に手をかざすと……氷のような冷たい表情で、パチン、と指を鳴らした。

 

 

 その瞬間――――荒川邸で大爆発が巻き起こり、塀の奥の母屋は一瞬にして紅蓮の炎と黒煙に飲み込まれた。

 爆発により倒壊した家屋は瓦礫と言う名の凶器に変貌し、弾丸となって塀を突き破ると、外にいた黒服たちも押し潰していった。

 

 

「相変わらず、規格外だな……」

 

 苦笑するアヤメがそう呟くと、燐は無言で微笑みを返すだけで燃え盛る荒川邸に背を向け、去ろうといていた。

 

 

「さ、2人共。横浜へ行くわよ」

 

 振り返らずに背後の2人にそう言った燐に、アヤメとユウは無言で従い、夜の闇に消えていった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「おい朱葉、その招待状というのはどういうことだ。なぜお前の携帯番号を奴らが知っている」

「前に時任が略取された事件があっただろ? あの時、連中は人が集まりやすいところと、そうでない場所を把握し、脱出ルートも抑えていた。つまり、武偵高の詳細な見取り図を入手していた可能性がある」

「つまり、内通者がいると?」

「それか、あの厳重なセキュリティを世界屈指の先生(ハッカー)に悟られず突破して手に入れたか、だ」

 

 自嘲気味に笑いながら銭形の言葉を暗に認めると、彼は怪訝な表情でアクセルを強く踏んだ。

 首から上が後ろから引っ張られるようにシートにあたり、エンジンの音と振動が俺たちの心境を表す。

 

 

「……その内通者、どうする?」

「暫くは泳がせておくしかないだろうな。下手にこっちから仕掛けても、何されるかわかったもんじゃない」

 

 雅の問いかけに、俺はそう答えるしかできなかった。

 実際、その内通者がアヤメやユウと同等の力があるとすると、俺達が特定している間に罠を張り巡らせ、逃げられるならまだしも逆に返り討ちに遭いかねない。

 内通者からイ・ウーに辿るというのは、極めてリスキーで且つ成功率の低い博打みたいなものだった。

 

 

「そんな奴はどうでもいい。今から行く先で連中を全員捕まえて吐かせればいいだけの話だ」

「まあ、そういうことだな」

 

 銭形の自信に満ちた言葉に同調し、俺達は横浜へと車を飛ばした。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 あと数時間で日の出という頃、俺達は横浜に到着した。

 燐がなぜこの場所を指定してきたのか、その真相は定かではないが、海に面しているということから、彼ら(イ・ウー)は主だった移動手段として海路を好んでいる、もしくは使わなければならない理由があるのかもしれない。去年と今年のアドシアードやで彼女たちが何の足跡も残さず煙のように消えた謎の答えにも成り得る。

 この推理の大きな穴は、この赤レンガ倉庫のすぐ横に海保がいることだ。潜水艦でも使わない限り不審船はすぐに見つかってしまう。

 

(まあ、銭形なら「捕まえた後で白状させればいい」とでも言いそうだな……)

 実際、時間に余裕があるならまだしも、今の状況でごちゃごちゃと考えていては足元にある異変に気づくことができない可能性がある。今は細心の注意を払いつつ燐が姿を見せるのを待つしかない。

 

 赤レンガ倉庫は横浜でも有数の観光スポットだ。しかしこの時間帯は営業している店がなく、路肩に停めた車から見る限り人の気配もない。俺達は車から降り、一先ず燐とその仲間がどこかにいないか捜すことにした、その時だった。

 

 

「あら、随分と早かったわね」

 

 赤レンガパークの方から聞こえる女の声。振り向くと、そこには声の主である女――――燐が、河上と櫻井を引き連れ佇んでいた。

 

 

「銭形、仕掛ける時は同時だぞ」

「当然だ。タイミングは任せる」

 

 微かな声で短く言葉を交えると、俺達はそれぞれの獲物に手を伸ばす。が、彼女たちは応戦する姿勢を見せなかった。

 

 

「……ここは場所が悪いわ。向こうに行きましょ」

「ふざけるな。敵の指図など誰が――――」

「いや銭形、ここは大人しく燐に従うべきだ……」

「ッ!?」

 

 『気でも触れたか!?』と視線で訴えてくる銭形に、俺はそれ以上何も答えなかった。確証はない。だが、ここでかち合うのはまずいと、そんな気がしてならなかったのだ。

 

 

「懸命な判断だ。お前達も赤レンガ倉庫(これ)を壊されたくはないだろ?」

 

 河上がほくそ笑む様を、銭形は鬼の形相で睨んでいた。しかし、何とか自制してくれたのか、ガバメントに伸びている手を収めてくれた。

 

 

「それじゃあ、着いてきて」

 

 それだけ言って、燐たちは俺達の前を歩き出した。すぐそこの交差点から、象の鼻パークの方向へとその歩を進める。

 

 

「燐、一つだけ聞きたいことがある」

 

 後ろを歩きながら、俺はそう声を上げた。

 

 

「なに?」

「お前は今、何をやってるんだ。何のためにイ・ウーにいるんだ。その答えを、俺はずっと知りたかった」

「未来を守るためよ」

 

 振り向かず、淡々と彼女はそう答えた。その言葉を理解するのに、俺は数秒の時間を必要とした。

 

 

 未来。人の名前でないとするならば、それを守るというのはあまりにも妄想的な噺だ。しかし、なぜだろうか、彼女はそれを本気で言っているように感じた。

 

 

 

「ふざけるなよ女……そんな妄言を誰が信じるか」

 銭形が怒気を孕んだ言葉を燐に発した。

 

「妄言じゃないさ、本当のことだ」

「ならば尚の事問題だッ! 貴様らは誇大妄想を掲げるだけの理想主義者共と何ら変わらん!」

「やめろ銭形!」

 

 俺は怒りに身を任せガバメントを抜きかけた銭形を止める。河上と櫻井は互いに燐を守るように陣取り、雅もまた2人から俺たちを庇うように間に立った。

 

 自制は武偵――いや人として最も大切な要素であるが、逆を言えばそれができないほど銭形は河上やイ・ウーを強く意識していたのだろう。

 

 

「燐、その未来を守るってのはどういう意味だ。もっと、こう、具体的に説明してくれ。そうじゃないと、銭形ほどじゃないが俺も納得出来ない」

「……そう、ね。ごめんなさい」

 

 振り返り、そう謝った燐は河上と櫻井の警戒を解かせ、もうすぐそこにある目的地に向かって歩き出した。

 

 

「イ・ウーにはね、未来を見通す能力を持った人がいるの。その人曰く、『今』は歴史の転換点なのだそうよ」

「歴史の、転換点……?」

「そう。大局を決定付けるかもしれない出来事が、もうすぐ起きるわ。その行く末が少しでもより良い方へ進むよう修正していくのが私たちの役目よ」

「いきなりそんな話をされて、信じられると?」

「私達だけじゃない、あなた達もその前兆に立ち会ってきたはずよ。そうでなくともこんな時代だから、ごく僅かだけど薄々勘付き始めてる一般人もいるわ」

「思想犯はそうやって自らの罪を正当化する」

「確かにそうかもしれないわね。私も彼女たちも罪を重ねてきた。罪人は悪人で、社会の敵であることに違いわないわ。でもね、ほんとうの意味で社会を守れるのは正義じゃなく、悪なのよ」

 

 象の鼻の先で足を止め、哀愁ただよう瞳をこちらに向けると、燐は2人より一歩だけ前に出た。

 これ以上話すことはない。暗にそう告げた彼女に、俺達もまたそれに答える姿勢を見せた。

 

 

「自分からこんな逃げ場のない場所に来て、何を企んでる?」

「すぐにわかるわ」

 

 薄笑みを浮かべながら、燐が俺の問いかけに答える。何か裏があることには違いないようだが、背後に船が用意されているわけでもない。俺たちを退けることができる、自信の現れか。彼女の真意を隠すかのように、分厚い雲が俺たちを明るく照らす月を覆った。

 

 燐がおもむろに右手を上げる。すると、櫻井は外套を翻し威嚇するように自身の機械腕を曝け出し、河上もまたファイブセブンとコンバットナイフを構えた。

 一触即発のこの状況。この場にいる誰もが相手を注視し、睨み合いのまま硬直する。それが1分か、はたまた数秒か。極度の緊張状態の中、冷たい汗が額をつたる。

 

 月を覆っていた雲が、またその姿を見せ始めた。俺達の足元を、ゆっくりと眩い月の光が照らしていく。

 その明かりが、燐を包み込む直前――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――悪魔(河上アヤメ)が、嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「避けろ、燐ッ!!!」

 

 咄嗟に、叫び声を上げる。だが、それはあまりにも遅すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――月明かりが燐を照らした時にはもう、悪魔の牙は深々と彼女の首元に突き刺さっていた――――。

 

 

 

 

 

 

 

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