「………ねえ、やっぱりさっきのってさ」
「………なのかなぁ?」
「織斑様……一夏様どっちもしっくり来ない………」
普通であれば三人、女が集まれば姦しい かしましい 所ではあるが、一時間目が終わり、休み時間を迎えた一組 には不思議な空気が漂っていた。 それはそうだろう。 今まで完全に女子しかいなかったIS学園に男、それも超 特級の規格外にも程がある雄が現れたのだから。 男性に接点の無かった彼女達が織斑一夏という存在を持て 余すのは仕方あるまい。 真後ろに座っていた子など前に座る分厚い背中で黒板は見 えないわ、雄の体臭に含まれるフェロモンにより、じゅん …としちゃうわで大変だった。 じゅん……とした部分がどこかという疑問には残念ながら 本人の名誉のために答えられない。
そして、SHRでの山田先生強奪事件だ。 次は誰が……ひょっとして私が!?という妄想をしてしまう 彼女達の脳内では「漢の求愛=いきなり攫ってベッドイン 」という公式すら出来上がっている。 織斑一夏が山田先生一人を愛し続けるような人格の持ち主 だとは、この場にいる誰も思ってはいない。 逆に織斑一夏の超絶倫……もとい織斑一夏の愛を一身で受 け止められる女がいたら見てみたいくらいだ。 実際に織斑一夏の下半身の事情は知らないが、想像の中で はえらい事になっている。
現実の織斑一夏は更にその上を遥かに超えているのである が。
……次の被害者は誰になるのだろう? この場にいる少女達の共通の疑問。 いや、被害者という言葉は相応しくないかもしれない。
――織斑一夏の寵愛を次に受けるのは誰だ。
そう考えた時にまず真っ先に名前が挙がる女が一人いる。
(それはわたくし、セシリア・オルコットですわね!)
イギリス代表候補生にして、入試主席。
(更には容姿端麗にして……その、なかなかのスタイルです わ。あのケダモノがわたくしに目をつけないはずがありま して?あり得ませんわ!)
胸は同年代の白人系女子には負けるが、それがまた全体的 なスタイルを整えるのに一役買っている。 そして、すらっと伸びた足は艶めかしい流線型を生み出す 。 セシリアの専用機『ブルーティアーズ』はそれがわかって いるのか胸よりも足と尻をアピールする作りになっている 。 この足と尻を手に入れたいと思わない雄はいないはずだと セシリアは自画自賛。
顔を赤らめ、いやんいやんと蠢くセシリアに周りの生徒が 引いている。 しかし、その視線に気付くようなヤワな神経をしているの であればイギリス代表候補生などやってはいられない。 縦ロールは伊達ではない。
縦ロールという手入れの難しい髪型はセシリア・オルコッ トのプライドだ。 決して被弾せずに、この優雅な髪型を維持するという誓い と、それを可能とする確かな実力の証。 セシリア・オルコットの縦ロールは伊達ではないのだ。
(いえ、でもわたくしは山田先生のように売れ残りの安い 女ではなくてよ……! もし、わたくしを手に入れたいのであれば、きちんとデー トをして手順を踏んでからでないと…… まずは二人で街を歩いて……えへへ)
巨大な織斑一夏とセシリアのカップルが街を歩いていたら 、相当な画になるだろう。 むしろ、織斑一夏に相応しい景色など剣電弾雨が飛び交う 戦場くらいしか無い気がするが。
「はーい、皆さん席に着いてくださーい!」
織斑一夏が愛の言葉を囁き、セシリアを連れ、夜の街に消 えて行く所までセシリアが妄想した所で現実の山田真耶と 織斑一夏が戻って来る。 夜の街に消えた後はセシリアの知識不足という名の壁によ り、妄想すら不可能。
しかし、その壁を開通させた女がいた。 未通で「こちら側」だったはずの山田真耶はトンネルを開 通させ、「向こう側」へと旅立っていった。
(トンネルを抜けると、そこは何があるんですの!?)
川端先生に謝らなければならないような事をセシリアは考 えた。ごめんなさい。
イギリス代表候補生セシリア・オルコットの胸に、じりじ りと焼き付くような火が灯る。 セシリアはこの火の名前を知っている。
――これは嫉妬だ。
天才と呼ばれるセシリアではあるが、実際にそうでは無い 事を自身が一番知っている。 両親が亡くなった後、莫大な遺産を金の亡者から守るため に必死に勉強をした。 その一環で受けたIS適性テストでA+を叩き出し、IS 搭乗者となったが、第三世代装備ブルーティアーズを専用 機にするまでに紆余曲折があった。 セシリアが出来ない機動もあっさりとこなす他の搭乗者を 見た時に感じた嫉妬。 今の山田真耶から、いや、あの時以上の嫉妬をセシリアは 感じていた。
その身を縮こませ、怖い物から自分自身を守ろうとしてい た山田真耶はもういない。 人の顔色を窺うように他人を見上げる山田真耶はもういな い。
そこにいるのは正しい女としての在り方を見つけ出した山 田真耶だ。 小さくなるために猫背だった背筋はぴんと伸び、自信に満 ち溢れている彼女の視線は正面から相手を受け止める。 その顔は男を愛し、愛されているという実感に満ち溢れて いる。
完全に女として、セシリア・オルコットは山田真耶に敗北 していた。
「皆さん、教科書開いてくださいね」
おどおどと声をかけていた真耶を変えたのは、織斑一夏。 この嫉妬の炎を消すには、山田真耶から織斑一夏を奪わね ばならない。 セシリア・オルコットの生来の反骨心がめらめらと音を立 てて燃え上がり始めた。
(山田真耶……負けませんわよ!)
セシリア・オルコットの嫉妬はその身を激しく輝かせる炎 なのだ。 ブルーティアーズを手に入れ、目標を見失っていたセシリ アは再び越えるべき壁を見つけた。 セシリア・オルコットは確かに自らの炎で輝いていた。