セシリアにとって、じれったい二時間目の授業がやっと終 わった。 甘い雰囲気を醸し出す女子生徒の空気を押し返す山田真耶 の幸せ全開のパワーにセシリアのみならず、クラス全員が げっそりとしていた。 授業中の一幕でも、
「あ、あなた……じゃなくてお、織斑くん、わからない所 はありますか?」
「問題ない。続けよ」
「はい、わかりました!」
教師と生徒というよりも犬と飼い主にしか見えない。 山田真耶に尻尾が生えていれば、高速で左右に揺れていた 事だろう。 だが、セシリア・オルコットは違う。
(あのような羨ま……破廉恥な行いはこのイギリス代表候補 生セシリア・オルコットには相応しくありませんわ! 私が尻尾を振るのではありません。織斑一夏、貴方がわた くしに膝を屈し、忠誠と………そ、そのあああああ愛を誓 うのです!)
「あなた……わたくし幸せですわ」
「安心せい。これから我がうぬをもっと幸せにしてやろう ぞ」
結婚式は海の見える教会で……あ、ブルーティアーズのよ うな青いウエディングドレスはどうでしょうか?これから は千冬義姉様 おねえさま とお呼びするべきかしら?それに一夏さんと呼ぶのも違い ますわねあなたではあの泥棒猫と被ってしまいますわ!こ こは一つ御主人様というのはどうかしら?
「ちょっとよろしくて?」
そんな事を考えるセシリアだったが、いつの間にか織斑一 夏の前に立ち、声をかけていた。
(なん……ですって……!?)
本来の予定では、織斑一夏は一組最大の獲物であるセシリ ア・オルコットの魅力に我慢出来ずに、のこのことやって 来るはずだった。 そこでセシリアが散々に焦らしに焦らし、我慢が出来なく なり無様を晒す織斑一夏を優しく慰める事によりセシリア ・オルコットは織斑一夏の上に立つという計算をしていた 。 イギリス代表候補生セシリア・オルコットの輝かんばかり の美があれば、その計算が現実の物になる確率は高かった (とセシリアの脳内では確定事項になっている)。
(それが逆に声をかけてしまうとは迂闊ですわ!)
しかも、困った事に完全にノープランだ。 織斑一夏が声をかけてきたら、ああしようこうしよう、あ らあらいけない狼さんねとかわすプランは大量にあるとい うのに、セシリアから声をかけてしまうとは……
「セシリアさん、すごーい……」 「さすがはイギリス代表候補生ね……」 「なんて言うつもりなのかしら……」
そして、更に悪い事に周囲には大量のクラスメイト達がい た。 話しかけるには厳しい壁があるが、かと言って無視するに は大きすぎる存在感を発する織斑一夏を注目しない者はい ない。 無論、それは即座に色恋へと結び付く話ではないが、だか らと言って初めて彼に立ち向かった勇者セシリア・オルコ ットへと向けられる賞賛が変わる事はない。 ここで無様に逃げ出したとしても、セシリアを蔑む者はい ないだろう。 正直、織斑一夏の後ろの席の子は授業中、発せられるプレ ッシャーでちょっと漏らしたほどだ。しかし、席を変わる 気は一切ないのだから業が深い。 授業開始二時間にして色々な汁で彼女の下着はえらい事に なっている。
だが、そんなギャラリー達の暖かさに満ち溢れた思いはセ シリアには通じない。
七つの海を制覇したイギリス人には数多くの欠点と数多く の美点があった。 その中でも粘り強くいかなる苦難にも挫けないという性質 がある。 セシリアの中にも強く流れるイギリス人の血が今回は裏目 に出てしまった。
「わ、わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですか ら、それ相応の態度というものがあるんではないかしら!? 」
確かに織斑一夏の態度は悪かった。 一応、視線こそセシリアに向けてはいたが何の返答も返し はしない。 だが、
ISを使える。 ↓ それが国家の軍事力になる。 ↓ だからIS操縦者は偉い。 ↓ IS操縦者には原則女しかいないから女は偉い。
そんな論法を持ち出すかのような十把一絡げの男達に接す るような態度で、この織斑一夏に対するとは……!
「せせせセシリアさん!?」
周りから、そんな声が挙がるが彼女達はそれが精一杯。 もし、織斑一夏の鍛え抜かれた拳が振り下ろされてみろ。 貧弱な少女達の身体など何の障害にもならず砕かれるに違 いない。 少女達は己の無力に泣き、そしてセシリア・オルコットと いう名の一日だけのクラスメイトのために祈った。
「ふむ、我は気の強い女は嫌いではない」
だが、次の瞬間に彼女達は己の目を疑う事になる。 なんと織斑一夏がほんの僅かだが笑ったのだ。 木石ではない織斑一夏が笑う事があるのは確かに道理だ。 しかし、セシリアの愚かな振る舞いを快く許し、微笑むと いう器の大きさを見せつけるとは誰もが思わぬ大度(大き な度量)であろう。 織斑一夏は、ただ野蛮なだけの雄に非ず。愚か者を許す大 器の持ち主でもあったのだ。 その広い器に自ら飛び込みたいと思う織斑一夏の笑みを見 た名も無き少女がいる一方、
「このセシリア・オルコットを舐めてもらっては困ります わっ!」
何たる無礼! 何たる増上慢! この男はすでにセシリア・オルコットを、その身の下に組 み敷いたつもりだとでも言うつもりなのか!
セシリアの反骨精神は枯れ草に火をつけたかのように一気 に燃え広がり、地獄の業火も生ぬるいと言わんばかりに燃 え上がった。 許すという行為は上の人間が、格下の人間に対して行うも のだ。 セシリア・オルコットをまだ何も知らない織斑一夏がやっ ていい事では絶対に有り得ない。 織斑一夏はセシリア・オルコットをきゃんきゃんと吠える 子犬のように扱った。 セシリア・オルコットを織斑一夏はナメた。 こんな屈辱を許せる程、セシリア・オルコットは枯れては いない!
「山田先生!」
「は、はいっ!?」
愛を知った山田真耶ですらたじろがせる力が、そこにはあ った。 擬音にするなら、ギロリと表現するのが相応しいセシリア の視線が真耶を貫く。
「クラス代表者を決める必要がありましたわよね。 そこでクラス代表者を選出するために、わたくしセシリア ・オルコットと織斑一夏さんの決闘で決めるのはいかがか しら!?」
何たる暴論か。 他のクラスメイトに適格者はいない。ただ自分と織斑一夏 のみがそれに相応しいと言っているに等しい。
だが、この暴論はクラスメイト達に好意を持って受け入れ られる。
「織斑様なら……それに織斑様に立ち向かえるセシリアさ んなら……」 「あそこまで無謀極まりないと逆に凄いわよね……」 「異議なーし!」
異議なし! 異議なし! 異議なし!
クラスにその声が広がる。 しかし、運悪く担任の織斑千冬がおらず、真耶はこのよう な事を独断で決めていいのか判断に迷う。 だが、すぐに絶対的な指針がある事を真耶は思い出した。
「真耶」
何を迷っていたのか自分でもわからなくなるくらいに、織 斑一夏にただ声をかけられた、その瞬間に真耶の迷いは晴 れる。 織斑一夏が誰かに従う道理があるというのか?こんな形で 一組の覇権を握るチャンスが飛び込んで来たのだ。 織斑一夏がこんなくだらない試練とすら言えない試練で躓 くはずはあるまい。
「わかりました。 それでは勝負は一週間後の月曜の放課後、第三アリーナで 行います! 織斑くんとオルコットさんはそれぞれ用意をしておいてく ださい!」
山田真耶の凛とした宣言が響き渡る。 そして、歓声。
「織斑一夏。あなたにこの!セシリア・オルコットとブル ーティアーズの名、刻み込んであげますわよ!」
セシリアは烈火の如く燃え上がり、
「よかろう。我が力、とくとその身で味わうがいい」
織斑一夏は淡々と――だがその目には一分の油断も無く――言った。