才人はルイズ達がエルフの国へ自分を助けに来てくれた事を知り、船の進路をエルフの
首都にそびえる巨大な塔”カスバ”へ向かわせた。
その瞬間から数時間前。前日の夜に。
赤と蒼の輝く蒼月の夜空の下で、巨大な鳥が飛んでいた。
鳥ではない。大きすぎる、そして、速すぎる。
翼長は100メートルを超え、機体後方に向いた3基のプロペラと蒸気機関の轟音を引いて
飛ぶそれは、竜の羽衣──ゼロ戦を参考にコルベールが設計した「オストラント号」である。
すでにオストラント号はゲルマニアの国境を越え、エルフの勢力圏内を飛行中であった。
才人とティファニアを救出するための、エルフの国「ネステフ」への強行突入である。
一回目のエルフ艦との遭遇戦は竜騎兵との戦いになり、タバサとキュルケの活躍によって突破した。
二回目の相手はエルフの戦艦だった。八門の大砲を備える火砲を突破できたのは、エレ
オノールによる、奇跡的な、神業的な操舵技術によるものだった。
マリコルヌがエレオノールをうまく操作した結果、とも言えたが。
そんな突破戦の船内の一室で、ルイズは震えていた。
オストラント号の急回頭にあわせて激しく揺れるベッドの上で、桃色の長い髪もゆれる。
魔法学院の制服の肩が、砲撃音がするたびにびくんと震え、怯えている。
”やっぱりサイトがいないと、ダメなんだ。わたし”
ルイズは黒のサイハイソックスの膝を抱え、その両膝の隙間に顔を埋めるようにうつむく。
みんなが戦っている。わたしも戦わなきゃならない。
それはわかっていた。
いままでも危険な目にあってきた。戦いの場を乗り越えてきた。
しかし、それはそばにサイトがいたから。
そのサイトがエルフにさらわれてしまった。
今、この船はサイトを救出するためにエルフの首都へ突入している。
しかし、エルフの薬を飲まされて…もし…自分をわからなくなっていたら。
壊れた人形のようになっていたら。
別人のようになっていたら。
サイトでなくなっていたら。
ルイズは才人と誓いをたてた、あの夜を思い出していた。
ガリアの城内の噴水で、おたがいに生まれたままの姿で、抱きしめあった事を。
おたがいの身体のぬくもりを感じ、好きな人が生きている事を実感した事を。
死ぬ時は一緒と誓った、あの夜の事を。
もしサイトが壊れていたら…わたしはきっと耐えられない。
嗚咽がこみ上げ、鳶色の瞳が涙に濡れた時だった。
「さ! ご飯ですよ!」
戦場の空気を吹き飛ばし、明るい声で扉を開けたのはシエスタだった。
ご飯なんか食べている時じゃない。
そうルイズは答えたが、明るく振る舞うシエスタの言葉に衝撃を受けた。
「食べなきゃだめです。ミス・ヴァリエールはこの救出作戦の要だからです!」
シエスタに才人がどんなにルイズが好きか吹きこまれ、ルイズは”要”として立ち上がった。
そうね、サイトは誰よりもわたしが好きなのよね。
タバサよりも、シエスタよりも、姫さまよりも。
そうだわ。シエスタの言うとおり。
もし、サイトが壊れていたとしても、三人でひっそりと暮らす。
それでロマリアが襲ってきたら、戦う。
それで、もし死ぬんなら…シエスタとわたしとサイトで、三人で天国へ行きましょう。
精神力を小さな身体にみなぎらせ、ルイズはシエスタと共に船室の扉を開け、甲板に出た。
いつのまにか夜が明け、強い日差しがオストラント号の甲板に振り注いでいた。
オストラント号の船首から吹きつける強い風が、桃色の髪とマントをなびかせる。
地平線にエルフの首都にそびえる巨大な塔が見えた。
そして、その手前に浮かぶエルフ艦隊。その船影は十六隻。
コルベールは甲板に立ち、その光景を見て思った。
おかしい。エルフの軍艦の数が首都防衛の戦力にしては少なすぎる。
こんな船の強行突入など、問題にしていないのか?
もしくは、他に戦力を回さねなければならない理由があるのか?
しかし、コルベールは甲板に出てきたルイズの姿を見て、心を決める。
首都は目の前なのだ。
そして、十六隻とはいえ、その防衛網を突破するには奇跡の業が必要だろう。
ルイズの虚無の魔法という奇跡が。
「それではいよいよ…彼女の出番のようだね」
甲板には全員がそろっていた。
コルベール、ギーシュ、エレオノール、マリコルヌ、キュルケにタバサ。
ルイズは全員から自信が湧いてくる言葉を貰った。
自信と精神力に満ちたルイズは美しかった。
ルイズは船首に立ち、杖を引き抜く。
「さて、耳長さんたち。わたしの使い魔を返してもらいに来たわよ」
目の前に陣形をとるエルフ艦隊を吹き飛ばし、愛する使い魔を救う。
それはルイズにとって、確定した”未来”だった。
エルフ艦隊十六隻の中央に小さな光が生まれ、瞬く間に巨大な光の珠となった。
艦隊の中央に、突如、太陽が出現したかのようであった。
そして爆風がエルフ艦隊を襲い、エルフ艦が火災を発生させながらゆっくり降下していく。
船を浮遊させる”風石”が消滅したためだ。
虚無の魔法、”爆発”。術者の判断により、破壊対象を選択できる強力な魔法である。
ルイズが本気で”爆発”を放つのは、タルブの村でのアルビオン艦隊戦以来だった。
「サイト…まってて…必ず、助けるから…」
虚無の魔法は強力だが、精神力を極端に消費する。
精神力が切れたルイズは眠りに落ちた。
サイトと再会する”未来”を夢見ながら。
ルイズがぐらりと倒れこむのを見て、エレオノールが慌てて妹の身体を支える。
「さて、いよいよ本番だ。みんな、準備はいいかね?」
コルベールが首都にそびえる塔を指さして言った。
炎上するエルフ艦隊から立ち上る煙を切り裂き、オストラント号が防衛戦を突破する。
巨大な塔「カスバ」が目前に迫った時、マリコルヌが叫んだ。
「せ、先生。あ、あれはなんでしょう?」
カスバの塔のさらに先。
遙か東方の山々の影が薄っすら見える地平線の先から黒雲が立ち上った。
だが、マリコルヌ見ているのは、その雲では無い。
”遠見”の魔法で見たマリコルヌの眼には地平の先の異様な物が写っていた。
東方風の屋根を持つ小屋にゴーレムのような細い脚が生えた巨大な物が無数に立っていたのだ。
さらに、その手前を黒い波が進んでくる。
いや、波ではない。
マリコルヌは”遠見”の魔法を強め、倍率を高めた。
人影。いや、人のようなもの。無数の黒い影が波のごとく押し寄せて来る。
黒装束。頭までも黒い布でぐるぐる巻きにした異様な人影。
前かがみに両腕を横に突き出しながら歩み来るそれを見た時、マルコリヌは恐怖した。
あれは人間に敵う相手ではない。今、戦おうとしているエルフよりも恐ろしい存在。
マリコリヌも戦場を体験し、修羅場を超えてきた。
だからそこそわかる、恐怖。
そして、コルベールも感じていた。
”炎蛇”と恐れられた過去を持ち、無数の生命を奪ってきた彼だからこそわかる。
東方に見える地平を埋め、波となって迫る黒い影から吹いてくる異様な殺気を。
だが、ここで計画を中断するわけにもいかない。
オストラント号がカスバの塔の中腹にあるバルコニーに接触した時、コルベールは意識を切り替えた。
サイトくんとミス・ウエストウッドを救出し、脱出する。
この計画に変更はない。なにが起きようと。
コルベールは杖を手に甲板からバルコニーに飛び降り、音もなく着地した。
バルコニーの床は見たことが無い材質だったが、頑強な作りである事を感じた。
人の気配は無い。コルベールは杖を持つ右手で無く、左手を上げて合図をした。
右手の杖には緊急事態にそなえ、早口で唱えた詠唱と共に生じた炎が取り巻き、戦闘態勢は万全だった。
コルベールの合図を見て、タバサとキュルケ、そしてギーシュも続いて船から飛び降りた。
エレオノールは甲板で待機した。エルフの防衛隊からの攻撃にそなえるためだった。
船と、眠るルイズ―妹を守る役目である。
ブロンドの髪をかきあげ、メガネの下の鋭い眼が周囲を見渡し、警戒する。
「…あんたは行かないの?」
エレオノールの背中で、ふとっちょのマリコルヌが蒼白な表情で震えていた。
エレオノールは突破戦の際、このぽっちゃりに散々な目に合わせられた事を思い出し、
怒鳴ってやろうかと思った。
しかし、マリコルヌの怯え方が尋常でない事に気がつく。
「あんた、遠見でなにかを見たのね。なにを見たのよ」
まるまっちい脂肪の乗ったマリコルヌの怯えた顔とその眼を見て、エレオノールはごくりと唾を飲んだ。
「あ、悪魔。悪魔が来るんです…おねえさん!」
抱きついてきた脂肪の感触。しかし、エレオノールはなぜか嫌悪感を感じなかった。
「バカ、男でしょ。しっかりなさい。あと、おねえさんと呼ぶな」
その時、東方の黒い気配から光が走った。
塔の下方に見渡すエルフの白い街並みから一瞬で爆炎が上がり、カスバの塔が振動する。
「な、なに?」
エレオノールは眠る妹と怯えるぽっちゃりを守るように抱いた。
バルコニーに降りたコルベールとキュルケとタバサは、突然の爆音と振動に戸惑った。
「さっきの異様な軍勢の攻撃か。エルフと敵対関係にあるようですな。
だとすれば、これは好機ですぞ!」
「そうだな。だが、残念ながら探しものはここにはいないぞ」
突然聞こえた、声。
その声の主は壁の影から現れた。
長身のその影にタバサとキュルケは見覚えがあった。
「あなたは!」
タバサが捉えられたアーハンブラ城で戦ったエルフ。
ジョゼフ王に協力し、両用艦隊を消滅させた火石を作ったエルフ。
そして…ジョゼフが死んだ後、心を奪われた母の解毒剤を調合した男。
ビダーシャルである。
キュルケは以前の戦闘で、このエルフにまったく手が出なかった事を思い出していた。
もしかしたら、突破してきた艦隊よりも強敵かもしれない。
ビダーシャルはタバサの姿を見て、整った口を開いた。
「おや、ガリア王…いや、今は双子の妹の”悪魔”が王だったか。
他の者も手練と見える…あの少年は…よほど人徳があるのだな」
コルベールは目の前の男が話しに聞く強敵のエルフであると察した。
そして、その言葉からサイトの事を知る人物である事も。
「…わたしはこの子らの教師のコルベールと申します。
あなた達にさらわれた生徒を救出に来ました。彼らはここにはいないのですか?」
「わたしはビダーシャルだ。この出会いに感謝を…」
その時、新たな爆音がして塔が震えた。先程よりも強い揺れだった。
ビダーシャルは窓から迫り来る黒い影をにらみつつ、言葉を続けた。
「…その通りだ。彼らは先日、自らこのネステフを脱出したのだ。入れ違いになったな。残念だ」
「ミスタ・ビダーシャル。彼らは今、どこにいるのですかな?」
「まちたまえ。来るぞ」
ビダーシャルの声が低くなった。それは戦闘開始の意志を含んでいた。
突然、バルコニーの窓から黒い影が走った。
突然の襲撃に戸惑うコルベール達に。
しかし、その影はコルベールの面前で、なにもない空間に弾き返された。
ビダーシャルの先住魔法「反射」である。
『ウギイッ』
奇妙な声を発した黒い影の着地点を炎と氷の矢が襲う。
キュルケのファイヤーボールとタバサのウィンディアイシクルだ。
しかし、影は手にした剣で氷の矢を切り払い、再度の跳躍で炎を避ける。
その脚に炎の蛇がからみつく。
コルベールの炎の蛇は瞬く間に影に絡みつき、バランスを崩した影は炎と黒煙を上げな
がら、塔の下へ落ちていった。
「ミスタ・ビダーシャル! 彼らは?」
「東方からの恐るべき敵、”クロサギ軍”だ。残念だが、ネステフの防衛網は突破された。
空軍もその戦力を大きく失ってしまっている。制空権を失ったと見ていいだろう。
君たちのせいでもあるが、な」
「あなたたちがサイト達をさらったからじゃないの!」
キュルケが怒りの視線をビダーシャルに向けた時、ビダーシャルは頭に手をあて、目を閉じていた。
その時、タバサの傍らに青い竜…シルフィードが背の翼を羽ばたかせて降りてきた。
「おちび! ヤバイのね! 黒いのがいっぱいくるのね!」
タバサはメガネの奥の冷静な視線をビダーシャルに向けながら返答する。
「先生。あのエルフは嘘は言わない。サイトがいないのなら、船を動かすべき。
シルフィード、あのエルフはなにをしてるの?」
シルフィードは憎々しげにエルフを見つめた。
以前、シルフィードはアーハンブラ城でタバサを守る為にビダーシャルと戦い、破れているからだ。
「念話なのね! かなり離れた相手と念話してる…相手は…サイトなのね!」
キュルケとコルベール、そしてタバサが才人の名前を聞き、笑顔をつくった。
「おお! サイトくんか」
ビダーシャルが目を開き、喜ぶ3人と一匹に顔を向けた。
「ああ。その通りだ。相変わらず無茶な少年だな。
そのまま君たちの国へ逃げ延びろと言ったのだが…君たちが来ている事を伝えたら、
こっちに戻ってくるそうだ」
「さすがサイトね! ねえ、ジャン。
そうと決まればこんなとこから逃げて、サイトと合流しましょう」
3人と一匹は頷き合い、バルコニーの端に接舷しているオストラント号の方に向いた。
「まちたまえ。ミスタ・コルベール。頼みがある」
背中にビダーシャルの声をうけ、コルベールは振り返った。
「ミスタ・ビダーシャル。私たちが頼みを受ける道理がありますかな?」
「承知している。しかし、このネスネフの首都アディールはクロサギ軍の侵攻により、
大変危険な状態にあるのだ。我々、戦士は戦う。しかし、子供たちはそうはいかない」
コルベールはビダーシャルからの頼みを理解した。
「なるほど、女性や子供を」
「ああ。あなたの船で、共に逃げ延びてもらいたい」
そして、ビダーシャルは深くあたまを下げた。
「そういう事ならば。で、保護すべき方々は?」
ビダーシャルの背後の影は通路になっていた。
その通路から人影が溢れてきた。女性のエルフ、幼い少年、少女達。
しかし、その人数は思ったより少ない。20人もいないだろう。
「これだけなのですか? 船に載せられる人数に限りはありますが…まだ載せられますぞ?」
ビダーシャルは悲しげに笑った。
「我々も一枚岩ではないのだ。議員関係者はすでに撤退を済ませている。
ここにいるのは孤児や病人なのだ」
コルベールは笑顔で答えた。
「了解しました。さ、みなさん、わたしの船へ」
キュルケは快諾したコルベールに一瞬、憮然としたが、すぐに準備をするために船へ走った。
エレオノールは突然のエルフの乗客に戸惑ったが、事情を聞くなり、すぐに行動した。
マルコリヌの尻を蹴り、エルフの少年少女達を船室に案内させる。
シエスタは船室の準備をするため、オストラント号内を走り回っていた。
ルイズは指揮を取るエレオノールの足元で眠っている。
ビダーシャルとコルベール、そしてタバサが東方から迫り来る黒い影を見つめていた。
上空を東方風の屋根をした奇妙な物体が通り過ぎ、閃光が光り、爆音が響く。
「エルフの国はどうなるのですかな?」
コルベールの問いにビダーシャルは無表情で答えた。
「生き延びれば、また国は作れる。っく。今は逃げる、それだけだ」
ビダーシャルの声に苦鳴が混じった。その額に汗が流れるのをタバサは見逃さなかった。
「あなた、もしかして。このあたり一体に「反射」をかけているの?」
「ああ。キニンやキモンの侵入をゆるせば、脱出は難しくなるからな。
おっと。彼らが来たようだ」
東方、すなわちクロサギ軍の軍勢が迫り来る方向の逆から、バルコニーに竜が舞い降りた。
首都の港に到着次第、急ぎアリィーが呼び寄せた竜に乗り換えた才人達だった。
その竜の背には、竜を操るアリィーとルクシャナ、そしてティファニアの姿も見える。
「オストラント号! みんな、来てくれたんだ!」
竜から飛び降りた才人に警備していたギーシュが駆け寄った。
「副隊長! 生きていると信じていたよ!」
「いきなりの出迎えがお前か! うれしいぞ、このやろ!」
その時、上空をキモンが通り過ぎた。
瞬間、オストラント号から閃光が走る。
「まずい!」
コルベールが叫んだ。
ビダーシャルが才人達を入れる為、「反射」を部分的に解除した隙をつかれたのだ。
被弾したオストラント号の右翼のプロペラ部分が爆発炎上する。
「シルフィード!」
シルフィードに乗ったタバサが急行し、氷雪魔法により消化する。
しかし、右翼のプロペラは大破していた。
「まずい…推進力と浮力をになう右翼の水蒸気機関を一基、破壊された…」
コルベールの顔色が蒼白になる。
「せ、先生! オストラント号が!」
再会の感慨も無く、焦った才人がコルベールに駆け寄る。
そんな才人の姿を見て、ビダーシャルは苦痛と無念に表情を曇らせた。
「すまん。「反射」を開けた隙を突かれた。ミスタ・コルベール。船の状況は?」
「推進力はなんとかできますが、浮力が足りません。
なにせ、巨大な船ですから…風石の数が不足しています。
このままでは脱出は難しいでしょう…」
そこへ、アリィーとルクシャナも駆け寄ってきた。
「叔父様! 大丈夫ですか?」
「蛮人。風石なら、このカスバの塔に貯蔵してある。どのくらい必要だ?」
コルベールが必要な風石の量をアリィーに伝えた。相当な量である。
ビダーシャルは即断した。
「アリィー、急ぎ風石の手配を。しかし、時間が必要だな…」
「時間…か」
時間が必要。
才人は一人、つぶやいた。
窓の外に見える黒い軍勢は、すでに黒い波模様でなく、人影一体一体が視認できるほどになっていた。
視界に広がる地平を埋めるほどの敵軍勢、キニン。
そして、その奥に無数に立つ、瓦屋根の…そう、神社に脚を生やしたような戦闘兵器。
――とりあえず才人はそれを、昔見た映画からもじって”神社ウォーカー”と名付けた。
さらに、空を飛び、エルフの街を蹂躙するキモン。
敵はアルビオンで才人が七万の敵に立ち向かった時の規模をはるかにしのぐ。
しかし。
「俺が時間を稼ぐよ」
ビダーシャルにはオストラント号が出発できるようになるまで「反射」をかけ続けてもらわなければならない。
アリィーには風石を運んでもらわなければならない。
タバサには「反射」を抜けてきた敵に備えてもらう必要がある。
コルベールはオストラント号の運用に必要不可欠な人物だ。
敵を止め、時間をかせげるのは自分しかいない。
才人はそう決心した。
「バカな。蛮人の戦士よ、それは無駄死にだ」
ビダーシャルの言葉に、才人は答えた。
「無駄なんかじゃねーよ。それに俺は死ぬつもりはさらさら無いぜ」
才人はオストラント号に向けて歩き出した。
ルイズの元へ。
アリィーの竜の背に乗って降りる時、甲板で眠るルイズの姿を見ている。
「才人くん! 我々は君を助けに来たんだ。君を失ったら意味が無いですぞ!」
「先生、俺は、みんなが助けに来てくれた、その事だけで胸がいっぱいです。
叫びたくなるほど、嬉しいです。
そんなみんなを死なせるわけにはいかない。絶対に」
才人はオストラント号にかけられた橋桁に乗り込む少年少女達の列を軽やかにすり抜け、甲板に降り立った。
「あなた、無事だったのね!」
避難状況を指揮するエレオノールが、厳しい顔を少し笑顔色にそめて言った。
「お姉さん、ありがとうございます」
「…ふん、少しは貴族らしくなったじゃないの」
深く礼をした才人を見て、エレオノールは少し頬を赤く染め、そっぽをむいた。
才人はその足元で眠るルイズを見た。
ルイズの側に静かにしゃがみこみ、眠るルイズの顔にかかった髪をぬぐった。
そのまま、ルイズの頬に両手で包む。愛おしさをこめて。
「ルイズ、助けに来てくれてありがとな。思い出したよ。
アルビオンで七万に立ち向かった時…俺達、結婚してたんだよな」
才人はルイズの薄く形のいい唇を親指で優しくなでると、そっとキスをした。
ルイズにハルケギニアに召喚されて。
あれからいくつもの出来事を超え、なんどもキスをした。
深く、激しいキスをしたこともあった。
それ以上はできなかったけど。
「好きだ。ルイズ。あらためて言う。好きだ」
唇を少し離し、才人は心からの言葉を伝えた。
そして、ルイズの身体を抱きしめた。強く、そして、優しく。
温かいぬくもり。その感触を心に刻むために。
時間にして数秒。しかし、それだけで、才人は身体に湧き上がる力を感じた。
静かにルイズから離れ、優しく寝かせた後、パーカーを脱ぎ、ルイズの胸にかける。
そして…才人は立ち上がる。
「だから、俺、行くよ。お前を、みんなを守るために」
船を降りた才人を追って、タバサが走ってきた。
「わたしも行く。わたしはあなたを守る」
才人は首を振る。
「ダメだ。タバサ、お前はみんなを守ってくれ」
「いや。絶対に行く。あなたを一人にはさせない」
才人はタバサの両肩に手を置いた。
「お前にしか頼めない。ルイズを守ってくれないか」
タバサを見つめる才人の目が全てを語っていた。
タバサの青い瞳から、涙が一筋流れる。
才人はタバサの頭に手をのせ、笑いながら言った。
「…ごめんな」
才人は、ビダーシャルの元へ歩いてきた。
「おい、武器庫を教えてくれ。あるんだろ? 俺の世界の武器が」
その問いにはルクシャナが答えた。
「わたしが案内するわ。こっち」
敵軍勢が迫るまでそう時間は無い。
ルクシャナを追いかけだすサイトにビダーシャルが言った。
「君は…聖者アヌビスとは言わんが、近い存在だな。尊敬する」
「よせやい。俺はただの日本の高校生だぜ」
武器庫に入った才人はすぐ、ルクシャナに船へ戻るように言った。
独特の空気がただよう部屋には、様々な銃器が壁に立てかけられていた。
マシンガン、バズーカ砲、手榴弾、ガトリング砲。
弾薬や刃物などもあった。
「おいおい…俺はコマンドーじゃないんだから…」
愚痴りながら、部屋の隅にあったリュックに使えそうな武器を詰めていく。
ガトリング砲とベルト帯のような弾薬も持ってみたが、意外とすんなり持つことができた。
それこそコマンドーのような筋力が必要な重さの銃器のはずだ。
ガンダールヴの能力によるたまものだろう。
しかも、まだ余裕がある。まだまだ銃器を装備できそうだ。
「フルアーマー・ガンダールヴってやつだな」
その時、才人の足元にいくつかの銃弾が転がった。
ガトリング砲を小脇にかかえながら、才人は腰を落とし、その銃弾を拾った。
その時、脳内で異様な情景が広がった。
日本の武士のような兵士達が戦っている。
相手は…いま、迫りつつあるキニン達だった。
見えた情景はほんの一瞬。
才人は背中に背負ったデルフリンガーが宿る日本刀を抜いた。
「相棒、さっきキニンを切った時に気がついたんだが…」
「うん。この刀、俺の国の日本刀だと思ったんだけど…いや、たしかにそういう情報を読
み取ったんだけど」
「そうだね。この銃弾を見るまで、その機能に気が付かなかった」
「うん。勘違いしてた。俺の世界の刀じゃない。無名の刀でもない。名は…”十字剣”」
刀の鍔の手前、縁のところに四角い穴がある。
ガンダールヴの能力が教えてくれた。この銃弾は、この刀の穴に装填する物だと。
弾を込める事により、気合を刀の力とし、鋼鉄をも切り裂くエネルギーを発する刀。
これはキニンを斬るための刀だったのだ。
「こりゃ…いい感じだな! 運命は俺に勝てって言ってるね」
「そうかもしれんね」
才人は十字剣の気合が込められた弾を手にもてるだけつかんだ。
その中に白い弾があるのに気がつく。
その白い弾の底に、漢字が一文字書いてあった。
「俺の世界の文字…漢字だ」
――心――
才人は、心に念じた。
この十字剣を使って戦った、知らない世界の侍さん達。その心、俺にも貸してください。
そして才人は大地に立った。
持てるだけの銃器と弾薬と武器を手にして。
仲間達がいる…ルイズがいる街を背にして。
敵は眼前の大地を埋める、無数の黒い人影。
その奥に立ち並ぶ神社ウォーカーからの砲撃が頭上を通過する。
唸りをあげて頭上を通過するビームのような光弾。
かすめただけで空気がイオン臭につつまれ、黒髪と皮膚がチリチリと焼ける。
「なあ、デルフ」
「なんだい、相棒」
「俺、今度こそ死ぬのかな?」
「まあ、そうだろうね」
「前みたいに助からないかね?」
「無理、だろうね」
「そうかい」
「うん。相棒はきっと、こういう運命にあったんだね」
「やだなあ、死にたくないなあ」
「かっこいいのがだいなしだぜ、相棒」
「だって、俺、ルイズとしてないんだぜ」
「じゃあ、逃げるかい?」
「それじゃ、ルイズを守れない」
「うん」
「行くか、相棒」
「行こう、相棒」
一人だけの合戦がはじまった。
まずは空を飛ぶキモンを仕留める必要があった。
映像追尾式のミライルランチャーから誘導弾が煙を引きながら発射された。
キモンが爆炎を上げて墜落して行くのを確認した才人は、次の行動に出た。
ロケットランチャーなどの遠距離兵器だ。
一体の神社ウォーカーの屋根にロケット弾が命中。
ロケットの命中弾は次々に爆発し、立ち並ぶ神社が次々に崩壊していく。
遠距離火器を撃ち尽くしたら、ガトリング砲の出番だ。
周りが全て敵。才人の意識は戦闘のみに集中された。
束ねられた銃身から火が吹き、敵の黒い波に吸い込まれていく。
ベルト帯に込められた銃弾がガトリング砲に消えていく。
やがて、中距離兵器も弾切れとなる。
後は接近戦あるのみ。
雄叫びを上げ、才人はキニンをも越える速さで敵軍に突撃し、十字剣で斬りまくった。
無限とも思えるキニンの群れを十字剣の気合の光が斬り倒す中、バランスが崩れた。
右前のめりに転倒する。
才人は右脚の膝から下が無い事に気がついた。
すでに全身、傷だらけであった。
痛みはあまり感じない。全身汗まみれで、激しく息をする。
どのくらい時間をかせげたのだろうか。
ルイズを逃がせたのだろうか。
身体を転がし、地面を這いながら、手榴弾を投擲する。
爆風がもたらした煙の中で地面を這いながら、近づくキニンの気配を斬りつけた。
斬った。斬った。斬った。斬った。斬りつけた。
「相棒、船が無事に脱出したよ」
デルフリンガーの声を耳にした才人の身体は、すでに満身創痍。
汗と土埃にまみれた黒髪の下で、口元がかすかに笑った。
十字剣を握る指から力が抜ける。
大地に倒れた才人が最後に眼にしたのは、周りを取り囲み、見降ろすキニンの集団。
そして、刺し降ろされる無数の刃だった。
日が暮れようとしていた。
夕日が戦場を茜色に染めていく。
無数の動かぬキニンと数台の破壊された神社ウォーカーが残された大地。
すでにクロサギ軍の軍勢はいなかった。撤退したようだ。
青い竜が夕日の空を飛んでいた。
瞬間、桃色の髪の少女が戦場に出現した。
瞬間移動――虚無の魔法である。
サイトのパーカーを来た少女は、大地を覆う動かないキニンの中を彷徨う。
愛する使い魔の名前を叫びながら。
やがて、夕日を反射して光る日本刀を発見した。
日本刀は地面につき立っていた。
少女は半狂乱になりながら、日本刀にかけよった。
「…相棒は立派に戦ったぜ、嬢ちゃん」
少女にはその声は聞こえていなかった。
探し求める恋人がいない。
恋人の愛刀は見つけた。しかし、愛する使い魔の姿が無い。
「サイト、サイト、サイトはどこ?」
日本刀を手にしたまま、ルイズは膝をついた。
その横に青い竜と、青い髪の少女が佇む。
ルイズの足元に拳銃と銃弾が落ちていた。
その中に白い銃弾があった。
ルイズは白い銃弾を手にする。その銃弾の底には文字が書いてあった。
――心――
ルイズはその文字を読めない。
しかし、心にサイトの笑顔が浮かぶ。
愛するサイトの声が聞こえた。
ルイズは叫んだ。
愛するサイトの名前を。
その声は夕日に沈む戦場の跡に、いつまでも響いていた。