蒼と赤の双月の下、地上を見降ろす視線があった。
青い竜の背に乗る、青いショートカット髪の少女。
魔法学院の制服の上につけた黒いマントが風になびく。
幼く見える外見に似合わぬ、眼鏡の奥の鋭い視線は…戸惑っていた。
「なんなのね…桃髪ぺったら娘、キニンにくっついてるのね」
竜――シルフィードが大きい瞳をくりくりさせながら言う。
「おかしい…なにかおきてる。降りて」
タバサの声に竜が森の中へ降下する。
月光が森の屋根の隙間を抜けて、筋となって二人を照らしていた。
奇妙な光景だった。
動かぬ躯となった黒いキニン達が倒れるその中央で、黒い長身の影と、桃色の長い髪の
少女が見つめ合っていた。
黒い長身の影…シラヌイは自分の胸の下くらいから見つめてくる少女の顔を視認する。
駆動音と共にバイザーが上がり、赤いラインのセンサーが開く。
視界の中に、「保護」と記された少女の画像と、目の前の少女が一致する事が示めされる。
桃色の長い髪に魔法学院の制服。ブラウスの上に着た…青いパーカー。
少し釣り上がった大きな鳶色の瞳。綺麗な白い肌。
それは、自分の大切な主人だった…愛するルイズ。
「間違いない! あんた、サイトでしょ?」
ルイズは背伸びして、シラヌイの黒兜のごとき顔を両手で包む。
「いえ…べべ、別人です」
シラヌイはルイズの視線から逃げるように、顔を背ける。
「嘘つかないで! わたしにはわかる! 絶対サイトだもん!」
ルイズは鳶色の瞳から涙を流していた。
駆動音と共にバイザーが上がり、赤いセンサーが全開になる。
ルイズの目元が拡大された。
泣き腫れた眼、大きなクマ、目元から伸びた涙の筋跡。
シラヌイはルイズが過ごしてきた悲しみの日々を悟った。
「ご、ごめん」
思わず出た言葉にルイズの瞳が歓喜の色に見開かれる。
「サイト! やっぱりサイトなのね!」
ルイズは黒い身体に抱きついていた。
愛しさを込めて、両腕を身体にまわす。
しかし、黒く冷たい機械の身体。
「なんで? なんでサイト、キニンになってるの?」
自分の…機械の胸に顔をすりつけ泣くルイズを見て、シラヌイはその背中を抱きしめようとした。
しかし、嗚咽で震える小さな肩に触れようした黒い指に気がつく。
自分は平賀才人なのか。
ルイズを生贄に攫う任務をえて、クロサギ城を出た。
ハルケギニアに向かう途中、見つめ続けたルイズの画像。
ルイズの画像を見つめるたびに、胸のうずきが多くなり、気がついた時には、共にしていた下忍を斬っていた。
ハルケギニアとエルフの勢力範囲の境にある「サハラ」や大森林を放浪する日々。
後続に来る機忍を撃退する日々。
徐々に思い出す過去の記憶。ルイズとの日々。
自分は本当に平賀才人なのか。
記憶はそうだ。雷鳴法師の言葉を思い出すに、魂は間違いなく平賀才人なのだ。
しかし、自分の身体は。
復活する殿…クロサギの肉になるため、城の大黒柱に封印されている。
今の自分は…ほんとうの平賀才人では無い。
「ご、ごめんルイズ。俺は才人だけど、サイトじゃないんだよ」
「わけわかんない事、言わないで!」
「ご、ごめん」
その時、ルイズが背中に背負っていた日本刀――十字剣が反応した。
「おい。おめ、俺の柄を握れ」
十字剣に宿ったデルフリンガーである。
ルイズはデルフインガーの言葉に頷くと、シラヌイの胸から離れ、背中を見せた。
それは、はたから見れば、敵に背を向ける自殺行為だった。
「ルイズから離れなさい!」
頭上から懐かしい少女の声が、無数の氷の矢と共に降ってきた。
ルイズを射線からはずした、巧妙に狙いを付けられた氷の矢がシラヌイの背に降り注ぐ。
氷の矢はシラヌイの背中に傷を負わすことができず、はじけるだけであった。
しかし、それは陽動。
疾風のように舞い降りた青い影が竜となり、ルイズを背中に乗せる。
同時にタバサがシラヌイの前に舞い降りた。
まとった風で黒いプリーツスカートと青い髪をはためかせ、青い瞳は怒りに燃えている。
小柄なタバサの身長より長い杖が氷雪をまとう。
「やめてタバサ! サイトなの!」
タバサは背後のルイズへ振り向き、ゆっくりと敵を見なおした。
黒いキニンはこうべをたれ、両肩を落とし、棒立ちになっていた。
「…ほんと?」
「桃髪ぺったら娘、ついに頭にきたのね?」
「うるさいバカ竜。自然に返すわよ!」
ルイズがマントとスカートをはためかせ、シルフィードの背中から飛び降りた。
警戒心もなく黒い影にかけ寄るその姿を見て、タバサも杖を降ろした。
ルイズの雰囲気に、表情に、喜びと生気が蘇っていたからだ。
「なんだか調子が戻ってきたのね。きゅいきゅい」
「…うん」
タバサも慎重にシラヌイへ近づいた。
「サイト、はやくデルフを握ってみて」
ルイズがスキップしながら黒いキニンへ背中を見せる。
シラヌイは一瞬ためらった後、左手で、静かに十字剣の柄を握った。
ガンダールヴ…虚無の使い魔であるサイトは、武器を持つと左手の甲のルーンが光る。
あらゆる武器の知識をもち、あらゆる武器を操る神の盾。
その能力は数々の危機を乗り越える力となってきた。
しかし。
シラヌイの左手の甲は光らない。
「ガンダールヴのルーンが光らない…」
タバサのつぶやきに、ルイズがはっとする。
「いいぜ…わかった」
デルフの声と同時に、シラヌイの黒い指から力が抜けた。
ルイズが焦った表情で振り向くと…シラヌイはうなだれていた。
「な、なんなの? デルフ、なにがわかったの?」
「嬢ちゃん、相棒が七万に立ち向かった時、ガンダールヴのルーンが消えたの、覚えてるかい?」
「う、うん」
「ありゃあ、相棒の心臓が一瞬、止まったからだ」
「うん」
「ガンダールヴのルーンが、相棒が死んだと判断したんだな」
「…うん」
「残念だが、相棒は死んだ」
デルフの声に、シラヌイが頭を上げた。バイザーが上がり、赤いセンサーが全開になる。
「死んだ? サイトが死んだ?」
「ああ」
「ば、ばか言わないで。目の前にサイトがいるじゃない。
姿は違うけど、サイトでしょ? サイトだもん。わかるもん」
「目の前のキニンは…相棒だった…サイトの魂が込めらてんだ。
俺とおんなじで、な。すでに相棒とは別の存在ってわけよ」
月光の森が静まり返る。
タバサがぽつりと言った。
「クロサギ軍の仕業…」
シラヌイのバイザーが降り、赤いセンサーが隠される。
目を閉じたのかもしれない。
「ああ。俺はクロサギ軍の雷鳴法師に魂を抜かれ、この身体に移されたんだ。
今の名前はシラヌイ。サイトの魂だけど、才人じゃないんだよ」
シラヌイの黒いこぶしが強く握られる。怒りと悲しみで。
「ででで、でも。魂は――心はサイトなんでしょ? かかか、身体はどうしたの?」
「雷鳴法師って奴が言ってた。クロサギが目覚めるための肉になる」
「に、肉?」
ルイズの瞳が悲しみの涙に濡れ始めていた。
シラヌイはそれを見つめる事ができず、顔を背ける。
「ああ…たぶん、俺の肉体にクロサギが乗り移るんだと思う」
「そそそ、それって、サイトの身体はまだ無事って、こと?」
シラヌイはその問いに答えられなかった。わからないからだ。
「どうなの、デルフ?」
「わかんね」
ルイズはしばらくこうべをたれた後、よし、と言った。
「そうね! 簡単よ! サイトの身体を取り返しに行けばいいのよ!
そうだわ、それだけのことよ! 簡単じゃないの!!」
エルフの首都、アディール。そこにそびえる巨大な塔「カスバ」。
その隣に、「カスバ」をも越える巨大な建造物があった。
黒い天守閣。
巨大な石が積まれた石垣の上に、黒い瓦屋根の巨大な城の天守閣だけが建っていた。
3ヶ月前までには存在しなかった建築物である。
クロサギ城。
首都を放棄したエルフの国を蹂躙するかのように、禍々しいオーラを漂わせていた。
その城の奥の間で、雷鳴法師が振り返った。
「なに、シラヌイが逃げた?」
雷鳴法師の背後の壁には巨大な白い布がかけてあり、中央にクロサギの紋が書かれている。
雷鳴法師の足元に、黒い影…下忍が座して、頭を床にすりつけていた。
「は。新たな追跡隊も屠られましてございます!」
下忍の電子音声が焦りをもって言う。
雷鳴法師はその白い顔の顎に指をそえ、しばし無言の後、口を開いた。
「そうか…元の記憶が蘇ったか…ショウキ!」
奥の間へ続く黒い廊下の先に人影が生まれた。
それは白く輝く影。
足先から登頂まで、真珠のような美しい白で包まれた人影。
通常の太刀より倍長い、白く美しい太刀を右手にもち、その白い影はゆっくりと歩み来る。
見れば、その白は全身を包む鎧の色であった。
頭部から無数に伸びた太く長く白い、パイプのような髪。
頭部の髑髏のような眼窩のみが、その白い身体の中でおぞましく浮き出ている。
全身から青い火花をもって溢れ出る気合。
クロサギ軍最強の機忍。上忍の位にある「ショウキ」である。
「ショウキ。ただいま参上つかまつりました」
雷鳴法師の前に、ショウキはゆっくりと片膝をついた。
そして、一度下げたこうべを上げ、髑髏のような眼窩で雷鳴法師を見た。
「このショウキ。トリステイン王女、アンリエッタ君の確保の任務に備えておりました。
が、そのような児戯に等しい任務。足りませぬ。足りませぬ。
殿の復活にそなえ、我ら機忍一同、普段より身も軽く、心よいうずきを覚えております。
シラヌイの討伐の任務。ぜひとも、このショウキに」
ショウキの言葉に、雷鳴法師は目を見開いた。
「それには及ばぬ!」
「なんと!?」
そして、雷鳴法師はじろりとショウキを見つめた。
「シラヌイは…殿にその肉を奉ったほどの人間。活力の値だけでは計り知れぬところがあるぞ…?
ショウキ、お主…シラヌイに勝てるのか?」
ショウキは右手の太刀を立て、激昂した。
「なんと申される! たかが人間だった男の気合など、たかが知れております!
ささ、わたくしにシラヌイ討伐の任を与えてくだされ。この一刀で瞬時に散らしてごらんにいれる」
「いや、ショウキよ。シラヌイは良いのじゃ。お主の任務は…」
雷鳴法師の言葉は途中で止まった。
その背後の壁にかかったクロサギの紋が描かれた白布が光ったのである。
黒い奥の間の隅々まで照らす白光は、ショウキの白をも輝きに埋めていく。
そして城全体が振動した後、光の向こうに、圧倒的な気合を備えた何者かの姿が現れた。
白布は巨大なスクリーンであったのだ。
スクリーンに現れた者の放つ禍々しく、圧倒的な気合はショウキのみならず、雷鳴法師をもひるませた。
「それで? シラヌイを殺してはならぬのか…雷鳴」
雷鳴法師は即時に座し、額を床につけた。
「はっ。と、殿! め、めっそうもありませぬ。しかし、これも、すべて、殿のため!
完全無比の機忍をこしらえ、殿のお役に立つ、その為だけにシラヌイをこさえたのでございます」
クロサギ軍を率いる怪人、雷鳴法師をも畏怖させる存在。
異次元世界からの謎の侵略者、クロサギである。
クロサギはその瞳とおぼしき器官で、じろりと雷鳴法師を見つめた。
瞬間、雷光が走り、雷鳴法師が苦鳴を上げる。
白煙が雷鳴法師の身体から立ち上り、雷鳴法師はぐらりと傾いた。
「も、申し訳ありませぬ。わたくしめの道楽が過ぎましてございます!」
「わしがそちに申し送ったのは、優れた気力を持つ人間の器だけじゃ」
雷鳴法師は白い顔を苦痛に歪めながら、クロサギにこうべを下げた。
「…浅はかにございました…」
「ふ」
クロサギの笑いが場内にこだまする。
その笑いは雷鳴法師への嘲笑か、それともこの世への顕現を前にした喜びのためか。
異界の邪神の真意は誰にもわからない。
「明日の祝儀、そちらにまかせたぞ…」
巨大なスクリーンからの光が消え、クロサギの圧倒的な気配も消え去った。
そして雷鳴法師は立ち上がり、ショウキの方へ振り返る。
そこには、ショウキの他に中忍にあたるキニンが数体、そして無数の下忍が座していた。
雷鳴法師は右手を上げた。
「皆の者、聞いたか。殿はこの世の全ての力を借りて、この世界にお出ましになる。
この世も我らの天下となる時ぞ。明日の祝儀まで、滞りなく事を進めるのだ!」
無数の機忍から雄叫びが上がった。
それはこの世の生物全てに対する、恐怖の雄叫びであった。
アーハンブラ城の一室で、コルベールは目前にあられた影を凝視していた。
「本当に、サイト君なのかね?」
臨時にだが、クロサギ軍に対応するため、アーハンブラ城にはエルフと人間が共同で陣をはっていた。
人間とエルフ。その間にある溝は大きく、この3ヶ月の間にも、両者の争いが幾度も発生した。
しかし、それでも共同戦線を維持できているのは…キニンの恐ろしさ故だった。
キニンの…ゲニンにはスクウェアクラスのメイジ複数であたれば、なんとか対抗する事ができた。
しかし、まれに姿を見せるチュウニンと言われるキニンには、数人のスクウェアクラスのメイジはおろか、
エルフの戦士達をもってしても歯が立たなかったのである。
先住魔法の口語による呪文、その一言さえも追いつかぬ――死の一撃。
ゲニンには距離を置き、強者と4人のメイジが呪文を持って対応する。
チュウニンに出会ったら、始祖ブリミルに祈れ。
この三ヶ月の戦闘において生まれた戦法であった。
その戦況の最前線とも言うべきアーハンブラ城に、チュウニンと思われるキニンが現れたのだ。
城内は臨戦態勢に入ると共に、悲鳴が入り交じるパニック状態となった。
そのチュウニンの側に虚無の担い手であるルイズと、ガリア王女のタバサがいたとしても。
コルベールやビダーシャルほどの人物であっても。
恐怖に錯乱したメイジが放ったライトニングクラウドがルイズを誤射しそうになった時、
恐ろしい敵であるはずのチュウニンが、身を呈してルイズ達をかばったのを見るまでは。
アーハンブラ城の一室で、シラヌイを中心に右にルイズが、左にタバサが立っていた。
その周りをコルベールやエレオノール、ビダーシャルやアリィーが包囲している。
「ほんとです! このキニンにはサイトの魂が込められてるんです。サイトなんです!」
「落ち着きなさい。ミス・ヴァリエール。スキルニルのような場合もあるんだよ?」
コルベールが言うスキルニルとは対象の血をえて、対象の姿をそっくりそのまま複製する魔法道具である。
「君たちがキニンの妖術にかかっている可能性もある」
ビダーシャルの冷静な言葉に、ついにルイズが顔を真っ赤にして激昂した。
「ふふ、ふざけないで!
ああ、あんた達がサイトを、サイトをさらったり、したから!
そそそ、それなのに、ううう、疑うわけ?
サイトよ! サイトじゃなかったらなんなのよ?
さ、サイトがこんな身体になったのは、あああ、あんたちエルフのせいなんだから!」
「嬢ちゃん、気持ちはわかるが、落ち着け!」
ルイズの背中のデルフリンガーによる念話。
しかし、ルイズの怒りは収まらない。
身体を震わせて怒るルイズの肩に、黒い手が優しくのせられた。
シラヌイの手であった。
「サイト…?」
「いいんだ、ルイズ。俺は…今はキニン・シラヌイ。それは間違いないんだから」
シラヌイはコルベールに顔を向けた。
駆動音と共にバイザーが上がり、赤いラインのセンサーが半分開く。
「コルベール先生」
その声は電子音声である。しかし、コルベールは聞きなれたサイトの声を聞いた気がした。
「な、なんだね?」
「俺、可能なら、自分の身体を取り戻したい。
でも、ここに来たのは…別の目的です。早くしないと、殿…やつらの親玉が来ます」
シラヌイは語りだした。
明日の日食の時、異界からクロサギがこの世に現れる事。
クロサギが出現したら…この世界は、その強大な気合により、破滅してしまう事。
「大陸隆起や大災厄よりも…明日、この世界は滅ぶかもしれないんです。
俺は、それを止めたい。みんなを救いたい。その為に、先生の力を借りたいんです」
「わたしの力を?」
「はい。ビダーシャル、あんたら、エルフの力も」
ビダーシャルは無言のまま、シラヌイを見つめた。
「俺、竜の巣で…核兵器を見つけたんです。核兵器ってのは…ビダーシャル、あんたが作った火石の、
数十倍は広い範囲を消滅させる武器なんだ」
ルイズとタバサはその言葉に衝撃を受けた。
ガリアの両用艦隊を消滅させた、あの火石よりも恐ろしい兵器とは。
「本当は使っちゃいけない武器なんです。恐ろしいのはその破壊力だけじゃなくて、後に残る放射能。
放射能ってのは、毒みたいなものです。数十年は続く毒をも撒き散らす…ほんとに恐ろしい武器」
コルベールにはイメージが伝わったらしく、顔を青ざめていた。
「そ、それは君の世界の武器なのかね?」
「はい…。でも、キニンを根こそぎやっつけて、クロサギの出現を止めるには…他に方法がありません」
ここでビダーシャルが口を開いた。
「…なるほど、な。そのカクヘイキを海から引き上げるのを手伝え、と」
シラヌイはうなづいた。
「ああ。そして、その核兵器を…」
「わたしのオストラント号でクロサギ軍の本拠地へ運ぶ…という事ですかな」
コルベールの言葉に、シラヌイは深く、こうべをたれた。
「はい…すいません、先生。俺のゼロ戦じゃ、たぶん重すぎて、核兵器を運べないんです」
それは、オストラント号に特攻をしかけろと言うも同然であった。
「わかりました。ただし、わたしも行きますよ。オストラント号を動かすに為には、わたしが必要です」
計画はこうである。
オストラント号はビダーシャルと共に竜の巣に向かい、核兵器を回収する。
その間、シラヌイはクロサギ軍の目を引き、囮となる。
回収した核兵器を載せたオストラント号を最大加速でクロサギ城へ突入させる。
乗員はオスラント号に搭載したエルフの船で脱出する。
シラヌイがクロサギ城に突入し、サイトの身体を回収した後、核兵器を起爆する。
世界の命運をかけた明日がやってくる。
今は一秒でも時間が惜しい時。
ビダーシャルやコルベールはすでに作戦準備に入っている。
しかし、ルイズには2時間ほどの休憩が命じられた。
オストラント号の改装と発進準備が整うまでの時間。
もちろん、虚無の魔法の為に精神力を補充しておくためでもあるのだが。
ルイズはアーハンブラ城の一室のベッドに飛び込んだ。
すでに制服を脱ぎ、キャミソール姿になっていた。
背負っていたデルフリンガーの宿った十字剣は壁に立てかけてある。
ふわふわ…とはいかないベッドであったが、ルイズは幸せな気分で満たされていた。
「サイト、こっちに来なさいよ」
ルイズにとっては久しぶりの――心休める夜。
サイトがそばにいる。
ド・オルニエールの屋敷の夜、エルフにサイトがさらわれた日、それ以来であった。
サイトがそばにいる。それだけで充分。
姿形など、サイトであればなんの問題もない。
しかし、サイト――シラヌイは部屋の隅に座し、膝をかかえ、静かに呼吸をしていた。
気合を練っているのである。
キニンにとって、気合を練る休息は重要なエネルギー補給の作業でもある。
ルイズはそんなシラヌイの姿をじっ…と見つめた。
しばしの沈黙の後、ルイズは毛布を手にベッドから降りた。
ふわり、とシラヌイの肩に毛布がかかる。
ルイズはシラヌイの横に座り、黒い鉄の肩に寄りそうと、自分にも毛布をかけた。
シラヌイのバイザーが少しだけ上がる。
「ルイズ…?」
「わたし、サイトと一緒じゃないと眠れないのよ。知ってるでしょ?
…この肩、腕、胸を枕にしないと、ぐっすり眠れないの」
ルイズはシラヌイの身体に、その細い指を這わせた。愛しさをこめて。
「…でも、俺。キニンだから」
ルイズの手に伝わってくるのは…冷たい鉄の感触。
「ばか言わないで。同じ事言わせないの。サイトはサイトなのよ」
サイトの魂を愛撫するかのようなルイズの手が、冷たいシラヌイの左手にたどり着く。
「アルビオンで…サイトが死にそうになった時、ガンダールヴのルーン、消えたのよね」
「うん」
「もう一度サモンサーヴァントして、契約をかわしたら、ルーンが戻ったのよね」
「うん」
「…する? ガンダールヴのルーンが戻るかも」
ルイズはシラヌイの左手に両手をそえて言う。
「やめときな、嬢ちゃん」
しかし、デルフリンガーがそれを止めた。
「なんでよ、デルフ」
「…そう…だよな。やめたほうがいいと思う」
シラヌイもルイズの提案を否定する。
「な、なんで?」
ルイズの疑問に、デルフリンガーが答えた。
シラヌイは力なくこうべをうなだれている。
「嬢ちゃん、サモンサーヴァントで呼び寄せる使い魔は、運命と…愛で決まる」
「そ、そうなんだ」
今のルイズには、自分がサイトを召喚した理由がよく理解できた。
「たぶん、サモンサーヴァントを唱えれば、シラヌイの前にゲートはひらくだろうな」
「じゃ、じゃあ、いいんじゃないの?」
「相棒の肉体は? シラヌイを召喚したら、使い魔になるのはシラヌイだぜ。相棒じゃない」
シラヌイはうなずいた。
「たぶん、この身体でガンダールヴになれば、さらに強くなる。けど、それはシラヌイなんだ。
俺…じゃない。俺の肉体を取り戻せるのかは…わからないけどな」
「そっか…そうだよね…」
ルイズはしゅん、と肩をすくめた。
そんなルイズの桃色の髪を黒い指が優しく撫でる。
「気にすんな。希望はあるよ、たぶん」
「ん…」
ルイズは自分を機械の身体にあずけた。
「どこが唇なの…?」
シラヌイは答えない。
答えられない。
部屋の扉の外で、シエスタとタバサが扉を背に座り込んでいた。
「部屋に入りたいですね。ミス・タバサ」
「…うん」
「サイトさんと一緒にお話ししたり、おいしいもの食べたり」
「…うん」
「でも、今は…ミス・ヴァリエールにサイトさんとの時間をあげます」
「うん」
「必ず、生きて、生き残って、また、サイトさんを真ん中にして」
「うん、ぐっすり寝る」
二人は、部屋の中の貴重な時間を守る門番であった。
やがて、その刻が来た。
オストラント号の甲板にはコルベールとビダーシャル。
そして、学院の制服の上にサイトのパーカー、背中に十字剣を背負うルイズ。
その傍らに、騎士のように付きそうタバサとシルフィード。
「いいか、ルイズ。核兵器を確保したら…おまえは後方に帰るんだぞ。キニンの狙いはお前なんだから」
甲板に立つ彼らの前に黒い影。シラヌイである。
「うん。わかった」
「タバサ、ルイズを頼む」
「…まかせて」
ルイズの虚無は護衛に必要であった。
また、デルフリンガーは原子力潜水艦から核兵器の確保するのに必須である。
「すでに竜の巣にはアリィー達が先行している。後はそちらしだいだ。戦士よ」
ビダーシャルの声を聞き、シラヌイが振り向いた。
「…ごめん。クロサギ城がエルフの首都…アディールに来ているとは知らなかった」
計画通りに事が進めば、エルフの首都は核兵器の爆発によって消滅してしまうのだ。
「問題ない。首都が消えても、国は再起できる」
「魔法学院も力の限り、協力いたしますぞ。オールドオスマンの了解もえております」
シラヌイはコルベールに向けて、深く頭を下げた。
「コルベール先生、すいません」
「なんの。サイト君…わたしは君の国に行く夢をあきらめてはいないよ」
「はい。生きて…帰って…一緒に、俺の世界に行きましょう」
シラヌイは一礼すると、黒い影となって消えた。
オストラント号の全機関が唸り、戦いの空へと飛び立つ。
シラヌイはクロサギ城の前に広がる本陣に、単身で斬り込んだ。
自分にクロサギ軍の戦力を集中させ、陽動とするのだ。
中忍や上忍…すなわちショウキは自分が相手をする必要がある。
多数の神社ウォーカー、無数の下忍。そして、中忍の姿を確認する。
狐面の中忍、稲荷と刀を交え、火花が飛ぶ。
「ショウキはどこだ? このシラヌイ、ショウキに勝負を挑むため、参上した!」
稲荷とシラヌイは数手、合わせると互いに後方へ跳び、間合いを測る。
「ショウキ様…? シラヌイ、哀れなやつ」
「どういう意味だ、稲荷」
「貴様らの浅はかな策など、雷鳴法師様はお見通しよ。ショウキ様は…」
その時、上空をキモンが通過した。
シラヌイの闘いの場にキモンが影を落とす。
シラヌイは、キモンの上に見慣れた、そして大事な人影を見た。
視界の表示が拡大される。
白い長身の機忍が立っている。ショウキだった。
そのショウキがかかえる人影。桃色の長い髪が風になびく。
「ま、まさか…ルイズ!!」