ゼロの使い魔異伝 ゼロの未来忍者   作:tonebon

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第05話 「未来忍者」 (最終回)

 

 オストラント号は低空を飛行していた。

 大森林を超え、サハラと言われる大砂漠の空域にさしかかる。

 どこまでも青い空から振り注ぐ砂漠の太陽光が、巨大な翼影を砂漠に描く。

 オストラント号の甲板には唯一の竜騎士、シルフィードとタバサが待機していた。

 そのタバサが見つめる先…船首にルイズが立っていた。

 桃色の長い髪と魔法学院の制服のマントが風でなびく。

「嬢ちゃん、あれは持っているか?」

 背中に背負った刀――デルフリンガーが宿った十字剣が言う。

 ルイズはブラウスの上から着た、サイトのパーカーのポケットに手を入れた。

「これ?」

 ルイズの手には銃弾があった。

 十字剣に装填する、気合力が込められた銃弾である。

 この銃弾をこめる事により、十字剣は鋼鉄をも斬り裂く対機忍武器としての真価を発揮する。

「もしキニンと遭遇して、接近戦になったら、俺にそれをこめな。嬢ちゃんでもキニンを切れる、かもしれん」

 ルイズは銃弾の中にある一個…白い銃弾を見た。

 銃弾の底部に文字が書かれている。

――「心」――

「ねえ、デルフ」

「なんだい、嬢ちゃん」

「この弾に書いてある文字…なんて読むの?」

「わかんね。俺は武器の事しかわかんね。だから…その弾の事ならわかる」

「なにか、特別な弾なの?」

「…ああ、この弾には気合と共に…心が込められてんだな」

「…こころ?」

 ルイズは白い銃弾を見つめた。そこに記された文字が目を通して、心に染みこんでくる。

 なぜか、サイトの心を見たような気がした。

「もしかして、サイトもこの弾に…心を込めてたのかな?」

「わかんね。俺が言えるのは…その弾には凄まじいほどの…感情の震えが詰まっている。

 そうだな、魔力。魔力と言ってもいいやな。大事にとっとくといいよ」

「心…感情の震え…魔力…」

 ルイズは白い銃弾を握りしめ、その手を額に当てた。両目をつぶり、念じる。

 

 

 お願い…心…私たちに力を貸してください…

 

 

 やがてオストラント号は海上飛行に移り、竜の巣近海へとたどり着いた。

 海上に円を描くように展開するエルフ海軍艦隊の中央にオストラント号は静かに着水静止した。

 エルフ海軍の船にはあの鯨竜艦も見える。その艦上にエルフ達が並ぶ。

「海よ…母なる海よ…深く眠る鉄の船を浮かべよ…」

 口語による先住魔法を唱えるエルフ達。その中には鉄血団結党に属していたエルフもいた。

 そして、その中にはティファニアを殺そうとしたファーティマの姿もあった。

 エルフの首都がクロサギ軍に占拠された事により、一時的にではあるが、共闘関係にあるのだ。

 もっとも、計画通りに進めば、エルフの首都はむこう数十年、死の焼け野原になるのだが。

 

 

 オストラント号の甲板で、ルイズとコルベールが息を飲みつつ、海面を見つめる。

 タバサとシルフィードは上空に待機している。

「この海域の精霊とはすでに契約をすませた。反射の用意もできた。海母の助力もえた。コルベール先生、きますぞ」

 オストラント号の船首に立つビダーシャルの言葉と同時に、円陣の中央の海面が色濃くなった。

 徐々に海面が盛り上がり、大量の泡と、白い霧と化した波しぶきをまとい、巨大な影が浮上した。

「お、大きいですぞ! 100メイルを越す巨体とは…!」

 海面からほぼ直立に立ち上がった巨大な黒い影は、やがて轟音と共に海面へ倒れこむ。

 発生した大波が、円陣をとるエルフ艦隊を水面に浮かぶ木の葉のように翻弄する。

 地球からハルケギニアに迷い込んだロシアの原子力潜水艦が、今、異世界の海に浮上した。

 

 

 ルイズはその異様で、黒く、のっぺりした巨大な船体に圧倒され、口をあんぐり開けていたが、

すぐに真一文字に唇を引き締める。

 自分の役目はここからだ。正確には、背中の刀に宿るデルフリンガーの出番なのだが。

 デルフリンガーは武器・兵器の構造を把握できる。

「さて…デルフ、あんたの出番よ」

 緊張が混じったルイズに続けて、コルベールが興奮を隠し切れない声で言う。

「サイト君の言うことには…この船の中に巨大な「空飛ぶ蛇くん」があり、その中にカクヘイキがあるのでしたな!」

「ああ、さっさと船内に入ろうぜ…ん?」

 デルフリンガーが気がついた時には、それは、すでにそこにいたのだ。

 

 

 巨大な黒い船体…その艦橋の上に、白い人影があった。

 真珠のように白く輝くその人影は、太陽光を反射し、神々しい人外の美しさを放っていた。

 まさしく、それは人ではない。

「浅ましや…浅ましや人間ども。かような船がお前たちの切り札か?」

 白い鎧のような身体の頭部…髑髏のような眼窩が周りを見回す。

「我こそはクロサギ軍上忍、ショウキなり。ここに集いし者たちはさぞ、強者であろうな」

 地獄の底から響くような、圧倒的な死の気配を放つ電子音声。

「ばかな…反射を超えた感触などなかった…」

 いつ、いかなる場合でも冷静さを失わなかったビダーシャルの言葉に焦りが見えた。

 しかし、それは屈強の戦士ビダーシャルだからこそ、その程度ですんでいるのである。

 エルフの戦士達は、その場で金縛りにあったように動けないでいた。

 まったくの意識の外から、突然出現した白い死の天使。

 中忍相手にさえ、一部の強者が死を賭した闘いによる勝利だけしか得られなかったのだ。

 いま、目の前にするのはジョウニン。クロサギ軍の最高戦力に他ならない。

「反射であったな。小賢しい。反射するものがなければ、言葉の意は無いわ」

 瞬時において、この場はショウキが発する気に飲まれていた。

 相手はキニン一体。しかし、エルフ艦隊は戦意を失っている。

 だが。

 ショウキの天頂から巨大な氷柱が落下する。

 そして青い疾風。

 ショウキの背後に竜の形をとった影は、その竜の背からタバサを形成する。

 タバサの杖から無数の氷の矢が混じった竜巻がショウキの背中へ放たれた。

 高速詠唱によるアイスストーム。

 敵頭上からの氷柱と、背後からの時間差による同時攻撃。

 しかし、タバサの動きはまだ止まらない。

 身長より長い杖に氷雪がまとい、超大な槍と化す。

 カステルモールが自分を守るために中忍と刺し違えた技「ランス」。

 ブレイドを超えた射程と威力を誇る、極限の精神力を槍先に込めた一点集中攻撃。

 ――バッソ・カステルモール。私に力を貸して。

 タバサは心に念じ、超大な氷の槍を掲げ、機忍に突貫した。

 頭上からの氷柱、背後からのアイスストーム、そしてランスによる突撃。

 単騎による3手同時攻撃。今のタバサにできる最高の攻撃だった。

「見事なり」

 しかし。

 白い影から突如出現した無数の触手が、頭上の氷柱を受け止め、背後からの氷雪の嵐をなぎ払う。

 2手は捌かれた。最後の必殺の一手は。

 タバサの氷の槍はショウキに届いていなかった。

「このショウキに太刀を抜かせるとは。これが百足を屠った氷の槍か。人間にしては、まっこと見事」

 ショウキはいつのまにか刀を抜いていた。氷の槍の先端に幾重にも斬線が走り、崩れる。

 そして、タバサの視界は白で埋められていた。

 瞬時にタバサの目前に移動したショウキは、空いた左手でタバサの襟首をつかんだ。

「ぐっ!」

 ショウキの身長は2メイルを越す。小柄なタバサは片腕で軽々と持ち上げられ、両脚が宙をかく。

「おちび!」

 シルフィードが体当たりをかけようとしたが、ショウキの髪――触手に、はたき飛ばされた。

「ミス・タバサ!」

 コルベールが炎の蛇を放つが、ショウキの右手から発した青光の気により炎が霧散する。

 タバサの表情が歪む。気管を閉められ、呪文を唱える事ができない。

「ガリア王女シャルロット君でありましたかな。なかなかの腕前。このショウキ、感服いたしましたぞ。

 このショウキの気合術…とくと、ごろうじろ」

 タバサの苦痛に歪む顔が、ショウキの顔にあたるところまで持ち上げられる。

 タバサの目前に、ショウキの髑髏のような眼窩があった。

 まさか、その眼窩の部分が前方に突き出るとは。

 苦しみと驚愕に目を見開くタバサの顔に、ショウキの眼窩の部分から熱風に似た風が吹きつけられる。

 ショートの青い髪がたなびき、眼鏡が搖れる。

 熱風に青い火花がまとう。圧倒的な気の奔流がタバサの…少女の顔に吹きつけられる。

 タバサの眼鏡にヒビが入り、声のない苦鳴が上がった。

 圧倒的な気を操るショウキにのみ可能な、キニンの頭をも爆砕する気念波攻撃。

 タバサの眼鏡が砕け散る。

 タバサの苦悶に歪んだ顔が傷ついてゆく。そして杖を握る指から力が抜け、長い杖が海へ落ちた。

 死の天使に頭を吹き飛ばされ、死にゆくか、少女よ。

「待ちなさい!」

 よく通る声が死の気配を吹き飛ばした。

 ショウキの気念波が止まり、髑髏に似た眼窩が元の位置に戻る。

 タバサは両手脚が力無く下がり、首をうなだれているが――まだ息がある。

 タバサを救った声の主は言うまでもない。

「これはこれは…ラ・ヴァリエール嬢」

 ショウキはタバサに興味を失ったのか、傷ついた少女を無造作に放り投げた。

 シルフィードが海面ギリギリで、タバサを背に受け止める。

 ルイズはタバサの無事を確認し、安堵の息をした後、ショウキを睨みつけた。

「そうよ。わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 あんた達、わたしを生贄にしたいんでしょ」

 死の気配が漂うこの状況において、ルイズはどこまでも冷静だった。

 目前の白い恐怖の化身、ショウキは言っていた。

――このような船がお前たちの切り札か?――

 それは、カクヘイキを知らない、という事。

 ならば、この場で取るべき道はただひとつ。

「ほほう。よくご存知ですな。シラヌイめから聞かれましたかな?」

「聞いたわ。あんた達の親玉、クロサギの復活にわたしが必要なんでしょ。それ以上、みんなに手を出したら…」

 ルイズは静かに背の十字剣を鞘ごと掲げ上げた。

「ここで潔く散ってみせるわよ。それにあんた、ほんとはわたしを捕まえに来たんでしょ?

 おとなしく捕まってやる。だから、みんなと…その船には手を出さないで」

 ショウキの髑髏のごとき眼窩から、ルイズは目を逸らさなかった。

 怖い。背中が冷たい汗で凍る。脚が、膝が震える。

 でも、シラヌイ――サイトと再び会えた事がルイズを強くしていた。

 サイトの身体を取り返す、その一念がルイズを強くしていた。

 ただ、サイトのために。

「おもしろい。では、その刀を手放して、こちらに来て頂けますかな」

 ルイズはうなずいた。

「わかった。あんた達の親玉に、船に手を出さないと誓いなさい」

「承知。殿に誓って、人間には手を出しませぬ」

 ルイズは刀をコルベールに手渡した。そして、その手に銃弾も一発だけ渡された。

「先生。船を頼みます」

「ミス・ヴァリエール…君は…」

 コルベールの返事を待たず、ルイズは瞬間移動でショウキの目前に転移した。

「ほう。虚無の魔法ですかな。なかなかお見事」

「うるさい。さっさとあんたの親玉のところへ連れていきなさい」

 ルイズはショウキの眼窩を見上げた。表情が見えない。

 不安になる。思わず、パーカーのポケットに両手をつっこみ、「心」の銃弾を握りしめた。

「…音に聞こえし、虚無の担い手よ」

 ショウキが右手を上げた。手には鞘に収められた白い長太刀が握られている。

 それを合図に、上空にキモンが飛来した。

 ルイズはショウキに抱きかかえられた。ルイズは静かに眼を閉じる。

 白い影が上空のキモンへ飛び去った後、キモンから光線が発射された。

 原子力潜水艦の艦尾に直撃し、轟音と共に爆発する。

 もうもうと立つ黒い煙を背にして、キモンがクロサギ城へ進路を変えた。

「あんた、卑怯よ! 船には手を出さないって言ったのに!」

「これは異な事を。人間には手を出さない、と言ったまで。船までは知らぬ」

 ルイズは遠くなっていくオストラント号の甲板に立つコルベールを見た。

 ――コルベール先生、デルフを頼みます。

 コルベールは刀――十字剣を手に、ゆっくりと頷いた。

 

 

 そのキモンがクロサギ城の本陣の上空を通過する。

 本陣に待機していた下忍達は、斬り込んできたシラヌイを十重二十重に囲みながら、手を出し兼ねていた。

 中忍・稲荷とシラヌイが斬り結ぶ激しい剣光は、巻き込んだ下忍を無残に斬壊した。

 その光景をキモンの上――上空より、ショウキが見降ろす。

「おう。ラ・ヴァリエール嬢。シラヌイが哀れにも単騎で舞っておりますぞ」

「サイト!」

 

 

 シラヌイはキモンの上のルイズを見た。

 まさか。核兵器の準備が整ったら、後方に逃げているはずなのに。

 まさか、タバサやコルベール先生に、なにかあったのか?

 いや、それよりも。

 このままルイズをクロサギ城に行かせてはならない。

 ルイズをクロサギの生贄にさせてはならない。

 焦りはシラヌイに隙を生じさせた。稲荷はそれを見逃さない。

 稲荷の斬光が疾る。

 しかし、その斬光が断ったのはシラヌイの虚影。

 シラヌイは自らが生んだ隙を逆に利用して、稲荷の攻撃を誘ったのだ。

 それはガンダールヴとしての闘いで積み上げた、才人の戦闘経験による賜物だった。

 瞬間的に稲荷の背後に現れたシラヌイは、稲荷の背に深々と刀を突き立てた。

 刀を通じた気合が稲荷の内部機構を破壊し、火花が散る。

「お見事…」

 中忍・稲荷は機能を停止した。

 シラヌイは動かなくなった稲荷の背に脚をかけ、刀を引き抜く。

 そしてシラヌイは、崩れるように倒れる稲荷に向け、左手刀を立て、礼をした。

「ルイズ!」

 キモンの行方を探す。すでにキモンはクロサギ城の桟橋に停止しようとしていた。

 駆け出すシラヌイの前に下忍の集団が立ちふさがる。

「どけッ、てめえら!」

 シラヌイの電子音声の口調は、もはや才人そのものと化していた。

「のけ、下忍共。目障りだ」

 まさか、その下忍の集団を吹き飛ばす者があるとは。

 シラヌイのバイザーが上がり、赤いセンサーが全開になる。

 下忍を吹き飛ばした者。青い火花をまとう旋風の先には、白い影があった。

「シラヌイよ。稲荷との舞、見事であった。今度は、このショウキが相手をしてやろう」

 だが、シラヌイはショウキを見ていない。

 ショウキの背後にそびえるクロサギ城の桟橋がズームアップする。

 下忍に担がれて運ばれるルイズの姿が映っていた。

「てめえ、どけえッ!」

「どかぬなあ」

 シラヌイの怒りは気合と化し、全身を包む火花と化す。

 ショウキは右手に握る鞘から長太刀を抜き、鞘を放り捨てた。

 シラヌイとショウキの闘いが始まった。

 

 

 

 ルイズは下忍に抱えられ、奥の間に連行されていた。

 細い両腕を下忍に抑えられ、ルイズは強制的に床に組み伏せられる。

 しかし、ルイズは強い意志をその鳶色の瞳にのせ、こうべを上げた。

 奥の間の中央にクロサギの紋章が描かれた白い布がかかり、その両脇に太い柱が2本立っている。

 その白い布の前に、白い顔をした怪人が立っていた。

「ようこそ参られた。ミス・ラ・ヴァリエール」

 雷鳴法師は腹に手をあて、仰々しく一礼した。

「…あんたが雷鳴法師?」

 ルイズの問いに雷鳴法師はにまり、と笑う。

「ほう。わしをご存じでしたかな?」

「サイトから聞いたわ」

「シラヌイから聞かれましたか」

「サイトからよ。あんたら、なにが目的なの? クロサギが復活したらなにが起こるの?」

 ルイズは一呼吸おいて、目をつぶり、重い口調で言う。

「……サイトの身体を返しなさい」

 炎のような怒りがルイズの眼に宿っていた。

 ルイズの小さな身体から、巨大な圧迫感を伴う魔力がほとばしる。

 そんなルイズの瞳を雷鳴法師は見返した。醜悪な笑みと共に。

「その気性、魔力…さすがは音に聞こえし、虚無の担い手」

 雷鳴法師はルイズに背を見せた。背中越しに苦笑を込めた声が聞こえる。

「いや、アクレイヤの聖女ルイズ殿でしたかな? それともゼロのルイズ殿?」

 嘲笑を含んだ声を聞いても、挑発をうけても、ルイズの表情は変わらなかった。

 もう、昔のルイズではない。

 サイトとの日々がルイズを変えたのだ。

「もう一度言うわ。サイトの…」

「よいでしょう」

 雷鳴法師はルイズの言葉が終わらぬ内に言い切った。

 そして、右の大きな柱に近づく。

 赤い篭手が柱を愛でるように触れた時、柱が透過し、柱に埋め込まれた肉体が見えた。

「……!」

 それは一糸纏まわぬ、サイトの肉体であった。

 力なくうなだれた黒髪。

 両腕を肩の高さで横にされ、柱にそうように固定されている。

 引き締まった胸筋、軽く割れた腹筋。ハルケギニアに来てから鍛えられた若い肉体。

 ルイズもまだ一度しか見たことがない下半身。

「サイトォ!」

 ルイズは思わず叫んだ。大きな鳶色の瞳が涙で濡れ、顔に赤みがさす。

 そして、行動の時が来た。

「今、助けるから!」

 ルイズは自ら床に身体を伏せた。ゲニンに掴まれた腕に一瞬余裕ができる。

 それで充分だった。細いルイズの腕はするっとゲニンの束縛から抜け出す。

 無理な動きによる痛みが関節に走るが、すでに意識の外だった。

 脚のサイハイソックスにしこんだ杖を掴む。唱える呪文はひとつ。

 瞬間、ルイズの身体が消えた。

 突然消失した少女に、ゲニンは戸惑いを見せる。

 虚無の魔法、瞬間移動。

 その転移先は。

 柱――全裸のサイトの前にルイズは現れた。

 そのルイズの桃色の髪を掴む手があった。

「あうッ」

 グイ、と髪を引かれ、ルイズは苦鳴をあげた。

 桃色の髪をつかむ赤い篭手は、白塗りの顔にルイズの顔を引き寄せる。

 ルイズの苦悶の横に雷鳴法師の笑いがあった。

「笑止。瞬間移動ですかな。気を感じれば、転移先をつかむ事など児戯に等しい」

 そして雷鳴法師の左手がルイズの杖を掴む細い腕をひねる。

「っく」

 ルイズの指から力が抜け、杖が落ちる。

「もっとも、今のは見え見えじゃ。虚無の担い手の名が泣きますな。

 杖をお持ちの事も、元から把握しておりましたぞ」

 ルイズの顔がサイトが埋めこまれている柱に押し付けられる。

 柱は透過しているが、透明ななにかに包まれているのか、サイトの身体にルイズの顔が触れる事はなかった。

 サイトの胸にあたる場所に、ルイズの横顔が押し付けられる。

「くくく…愛しい男の身体が目の前にありますぞ。悔しいか? 悔しいじゃろう?」

 乱れた桃色の髪の下で、鳶色の瞳から涙が頬をつたう。

「いっそ、そのお召し物を全部脱がしてさしあげましょうかな? いやいや、殿への大事な生贄。

 傷でもついては一大事。…おお、そうじゃ、そうじゃ」

 ぐい、とルイズの身体が持ち上げられた。

 プリーツスカートから伸びる細い脚が宙をかく。

 ルイズの横顔がサイトの顔の高さで押し付けられる。

「ミス・ラ・ヴァリエール。我々の目的を知りたいとおおせでしたな」

 ルイズの目が見開らかれた。目の前のサイトの身体の輪郭がぼやけたのだ。

「な、なにを…サイトになにするのよッ!」

 苦鳴混じりでルイズが問う。

「我らクロサギは無限に存在する並行世界に侵攻し、支配するもの。

 殿がお出ましになられるとどうなるか…今、お見せしますぞ」

 サイトの肉体が、愛する者の身体が。

「い、いやっ! やめて! なんでもするから! わたし、なんでもするからッ!」

「やめませぬなあ。ご希望のままに、結果をお見せいたしているのですぞ」

 暖かな、温もりの感触。眠れない時は、その腕に、胸に頬を埋めていた。

 その身体がぼやけてゆく。

「さ、サイト! サイトォ!」

「殿に奉るにふさわしい肉を滋養にして、殿はこの世におでましになる」

 ハルケギニアでは珍しい黒髪。今では一番好きな黒髪。

 その髪が乱れてゆく。

「いいいい、いや、だめッ、サイト! サイトが!」

「殿がお出ましになれば、この世の肉は全て殿の滋養となるのだ。このようになあ」

 ハルケギニアに召喚した時はただの使い魔だった。

 でも、その後、一緒に生活して。

 いっぱいケンカもして、たくさんの危険をくぐりぬけて。

 双月の夜、お互いの身体の温もりを感じあった。

 愛するサイト。平賀才人。

 その身体が。

「あ、ああ、ああああ、サイト、サイトがそんな、ああ、あ」

 今、魂無き肉体が、本当の骸と化した。

「残った魂はわしがキニンに仕立て上げる。我らの軍勢はますます屈強となるわけですな」

 そして、雷鳴法師の笑い声が響く。

 雷鳴法師の腕はルイズを離した。

 もはや、脅威にならぬと言わんばかりに。

「あ、あくま…あああ、あんた達こそ、ほんとうの悪魔よ…」

 ルイズはその場に崩れ落ちた。

 その眼からは色が消え――まるで魂が抜けたかのように。

 

 

 

 下方から白光が疾る。

 それはシラヌイにも認識できぬ、恐るべき速さの斬光だった。

 白き巨体のショウキは両腕も長く、また、その太刀は通常の倍はある。

 速く、広い斬撃。そして躱わせねば、断たれる。

 恐るべきショウキの太刀さばき。

 本来なら、シラヌイでさえ見切れぬはずだった。

 だが、シラヌイはなんとか刀を合し、斬撃をそらしつづける事に成功していた。

 なぜか。

――こいつ、なめてやがる。

 シラヌイは悟った。

 目の前の白き死の化身。クロサギ軍上忍、ショウキ。

 本来であれば、そのあふれる気力を応用した業や、頭部から伸びた白い髪のような触手を、

その神速の太刀さばきと併用したなら、抗えるものなど、この世に存在しないはずなのだ。

 真珠のような白い鎧の上から見降ろす髑髏のような眼窩が、まさにシラヌイを見下している。

 しかし、くやしいが、手がでない。

 このままでは、ルイズが!

 防戦一方になったシラヌイに焦りが生じた。

 右方から横に払われた斬光をくぐり抜けた後、その斬光が返ってくるとは思わなかった。

「がっ!」

 かろうじて、刀身を柄で捌いたものの、衝撃は両腕に響き、シラヌイは刀を取り落とした。 

 陽光を受けて輝く刀身が宙を舞う。

 その刹那、ショウキの右腕がシラヌイの首を捉えていた。

 機械の身体のシラヌイが、片手で軽々と持ち上げられる。

「物足りぬ、物足りぬぞシラヌイ。殿がお出ましになられる前の余興としては物足りぬ」

 シラヌイはもがきながら天頂を見た。

 バイザーが全開になり、赤いセンサーが驚愕のように見開く。

 天頂の太陽の縁が黒く欠けはじめていた。

 日食が始まったのだ。

 クロサギがこの世に出現するまで、もう時間が無い。

 サイトの肉体、そしてルイズ。クロサギ降臨の条件はすでに揃っているのだ。

「ルイズ!」

 ショウキに片腕で持ち上げられ、脚は宙に浮いている。

 体重移動による力は載せられないが、相手の身体とは肉薄している。

 シラヌイは怒りを拳にこめ、ショウキの腹に打ち込んだ。

 しかし、白光の気合による障壁に波紋を作るだけだった。

「シラヌイ、引導を渡してやるぞ」

 シラヌイの顔がショウキの顔前に持ち上げられる。

 ショウキの眼窩にあたるパーツが前方にせり出す。

 そして、気を含んだ熱風がシラヌイの黒い兜のような顔に吹き付ける。

 バイザーが赤いセンサーを保護するため、目をつぶるようにに下がる。

 ショウキから吹きつける気念波攻撃。

「ガリア王シャルロット君には手心を加えたが、シラヌイ、お前には真の力を見せてやろう」

 シラヌイの黒兜のような頭部がきしみ、装甲が悲鳴を上げる。

「て、てめえ…こ、こんな攻撃をタバサにしたってのか!」

 シラヌイの拳はショウキの腹部に数回打ち込まれていた。

 しかし、拳は障壁を超えられない。

 

 

 その時であった。

 シラヌイは空気を切って接近する音を聞いた。

 瞬時に思い出す。

 これは虎街道で巨大鎧兵「ヨルムンガンド」と戦った時の。

 間違いない。タイガー戦車の88mm砲弾の飛来音。

 瞬間、闘いの場が爆散した。

 爆風がゲニンや待機している神社ウォーカーを揺るがす。

 しかし、ショウキは微動だにせず、シラヌイの頭に気念波を放っていた。

「小癪な人間め! この程度の爆風など…」

 しかし、その胸に飛び出すものがあった。氷の槍。魔力を一点集中させた槍の穂先。

 それは、背後から貫通していた。

 88mm砲弾の爆裂にまぎれて接近した、タバサとシルフィードがそこにいた。

「かりは返す…!」

 気念波を放っていたショウキは、背中の防御を怠っていたのだ。

 応急処置しかできず、ヒビが入った眼鏡の奥で、タバサの青い眼が鋭く光る。

 その顔は擦り傷だらけであった。

 ショウキの背中から白い触手が迫ったが、瞬時にタバサとシルフィードは宙へと退避した。

「グオオオ!? ま、まさか、このショウキが、人間ごときに?」

 ショウキの腕から逃れたシラヌイは軽く首を振ると、自分の刀を取った。

「サイト、これを!」

 タバサは背負っていたデルフリンガーが宿る十字剣をシラヌイに放った。

「シラヌイ、銃弾は装填済みだ!」

 デルフリンガーの声と共に、サイトは十字剣を右手に取った。

 左手に忍者刀、右手に十字剣。

 十字剣に込められた気合弾から青い火花が刀身に迸る。

「ショウキ!」

 裂帛の気合を込めて、シラヌイはショウキの懐へ飛び込む。

「シラヌイイイイイイイ!」

 ショウキの背中から、二本の刃が抜きでていた。

 そして、十字剣の刃から電光が走る。

「てめえは人間を舐めすぎたんだよ!」

「ウグオオアアアアアッ!」

 ショウキの白い鎧の隙間から煙が立ち上り、やがてショウキは動かなくなった。

 ショウキの身体から二本の刀を引き抜くと、そのまま両の手にして、シラヌイは周囲を見回す。

 その背後で、ショウキが音もなく、倒れこんだ。

 シラヌイの残心が戦場を支配した。

 ゲニンは動けない。動いたら斬られる。あのショウキ様を倒しえた相手なのだ。

 

 

 そのシラヌイの前にタバサを乗せたシルフィードが降下する。

「サイト、ごめんなさい。ルイズを守れなかった」

 シラヌイのバイザーが半分下がる。タバサの顔に残る無数の傷跡が視界に拡大される。

「いや、ありがとうタバサ。おかげで助かった」

 遠い上空から聞こえてくる爆音。

 オストラント号であった。

 オストラント号の甲板にはタイガー戦車から取り外した88mm戦車砲があった。

 普段は甲板の中に格納されている、オストラント号の秘密兵器である。

「サイトくん! 遅れてすまない。だが、準備は万全ですぞ!」

 魔法の拡声器から聞こえたのはコルベールの声だった。

「先生!」

 シラヌイは黒い影となり、オストラント号に向け、跳躍した。

 タバサとシルフィードも後を追う。

 残されたのは、指揮官の敗北によって混乱するクロサギ軍の本陣だけであった。

 

 

 オストラント号の甲板にはコルベールとビダーシャルが待っていた。

 黒い影はシラヌイの形をとる。その背後にシルフィードが舞い降り、その背中からタバサが飛び降りた。

「先生、すいません。ありがとうございます」

 黒い兜のような頭をさげるシラヌイに、コルベールは素直だったサイトの姿を重ねた。

「いや、こちらこそすまない。すべてはミス・ヴァリエールのおかげだよ…」

 シラヌイはオストラント号につんだ核兵器、その弾頭の説明を受けた。

 そして、オストラント号は旋回し、クロサギ城へと船首を向けた。

 特攻にむけ、加速をとる距離をとったのだ。

「じゃあ、先生行ってきます。アーハンブラ城なら爆発の影響を受けないと思います。そこまで退避してください」

 コルベールとビダーシャルは静かにうなずいた。

 シラヌイの前にタバサが立つ。

 シラヌイはその場に膝をつくと、タバサの視線の高さに顔を合わすことができた。

 バイザーが下がり、少しだけ、赤いセンサーがのぞく。

「タバサ、ごめんな。顔の傷、モンモランシーに治してもらいなよ」

 タバサはじっ…とシラヌイの黒い兜のような顔を見つめ、ぽつりと言った。

「あなたが帰ってきたら、治す」

 シラヌイは肩をすくめた。苦笑したようにも見えた。

 そして、静かに立ち上がる。

「ああ、必ず帰るよ。ルイズと一緒に」

 

 

 オストラント号の後方に搭載してあった、エルフの軽巡洋艦が分離した。

 コルベールとビダーシャル、そしてタバサとシルフィードが見守る中、オストラント号のロケットが火を吹いた。

 長い煙の尾を引きながら、オストラント号が瞬時の加速で地平線に消えていく。

 急加速のために、オストラント号の3基のプロペラが爆砕する。

 船首に独り立つシラヌイは急速に迫るクロサギ城に向け、叫んだ。

「今行くぞ、ルイズ!」

 

 

 ルイズはサイトの骸の柱の前で、うずくまっていた。

 その瞳からは光が消え、ただ、涙があふれていた。

 そんなルイズの姿を見下ろし、雷鳴法師が舌なめずりする。

「ささ、余興は終わりじゃ、ミス・ラ・ヴァリエール。

 その穢れなき肉と純血、よりよく殿に味わっていただくため、下ごしらえが必要じゃ。

 酒の湯で身体を清め、糞と小便を出しきらせて、その髪の色と同じ色に肌を染め上げましょうぞ」

 雷鳴法師がルイズの手をとり、立ち上がらせる。

 ルイズは魂が抜けた人形のように、抵抗を見せなかった。

 そのルイズの身体を、赤い篭手が値ぶむようにまさぐった。

 しかし、ルイズは反応しない。

「…つまらんのう。心が死んでしもうたか? ほれ、杖はここじゃぞ」

 雷鳴法師はルイズの手に杖を握らせた。

 しかし、ルイズは反応しない。

「虚無の担い手にして、王家の血を引く純血の女子…これ以上の逸材はなし、と思おたが…

 当初の予定通り、贄はアンリエッタ君にすべきであったか?」

 その時、城内に轟音が響き渡った。

「何事か?」

 ゲニンが雷鳴法師の前にかしずく。

「は! シラヌイめが…」

 そのゲニンの首が落ちた。背後に立つ黒い影の業であった。

 シラヌイである。

 オストラント号でクロサギ城に突入し、この奥の間を目指してきたのだ。

「おう…シラヌイ。よく戻ったな。ご苦労である」

 その雷鳴法師の手に、力なくうつむくルイズの細い腕があった。

 シラヌイのバイザーが全開になる。怒りの気合が身体にあふれる。

「おのれ…ルイズになにをした…!」

「なにもしてはおらぬよ。ただ、お主の身体を見せただけじゃ」

「俺の身体…?」

 そこでルイズが反応した。現れたシラヌイの姿に気がつく。

 そして、柱のサイトの骸を見直す。

「サイト!」

 雷鳴法師の握る手から、ルイズの手が消失した。

 シラヌイの傍らにルイズが瞬間移動し、シラヌイに抱きついた。

「さ、さささ、サイト! サイトォ! サイトの身体、からだがああああっ!」

 小さな身体を震わせ、両目から柔らかい頬に涙を伝わらせ、ルイズは半狂乱に叫んだ。

 シラヌイはルイズが指さす右の柱を見た。

 バイザーが全開になる。

 そこには…無残な骸と化した、自分の身体があった。

 シラヌイは絶句した。

「哀れよな~シラヌイ。もうお主はミス・ラ・ヴァリエール嬢と契ることもできぬ。

 子を残す事もできぬ。

 だが、喜ぶがいい。戦こそ機忍の本懐。殿の手足となって、クロサギのために仕えるのだ」

 雷鳴法師は右手を立て、哀れみと嘲笑を込めて言う。

 右手の赤い篭手に、炎のような気合が迸る。

「戻って来い、シラヌイ。今一度、共に手を組もうぞ。

 お主なら、殿もミス・ラ・ヴァリエールの肉体を陵辱する事もお許しくださろうて。

 残った魂は、機忍にこしらえてやろう。お主と同じに」

 雷鳴法師は嘲笑に淫靡を込めて笑った。

 ルイズがはっとしてシラヌイを見つめた。

 しかし、ルイズの肩を黒い指が支える。

「大丈夫だ、ルイズ。俺は――サイトはここにいるよ。俺がサイトだ」

 冷たい機械の指、腕。しかし、ルイズを支える黒い指には気持ちが込められている。

「俺が、平賀才人だ」

「サイト、サイトォ」

 ルイズは感極まって、シラヌイ――サイトの胸に顔を埋めた。

 機械の胸だが、サイトの胸だった。

 その瞬間。

 雷鳴法師の赤い篭手の指から、五本の光線が放たれた。

 シラヌイはルイズを抱いたまま、横転して、それを躱す。

「きゃあっ!」

 ルイズは突然の動きに、場に合わない悲鳴を上げた。

 シラヌイはルイズを抱いたまま、静かに臨戦態勢を取る。

「茶番は終わりよ。シラヌイ。返答はいかに? 自分の世界に戻りたくはないのか?」

 シラヌイのバイザーが半分閉じる。ルイズはシラヌイに、ひし、と抱きついた。

「俺の世界…だと?」

「そうよ。このハルケギニアの肉を絞りとり、魂どもを機忍に変えた後は、お主の世界に行くのだ。

 お主の…平賀才人の肉体から得た世界の情報は非常に興味深かったぞ。

 我らクロサギの軍勢と共にお主の世界へ侵攻し、そして共に支配しようではないか」

 シラヌイの身体から青い火花が散る。それは怒り。怒りの気合。

「…ふざけんな。この世界も、俺の世界も、てめえらなんかの好きにはさせねえ!」

「…そうか」

 雷鳴法師はその白塗りの顔に、気落ちしたような表情をつくる。

「では、死ぬがよい」

 左手を上げる。それが合図だった。

 奥の間の壁の影から、下忍が6体、そして、中忍「翁」「姥」が現れた。

 雷鳴法師の右手にも再び炎のような気が燃え盛る。

 シラヌイは背中の忍者刀を抜刀した。

 抱きつくルイズの背中を抱え、包囲陣の中をじりじりと後退してゆく。

 そして、背後が壁になった時。

 ルイズが突然、シラヌイの身体から振り返り、杖を振るった。

 奥の間に閃光と熱風が炸裂する。

 虚無の魔法「爆発」。

 ルイズは怯えてシラヌイに抱きついていたわけではない。

 爆発の呪文を詠唱していたのである。

 そして、爆発は小規模でよかった。なぜなら。

 爆発と共に、ルイズとシラヌイの姿は消え失せていた。

 虚無の魔法「瞬間移動」。

 しかし。

「笑止! 気を察すれば、瞬間移動など児戯に等しいと言ったではないか!」

 雷鳴法師は背後に気を感じ、舌なめずりをした。

 炎のような気をまとう赤い篭手を背後にふるう。

 はたして、そこにルイズはいた。ルイズだけが。

「ぬ! ちょこざいな!」

 雷鳴法師はシラヌイの策を見破った。甘い。背後に跳んだのはルイズのみ。

 シラヌイは爆風にまぎれ、前方から来る。

「甘いわ!」

 雷鳴法師は瞬時に振り返り、背を低くして突進してくる黒い影を見た。

 シラヌイの背に、炎と化した右腕を振り下ろす。

 この一撃には、機忍といえど粉砕する必殺の気合が込められていた。

 しかし。

「な、なんだと…」

 雷鳴法師の胸から白刃が生えていた。

 それは十字剣の刃。十字剣に秘められた気合弾による電光が迸る。

 十字剣。それをもっていたのは背後にいたルイズだった。

 ルイズは怯えてシラヌイに抱きついていたのではない。

 密かに十字剣をシラヌイから受け取っていたのだ。

「嬢ちゃん、離れろ!」

 デルフリンガーの叫びを受け、ルイズは十字剣から手を離し、後方へ跳んだ。

「お、おのれ小娘!」

 十字剣からの電光をうけてなお、雷鳴法師の身体から無尽蔵の気合が迸る。

 だが、遅い。

 シラヌイの裂帛の気合。袈裟斬りに飛ぶ斬光を躱すことはできなかった。

「ば、ばかな!」

 切り裂かれた胴から赤い気がまるで血流のように立ち上る。

 シラヌイの攻撃は止まらない。

 雷鳴法師の背から十字剣の柄を掴むと、そのまま胴薙に切り裂いた。

 両の手に忍者刀と十字剣をかまえ、隙のない残心を見せるシラヌイ。

 雷鳴法師は自らの炎の気に燃え崩れていく中で、にやりと笑った。

「見事…見事よシラヌイ。わしがこさえた最強の機忍…カカカッ…満足じゃ…満足じゃ…」

 雷鳴法師は炎ともに、塵となって消え失せた。

 

 

「雷鳴法師殿!」

 消滅する雷鳴法師に中忍「翁」と「姥」が駆け寄る。

 その隙を逃すわけにはいかなかった。

 下忍ならともかく、中忍複数と戦って勝てる保証はない。

 シラヌイは忍者刀を「翁」に投擲し、同時に「姥」の背後を取った。

 十字剣の電光の刃が二体の中忍を斬り裂く。

 雷鳴法師と中忍2体を倒したシラヌイ。

 それは下忍からすれば、恐怖の化身にしか見えなかった。

 恐怖の感情。それは、下忍にされた魂がクロサギの支配から逃れたとも言える。

 シラヌイは自分の感覚をもって理解していた。

 機忍になって魂がクロサギの支配を受けたとしても、その根本の精神は魂に基づくのだ。

 正々堂々とした騎士や、誇り高い戦士の魂は中忍の機忍になっていた。

 小悪党や盗賊、邪悪な、醜悪な魂は下忍になる。

 下忍が元の魂の意志を取り戻したとしても、機忍の身体を持ったまま世に出すわけにはいかない。

 シラヌイは黒い影となり、一瞬の間に下忍を殲滅していた。

 機忍といえど、戦闘の意志がなければ、シラヌイにとって脅威にはならなかった。

 

 

 クロサギ城の奥の間で、機忍の骸の中に独り立つシラヌイ。

 機忍でありながら、機忍を切り伏せた、その業は背負わなければならない。

 だが、まだだ。

 ルイズがシラヌイに駆け寄る。

「サ、サイト! 終わったの?」

「いや、まだだ…」

「そのとおりよ」

 クロサギの紋が書かれた白布が閃光を発する。

 そこに、異様な顔と思しき物が映っていた。

 圧倒的な気合に城が、空気が震える。

 異界からの侵略者、クロサギであった。

 シラヌイは自分の背にルイズを隠した。クロサギの姿を人間が直視したら狂死しかねない。

 地獄の底から亡者が鳴くような声が城内に響く。

「シラヌイ…ヴァリエール…神聖なるこの時を…」

 その声を聴くだけで、ルイズは魂が引きぬかれ、身体が切り刻まれるような気がした。

「よくもかきみだしおったなーッ」

 その声の後半は超音波のごとき高音となり、人間の耳には衝撃波にしかならない。

 シラヌイはルイズの両耳を黒い指で塞いでいた。

 ルイズは恐怖に震えている。

 まさに、悪魔、狂神の声。

「カーーーーーッ」

 クロサギの声は、奥の間の空間にヒビを作った。

 そして、空間がガラスが砕け散るように、割れた。

 割れた暗き空間には白い影が立っていた。

「ショウキ?」

 シラヌイのバイザーが全開になり、驚愕を示す。

 それはまさしくショウキだった。胸に大きな穴があり、関節の節々が黒くなっている。

 十字剣の電光を内部から受けた傷。背中からタバサの「ランス」を受けた穴。

 先に死闘の末に倒したショウキだった。

 しかし、そのショウキは魂のない人形のごとく、意志も、気合も感じられない。

 ショウキは、なにかに操られるように、一歩、二歩と暗い空間から歩みでた。

 同時に、砕けていた空間が逆再生のように元に戻る。

「わが呪い、見るが良い」

 白布のクロサギの姿から電光が走り、ショウキとクロサギをつないだ。

 圧倒的な気がショウキに流れこむ。

 クロサギの気配がショウキに宿った時、白布のスクリーンにクロサギの姿は無かった。

「ショウキの身体に憑依したのか!」

 ショウキだったもの――クロサギは両腕を掲げた。

 青白い電光が迸る。その電光が周囲にある物体をも翻弄するほどの気圧をもって唸る。

 中忍や下忍の骸がショウキに引き寄せられ、原型を留めぬほどにつぶされ、吸収されてゆく。

 奥の間の床が、天井が、クロサギに向けて同化されてゆく。

 それは、人型のブラックホールのようであった。

「やっべえ…こりゃ、やべえ」

 シラヌイはルイズをしっかりと抱きしめ、城の柱の影に隠れていた。

「デルフ!」

 シラヌイはデルフリンガーの名前を呼んだ。

「なんだい…シラヌイ」

「どう思う? このままカクヘイキであいつを倒せると思う?」

「無理やね。あそこでがんばってるヤツを倒さないと、無理やね」

「そうか…そうだよなあ」

「はっきり言うぜ。今のままヤツに挑んでも、無駄死に」

「おまえ、はっきり言い過ぎ」

 胸に抱きしめたルイズが、不安そうな瞳で見つめてくる。

 シラヌイのバイザーが閉じる。目をつぶって、そして、シラヌイは決心した。

「もう、後には引けねえ」

 シラヌイはルイズの両肩をつかむと、大きな柱の後ろにルイズを立たせた。

「ルイズ。こうなりゃ、やれるだけ――とことんやってやろうぜ」

 ルイズは、はっと鳶色の瞳を見開き、そしてうなずいた。

 ルイズは杖を取り出した。

 目をつぶり、杖を掲げる。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!」

 それはサイトをハルケギニアへ喚んだ呪文。

「五つの力を司るペンタゴン!」

 それはアルビオンで、ルイズの危機を救うためにサイトを喚んだ呪文。

「我の運命に従えし、使い魔を召喚せよ!」

 シラヌイの目の前に光るゲートが出現した。

「よっしゃ」

 シラヌイはそのゲートをくぐった。

 

 

 クロサギ城が悲鳴を上げるように軋む。

 空気がクロサギに向け吸い込まれてゆく。

 

 

 シラヌイはルイズの目の前で膝をついた。

 その両腕はルイズの両肩を支えている。

 ルイズの桃色の髪が空気の流れにたなびく。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!」

 それはルイズとサイトの――虚無の担い手と使い魔との絆を生んだ呪文。

「五つの力を司るペンタゴン!」

 それは、後悔しないと誓った呪文。

「この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」

 それは、新たな誓いの呪文。

 ルイズの両手がシラヌイの黒兜のような顔を包む。

「最後のキスになるのかな?」

「ばか。最後になんてさせねえよ」

「だれがばかよ」

 シラヌイに唇はない。だが、ルイズはそれらしき場所にキスをした。

「どう?」

 シラヌイの視界にノイズが発生した。

 原因不明の疼きを左手から感じる。シラヌイに痛みは無い。

 しかし、その疼きはたしかに3回目の感触だった。

 シラヌイの左手の甲にルーン文字が刻まれる。

「よう、帰ってきたな相棒」

「ひでえなデルフ…ああ、帰ってきたよ、相棒」

 シラヌイは身体に力が沸き上がってくるのを感じた。

 ガンダールブのルーンの力。

 それだけじゃない。

 ハルケギニアの生きとし生けるものからの生命力を感じた。

 ハルケギニアを救えと、なにかから託されているのを感じる。

「す、すごいな。すごい力を感じるぞ」

 シラヌイの機械の身体に青白い気が迸る。

「だが、まだ足りねえ。嬢ちゃん、あれだ」

「あ、うん」

 ルイズはサイトのパーカーのポケットから、白い銃弾を取り出した。

「心」と書かれた白い銃弾。

 ルイズの小さな手から、シラヌイの黒い手に、「心」が手渡される。

 ガンダールブとなったシラヌイにはわかった。

 この白い「心」の銃弾には、クロサギに蹂躙された無数の世界の人々の無念がこもっている。

 人々を救ってくれ、という生への祈りがこもっている。

 

 

みんなの心――今こそ、力を貸してください。

 

 

 サイトは、十字剣に「心」の銃弾を装填した。

 十字剣から青白い気が炎のように迸る。

「さあ、できる事はやったな、相棒」

「ああ。ルイズ、その柱にしっかりつかまってて」

「うん」

 

 

 シラヌイは十字剣を正眼にかまえ、切っ先をクロサギに向けた。

 シラヌイの機忍の力。

 サイトがくぐり抜けてきた戦闘経験。

 ガンダールヴの力。

 そして、人々の心の力がこもった十字剣。

「準備を終えたか、シラヌイよ。さあ、来るがいい。絶望の淵へ」

 それでも、クロサギから迸る暗黒の気を目の前にした時、全身が震えた。

 クロサギから伸びる気が龍のように身体にからみつく。

 魂が。サイトの魂がクロサギへの恐怖に支配されてゆく。

「サイト!」

 しかし、ルイズの声が。ルイズの声がサイトの魂に再び火を灯す。

 ルイズを守る。

 そうだ、結局のところ、俺はそれだけ。

 それだけだ!

 シラヌイは青く燃える十字剣の斬光を引きながら、黒い影矢となった。

「無駄だ、無駄だ!」

 十字剣の青い斬光を、クロサギの両腕から伸びた電光が跳ね返す。

 四方から迫る死の電光。しかし、ガンダールヴとなったシラヌイはそれをも躱す。

 躱すことはできた。

 しかし、クロサギから発せられる暗黒の気に隙が無い。

 ガンダールヴの作動時間には限界がある。

 シラヌイの視界に漢数字のメーターが表示され、カウントダウンしていく。

「嬢ちゃん、爆発だ! 俺に爆発をかけろ!」

 デルフリンガーの叫びにルイズがうなずく。

 引き寄せられる空気の奔流に必死に耐えながら、ルイズは爆発の呪文を唱える。

 虚無の詠唱を感じたシラヌイは、心の高揚を覚えた。

「クロサギさんよ! いくらあんたでも、俺達の最後の攻撃には耐えられねえだろ!」

 その心の高揚が、シラヌイに危険な賭けを選ばせた。

 シラヌイはクロサギの目の前で、十字剣を八双に構え、静止した。

 クロサギも、その動きを止める。

「無礼な。このクロサギをなんと心得る」

「異界のかみさんだろ? 俺達には想像もつかない存在なんだろ?

 だったら、俺達の最後の一撃くらい、食らってみろよ。

 それとも、耐えられない? やられちゃう?」

 クロサギの暗黒の気は電光の龍となって、その周囲をまとっている。

 その気が消失した。

「くだらぬ。くだらぬ挑発だが、おもしろい。人間ごときがどこまでできるか、確かめてやろう」

 ルイズの爆発の詠唱が完了した。

 十字剣の刀身に太陽のような輝きが宿る。

「相棒、今だ!」

「行くぜ、クロサギさんよ!」

 シラヌイは八双から正眼に構えを替え、そのまま全身をもって突きを放った。

 正真正銘、最後の真っ向勝負。

 青白く燃える気に、爆発の輝きをまとう十字剣が、閃光を引いて疾る。

「くだらん!」

「くだらなくねえ!」

 クロサギの気による障壁。十字剣はそれを突き通した。

 さらに、ショウキの身体をも貫通する。

「なに!?」

「てめえらは、人間を舐めすぎなんだよ! 心を舐めんな怪物が!」

 そして、シラヌイは全てを開放した。

 心の銃弾にこもった気の力を。

 そして、虚無の魔法、爆発の力を。

 怪物でも、異界の神でも、依代になっている物を消し飛ばされれば存在しえない。

 十字剣から迸る光がショウキの身体を崩壊させていく。

 シラヌイは十字剣をえぐると、そのまま上方に斬り上げた。

「お、おのれええええ」

 ショウキの身体が両断され、爆発と共に消滅した。

 クロサギとして存在していた暗黒の気が爆散する。

 シラヌイは十字剣を背中の鞘に収め、後方に跳ぶと、そのままルイズの身体を抱いて走った。

 依代になっていたショウキは消滅した。

 しかし、まだこのクロサギ城がある。

 シラヌイは雷鳴法師から授けられた情報により把握していた。

 クロサギがこの世に降臨した後の最後の依代は、このクロサギ城なのだ。

 完全にハルケギニアに出現できなくても、クロサギはこの城を使って強引に顕現しようとするかもしれない。

 クロサギ城が轟音と共に振動しはじめた。

 シラヌイの推測は正しかった。

 ならば――後にすべき事は。

 

 

 シラヌイはルイズを抱きながら、地響きと共に振動するクロサギ城の廊下を走破し、オストラント号へとたどり着いた。

 クロサギ城へ突入した際に崩れた城壁の瓦礫が、オストラント号の船体に積み上がっている。

 オストラント号は再び空を飛べはしまい。

 だが、問題ない。シラヌイの目的はオストラント号の中。

 原子力潜水艦から回収した核弾頭。

 シラヌイはコルベールから聞いた、核弾頭起爆の操作を思い出す。

 三本のコードがあり、その中の一本を切る。

 よくある映画では爆破させない為に起爆装置へのコードを切るのだが、今は逆だ。

 間違えて、起爆しないコードを切るわけにはいかない。

 だが、ガンダールヴとなった今のシラヌイには、核弾頭の構造が把握できた。

 起爆のコードを切断。爆発まで、30秒。

 シラヌイはルイズを抱きかかえ、オストラント号の後部へ走る。

 そこにはゼロ戦が搭載されていた。

 発進準備が整っている事をガンダールヴのルーンが教えてくれる。

 コルベール先生が準備してくれたのだ。

 ルイズを操縦席に入れ、素早く、プロペラを回す。20秒。

 ルイズは操縦席の後ろの定位置に移動していた。空いた操縦席に滑りこむ。

 プロペラは回っている。だが、時間がない。

「相棒、座席の下のレバーだ!」

 コルベールがゼロ戦に装備したロケットが火を拭く。15秒。

 急加速にゼロ戦の機体が悲鳴を上げる。ルイズは頭を下げて、必死に座席にしがみついた。

 オストラント号の後部ハッチから、ゼロ戦が炎と黒煙を引きながら飛び出した。

 ゼロ戦はクロサギ軍の本陣の上空を抜け、急速にエルフの首都から離れていく。

 シラヌイは背後を見た。クロサギ城から巨大な機械の脚が生え、まるで生物のように動き出そうとしていた。

 5秒。

 ダメだ! 間に合わない!

 ゼロ戦の背後から白光が走る。日食で薄暗い地上に、新たな太陽が生まれた。

 その太陽は全てを飲み込み、消滅させていく。キニン達を。クロサギ城を。エルフの首都を。

 猛烈な爆風がすべてを吹き飛ばす。

 そして、天をつくような、巨大なキノコ雲が立ち上った。

 

 

 

 日食により、ほぼ太陽が隠れ、真昼の夜となった頃。

 アーハンブラ城のバルコニーで、シエスタが、キュルケが、タバサが薄暗い地平線を眺めていた。

 ギーシュを始めとする水精霊騎士団の面々もいる。

 エレオノール、コルベール、ビダーシャルの姿もある。

 地平線の彼方にエルフの首都があり、サイトとルイズが世界の命運をかけた戦いをしているのだ。

 その地平線に異変が生じた。地上に太陽の如き閃光。

 黒く、どこまでも高い、巨大なキノコ雲。

 それは活火山の大噴火のようであり、また、地獄から登ってきた巨大な魔神のようでもあった。

「…凄まじいですな…」

 コルベールの額に汗が流れる。憧れの異世界の兵器――カクヘイキ。

 デルフリンガーによる解析を受け、分解、整備を行ったが、まさかこれほどとは。

 異界の悪魔は、異世界の悪魔の兵器によって、滅ぼされたのだ。

「ミスタ・コルベール! サ、サイトさんは? サイトさんは無事なんですか?」

 メイド服のシエスタが真っ青な顔で駆け寄ってきた。

 しかし、コルベールにもわかるはずがない。

「…今は、信じるしか無いですね。サイトくんを」

「彼は、本当に勇者なのかもしれんな」

 ビダーシャルが消え行くエルフの都の方向を、無表情に見つめながら言う。

 タバサがその言葉を受けて、指さしながら、シルフィードの背中に飛び乗る。

「竜の羽衣」

 タバサの指差す方向。全員の視線が遠方の虚空を見た。

 そこに、竜の羽衣――ゼロ戦が出現したのである。

「ミス・タバサ! わたしもわたしも!」

 シルフィードがシエスタをぱくりと咥えて背中に乗せる。

「お、俺も!」「わたしも!」

 ギーシュら、水精霊騎士団の面々も集まってきた。

「無理。飛べる人は自分で飛んで」

 アーハンブラ城は歓喜の渦で巻き上がった。

 

 

 

「た、助かった?」

 すでにロケットの燃料は切れ、ゼロ戦は通常飛行をしている。

 核爆発の閃光に飲まれた、とシラヌイは思った。

 シラヌイの視界に位置情報が映される。

 現在、核爆発の中心となったエルフの首都アディールから、60リーグを超えた位置を飛行していた。

 まさか、一瞬でこの位置まで?

「あ、まさか!」

 シラヌイは操縦席の後ろを見た。

 そこには荒い息をしながらふせっているルイズがいた。

「瞬間移動か! でも、こんな距離を?」

 虚無の魔法「瞬間移動」。転移可能な距離は、せいぜい10メイルほどのはず。

 距離だけではない。ゼロ戦ごとの転移である。

 それは、あまりにも無茶な転移であった。

「相棒、教えてやる」

 背中のデルフリンガーが重い口調で言う。

「な、なんだよデルフ」

「嬢ちゃんが言わないんで黙ってたんだが…虚無の魔法はな、生命を削るんだよ」

「な!」

 シラヌイはルイズを見た。バイザーが全開し、驚愕と焦りとなった。

 桃色の長い髪は乱れ、激しく肩で息をしている。

「ルイズ!」

 ゼロ戦の操縦席が狭いのがもどかしい。

 シラヌイは小さなルイズの肩を抱き上げる。

 ルイズの頭が力なく上向く。顔色が、血の気が引いたように真っ白だった。

 目は少しばかり開いているが、視線に意志がこもっていない。

 冷や汗をかき、荒い呼吸が続いていた。

「む、無茶しやがって! いや、ごめん! ルイズのおかげで助かった。

 で、でも! お前が無事でなきゃ、意味無いじゃんかよ!

 しっかりしろよ! どうしたらいいんだよ!」

 シラヌイはルイズを抱きしめた。

 しかし、シラヌイにはルイズの身体の温もりを感じられない。

 冷たい機械の身体。その冷たい黒い腕に小さな手がのせられた。

 はっ、とシラヌイはルイズの顔を見る。

 ルイズは笑っていた。

「だ、大丈夫よ。わたしは大丈夫。それより…」

 ルイズの手がシラヌイの腕を握った。

「あんた、またどこかへ行っちゃうつもりだったでしょ…」

 シラヌイのバイザーが降り、目を閉じた。

「…だって、俺、キニンだし…」

「関係ない…」

「怖がる人だっているよ」

「そんな奴、わたしが蹴飛ばしてやるわ…」

 シラヌイは首をふった。

「だめだ。俺はもう人間じゃないんだ。ルイズは他の人と結婚して…」

 ルイズはシラヌイの言葉を最後まで待たなかった。

 ルイズの手がシラヌイの横顔をはたく。

 力のこもっていない、震えた手。

 しかし、そのビンタはサイトの魂をたたいた。

「ふざけたこと言わないで。わたしにはあんたしかいないのよ」

「でも、子供できないよ」

「いらないわ」

「キスできないよ」

「がまんする」

「ルイズを幸せにできない」

「あんたと一緒にいられれば、わたしは充分、幸せよ」

 ルイズとシラヌイは無言のまま見つめ合った。

「相棒、操縦」

 ゼロ戦が傾いた。

「わわっ!」

 シラヌイはルイズを自分の膝に抱きかかえ、ゼロ戦の操縦桿を握った。

 進路方向にシルフィードとタバサ、シエスタの姿が見える。

 ギーシュや仲間達もフライで飛んでくる。

「…戻ってこれたな、俺達」

「…ええ、戻ってこれたわね」

 ルイズは震える両手でシラヌイの顔を包んだ。

「あんたは、わたしの使い魔なんだから。

 未来永劫、わたしの使い魔なんだから。

 つべこべ言わないで、ついてくればいいのよ。わかった?」

 シラヌイは苦笑したように見えた。

「未来永劫、ですか」

「永遠に、よ」

 

 サイトは無限の年月を生きる機忍と化している。

 いずれ、ルイズとの別れの時が来る。

 しかし、それは今では無い。

 

「了解いたしました。この機忍シラヌイ、ゼロのルイズ殿に未来まで仕える忍者となりましょう」

 

 ルイズは満面の笑みを浮かべると、シラヌイの胸に顔を埋め、静かに眠りについた。

 

 

 ゼロの使い魔異伝 ゼロの未来忍者 了

 

 

 

 

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