主であるソーナ会長は、姉であるセラフォルー・レヴィアタンの眷属候補として存在している兵藤を嫌っている。
そんな主が嫌う男に教えを乞うということは、主への侮辱と言われても文句は言えない。
しかしそれでも俺は力を手にしたい。
圧倒的でどんな敵であろうとぶちのめせる最強の力を。
「自分なりのトレーニングをして来た――というのはどうやら本当らしいな」
「ぜぇ……ぜぇ……! あ、ああ……けどこのザマだ……! ちくしょう!」
守ることも出来ずにくたばるなんて俺は嫌だし、死んでも死にきれねぇんだ……!
「次だ……! すぐに始めてくれ!」
「…………」
他力本願ではなく、自力で這い上がろうとする意思を示したからこそ、イッセーはこの時代の匙元士郎を自分なりに鍛える事にした。
「剣を使ってみろだって?」
「ああ」
「何でだ? 俺別に剣術の心得なんて無いぞ?」
その為にまず行った事は、匙元士郎がこの時代において禁手化もまだしていない神器をベースとした戦い方をすることを確認した上での『戦闘スタイルの変化』だ。
「いちちち……顔は会長達にバレるから大丈夫だが、代わりに全身がズタズタだぜ」
「や、嫌味とかじゃなくそのくらいで済んでる事に結構驚いてるたりするのよ?」
「全く褒められた気がしないが、少しだけポジティブに考えとくよ……」
イッセーとセラフォルーが生きた時代の匙元士郎は、ある時期までは今現在の元士郎と変わらぬ戦闘スタイルだったのだが、とある戦いを経てそのスタイルと神器を別方向に進化させたことで、徒手空拳に剣術を加えたスタイルに至ったのだ。
(彼は元々、五大竜王のひとつでしかなかった神器をクルゼレイ・アスモデウスとの戦いで別次元のものに覚醒させた)
元の時代の元士郎が文字通り『壁を乗り越えた先』へと到達した力を思い返すイッセーがこの時代の元士郎に導く先は、ウリドラという概念を『書き替える』程の領域。
「今そこら辺で拾った棒を振ってみたけど、やっぱり俺に合うとは思えないんだが……」
「殺し合いにおける引き出しは多いことに越した事はない。
それに、キミは剣の才能もありそうと感じた」
「え……そ、そうなのか? うーん……」
将来的に厄介な敵を作り出してしまうかもしれないという気持ちはある。
しかしイッセーはそうとは解っていても、ほんの少しだけ期待してしまう。
「一応言っておくが、主やお仲間には悟られるなよ。
正直言ってオレは彼女等とはあまり関わりたくないんだ」
「え? お、おう……! 任せろ、俺もこの事が会長達に知られたら何を言われるかわからないからな! 約束は守るぞ!」
少なくとも、背中くらいは任せても良いと思う程の進化を示してくれた匙元士郎へと至る事を。
「オレが昔見た、ある人物が扱ってた剣術のある程度の型を教える。
まずはその通りにやってみろ」
「……わかった、やってやるよ!」
龍ではなく、『黒狼』へと至る道筋をイッセーは思い付く限りの全てを費やして叩き込むのだ。
あの日以降、会長も皆も誰一人として兵藤の名を口にすることは無くなった。
シトリー、グレモリー、フェニックスの三団体をまとめて叩きのめした兵藤の異常さが怖いと思ったのかどうかまではわからない。
けど誰しもが兵藤の事に触れることはしなくなったし、誰しもが兵藤に近づこうともしなくなったのだけは間違いない。
まあ、まだ転生悪魔でもなんでもない人間の筈の男が悪魔のような魔力――それも魔王の一人と同質の魔力と技を駆使して容赦なく俺達を半殺しにしたともなれば、安易に近づかない方が良いと思うのは自然の事であるし、何よりアイツの背景にはセラフォルー・レヴィアタンが居るのだ。
セラフォルー・レヴィアタン……いや、セラフォルー・シトリー
向こうは俺の事なんて知らないだろうし、知っていたとしても妹の兵士の一人程度の認識しかないだろう。
だが俺は――いや俺達はセラフォルー・シトリーに対する因縁のようなものがある。
「剣術ね……」
カテレアさんが敗け、レヴィアタンの称号を失う理由となった相手。
昔から話には聞いていたが、確かに格好やら言動はアッパラパーな面しか感じないが、カテレアさんを倒しただけの強さはひしひしと感じた。
あの強さならば、確かに俺達が手も足も出せなかった兵藤が従うのも納得ができる。
出来るからこそ危険な賭けでもあるが、その強さを体得している兵藤から『戦い方』を教わる事は、俺がもっと強くなるためには必要なことだと思う。
確かに兵藤や世羅にカテレアさんの事が知られたら、自動的にセラフォルー・シトリーに知られる可能性の事を考えたら、踏み込むべきではないのかもしれない。
けれどイギリスの軍隊がモットーとしている『危険を冒す者が勝利する』という言葉がある通り、リスク無しで強くなれるとはいくら間抜けな俺でも思っちゃいない。
「グレモリー先輩の所の木場が騎士で剣の神器を持ってるから、教えて貰おうかなと思ったけど、なんか心ここにあらずって感じだったし、取り敢えず剣道かなんかの入門書でも読んでみるか……」
自分だけではなく、カテレアさんを巻き込んでしまっているという自覚はある。
けど、それでも俺は前に進まなければならない。
誰よりも強くなって、例え死ぬ事になろうとも守る為に……。
「考えたって仕方ねぇ! まずは素振りから始めてみっか!」
復讐の念を抱く気力ごと粉砕した嘗てのカテレア・レヴィアタンの現在は、かつての彼女を知る者が見れば信じられない生活である。
最低限生きるだけならば困らない程度の質素な生活。
着ている衣服も安物で、暮らしている家も、食べるものも何もかもが『カテレア・レヴィアタンだった頃』とは比べ物にならない程に堕ちたものである。
恐らく彼女の生存を知った者達が今のカテレアを見れば『堕ちるところまで堕ちた同族の恥』だと吐き捨てるのかもしれない。
纏う覇気も、魔力も、その全てが堕ちきった悪魔。
多くの同族達からすればそう見えるだろう。
しかしそれでも彼女は今を生きている。
悪魔としては失格者の烙印を押されるかもしれない。
けれどカテレア・レヴィアタンからただのカテレアとして生きる彼女の心はまだ完全には堕ちていないのだ。
「今年も参観日がある様だけど……」
「ん? ああ、別に俺からしたら何時もの授業と変わらないでしょ?」
カテレアが人間界に逃げ延び、ひっそりと生き続けて早12年。
ただの人間の小僧としか見なしていなかった少年と、無謀で無知とも言える約束と共に今日までを共に生きた。
「変装をして行く――という訳にもいかないわよね」
「流石にね……。
当日はシトリーやグレモリーの父兄も来る的な話を聞いたし」
自分に本当の『自由』をプレゼントするからと、危険な道へと進む元士郎に情を抱いた事で、レヴィアタンへの執着や悪魔としての責務の全てを捨て去る事が出来た。
「多分妹の様子を見にセラフォルーも来るでしょうからね……」
「そうでなくても、候補である兵藤と世羅の様子を見に来そうだからな」
皮肉な事に、捨て去る事でカテレアは『不自由』を感じなくなった。
確かに生活は昔と比べたら大分みすぼらしくなったかもしれない、されど限られた生活費でやりくりする為に頭を悩ませたり、バーゲンセールの品を人間の主婦に混ざって取り合ったり、一切やったことがなかった家事をすることに今では全くの抵抗感がなくなったし、寧ろ悪くない気分だ。
「セラフォルー……か」
「この前も言ったけど、直で初めて見てカテレアさんが言ってた意味がわかったよ。
ありゃあ確かに言動とか格好はアレだけど、化け物だわ」
「誰も気づいてなかったのかは知らないけど、昔からセラフォルーは他の悪魔とは次元が違うモノがあったわ。
……もっとも、直接彼女に叩き潰されるまではそこまでの差なんて無いと思ってたけど……」
元士郎がセラフォルーの妹であるソーナの兵士に『敢えてなる』事で、ある程度の生活費の援助を受けられた事で以前よりも生活の水準は上げられるだけの余裕は得ることが出来た。
しかしカテレアはどうにもこの1Kがちょうど良いと思っており、未だに住居を変えることはせずに暮らしている。
「まあ、あそこで完膚なきまでに敗けたからこそ、今の私が在る訳だから、腹は立つけどノミくらいの感謝はしてやらないことも無くは無いわ」
「確かに、それが無ければまずカテレアさんは人間界になんて来てないだろうしな」
「ええ……寧ろ今に至るまで人間風情と見下してたでしょうね。
後、種族や血族の力だけにかまけてろくに訓練もしなかった癖に無駄に自信だけは持ってたりね」
実質主婦的な暮らしをしているカテレアは、タイムセールで安く買えた食材を使って作った夕飯を、最近顔以外の――首から下が常に痣や切り傷だらけで帰ってくる元士郎と食べる。
「ん、美味い」
「今日はスーパーでお豆腐が安かったのよ。
だから豆腐ハンバーグにしてみたわ」
「うんうん、めっちゃ美味いぜこれ。
最初は謎の黒い鉱物しか作れなかったのにな?」
「じ、実家がお金持ちで家事だの料理だのは使用人がやってたから経験がなかっただけよ」
最初は料理どころか、簡単な家事ですらプライドが邪魔して上手くいかなかったカテレアも、10年という歳月でそのようなプライドなんてあっても邪魔だと割り切ったおかげか、そつなくこなす様になった。
いや、寧ろ貧乏生活が続いたせいか、生活に余裕が出来た今でもどこか所帯染みている。
着ているモノも、カテレア・レヴィアタン時代のような派手なドレスだの、妙に布面積の狭いアレコレだのではなく、タートルネックのセータにジーパンという人間界に溶け込んだものであり、髪型も長い茶金色の髪をシニヨンに纏めている。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です。
片付けと洗い物は私がやるから、元士郎は先にお風呂に入ってらっしゃい」
「ん」
すっかり人間界での生活に順応しきったカテレアは、その褐色肌と茶金色の髪以外はほぼほぼ目立つ要素が無いまでになっており、元士郎に風呂に入れと促し、せっせと夕飯の後片付けもする。
「~♪」
恐らくセラフォルーですら驚くどころか……絶妙に『なんか負けた気分になるのはなんでだろ』と言わせる程度には家事をこなしているカテレアは、鼻唄まで歌いながら食器を洗い終えると、浴室へと続く洗面台に向かう。
『あったまてっかてーか! さーえてぴかぴーか! そーれがどーした、ぼくドラえ○~ん』
用意したバスタタオルと下着を籠に置いたカテレアは、妙に外れた音程ながらもご機嫌に歌っている元士郎の声にクスリと笑みを溢すと、そのまま自分の分のバスタオルと替えの下着を籠に置き、縛っていた髪をほどく。
『みらいのせかいのぉ~ネコがたロボット~
どーんなもんだーいぼくドラ○も~ん!』
「……………ふふ」
ご機嫌に歌う元士郎の歌声を耳にしながら服を脱ぎ終えたカテレアは、それが当然だとばかりに浴室の扉を開けると、一切どこも隠す事なく浴室に入り込む。
「きーみょうキテレテツまかふしぎー…………んあ?」
湯船に浸かって、今は亡き両親や兄弟――そしてくだらないと当時はツンケンしまくっていたカテレアと見ていた国民的なタヌキロボットアニメのエンディングテーマを歌っていた元士郎の目に飛び込むのは、褐色の素肌を全部晒しきっているカテレアだった。
「暫くして貰えなかったから、今日はやって貰おうと思って……」
「え? ああ、良いけど……」
最近自分を『元士郎からすれば私はただのおばさん』と卑下するには嘘だろとしか言えない肢体を晒しながら『お願い』をしてくるカテレアに、元士郎は内心かなり動揺はしつつもそのお願いを叶える為に湯船から上がると、風呂の椅子に座って背を向けるカテレアの髪や身体を洗い始める。
「ん……♪」
「あのさ……そんなエロい声出すと俺の紳士ゲージがガリガリと削られるんだけど」
中学の一年くらいまではあまり意識はしてなかったが、中学二年の夏辺りから色々と意識するようになっていった元士郎のなんとも言えない声に、カテレアはクスクスと妖艶に笑う。
「別に良いわよ? 我慢もしなくて良いし、このままナニをしても?」
「や……風邪ひいたら大変だし」
「ふふ、変に真面目なんだから」
「………」
これで自分をおばさんと卑下するんだからなぁ……世のおばさんに石投げられるぜこりゃあ。
と、すべすべの肌を傷つけないように洗い終えた元士郎はそのまま『バレない』ように湯船に入り直そうとするのだが……。
「はい、今度は元士郎の番よ、座りなさい?」
「…………うぃ」
ニコニコと……それはそれは少女のように笑うカテレアに言われてしまった元士郎に拒否する程の理性は無かった。
「こんなに傷を……」
「兵藤が一応気は利かせて顔に傷は作らないようにはしてるんだけどね。
アイツも世羅も強いし、今までの自己流のトレーニングがどれだけ温かったか思いしったよ……」
背中を洗われながら、あちこちに残る打撲の痕や切り傷に声を暗くするカテレア。
「でも全ては今よりももっと強くなる為だ。
その為ならこんなかすり傷なんた屁のつっぱりにもならねぇさ」
そんなカテレアを察して、元士郎は気丈に――されど心の底からの想いを話す。
誰よりも、何よりも、カテレアを守る為に決めた道に後悔なんて無いのだと。
「私が弱いせいだわ……」
「ちげーって、これは俺の単なるエゴだ。
カテレアさんを狙ってるどこかの連中共にはぜってー渡したくねーってだけのな」
「……元士郎」
「仮に、仮にだ今更になってどんな理由があろうとも、アンタを見捨てた連中がアンタの生存を知って連れ戻しに来たら、俺はどんな手を使ってでも連れては行かせない」
「………」
「っ!? へ、へへ……だ、ダイレクトに胸とか当たってるんですけどー?」
ただ惚れた女の為に。
「ふふ、前も洗ってあげるわ……」
「!? あ、いや良いわ! 自分でやるし!」
「? なんで――――って、あら……」
「あが!? ち、違う――いや違ってもないけども!? だ、だってしょうがないじゃん!? シリアスな空気出してたけど空気読まねーのは悪いとは思うけど……!!」
「別に怒ってないわよ? 元士郎だってもう年頃の男性になったのだし……」
「うぐ……!? そ、そこでそのしおらしい仕草は反則だぞ……!」
「えと、お風呂上がったら……する?」
「…………………。はい、お願いします」
その先が地獄に続こうとも、匙元士郎は突き進むのだ。
「わ、悪い……寝過ごした……」
「……。それは良いが、お前なんだその顔は? 具合でも悪いのか?」
「ちょ、ちょっと疲れただけだ! 問題はねぇ! ただ少しだけフワフワな気分なだけだ!」
「???」
「……。誰かと会ってたの? なんか匙君とは違う匂いが匙君からするんだけど?」
「!? い、いやそんなことは――」
「む、確かに、匂いが混ざってるな」
「でしょ? しかもなーんか覚えがある気がするんだよなぁ?」
「オレは覚えはないが……」
(こ、こいつら犬か!? や、やべぇ! 死ぬ気で誤魔化せ俺! ま、まさかアンタ等の主と昔殺し合った人と――だなんて言ったら殺される!)
匙元士郎の進化への道はまだ始まったばかりなのだ。
補足
すっげー簡単で大雑把に例えると、ベリーハードシリーズのイッセーとリアスみたいな感じだと思え。
つまり、この元ちゃんは『超一途』であり彼女の為なら外道に進むことも躊躇わない『漆黒の意思』を搭載しているわけだ。
その2
多分セラフォルーさんより主婦やってるカテレアさん。
心を一度折られたせいで本来の力を上手く引き出せずに居るという枷が現在あったりする。
その3
頑固元執事に勝ってる要素―――『もう大人』である