私にとっての姉とは、騒がしくて子供っぽく、何もかもが緩く――――そして時折恐ろしく『冷たい』と感じる人だった。
そんな姉は魔王の一人であるのだけど、他の悪魔達が持つような眷属といった者は一人も持たなかった。
周囲の悪魔達は、そんな姉を変人だからと流すのだが、たった一度だけ姉から聞いたことがある。
子供ながらに疑問だった私に対して、姉は寂しげな顔をしながら……。
『一言で言うなら――――お姉ちゃんが欲しいのはただひとつだからかな?』
冥界に生きる全ての悪魔の誰でもない――まるで手の届かない誰かを恋い焦がれるような表情で話した姉の事は今でも忘れないのと同時に私は悟った。
ああ、この人はきっと両親や同族――そして妹である私以上に求めているものがあるのだと。
多分その誰かがもし目の前に居たら、姉は自分の持つ全てを捨ててしまうのだろうと……。
だから私は、ただの人間の男が姉の眷属候補であると聞かされた事がショックだった。
無愛想で、無口で、失礼で、異質。
人の身のままでありながら我等に酷似した魔力を操り、その性質も姉と同じ。
生身の人間でありながら我等を簡単に捩じ伏せてしまう力。
『多分あれこれ理由を言っても皆には解らないだろうし、解って貰うつもりもない。
だから一言だけ――――――ただ私はいーちゃんが大好きだからだよっ☆』
表面上は『親しみやすい魔王』で通している姉が、心の底から求めていた存在がこんな男であった事が私はショックだった。
『だから、私は私といーちゃんの繋がりを切ろうとしたり邪魔をしようとする人達は誰であろうと――――肉親であろうとも許さない』
まるで何年も共に居続けた相手のように姉から信頼を向けられるその男に嫉妬した。
『セラフォルー様の命により、皆様のお相手をさせて頂くことになりました、日之影―――否、兵藤一誠でございます。
先に言っておきますが、全員纏めて私を殺す気で掛かってくることをお薦め致します』
癪に触るくらいに丁寧な挨拶――いや、挑発をしてきた彼の瞳は姉の瞳と同じ色に輝き……。
『
放つ魔力は姉の様に凍てついていて……。
『
姉に心を許され、強いそんな彼が私は――嫌いだ。
日之影一誠であった兵藤一誠は、好意よりも寧ろ敵意を持たれた方が居心地のよさを感じるタイプだ。
その敵意と共に殺しに来るものなら尚更……。
「て、テメェ……! い、一度ならず二度までも俺の邪魔をしやがってぇ!!!」
「………………」
「殺す! 殺してやる! テメーは人間だがクソ悪魔の臭いしかしねぇ! だから殺して―――ガッ!?!?」
「五月蝿い奴だな。
そもそもお前が誰なのかオレは知らんのだが……。
まあ良い、そこまで解りやすい敵意を向けてくれた方がこっちも殺りやすい」
「かっ……が……がっ!?」
「アイス―――タイム」
故にイッセーは、剣片手に背後から不意打ちで襲ってきた謎の神父の全身を一瞬で凍結させてしまった訳で……。
「…………」
一応人の目を気にしたからこそ、わざわざ人気のない路地裏まで誘い込んでから黙らせたイッセーは、氷像と化した神父を冷めた目で見ながら、この会った覚えなんてまるでない神父が何者かを考察し、恐らくな盗んだ聖剣を町に持ち込んだ堕天使一派云々の件に関わっている輩だろうと結論付けた。
その証拠にこの神父は『いかにも』な剣を振り回して居たし、なにやら自分に恨みのようなものを抱いていた。
とはいえ、当然ながらイッセーは今は既にもの言わぬ『氷像』と化している白髪神父のことなんて覚えてすら居ない。
覚えてはないが、こんなのにむざむざと斬られてやる趣味も無いので、さっさと作業の感覚でこの神父を氷付けにしてやったのだが、問題はその神父が持っていて――今は地面に転がっている剣のことだ。
「……………」
七つに別れた内の一振の聖剣。
今回の騒動の中心であり元凶のひとつであるその聖剣のひとつを意図せず見つけてしまったイッセーは、どうしたものかと、すさまじい形相のまま凍りついている神父を一瞥しながら考えた。
(このまま放置するべきか、それとも回収しておくべきか……)
どちらにせよ厄介事の種にしかならないモノの処置をどうしようと考えつつ、取り合えず拾ってみる。
生物上では一応まだ人間であり、また聖剣を操るだけの因子を持っているわけでもないイッセーが持ったところでただの剣にしかならない。
(セラフォルーに聞いてみるか……?)
どちらにしろ、こんな抜き身の剣を持っている所を一般人に見られて通報されてしまえば、果てしなくめんどくさいことになるのはわかっているイッセーは、剣を片手に携帯を使ってセラフォルーに連絡をしようとしたその時だ。
「っ!? こ、これって……」
「気配を追ってきたら……フリード・セルゼンが凍りついているだと……?」
路地裏の前方から二人の女の声が聞こえ、目を凝らしみるとそこには驚きの顔をしている二人組の悪魔祓い。
「こ、この氷は……兵藤君かい?」
後方には男の声が聞こえ、振り向いてみれば先日もののついでにケーキを土産に持たせてやった木場祐斗が。
「ぁ……い、イッセー君」
「……………」
つまり今現在イッセーはかなりめんどくさい状況に陥ることになったのである。
目付きの悪さも、愛想の悪さも変わらなかった。
子供ながらにあの男の子は他の子とは違うと初めて見た時から感じた私は、誰かと遊ぶでも無く、遊具で遊ぶでもなく、ひたすら虚空を眺めていた男の子に話しかける毎日だった。
だけどその男の子はそんな私の声を聞いているのか居ないのか……一度たりとも返事なんてしてくれなかった。
普通ならその時点で関わろうとは思わなくなる。
でも私はどうしてなのか自分でもわからないくらいに、話しかけ続けた。
でも結局そんな私を彼は覚えてはくれなかった。
世羅マコトという女とは話せる癖に私とは……。
「色々とキミには聞きたいことがあるのだが、取り合えずその手に持っている剣をこちらに渡してはくれないか?」
「…………………」
私の事なんて欠片も覚えてはなかったイッセー君の表情は、昔と同じく氷のつように冷たい。
今回の任務において相棒となったゼノヴィアが、凄い形相のまま全身を氷付けにされているフリード・セルゼンが持っていたと思われる聖剣を手に持っているイッセー君に手を差し出しながら渡して欲しいと言ってみるけど、イッセー君は聖剣を片手に微動だにしていない。
「っ……兵藤君、出来れば彼女等ではなく僕にその剣を渡してはくれないか?」
そんなイッセー君の後ろから悪魔になっていた聖剣計画の生き残りの木場祐斗が聖剣を渡せと言い出す。
「何を言い出すんだお前は……」
「キミ達の任務とやらの事はわかっているつもりだ。
だが僕の人生を狂わせた元凶を前にして、大人しく見ている事なんて出来ないんだ」
「聖剣計画の事か……?」
「ああ、僕はその生き残りとしてその剣をこの手でどうしても破壊したい」
「……………………」
そう主張する木場祐斗に、ゼノヴィアは思うところがあるのか強く否定することはせずにただ黙って睨みあっている。
普通なら私も聖剣を奪還する任務についている身として動かなければならないのだけど、私の意識は『石像のように冷たい目をしたイッセー君』に向いてしまっている。
「頼む兵藤君……! 借りは必ず返すからその剣をこっちに……」
「ダメだ。
キミはイリナの幼馴染みなのだろう? お互いに何やら複雑なものがあるようだが、このまま彼――悪魔に肩入れすれば我々はキミと相容れられなくなる」
「………………」
ゼノヴィアと木場祐斗がそれぞれイッセー君を説得する。
けれどイッセー君は聞いていないのか――いえ、多分聞いた上で完全に無視しているのだろう。
徐に携帯を取り出したかと思えば、そのまま誰かと電話をし始めた。
「マコトか。
今からそっちに戻る。
いや、ちょいとかったるい事に出会したんだが、大した事じゃあない」
世羅マコト。
私が小さいころ、何をしてもイッセー君に無視をされ続けていたというのに、そのイッセー君と当たり前のように仲が良かったムカつく女。
再会した時も当たり前の顔でイッセー君の傍にひっついてて……こんな風に電話までして……。
「それじゃあまた後で」
ほんの少しの期待すら砕かれた私からすれば、何であの女が良くて自分が駄目なのかが納得できない。
イッセー君にとっての例外になれているあの女が憎い……。
「っ!?」
「せ、聖剣を凍らせたのか……!?」
あの女との電話を終え、持っていた聖剣の全体をフリード・セルゼンの同じように凍らせると、そのまま食べ終えたバナナの皮のようにその場に捨てる。
そしてそのまま拳を作ったイッセー君は………。
「Hasta la vista, baby」
一言、そう呟くと同時にすさまじい形相のまま凍っているフリードセルゼンの頭を砕いたのだった。
「なっ!?」
「こ、殺したのか……」
首から上が完全に粉々に砕け散った様を目の当たりにした私達は絶句するけど、イッセーくんはそんな私達には目もくれず、首から上の無いフリードの亡骸と全体が氷に覆われた聖剣をそのまま放置して去ってしまうのだった。
「何故、人間が魔力のような力を扱えるんだ。
一体彼は何者なんだイリナ……?」
「……わからない。
ふふ……だって私、イッセーくんに覚えられてすらないんだもん……。
あは、あはは……バカだよね私って?」
「…………」
結局私も、他の人達と同じように、イッセー君からすれば道端に転がっている石ころでしかないんだ……。
単純に処理が怠いし、かといってタダでくれてやるのも何だか嫌だったという、ただの嫌がらせ目的でフリードが持っていた聖剣をカチンコチンに凍らせたイッセーが自宅に帰ると、母親から『アナタが帰って来たらマコトちゃんのお部屋に来て欲しいって言われたわよ?』と、半分にやついた顔で言われたので、イッセーの自宅のお隣に位置するマコトの家に行ってみると、何故かそこにはリアスやらソーナやらが居た。
「………なんだこの状況は?」
思わず素になって呟くイッセーに、マコトが事情を説明する。
「という訳で、木場君の行方を探してるらしくてさー……」
「……。それはわかったが、じゃあ何でコレ等まで居るんだよ?」
どうやら先程イッセーが会った木場祐斗を探すために集まってたらしく、マコトから話を聞いたイッセーは納得はしつつも、ソーナ達まで集まってる理由だけは理解できずに思わず失礼そのものな態度でソーナに指を差す。
「親友の眷属が行方をくらませて心配なのよ、おかしいかしら?」
そんなイッセーに対してソーナはそっぽを向いたまま言う。
「あ、そ」
ソーナのつんけんとした態度に対して、最早興味もないイッセーも、興味無しな態度全開で返す。
すると、その態度にムカッと来たらしいソーナが椅子を倒す勢いで立ち上がる。
「あ、アナタねぇ! 仮にも私の姉の眷属候補でありながら、その可愛げの無い態度はどうにかならないの!?」
「…………。で、木場だったか? それならさっき会ったが」
「え!? ほ、本当に!? どこで!?」
しかしその勢いも空しく、イッセーには完全にガン無視されてしまったソーナ。
「よくわからん神父が聖剣のひとつを振り回しながらオレに喧嘩を吹っ掛けてきたから、黙らせた後に悪魔祓いの二匹と同じタイミングで現れて、聖剣を渡せって言ってきましてね。
なんかめんどくさかったんでその聖剣を簡単には溶けない程度に凍らせてからその場に捨ててやったら、その悪魔祓いの二匹と揉めてましたね」
『えぇ……?』
「色々と突っ込み所が多いんだけど、とにかく木場は無事ってことなのか?」
「あの悪魔祓い二匹に殺られてなければな」
「む、無視……しない……でよぉ……!」
あまりにも華麗な無視に、やがてソーナは着ていた制服のスカートの裾をぎゅっと握り、プルプルと震えながら目尻に涙を浮かべ始めるが―――悲しいかなリアスも色々と精神的に余裕が無くてソーナへのフォローを忘れてイッセーから祐斗に関する情報を聞いており、何故か元士郎もそんなソーナをスルーしてしまっていた。
「か、会長……」
「だ、大丈夫ですか?」
「ほ、ほら……今は木場くんの事が先決ですから……ね?」
主の見たこと無い姿に、眷属達も微妙にどうすれば良いのかからずオロオロする。
「ね、ねぇ! ねえってば!! 聞いてよ!? 無視しないで――――」
「うるせぇんだよこのボケ!! 話し相手なら庭の土掘り起こして出てきたミミズにでもして貰えや!」
「うわーん!!!!!」
「よ、予想外にうちのいーちゃんが塩対応……」
「あんなギャン泣きする会長初めて見たかも……」
「な、なんかごめんなさい……。
やっぱり連れてくるべきじゃなかったわ。
でもソーナが妙に張り切りながら『リアス達だけでは危ないから私達も』って言うから……」
結局ギャン泣きしてしまったソーナのせいで、話が全く進まないまま時は流れるのだった。
補足
神父さんから手に入れた聖剣は、カチンコチンにして地面に縫い付けたので、今現在何気に三人協力して解凍しようとしてるとかしてないとか。
その2
ガン無視された挙げ句罵倒されてギャン泣きしてしまうソーたんなのだった……