『己の個性を本当の意味で知り、受け入れた時に力となる事――それが
今まで一誠がずっと濁してきた力の正体。
己が精神を真の意味で理解し、そしてその精神を受け入れた事で始めて到達する事が出来る。
この話を聞いた時、それまでは決して踏み込ませてはくれなかった一誠の『本音』の一部に初めて触れられた気がした。
それはきっと一誠が私達を頼りにしたいと思っている――――――と、思う。
何故なら一誠の個性は別の者に取られてしまったから。
その相手が、私達にとっても乗り越えなければならない『壁』だから。
私達の誰でも無い、常に遠くに居る『誰か』を見ているような一誠が初めて正面から私達を見てその想いを打ち明けてくれたからこそ、私達もまた先へと進まなければならない。
「一か八かの博打にはなるが、俺が見てもセンスがある――つまり俺達側の才能を感じる奴等に俺の知る全てを叩き込む。
確定ではないにせよ、奴等がもし俺の劣化模造品の集まりと化しているのなら、今のままでは勝てないからな……」
一誠が立ち、そして一誠が常に見ている者達が居る
頭では無く、
「俺がこんな体たらくでなければ―――いいや、俺がこの世界に来なければこんな事にはならなかったからな。
だからそのケジメだけはつける」
かつてサーゼクスと安心院なじみに教えられた様に、兵藤一誠から日之影一誠として生きる事を決めた青年は、今の自分だけでは勝てないと受け入れたからこそ、己の知る全てを彼女達に叩き込む事を決めた。
「ちなみに劉備達の中には才能のありそうなのは居ないの?」
「奴等に興味がないから知らん。仮にあったとしても教える気は無い」
「何故だ?」
「また最初っから――それもまともに喋りもしない連中相手に説明するのが嫌だ」
己の劣化コピーと戦う為には、劣化コピーではなく自力で到達した『同類』の存在が必要だからこそ一誠は呉の人達に教え込む事を決めたのだが、どうやら劉備達にはこの話をする気は全くないらしい。
「それに、奴等は所詮ただの壁だ。
壁共に余計な力を付けられて、無駄に反抗されたら対処が怠いだろ?」
今は違うが、仮に曹操達を黙らせた後に同盟とやらを反古にされでもしたから面倒極まりないので、余計な事は一切教えないと話す一誠に皆は納得している。
「さあ、奴等の事なぞ考えずに、今は自分が何者であるかを今一度思い返せ。
それが『こちら側へと続く扉』への最初の一歩だ」
誰よりも生への執着が強い『自我』を持つ青年は、自分から搾取し続ける者への復讐の為に、残骸と化した個性の再構築をし続けるのである。
(切っ掛けに触れさせたとはいえ、こいつは分の悪い賭けみたいなものだ。
結局の所掴めるかどうかに関しては本人達の意思に委ねるしか方法は無い。だが数人でももしこちら側のドアを開けたら、奴等との殺し合いに対抗が出来る。
このまま俺一人で鍛えれば奴等との殺し合いに勝てると思える程自惚れられなくなってしまった以上はな……)
日之影一誠として再起を果たした核の大半を失った今の一誠では、いくら相手が自分の個性の劣化模造品の有象無象共であるとはいえ、一人で仕掛けて勝てると思えるだけの自信は無い。
(何より勝手に人の心に土足で踏み荒し、勝手に使われる事が我慢ならん。
……本来なら俺が一人でケリをつけなければならないことだがな)
本音を言えばわざわざ彼女達に自分の核を晒して此方側に引き込む様な真似もしたくはなかった。
いくら彼女達が一誠の世界における一般人のレベルを凌駕したレベルであるとはいえ、それでもただの人間として生きられるのなら生きるべきであると心の奥底では思っているからこそ、彼なりに巻き込んでしまっていることへの罪悪感はあるのだ。
(奴等は所謂
だが奴等は俺の異常はあれど『魔力』はない。
………もし魔力まで使われていたら、どんな手を使ってでも皆殺しにしてるが、これに関しては俺にイニシアティブがある)
ただの劣化模造ではなく、本当の意味での同類へと到達させる為の『種』をばら蒔き終えた一誠は、その種が芽吹くまでの間を少しでも力を向上させる為、今までは手札のひとつとしてしか行使しなかった魔力を更に精密に扱える為の特訓をする為、今までやったことのない――瞑想のようは真似をしていた。
(だからこそ
それが『残骸』となっている今の俺がすべき事……)
幼き頃、悔しいほどに強く……どれだけ手を伸ばしても届かない領域に今も尚君臨しているサーゼクス・グレモリーを筆頭とした悪魔達が持つ魔の力。
ただの人間でしかない一誠では使うことすら許されなかったその力を、血反吐の吐く想いで日之影一誠として突き進んだ果てに掴んだ『道』のひとつ。
「……」
母がバアル姓であり、その血を引くサーゼクスとリアスが扱う『消滅』の魔力と、シトリー家の姉妹が扱う『水』と『氷』の魔力。
「………ふー」
両家を示す紋章を燕尾服に刻む事を唯一許されし悪魔の執事だけの魔力を研ぎ澄ます為に己に宿る魔力を繊細に……そしてより強く引き出す特訓をする一誠は小さく息を吐きながら、目の前の腰掛け程度の岩の周辺に水の魔力で生成した霧で覆ってから即座に氷の魔力へと切り替えて岩全体を凍結させ……やがて完全に消滅させる。
「チッ、今までは戦闘における手札のひとつと思ってあまり突き詰めた特訓はしなかったが、ここに来てわかった。
アイツ等やっぱ普通にスゲーわ……」
一通りの魔力を引き出し終えた一誠の口からついボソリと出てくるサーゼクス、リアス、ソーナ、セラフォルーに対する彼なりの『尊敬』の言葉。
「特にサーゼクスの野郎は自分の魔力を後先考えずに全解放すれば星そのものを消滅させられる程度だったし、その領域に進みかけていたリアスも何れはそこまでになっていた。
くくくく、フィジカルエリート共め……」
そんな悪魔達の足手まといになりたくないという想いを秘め続けたから今の自分が在るのだと、何時になく悪魔達との思い出に浸ってしまった一誠は、頭を振って
「駄目だ。今はアイツ等の事を考えている場合じゃないし、今更ここには居ないアイツ等の事を考えてもどうにもならない。
このムカつくくらいの挫折感を突き付けられ続けた過去を過去にしない為に、俺は生き残る……絶対に」
過去を過去のまま懐かしまない為に。
生き残り、再び悪魔達への借りを返す為に。
「そう、これは試練だ。
変態カマ野郎やその更に上から見下ろすゴミ共をぶち殺す為の試練。
自分の未熟な
……そしてサーゼクスとの喧嘩に勝つための試練」
もっと先の――もう二度と誰にも奪われる事の無い領域へと到達する為の試練を乗り越える為に。
日之影一誠として生まれ変わった青年は独りではなく、誰かを頼るという道を歩み始めるのだ。
「まだ俺はアンタ等から受けた借りを返しきってないんだ。
ここでくたばって堪るか……!」
曹操達に対抗する為の共闘という名目で、ある程度劉備達に対して『それなりの』扱いや持て成しをしている呉の面々は、此方の『御厚意』という意味で彼女達や抱える兵達と共に合同で訓練をする。
もっとも、当然ながらその現場に一誠は現れないのだが……どうもここ最近は訓練の度に何人かの者が一誠の所在を気にする素振りをしているということに気付いたので、取り敢えず本人にその話を振ってみた。
「他はどう思っているのかは知らないが、俺にとって奴等はただの数の水増し程度の要因としか思わない。
だから奴等が何をどう思おうが、俺は一々対応するつもりはねぇ」
地位や名声に興味を示さず、黙々と使用人の仕事をする一誠の予想した通りの無愛想な返答に、話を持ってきた程普こと粋怜は軽く笑ってしまう。
「あまりにも想像通りの反応で良かったわ。
これでもし劉備達にも教えるとか言い出したら大騒ぎになっていたし」
「安心させたようで何よりだ。
で、他に用は?」
「ん、それだけよ」
せっせと城全体の掃除をする一誠の行動には既に慣れている側である粋怜は、用件はそれだけだと言いつつ何故かじーっと一誠が途中から三人程に分身しながら清掃し始めている姿を見つめている。
「あ? なんだよ?」
「あーいや、こうして二人で話すのってあまり無いからなんとなく?」
その視線に妙な擽ったさを感じた一誠は掃除の手を一旦止めつつ、粋怜の返答に訝しげな顔をする。
「城のお掃除が終わった後の予定は?」
「あ? そんなもん一人でトレーニングを――」
「それなら暇ね?」
「年のせいで耳でも遠くなってんのか? 言っただろ、だからトレーニングを――」
「実は私が寝る部屋がここ最近の忙しさのせいで物凄く散らかってしまったのよ。
だから片付けを手伝ってくれると非常にありがたいわ」
「……………」
こっちの年齢弄りを華麗にスルーし、実ににこやかに掃除を手伝えと言ってくる粋怜。
当然反射的に『そもそもオメーは無精者だし、忙しいを免罪符にするな』と突っ返してやりたかったが、そういう類いの事を言うとここの面々は余計ウザく絡んでくる――という経験をしている一誠は渋々……執事としての職業病も相俟って引き受けてしまった。
「言ってみるものだわー! じゃあ一緒に来て頂戴!」
「わかったから腕に絡んでくるんじゃねぇ!」
「良いじゃない~ 炎蓮や祭や雷火とはこうしたことあるのに私はまだやったことなかったしー?」
腕に絡み付く粋怜に引かれる形で部屋へと連れていかれる一誠は相変わらずの悪態を付くのだが、昼間っから粋怜が自室に一誠を連れ込んでいるという構図を見て誤解する者がちらほら出てきた事に本人達は気付いてはいなかった。
「……。行き遅れたオバハンの部屋そのものだなこりゃあ……」
そんな誤解と噂が牛の交尾よりも早く広まりまくっていることを知らない一誠は、思っていたよりも散らり放題である粋怜の部屋を見て一言そう呟いた。
「いやぁ……そんなに褒められると照れるわぁ」
「……」
ストレートに嫌味を言われてるというのに、全く効いてない粋怜に一誠は盛大にため息を吐きつつも清掃を開始する。
「…………。取り敢えずアンタは脱ぎ散らかした衣服を纏めろ。
後で俺が洗ってやる」
「はーい」
指示を送りながら自分も床に散らばる何かしらの書類的な紙を纏めたり、どこからかくすねたのであろう飲みかけの酒の入った瓢箪等を次々に纏めていく。
(今更だが、なんで昔の時代の筈なのに下着が現代的なデザインしてんだ……?)
等という疑問を今更思いながら、落ちてた下着を手に取る一誠。
すると手は遅いがいわれた通りに作業をしていた粋怜がふと一誠がまじまじと自分の下着的なものを手に持って眺めている事に気がつく。
「……ふむ」
(あらやだわ……一誠が私のを眺めてるわ)
いくら粋怜とて、あんな真面目な顔して自分の下着をじーっと一誠見ているたもなれば絶妙に気恥ずかしいような気分にさせられるのだが、本人が一切邪な気持ちが無いのも知っているので不快感は全く無い。
「改めると変な世界だなここは……」
結局興味を無くしたのか、纏めていた服の山へとポイ捨てするように投げた一誠は再び掃除に戻る。
(酔う以外は本当に無欲の塊というか、お堅いというか……。
普通一誠くらいの年の男なんて猿みたいに盛るって聞いてたんだけどねぇ……)
「また空の瓢箪か……? 飲み過ぎだろ、酒なんてどこが良いのかわかりゃしない」
ぶつぶつ言いながらもせっせと掃除を続ける一誠に、今まで過ごしてきた事を思い返す粋怜は思わず笑みを溢しながら作業に戻るのであった。
「いやー、ここまで綺麗にしてくれるなんてお姉さん嬉しいわ~! 本当にありがとうね一誠?」
「そう思うならこうなる前にこまめに片付けるんだな」
「ふふ、努力はするわ」
片付けどころか部屋全体のクリーニングまでやりきった一誠に、予想以上に綺麗にして貰えた粋怜は大層喜ぶ。
「じゃあな」
そんな粋怜のズボラ加減を把握している一誠は、内心『持って半月程度だな』と、再び散らかるまでの期間を予想しながら撤退しようとすると……。
「待ちなさい一誠。
ここまで手伝って貰ったのに何もお礼をしない訳にはいかないわ」
別に見返りなんて求めてなかった一誠を呼び止めながら、粋怜がお礼がしたいと言う。
「別に礼とかは要らん。
これも俺の仕事の一つだしな」
「そうは行かないし、何かさせて頂戴?」
「…………」
当然断ろうとするのだが、粋怜は引く気が無いと食い下がるので取り敢えずその場に立ち止まる一誠。
「うーん、どうしようかしら……。
一誠は今なにかして欲しいこととかある?」
「別に無いが……」
「じゃあ何か欲しいものは?」
「本来の力が欲しい」
「それは私にはどうにも出来ないわね……」
「そりゃあそうだ」
何も欲しくないし、別にして欲しいこともないという――見方によっては実につまらない男みたいな無欲さ加減に粋怜は困ったような顔をしながら悩みつつ一誠の手を取ると……。
「取り敢えずこれで……」
「…………………………」
取った一誠の手の平をそのまま自分の胸に押し付けてみた。
「どうかしら?」
「………………………」
「もう、そんな冷めた顔しないでよー? お姉さん悲しいわよー?」
「………………………………」
(う……本当に『無』の表情だわ……)
ヴェネラナレベルのスイカを手の平いっぱいに感じてる一誠のあまりにと冷めきった顔に粋怜は内心狼狽える。
「もう良いか?」
「あ、うん……。
あのー……このまま押し倒したりは?」
「するわけねーだろ」
「一回くらい女との時間を経験した方が良いわよ?」
「じゃあ少なくともオメーみてーなオバハンとはねーな」
あまりにも無反応過ぎてちょっと心配になってきた粋怜だったが、トリプルクロスカウンターのような一撃をくらってしまう。
「へー……?」
「あ、いや……」
「オバハンには反応しません……ねぇ?」
ここでスイッチが入ってしまった粋怜は、しまったという顔をしている一誠にニコニコと微笑みながら、このままただでは逃がさんとばかりに今度は一誠の顔を自分の胸に沈めた。
「じゃあ本当に反応しないのかどうか、ちょーっと試させて貰うわよー?」
「うわっぷ!? よ、よせバカ!!」
「大丈夫よ、炎蓮や祭よりは優しくしてあ・げ・る・♪」
「むぶぶぶぶっ!?」
暴れる一誠を押さえ込みながら盛大に押し倒す粋怜。
こうして『健全』に一誠で遊んだ粋怜だったのだが……。
「……」
「粋怜お主、一誠になにをした?」
「半泣きになって雪蓮達に慰められてるぞ……」
「やー……反応が一々可愛くてつい虐めちゃったのよ♪ それこそ生娘みたいな反応でね……?」
「お、おっふ……。一誠に抱きつかれてるわ……」
「お、おっふ……。そ、そんなに怖かったんだな一誠。
そ、そうかそうか……」
「……………」
「うー、次は私の番だからね?」
「そ、その次は儂じゃぞ?」
「なんだろこの気持ち。
すっごく一誠を甘やかしたくなる……」
結局年上にすさまじく弱いのだけは変わらない執事なのだった。
まだ続きます