最初から精神がヒヒロイカネのように固すぎるせいで……
普通に考えてみたら、マコトは異常ともいうべきなのか――いや超常的な力を、少なくとも僕が出会った頃よりも前から持っている。
素手で鉄の柵を飴細工みたいに折り畳めるだけの膂力。
風の様に走り抜けられる速力。
この異世界におけるスタンダードである魔力のような力を手から――それこそドラゴンボールの登場人物のようにビームにして放てたり。
まあ、マコトが言うには魔力ではなくて、ただのエネルギーらしく、魔力を扱う才能はからっきしらしいのだけど。
まるでマコトは異世界の人達のような力を持っていたし、何よりも僕が見た中でも驚いたのは、マコトの意思に呼応して左腕に現れる籠手のようなもの。
色褪せ、ひび割れた赤い籠手のことをマコトは『相棒だったアイツが遺してくれた脱け殻』と言いながら、どこか寂しそうな顔をする。
その相棒が誰であるかまではまだ僕も知らない。
けれど、マコトが語るその優しい声や表情から、とても大切な存在であったのだけは察する事ができた。
僕ではまだまだ踏み入れる事も、割り込む事もできないマコトの抱えるナニか。
会ったことは無い、僕が超えたいと抱いた―――僕もまだ知らないマコトの過去。
始まる前から終わっていた。
そう表現せざるを得ない白崎香織の恋路は、文字通りに僅かな希望すらも粉微塵にされる程の『現実』を突き付けられる事で終わりを迎えた――――
「…………」
「ごふっ!?」
―――訳でもないのかもしれない。
本当に唐突に始まってしまった異世界生活にて、戦闘訓練をすると思わなかったというのがマコトとハジメの感想だった。
もっとも、ハジメと共に過ごした元の世界をも、マコトにとってすればある意味では異世界ではある。
つまりやることは何時もと変わらず、マコトはここ二週間の間もハジメに『我流の戦闘術』の稽古をつけていた。
幼き頃からマコトの背中を追いかけ続けてきたハジメにとってすれば何よりも必要な事であり、絶え間ない鍛練を経た事で確立した戦闘術は、唖然としていたクラスメート達に『南雲ハジメ』の本当の実力をまざまざと見せつけていく。
「くっ!? こ、このっ――」
「………」
「おぅっ!?」
絶え間ない訓練により体得したハジメの戦闘スタイルの基本。
それは相手の攻撃を流し、捌きながら攻撃に転ずるカウンター主流のスタイルであり、冷静に向かってくる相手を見据えながら攻撃の軌道を逸らし、出来た隙を突く様に己の拳を叩き込む。
「ぜぇ、ぜぇ!」
「…………」
(な、なんて小僧だ……! オレの攻撃を全て受け流し、的確にダメージを……!)
元々この名も無き兵士は、団長から『あの坊主(ハジメ)と嬢ちゃん(マコト)は、少し他の者とは様子が違うから舐めて掛かるな』と言われていたので、本気でやっていた。
だが想定外の強さに加えて、此方の攻撃の全てを見透かされているかのように流されてしまう。
「……………」
(こ、この小僧……!? 急に背を向けてなんのつもりだ!?)
果てには自分に背を向けている。
まるで『いつでもどうぞ?』とばかりに。
「な、舐めるなぁぁぁぁっ!!」
その挑発ともとれるハジメの行動に、激昂した名も無き兵士は痛む全身を押して全力でハジメに飛びかかった。
「ハッ……!!」
「がっ!?」
そんな兵士の行動を読んで居たとばかりにハジメはその場で左足を軸に回転をしながら飛びかかってきた兵士の即頭目掛けて鋭いハイキックをカウンターで叩き込む。
「が……ぁ………」
それがトドメとなり、地面に叩きつけられた名も無き兵士の意識はそこで完全に閉じられるのであった。
「…………」
『…………』
「うんうん」
後に残るのは、唖然とするクラスメート。
思っていた以上の格闘術に絶句するメルド。
満足そうに胸の下で腕を組みながら、後方腕組み面をしていたマコト。
そして、何故か知らないけど、人差し指を天に掲げるようなポーズをしているハジメなのだった。
「な、なぁ、南雲ってもしかして喧嘩強かったんじゃないか……? あの騎士団の人を一方的にボコして勝ってるし」
「ん、んな訳ねーだろ……! 南雲ごときが……!」
「お、驚いた……素人の動きではないぞ?」
「ああ。アイツ、ちょっとはやるかもしれないぞ……」
「でもちょっとやり過ぎな気が……」
「兵藤さんが多分教えたんだと思う、じゃなかったら優しい南雲君があんな事しないもん………」
徐々に止まった空気が戻ると同時に、見事なまでの格闘術を見せたハジメに、一部は戦々恐々とし、一部は感心するといった声が聞こえる中、檜山達はマコトが居る手前何も言えずに睨む事しかできないし、香織は―――絶対にマコトが教えたせいだとマコトに対して黒い念を増幅させるのだった。
「そこまでだ。
やはりお前ら二人のステータスプレートは不具合があるみたいだな。この兵士も決して弱くはない」
「は、はぁ……でも手加減して貰ってただけでしょうし」
「俺は訓練にあたり、加減は多少しろとは言ったが、わざと負けろとは一切部下達には命じていない」
そんな中でも、不可解なステータスの持ち主として密かにマークしていたメルドは、ハジメのステータスも表記通りではないと悟る。
ハジメ本人は謙遜しているような言い方だが、メルドにはハジメが何かを隠しているようにしか見えず、敢えて深くは追及しなかった。
(このハジメって坊主もそうだが、マコトという女はもっと異常だ。
そもそも天職が表記されないという話は聞いた事もないし、あきらかにステータス0の力ではない)
それ以上に不可解かつ異質なマコトの存在もメルドは気掛かりだった。
何せ明らかにステータスがオール0な訳がない真似をそれが当たり前とばかりにやってみせるのだ。
例えば今ハジメが行ったような手合わせを他の兵士――それもメルドの部下の中では最上位の実力者を相手にさせても、一撃で殴り飛ばされてしまい、重症を負わせた。
「か……かひ……!」
「あ、やっべー……。
もうちょいセーブするべきだったのか? えーと、大丈夫ですか?」
「多分もう二度とステーキが食べられなくなっちゃったよ……この人」
絶対に0な訳がない。
確かに天之河光輝の才能は抜きん出ているとは思う。
だがメルドにしてみれば、この二人こそが異質で薄気味悪さすら感じる。
まあ、悪い人間ではないのはやり取りをみていればわかるが……。
「こらー! ダメだって言ったのにまた南雲君のお部屋に行きましたね!?」
「あ、いや……すいません?」
「南雲君も! どうして女の子をそう簡単にホイホイとお部屋に入れるのですか! いくら幼馴染みでも大人になるまでいけませんよっ!!」
「大人の定義がわからないんですがね。
学校外の事までとやかく言われる謂われなんて無いんですけど?」
「う!? だ、ダメなものはダメなんです!!」
「お、おぅハジメ? ここに来てから結構逆らうようになったよな?」
「何も知らない『他人』なんかにしゃしゃり出てこられるのが嫌なだけだよ」
どうやらあの畑山という異世界組でも年長者である女性以外、同じ世界から来た者全員もあの二人――特にマコトに対して今の自分と同じような印象を持っている。
メルドはますますマコトとハジメを注視することを決めるのだった。
そしてその予感を確信へと変えるまで、後少し―――
なんて基礎訓練を二週間続け、本日はオルクスの大迷宮なる所での実戦訓練が行われる事になった。
多くの兵士や傭兵といった者達で迷宮の入り口付近は賑わっている。
「なんだろう、思ってたのとイメージが違うかも……。まるでイベント会場みたいだ」
「もっと武骨で簡素な感じだと思ったわ」
その中にクラスメート達の最後尾から更に少し離れた箇所からハジメとマコトは、イメージと違うオルクスの入り口について感想を呟きつつ……。
「ほら、ちゃんと髪をとかさないと……」
「まったく、だから髪なんて伸ばしたくなかったんだ……」
髪の手入れなんて全くしないガサツの極みのマコトの背辺りまで伸びた茶髪を櫛でといてあげていた。
マコト本人は適当に水で濡らして適当にセットすりゃあ良いと言うが、せっかくここまで髪を伸ばしたマコトには是非維持して貰いたいというマコトのほんわかとした両親の頼みもあるので、ハジメはそこそこ気合いをいれて好きにしてくれ状態のマコトの髪をセットしてあげる。
手入れなんてしない割りにはフワフワとした髪質であり、中三の頃辺りからハジメがやるようになったこのやり取りは、ハジメにとっても案外好きな時間だった。
が、そんなハジメの癒しタイムは、突然やってきた彼女によって突如として終わりを迎える。
そう――何日か前の晩、ハジメとマコトの関係性について地獄のような現実を突き付けられて色々と灰になった筈の白崎香織が、とてもとてもほんわかとした笑顔でハジメに挨拶しつつ近寄ってくるのだ。
止めようとしてるけど止められずに引きずれている八重樫雫と共に……。
「南雲くん! おはよう!」
「……………………………。ああ、白崎さんね……。何の用かな?」
「ご、ごめんなさい。本当に止めたつもりだったのだけど……」
また意味がわからない人が来たと最早このリアクションがデフォルトになってしまったハジメは、とにかくぺこぺこ謝る雫からの言葉を流しつつ、かなり嫌そうな顔をしながら用件を訪ねつつ、マコトの後ろから髪をといてあげる。
「…………………………………。南雲くんに挨拶したいと思ったから来ちゃった?」
その時、香織の視線がポケーッとハジメに髪を任せているマコトに向けられ、凄まじく何か言いたそうな顔になったが、すぐに笑顔となってハジメに言う。
「……………」
香織の笑顔を前に、他の者ならデレつくかもしれないが、ハジメにしてみれば『厄介事を運んでくる不幸を呼び込む笑顔』にしか思えず、最早普通に嫌がってる反応だった。
「あー、ほら天之河君達なら前の方だよ? 早く合流した方が良いんじゃないかなぁ……?」
「うん知ってるよ? でも今は南雲君とお話したいなーって気分だから!」
(香織、普通に拒否されてるのよ……)
そう言う香織は一行に離れてくれそうにないし、それを見ていた雫は痛むお腹を押さえながら苦い顔をしている。
その時点で誰かに見られたら最悪だと考える程度にはハジメもうんざりしており、それにポケーッとしているマコトには一切の挨拶が無い事もあるし、以前からマコトに対して悪意を向けている事がハジメ的には『絶対に親しくはなりたくない人』認定を決定付けてしまったので、どうにかして追い払いたい。
「見ての通り、僕はマコトの髪をセットしてあげてるんだ、だから――」
「……。どうして南雲君が兵藤さんの髪をセットしてあげてるの?」
「マコトは自分の事に無頓着過ぎるんだよ。
だから自分の髪とかにすら適当だし、寝癖とかよく放置するから……」
「いやだから水つけて適当に――」
「それと! 僕がやりたいからだ!」
「………………」
水セット万能説を主張するマコトだが、ハジメがそれを封殺してしまう。
『そんなにこだわることかよ?』と昔から変なところで頑固なハジメにぶつぶつ言うマコトに香織はぐぬぬぬと悔しがると―――
「あ、あれれー? おかしいなー? 突然の風で私の髪がめちゃくちゃになっちゃったよー?」
「か、香織……」
「「………」」
多分軽い魔法でも行使したのだろう香織が、自分の髪を強い風でめちゃくちゃにするという行動に出た。
そのあからさまにバレバレな行動に、ハジメは引いてるし、マコトは『でもサラサラだから簡単に戻せそうだな』と思い、雫はなりふり構わない親友にそろそろドン引きし始めた。
「こ、困ったなー? 櫛なんか持ってないし、こんな髪型だと恥ずかしくて光輝くん達の所には行けないよー?」
「………」
チラチラと顔がひきつっているハジメを見ながら、何かを訴える香織にハジメもいよいよ引いていていた。
「やってやれば?」
そんな香織を流石にマコトも見ていられなかったので、ハジメに自分と同じようにしてあげた方が良いんじゃないのか? と提案する。
「嫌だよ……。
だってこの櫛はマコトの為に用意したのだし……それに怖いしあの人……」
「でもハジメにやって貰いたいからわざわざあんな小芝居までしたんだぜ?」
「それこそ僕の知ったことじゃあないよ。
だったらそこの彼女のお友だちに頼めば良いじゃないか……! 大体何故僕なのさ? 仮に了承したら、周りからまた余計な悪意を買うはめになるのはわかりきってるだろ?」
「まあ、人気者だからねこの子は」
引きながらもハッキリとしたハジメの拒否っぷりに、マコトもそこまで強制させる意味も無いので、自分でちゃんと断りなとハジメの背中を押しておく。
「あのさ……? 僕が白崎さんの髪に触れるのはあまりにも荷が重すぎるし、君のお友だちにやって貰いなよ?」
「そ、そんな……どうして?」
ここまでやっても尚拒否られてしまったと、軽く涙目の香織。
「だって白崎さんはただのクラスメートであって、そこまで仲良くない。
でもマコトは違う、マコトとは子供の頃からの親友だ」
「それなら! 私と……友達になろうよ……?」
またそういう行動が、周りからのヘイトを買わされるはめになると、ハジメはうんざりだった。
「どうしてクラスどころが学校で一番の美人で人気者の白崎さんが、僕みたいな地味で――まあ軽くイジメられてる僕に絡んでくるのかは知らないけど、君にそうやって話しかけれるだけで君のファンに僕は睨まれるんだよ。
別にキミのせいだなんて言わないし、キミに悪意が無いのも何となくわかる……けど、僕に親切心を持っていてくれるのなら―――あまり関わらないで欲しい、お願いだから」
「」
(こんなハッキリ言うハジメも珍しいな……)
(南雲君の意見が否定できないわね……)
これもこれで周りからの反感を買うかもしれない。
しかし今のままの状態がグダグダに続くようならいっそ、言ってしまえ……と、マコトの性格に影響されているハジメは言い切った。
「マコトは言っていた。『一方的な友情なんて友情とは言わねぇ。ただの押し付けだ』ってね」
「あー、そんなこと言ったっけか?」
「言ってたよ。そして『断る権利は本人だけのものだ』ともね。
だから僕は断る権利を行使しただけさ」
ショックで放心している香織に軽く同情してしまうマコトだが、ハジメがそう決めたのなら仕方ないとさっさと割り切る辺りは『イッセー』の頃から変わらない。
「そういう訳だから……。今後とも『ただのクラスメート』としてよろしくお願いします。
さぁ行こうマコト。向こうでセットしてあげる」
「えー? 本当に良いのかよ?」
「カッコつけた言い方だけど、僕と彼女は住む世界が違いすぎるんだよ」
「それは――――――悪い、引きずり込んだのはオレだよな……?」
「違う、僕が望んでマコトの側を選んだだけ」
放心のまま動かない香織に背を向け、マコトの手を引いて行ってしまうハジメ。
そう、ハジメにとって香織は厄介事を無自覚に押し付けてくるありがた迷惑なクラスメートで、それ以上でも以下でも無い。
どう想われようが、ハジメは香織を異性としては意識すらしないしできない。
「ああいう子は天之河君達と一緒にいる方がお似合いだよ」
「キラキラオーラ出してるグループって意味でならそうだろうけどよー。本当に良いのかぁ? オレから見てもマジで美少女だし、折角のチャンスを……」
「僕はマコトの方が白崎さんや八重樫さんなんかよりよっぽど美少女だと思ってるし」
「え゛!? う、うーん、あんま褒められた気がしないし趣味悪いぞハジメ?」
「あはは! そうかもね……!」
弱かった自分を、自分の立場なんて関係ないと何時も堂々と守ってくれた幼馴染みだけで良い、それ以外の繋がりなんて薄いだけ。
美少女呼ばわりされて軽く嫌そうな顔のマコトに苦笑いしながら、ハジメはその手を離さなかった。
そう……赤髪の悪魔を守り続け、そして愛し続けたもしもの世界のマコトのように……。
「南雲! 香織を泣かせたとはどういう事だ!?」
「ま、待って光輝! 別に南雲君が何かした訳じゃあ――」
「けど香織は泣いているんだ! 答えろ南雲!! 事と次第によっては……」
そしてお陰で雰囲気最悪状態で迷宮へと入る事になるのだ。
「じゃあかしぃんじゃボケ共がァ!
オメー等が大好き白崎お姫様が、テメーの影響力考えねーでハジメに絡むから、オレが失せろって言っただけだ! まだ文句あんのかゴラァッ!」
「!? マコト!? ち、違うよ!? 言ったのは僕――」
「そんなにそこのお嬢さんが大事なら、温室にでもなんでもぶちこんで管理しろやテメー等がよぉ!!
そこのお嬢さんがハジメに絡むだけでくだんねー悪意ばっか向けるしかできねー能無し共めが!」
『……』
「ったく、胸くそ悪い。
おらメルドのとっつぁんよー! 行くなら早いとこ行こーぜ!」
「あ、あぁ……だが、こんな空気で行けないだろ」
『…………』
「お、おーい、皆ちゃんとついてきてるよなー? …………お、おい兵藤、どうしてくれる? お前と南雲以外の全員の視線が下を向いたままで一言も会話がなくなってるじゃないか……!」
「けっ、知るかよ。そのまま魔物に頭から食われてくたばろうが、オレは欠片の同情なんてしねーし」
「あ、あの色々とすいません、マコトが機嫌悪くなってしまったので……」
「お前等だけが色々と例外な理由がなんとなくわかってきたぞ……。
というか兵藤お前、随分と口調が荒々しくないか?」
「素がこうなもんでね」
終わり
補足
ある意味、底に落ちて復活した前と後を混合させているような精神がこの南雲ハジメ。
大人しそうな顔をしているが、マコトの事に関しては躊躇いが一切消える。