何がしたいのかよくわからない。
生き残ってしまう者と、死ぬことが出来る者を分けるのは何なのか、今でもその答えを知ることは出来ない。
死は誰にも何時かはきっと来る筈。
あの日最後で最大の戦いで数万もの畜生共を殺しまくってしまえば、その内の一人の死なんて埋もれてしまうのかもしれない。
でもそれは、俺の『親友と相棒』だった。
あの時程、自分が死んだ方が楽だったと感じた事はない。
死んだ者の借りは帳消しになる。
後を継のは―――――――生き残ってしまった者だけだ。
初めて見たあの時から今に至るまで、ずっと思っている。
彼は他の誰でも――それこそ肉親すらも『見て』は居ない。
無の極致というべきなのか、それとも本当になにも無い『虚』なのか。
彼の瞳に写るモノは何もない。
だからこそ、何も知らなかった無知な私は思った。
こんなにも冷たく――それでいてどこか『綺麗』な目だなと。
何も無い。前も後ろも、下も………そして上すらも。
何も無い――誰でもない、私にもまだわからない、存在しない何かを見ている目をする不思議な人……。
ありふれた日常を送ることが出来た世界で、暇をもて余したかこそ読んでいたラノベにありがちな『異世界転移』という非日常を、頼みも願いもしていないのに果たしてしまった青年からすれば、時代背景こそ全く違うものの、ある種の懐かしさと同時に『苛立ち』を覚えさせるものでしかない。
非日常を殺伐と生き続けた過去がある身からすれば、嫌でも『自分』に戻ってしまう。
自由という名の不自由を勝ち取る為に、自由こそがハッピーエンドだと信じてバカ正直に走り続けた『無知』な頃の己を……。
「………………………」
それ故に青年は反発心しかなかった。
何が『人類の平和の為に魔人族と戦う勇者になってほしい』だ。
そんなもの、蓋を開けたら自分等の受けるリスクを他所の世界の人間達に押し付けているだけの話であろうがと。
だが、無知な普通の人間達――しかもまだ子供という年齢である若者達は、そんなどす黒い精神を隠しながら、耳障りの良い言葉を並べて説明する異世界人共の戯言を聞き入れてしまった。
まあ、厳密に言えば彼等のリーダー的な立ち位置に自然と入り込んだ一人の少年がやる気になって、ねずみ算式に道連れ達が増えてしまったというだけの話であるのだが…………と、異世界召喚人にて、一人だけ学年が違う青年ことイッセーは、自分と同じく巻き込まれてしまった側の社会科教師の制止が無駄になり始めて居る空気の外から冷めた目で状況を見ていた。
(究極的に馬鹿馬鹿しいな心底……)
下手をすれば死ぬかもしれない。
ゲームとは違ってコンテニューなんて概念も無い。
死ねばそこで終わりという現実を理解しているのかいないのか、一人の青年の言葉にすっかり勇者になろうとしている後輩学年の生徒達に対して、唯一ひとつ上の学年であるイッセーは、くだらないと思いながらも、でも彼等は死ぬことは出来る事を少しだけ羨ましく思うという、精神が半ばイカれた事を思っている。
(大体なんだエヒトってのは? ここの人間達にとっての神らしいがよ……。
死ぬほど気に入らない。目の前に居たら是非面白半分に殺してやりたいくらいいだぜホント)
その中でもイッセーは特に神と名乗る輩が自分達を寄越したという説明に対してとてつもない拒否感を感じる。
(なぁドライグ? それに――)
そんな嫌悪感と共に思い出す、今は亡き相棒と親友の姿を思い浮かべていると、いつの間にか壁に背を向けて耳だけは傾けていたイッセーのそばに、黒髪の少女が近づいていた。
「未だに現実味を感じないというか、光輝達がやる気になってしまったせいで引き返せなくなってきたけど、そんな状況でもイッセーは相変わらずクールなのね?」
「……………………」
八重樫雫。
何故か自分に対して怖がりもせず、寧ろ踏み込もうとしてくる変人少女。
過去にたった一度だけ、あまりにも鬱陶しいので『本質』を突き付けて見せたにも拘わらず、それでも変わらなかったイッセーにとっての『3人目』の存在。
「それでイッセーもこの世界の人達の為に魔人族と戦うの? もしくは元の世界に帰る為に……」
「俺がそんな事に命を張るような人間に見えるのか?」
「……。うん、見えなくもなくもない、かしら?」
「どっちだそれは。
答えはどちらに対してもやる気なんてありゃあしねぇだ」
「どっちもって事は無いでしょうに。
少なくとも元の世界に帰る為には頑張らないと……」
「…………。ああ、そうだったな」
怪しさしかない老人の話を聞いて、既に殺し合いに参加する気でしかなさそうな、学年だけで言えば後輩に属する生徒達――言うなれば他人の子供達を眺めながら、イッセーは雫の言葉に適当に返事をする。
昔からそうなのだが、この少女は無視をするとすぐ拗ねて非常にダルい事になるのだ。
『…………』
お陰で、この少女と同学年の生徒達からは、誠に遺憾ながらも八重樫雫のストーカー的な認識をされている訳で、今も勝手に呼びもしてないのに雫に近寄られて話しかけられただけで、それを見ていた名前も知らない女子生徒から汚物でも見るような目をされながらヒソヒソと何かを話している。
「わかったならさっさと向こうに行け」
「? 何で?」
「オメーが近くに居ると、俺に対してウザったい属性が追加されるからだ」
「それってもしかしてストーカーがどうとかという話?」
「ああ、誰が好き好んでオメーみてーな聞き分けの無い小娘なんぞつけ回すかってんだ。
わかったんならとっとと――」
「でもイッセーは気にも留めないじゃない?」
「………うっぜぇな」
事実その通りな図星を突かれてしまったイッセーから思わずといった悪態が飛び出る。
確かに雫の言うとおり、周りからどれだけのネガティブなイメージを持たれても本人が気にした事は一度も無かった。
それはイッセー自身が大分擦り切れた性格であるというのもそうだが、それ以上に雫がどこまでも止まらないのだ。
「『自分の生き方は自分で決めろ。誰かの言う常識や正しさなんかには中指でも立てておけ』………そう言ったのはイッセーじゃない?」
「さてな。そんな事を言った覚えは―――」
「イッセーが覚えていなくても、私は今でも昨日の事の様に覚えているわ。
だって初めてイッセーが私に教えてくれたことなんだもの!
イッセーからのあの言葉を貰ったあの日から、私の生きる意味が決まった日!
だから私の生き方は私が決めるわ。誰かの決めた正しさなんかに興味は無いわ!」
「………」
無駄に胸を張って言う雫にイッセーは思わずといった様子でため息を吐く。
(最初の頃のアイツを思い出すなコイツのしつこさは……)
何を言っても、それこそ『二度と関わりたくないと思わせる恐怖』を突き付けても変わらかった雫に、かつての『親友』の面影を感じてしまう。
(だから俺も甘いのか。
まったく、お前のせいだ――――――
―――――――――――ゼノヴィア)
神を信仰していた癖に、気付けば共に神に中指を立てていた親友だった少女の面影を……。
「……………」
(あ……今少しだけイッセーが優しい顔で私を見たわ。
でも、どうしてかしら、昔から本当の意味で嬉しいとは思えない……。
なんだか、私というよりは私を見ながら誰かを思い出しているような気がするから)
そんなイッセーの心中をある意味で見抜いている雫の心にモヤモヤとしたものを植え付けながら。
趣味の合間に人生。
それが座右の銘である南雲ハジメにとってすれば、この所謂異世界転生という非現実的な現実は、一瞬ながらも刺激的でワクワクさせる状況だったのだ。
が、しかし所詮それは『ライトノベルの主人公』だからこそ順応し、適応し、駆け上がれる話である訳で、モブキャラという立ち位置からすれば、すぐ傍にある『死』への恐怖から逃げ続けなければならないという本当の現実を思い知る羽目になるのだ。
(ああ、そうですよね。
僕は所詮モブキャラで、主人公的な存在は天之河とかあっちの方だよな)
異世界に来てから、気付けばなんか勇者―――の、仲間的なモブ位置で戦う事になってしまった者の一人としての第一歩で既に現実を突き付けられてしまったハジメは、戦いかたと説明をしてくれることになった王国の騎士団さん達の先導で手にした『ステータスプレート』に書かれた『己』を見ることでますます肩を落としていた。
(全てのステータスがこの世界の人達の一般人と変わらないし、錬成師も一般的な天職らしいし……僕ってホント主人公にはなれないんだなぁ)
ほんの一瞬でも期待してしまったからこその現実は、見事なまでに粉々にされた。
ましてや同じクラスメート達の大半は、騎士団長さんの説明した通り、この世界の数十倍の初期ステータス値だというのに自分はこの世界の一般人相当。
挙げ句の果てには自分をゲームオタクだなんだとしつこく絡んでくるクラスメートに笑われる。
全くもって趣味の合間の人生もキツイ。
なんてことを思いながら、ハジメはふとこの世界に共に――そして何故かあの時その場に居なかった筈の一学年先輩の生徒である男子の姿が視界に入る。
「………………」
名前はよく知らない―――訳ではない。
何故なら彼はある意味で有名人ではあったから。
兵藤一誠。
別に同じクラスの天之河光輝のような完璧超人でもないし、檜山のような不良でもないただの一学年先輩で接点も話もしたことなんて無いのに何故ハジメは知っているのか?
それは、彼に関する噂があるからだ。
「イッセーのステータスは? 私はこんな感じみたいなのだけど……」
「………………………」
「……って、何も書いてないし、というか登録して―――もぷっ!?」
「………………………………」
『!』
彼は、学年どころか学校全体から女神呼ばわりされている女子生徒の片割れである八重樫雫の傍に何故か常に、気付けば居るからだ。
故にそんな彼は他の者達から悲しいかな『ストーカー』呼ばわりされている訳で……。
今も突然何か言いかけた雫に対して口を押さえ込みながら、端から見れば後ろから思いきり抱きついて居るし、それを見たハジメ以外の生徒達はギョッとなるし。
「…………………………………………」
「わ、わかったわ……」
「……………」
『…………………………』
なんか、後ろから耳打ちしてるし。
早い話が気色悪いと揶揄される程度にスキンシップがスゴいのだ。
それこそセクハラと騒がれてもおかしくない程に。
そんなだからストーカー呼ばわりされるし、他の生徒達からの視線が、自分に対して話しかけてくれる白崎香織のそれに近いのだ。
あんな一個上程度の男以外なんの特徴も無さそうなストーカーがと。
(でもなぁ、話をしたことなんて一度もないけど、あの人がというよりは寧ろ八重樫さんの方からあの人にって感じがするんだよなぁ)
周りはどうしてもイッセーをストーカーにしたいらしいが、ハジメの認識は寧ろ逆なのではという認識らしい。
今もよくよく見れば、自分達の輪からかなり外れた場所に居たのに、そこにわざわざ雫が近寄ってたし、それでストーカー呼ばわりされていて僻まれているのは、逆にあの先輩の方に同情してしまうというのがハジメの本心だったりする。
まあ、早い話が少しだけハジメは彼に対して『同類』の気配を感じているのだ。
『…………』
自分以外の全ての生徒達からの嫌なものを見るような目線に晒されている所なんか特に。
絶対に怪しい。
なのでイッセーは異世界人の説明を受けながらも、こっそりと逃げ道を作ることにした。
まず、どこかのゲーム宜しくな自分の能力を数値化やら言語化するカードを登録する件もひっそり『登録しない』事にした。
これだけの生徒が居るのだから、登録後の報告に関しても誤魔化せるだろう。
そんな事を思って、他の生徒達が次々と登録しては報告している光景を前に、ひっそりとプレートを破壊しようとしていた矢先に、またしても雫が声を掛けてきたので、イッセーは思わず登録してないことを言いかけた雫を押さえ込み、口を塞ぎながら耳元で囁いた。
「こんな怪しい奴らの言うことなんて信じられないだろうが。
だから様子見で登録とやらをしないんだよ。
騒がずにこのことは黙ってろ……多分このままなら誤魔化せる」
「わ、わかったわ……」
イッセーの説明に――というより押さえ込まれた状況に借りてきた猫のように固まってしまった雫は、耳元で囁かれた事にゾワゾワゾクゾクしながら何度もうなずくと、そのまま解放される。
「あ……」
正直ビックリしてしまったが、時間が経つにつれて――解放された辺りからかなり残念な気持ちになってしまった雫は小さく声を洩らす。
「あ?」
「! な、なんでも……ないわ。ええほんとうに……」
「……?」
何せイッセーからこんなアクションを……そんな意図ではないにせよされたことは無かったのだ。
だからついもう少し長くあの体勢が良かったかもしれないなんておもった辺りは思春期真っ只中である八重樫雫。
「で、でも本当に良いの? 登録しなくて……」
「死にはしないし、神の恩恵がどうのこうのって辺りが嫌なんだよ」
「神様が嫌なの?」
「………………。なんとなくな」
神という言葉に対してほんの少しだけ嫌悪の様相を浮かべるイッセーに雫は内心ドキマギしながらも納得していると……。
「兵藤君?」
「!」
「……」
ある意味既に目立っていたりすことに気付いていなかった二人――というよりはイッセーに声をかけてくる女性の声。
振り向いて若干視線を下げてみると、そこには大分小柄な女性が肉体的成長期も終わりかけなイッセーを見上げていた。
「大丈夫ですか? 皆さん一年生だから気まずいのかなと思って……」
「…………ああ、別に」
「む……」
畑山愛子。社会科教師。
見た目はともかく、年齢的にはイッセーより年上である。
彼女もまた『巻き込まれた』形でこの異世界に召喚されてしまったわけだが、彼女はただ純粋に一人だけ学年の違うイッセーを心配して声をかけてきたらしい。
そんな彼女に対して、イッセーは無難な返答をするわけだが、横に居る雫は絶妙に面白くない気持ちにさせられる。
「そうですか……。
でも困ったことがあればなんでも言ってくださいね?」
「はぁ。………けど先生もあんま無理しない方が良いんじゃないですかね」
(………は?)
「い、いえいえ、無理なんてそんな……。
生徒が頑張ろうとして居るのに私がしっかりしない訳には……」
「こんな状況なんて誰でも初見なんですし、先生だろうとなんだろうと戸惑うのは普通でしょ。
……と言っても先生の役に立てるかは別ですけど」
(………は? は??)
「………ふふ」
「? なんですか?」
「ふふ、ごめんなさい。
いえ、兵藤君は本当に変わってないなぁっておもっただけですよ? 一年生の頃もそうやって周りに馴染もうとしない癖に、解ってくれるといいますか……」
「……」
(は? は?? はぁ????)
そんな雫のモヤモヤに対してイッセー本人は更なる燃料を追加するかのごとく、若干口調が変わり始めた愛子と話をしている。
「でも、ちょっとだけ良かったと思っています」
「? 何がです?」
「この異世界召喚……ですか? こんな状況で兵藤君も召喚されていることに。
大人として言ってはいけないのはわかっているのですけど、兵藤君が居るとわかったとき、正直安心してしまったので……」
「普通に買いかぶり過ぎですよそりゃあ……」
「ええ、わかっています。
でも、私にもわからないけど――安心しちゃって」
挙げ句の果てにはなんか自分を無視してほんわかしてるし。
ここで一気になぞの危機感を感じた雫は、ほぼ反射的に勢いよくイッセーの腕に飛び付いた。
「………あ? なんだよ?」
「そんな気分だから」
「は? うぜーから離れ――」
「離れたら間違って『さっきの件』をいってしまいそうだわ」
「……………………テメー、俺を脅すのかコラ?」
「だ、だって……私のこと置いてきぼりにするから」
突然の行動に驚く愛子とは反対に、かなりうざそうな顔をするイッセーに、雫は若干半ベソになる。
普段なら他の誰にも絶対に見せない雫の姿に驚かされたというのもそうだが、それ以上にイッセーに対してここまで懐く子が居たことに愛子は驚いたのだ。
「八重樫さんと仲が良いんですね?」
「は? ……いや、これは別に――」
「良いですけど!? スゴく!!」
まるで威嚇する子犬のように愛子に吠える雫。
「イッセーほら、私のステータスプレートよ」
「別に興味ない――」
「ほら! ほら!! 私の事を余すことなく見て!! 全部を!!」
「…………………」
「あ、あの八重樫さん? 兵藤くんが困って――」
「ダメです! 私がイッセー専用なんですから!!!!」
「…………………………………」
知らなかったからこそ、焦って行動に出る雫に、愛子は少しだけ引きながらも、かなりうざそうにしているイッセーに対してちょっと安心しながらも……ほんの少しだけ残念だなとおもったのだった。
補足
多分過去一、それなりに人にも非人類に対しても話は通じるタイプ。
ちなみに戦闘経験値こそ大量ながら、殆どの戦闘スタイルが『封印』の状態になっております