今の先輩は昔と比べるとかなり穏和になったと私は思います。
というのも、前なら顔を見た瞬間殺しに掛かる先輩が、世の中に存在する生物の中でも不動のトップに君臨しているくらいに大嫌いな悪魔――それも世界は違えど嫌う原因となったリアス元部長を前にしても平静でいられてるのだから、間違いなく先輩の気は長くなった。
まあ、私からすれば短気な先輩も好きだし、乱暴にされると堪らなくなるので、ちょっと怒ったりしないかなと内心わくわくしてたりはしてるんですけどね。
何も知らないから無理もないとはいえ、リアス元部長――あぁ、リアス・グレモリーさんったら先輩の地雷を踏みまくってるし。
「そう、断るの……理由をお聞かせ頂いても良いかしら?」
「………」
ドッカンって爆発したらと思うと……ふふ、ゾクゾクしちゃいますよ。
「昨晩三人で話し合った結果、監視される方がこの先色々と楽だなと思い、今回はこのようなお返事とさせて頂きました」
「………」
気が長くなったと言われてるとはいえ、嫌いなものは嫌いなままの相手に対して『つい』余計な事を言ってしまうのを避ける為、白音に代弁させる事にして自分は無言を貫く姿勢である一誠は今、リアス・グレモリー達に対しての返答をしている。
勿論断るという意味で。
「誤解されても何ですので、もう少し正直に話ますと、メリットとデメリットを天秤に掛けるとどうしてもデメリットに傾いてしまうんですよ」
「デメリット? 私達の仲間になったらアナタ達にどんなデメリットがあるというのかしら?」
リアス・グレモリーがそもそも何故一誠達を勧誘しようとしたのかというと、元々自分が任されたこの地に於いて何処の勢力にも属さない猫妖怪の姉妹が静かに暮らしていたのを知ってたからというのもあるが、偶々偶然その猫妖怪の姉妹と行動を共にしている神器を宿した人間を発見したからに他ならない。
悪魔としてのステータスの一つとして、才能ある人材を引き込むというのがあるのだけど、神器を宿す人間と猫妖怪の姉妹という素材はそれだけで引き込む価値があるとリアスは思い、此度の様な勧誘を多少の脅しを込めながら行ったのだが、そんな脅しは全く通用してる様子も無く、無口な少年とその少年の代わりとばかりに自分達に対して一歩も退かない姿勢の白い少女にリアスは内心ちょっとだけ舌を打つ。
「まずひとつ、私も先輩も姉もそれなりに食べていける生活力も財力もあるので、支援を受ける必要がありません」
「………」
「そしてもうひとつ――というか、これが一番重要なのですが、そちらの仲間ってのになったら多分今みたいに集まって何かしらの作業をしなければならない。
しかも活動時間は主に夜という事を考えると、もし先輩と楽しい事をしてる最中に呼び出されたりでもされたら萎えます。なので監視されてる生活の方が楽だという結論となりました」
「…………」
小柄な見た目とは裏腹にハキハキと話す塔城小猫少女をリアスは静かに見据えつつ、隣に座る無言の少年に視線を移す。
人間であり、神器を宿し、尚且つ猫妖怪種族の姉妹と共に生きていて、発見の際に見た限りだと自分の中に宿る神器を自覚していると思われる。
つまりある程度姉妹によって鍛えられてると解釈でき、仲間に引き込めたらある程度すぐに戦力となれる事を考えると、下僕の数が足りてないリアスとしては三人とも引き込みたかった。
が、この小猫が話す限り、三人ともその意思も無いし、監視したければ好きにしたら良いという、ある意味厄介な態度にリアスは頭を悩ませつつ、デメリットを払拭できそうなメリットを先日同様に引き出す。
「理由はわかったし、アナタ達三人の仲が大変宜しいのも見ていて感じたわ。
けど良いのかしら? アナタとお姉さんはともかくとして、彼は歴とした人間よ? 今はお互いそれで良いのかもしれないけど、この先20年や30年もしたら彼だけ老いて、先立たれてしまうわよ?」
事前の調べで猫の姉妹がこの人間の少年と深い仲である事は知ってるからこその、種族の違いによる寿命の差を出すリアスは、手を閉じたり開いたりしながら下を向いてる一誠に揺さぶりをかけようとする。
「アナタも嫌でしょう? どうせなら永く一緒に居たいでしょう? 若い姿で」
「別に、コイツ等より先に死んだら死んだで仕方ないというか、何時までも一緒って訳じゃないかもしれない」
だが一誠の返答は人としての寿命の短さを既に受け入れてるといった様子であり、返ってきた言葉にもそれが伺える様な淡々としたものだった。
(というかそんな概念はとっくに超越してるんですけどね、一誠先輩は)
出鼻を挫かれた様な顔をするリアスに視線ひとつ寄越さずに指の関節をパキパキ鳴らす一誠の隣に座る白音は、昔ならノータイム殺しに掛かってただろう一誠の実に平和的な態度に、内心笑み浮かべる。
然り気無く『この先別れるかもしれない』と言って執着心が無いというアピールまでわざわざする辺り、本当にマシになったとも云えよう。
「そう……。それならこれ以上言っても意味は無いわね。わかったわ」
幸いこの世界のリアス自身も、一誠の本当の気質と力をまだ知らない為、縛り付けるという真似をしようとせずある程度物分かりも良い態度というのもあるから、実に平和的なサミット……とも言えるだろう。きっと。
「黒歌姉様、取り敢えずはお断りしてきました」
「どうだったの?」
「ええ、まあ、今のところは諦めた様子でしたね。今のところは」
「………」
殺戮現場の完成……なんて事も無く普通に帰ってきた一誠と白音は、家で待ってた黒歌に今日の事を話す。
リアスにとって勧誘対象は黒歌も含まれているので、話すのは当然の流れだ。
「一誠はどうだったの?」
「…………。なにが?」
「悪魔を前にしてムカムカしなかったのかーって」
それより問題なのが、長くはなったとはいえ、まだまだ基本的に短気な一誠が万単位連続で嫌いな生物ナンバーワンと言ってた悪魔を相手に怒るのを我慢してストレスでも溜めて無かったのかが黒歌にとっては知りたい事だった。
「いや別に……。俺は全然喋らなくて、全部白音に押し付けてたから」
中身は似て非なる者とはいえ、殺し合いにまで発展した関係であった黒歌から純粋に心配されるという状況に、白音と合流してから以来の仲だとはいえ、未だ擽ったいような気持ちにさせられてしまう。
「そっか、それなら良いけど、何かあったら私にも言ってね? 私はイッセーと白音が経験した世界の私じゃないから……」
「お………おう」
「……ふふ」
白音の刷り込み。いや、かつてと違って覚醒前の白音を肉塊にしたという事実が無いからなのか、敵意欠片も感じさせない黒歌の笑顔に一誠は本能的に視線を逸らしてしまう。
「それにこの前やっとあんな事したんだし、その私とは違う私とは絶対に違うにゃん……えへへ」
「………」
しかも白音の企みで、あんな事までしてしまったのだから人生というのは本当にわからないと一誠は、その晩以降、懐き度に拍車でも掛かったのか、スリスリと文字通り猫の様に寄ってくる黒歌を持て余しながら何とも言えない顔だった。
「あぅ……!? な、なにするの白音?」
「積極的になった姉様に安心してるだけというか、やっぱり姉妹なんだね。姉様ったらもうこんな事に……ほら先輩も見てますよ?」
「にゃあ!? は、恥ずかしいよ白音――んみゅ!?」
「んっ……あむ……。ぷは……恥ずかしいって言う割りには抵抗はしないんですね? 先輩に来て欲しいくせに……」
「い、言わないでよぉ……」
「……………………。チラチラ揃って此方見ながら言うなよ」
終わり
あっさり断られてしまい、そのまま帰ってしまった後のリアス・グレモリーは、自らが招いた学園の部室にて女王に用意して貰ったお茶を一口飲みながら、小さくため息を吐く。
「フラれちゃったわね」
「ええ。もし入って貰えたら仲良くなれそうな子達でしたので私も残念ですわ」
「どうします部長? 監視の方は……」
女王・姫島朱乃、騎士・木場祐斗の二人の声にリアスは軽く頷きながら、先程対面した勧誘対象の一誠と白音についての今後どうするかについてを話す。
「監視はするけど、決して三人に不快な思いはさせてはダメよ…………いえ、監視じゃなくてあの三人がちゃんと家に住んでるかだけ探れば良いわ」
「それは何故ですか? 此処は部長の領地下とはいえ、はぐれ悪魔や他の勢力が侵入する可能性も多いですし、もしあの三人がそれ等に狙われたら……」
「狙われた所であの三人にとっては何の問題では無いわ。寧ろしつこい監視なんてして『彼』の気に触っちゃう方が大変よ」
「彼……?」
何時にも無く慎重な対応に出ようとするリアスに二人の眷属は首を傾げる。
「アナタらしくありませんねリアス。何故そこまで慎重なのかしら?」
「そりゃあ勿論、勧誘を諦めた訳じゃないからよ。
この先機会があれば勧誘を続けようと思ってるのに、気に障る真似をするおバカはいないじゃない?」
「なるほど……」
そう言って紅茶をもう一口飲むリアスに朱乃と祐斗は納得するように頷く。
しかしそれと同時に何故リアスがそこまで三人に拘ってるのか……という質問は、静かに何かを見据えるように前を見るリアスの雰囲気に呑まれて聞く事はできず、単に人手不足だからと納得する事にした。
(……。小猫がまさかそうなってたなんてね)
奥底に秘める何かを見抜く事無く……。
(それにしてもイッセー……随分と小猫には心を許してたわね。
あの時の憎悪が嘘みたいに)
リアス・グレモリーはグレモリー家の長女。というのは世間的な認識でしかなく、彼女は誰にも教えてない秘密があった。
(私が朽ち果ててから何年経ったからあんな関係になったのかは知らないけど……良いわね小猫は、あの時私を出し抜けて)
それは生まれる前の自分自身の記憶。
とある少年の力に取り憑かれ、破滅を辿った自分自身の記憶。
(けどやっぱり切れても残る繋がりは多少あるみたいよ小猫………そしてイッセー? 私は今ここに居るわよ、アナタ達の知るリアス・グレモリーとしてね……)
その体験の記憶を持つリアスは、周囲に示すキャラとは比べ物にならない程に慎重で、冷静で、そしてなにより――
(ふふ、イッセーみーつけた……♪)
執着的な性格をしていた。
そう……肉塊にされてそのまま朽ち果てても尚持つ、無限の進化を持つ少年への執着を。
(問題は何時カミングアウトするか……。今の段階でしたら流石に今のイッセーでも私を殺そうとするでしょうね。それと小猫のあの態度からして、私を歓迎するかも微妙だし。
取り敢えずは――
―――あの領域にすぐにでも追い付かないとね)
リアス・グレモリー
かつて破壊の龍帝によって破壊された悪魔。
備考――――――
終わり
オマケ
自分とは違う自分の存在について聞かされた際、まず抱いたのは『自分はそうじゃなくて良かった』という安堵だったと黒歌は言う。
「イッセー、いっせぇ……にゃあぁ……」
「世界は違えど私の姉ですねこれは」
「……」
でなければ、白音との仲は拗れ、自分は好きとだと思ってる一誠とは殺し合いまでしなければならない人生なんて嫌すぎる……と心底思いつつ、黒歌は今白音の手引きによって実に幸せな気持ちで物凄い何とも言えない顔をしてる一誠に抱きつき、その大きな胸を押し付けていた。
「白音、お前が何か吹き込んだのか?」
抱きつかれ、頬をスリスリしてくる黒歌を突き飛ばす事はせずに、一誠は惚けた様子で同じく衣服を身に付けてない白音を問いただす。
「姉様がスキルを発現させる前と後に先輩を誤解しないようにとちょっと話をしただけですよ? そうじゃなくても元々先輩は姉様に嫌われてた訳じゃないですし」
「………」
「イッセ~♪」
したり顔で一誠に密着している黒歌とは反対側に行って密着しだす白音に一誠は複雑極まりない顔なのは云うまでもなかった。
「私のやってる事が意外と思いますか先輩? 大丈夫ですよ、姉様には情は沸きますが、その他の女の人にこんな事を腰掛けることなんて無いです。
というか、そんな事する女はしゃくしゃくします。スキルを発現させた姉様だから許せたまでです」
終わり
補足
ネオ白音たん的にこの黒歌さんは大好きらしく、姉妹仲は非常に良好。
一緒になってイッセーにねだったりするレベルで。
その2
まさかの元凶の存在。
しかもインフレ完備だぜ。
その3
マジな感じで続けると基本的にR-18になりかねないからむずかしいね。