ルイズが使い魔の儀式によって三人の平民を召喚した際、ある意味でルイズと同じくらいにその三人が『ただ者ではない』という認識をもっている者がいた。
その者はコルベールという頭頂部が寂しい中年の教師なのだが、その穏和な見た目とは裏腹に『炎蛇』という二つ名を持つ実力者である面があった。
だけどそんな実力者であるコルベールも、ルイズが召喚した三人の平民は『異常』と感じた。
召喚された当初は困惑していたのに、それも直ぐに引っ込めて自分達を敵と認識する。
そして認識と同時に放たれた重圧は、どんな生物と相対したコルベールですら経験の無かった圧倒的なもの。
それこそそれだけで、この三人はきっと我々を虫を殺すかの如く簡単に全滅してのけるだろうと悟ってしまう程に。
此方に敵意が無いことと、ルイズの協力者になる事を丁寧に話す事で三人はそれに了承し、魔法の才能が乏しいルイズに付いていてあげている訳だが、先日起こった食堂での集団昏睡事件はあの三人の内の一人が引き起こしたものだと学院長が遠見の鏡を使って見ていたらしく、波風立てないように隠蔽工作をしたのは何を隠そうコルベールだ。
学院長であるオールド・オスマン曰く、どうやら主であるルイズが同じ学生に絡まれていた所を助ける為だったらしいが、それでも下手をすればその絡んだ学生が殺されていたかもしれなかったのだ。
この学院の生徒達と年頃の変わらないたった三人の平民少年達なのに、放つそのオーラは歴戦の戦士そのもの。
話によればあの三人は俄には信じられないが、この地とはまるで異なる異世界なる地から召喚されたらしいが、ある意味コルベールにしてみれば納得してしまう凄味を感じてやまない。
「はぁ……送り返す方法は果たして見つかるのでしょうか。約束をした以上、守らなければあの三人は何をしでか……」
故にコルベールは三人の望みをいち早く叶える為、そして世界の安息の為に召喚の儀式魔法の逆……つまり送り返す方法を模索する。
膨大な書物が保管されているトリステイン魔法学院の図書館や、コネを使って手に入れた様々な文献を元手にあれこれと探す。
しかし元々一人一つが原則の使い魔が一度の儀式で三人も呼び出したという前例無き事態が発生してるせいなのと、送り返すという概念が無いために捜索は難航。
業を煮やした三人に『送り返す方法がもしかしたら本当に無いのかもしれない』と言った瞬間に訪れるかもしれない殺戮ショーに恐怖を、必死すぎて最近寝不足気味からくるストレスで、コルベールの所持する残り少ない草原が砂漠に支配されるまでもはや時間の問題なのかもしれない。
そして――
『ギーシュがゼロのルイズの使い魔の一人と決闘するんだとさぁ!』
『マジかよ!? 見に行こうぜ!』
「決闘? 私闘は規則違反なのに――って、ミス・ヴァリエールの使い魔!?」
思わず高い本棚を覗く為に使っていたレビテーションが解除され、床へと墜落しそうになる衝撃。
いっそ廊下から聞こえる生徒達の騒ぎ声が聞き間違いであって欲しいと願うコルベールだが、聞こえてくるのは野次馬根性で騒ぎ散らす生徒達の声。
食堂での事件の記憶が抜け落ちてしまってて、未だにゼロのルイズが呼び出したのは変哲無き平民3匹と思い込んでる生徒達のこのハシャギっぷりに仕方ないと思う箇所はあれど、だからといってルイズの使い魔の一人と決闘なんてそれこと自分から死にに行くようなものだろうと焦ったコルベールは急いで学院長のもとへと駆け出した。
「オールド・オスマン!!」
報告した所で後の祭りである事に気付くまで残し数分。
ヴェストリの広場という敷地があったりする。
魔法学院の敷地内に『風』と『火』の塔があり、その間にある中庭がまさにその広場だった。
普段は日当たりで人もまばらな広場なのだが、本日に限り、ヴェストリの広場は決闘の噂を聞き付けた生徒達でごったがえしていた。
「諸君! 決闘だ!」
噂の元凶の一人にて、つい数十分前にて見事にモンモンランシーから完全に振られた少年、ギーシュが薔薇の造花を掲げると、ギャラリーから中々の喚声が巻き起こる。
「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民の一人だ!」
「よく食堂で見る奴の一人だな!」
「私も知ってる、ちょっと可愛い顔してるわよね」
「………」
「フッ、この通り最早逃げられないぞ平民?」
「………………………」
「………おい、聞いてるのか!?」
「…………んぁ? あ、すまん……天気が良すぎてうとうとしてしまっていたよ。で、なんだって?」
「き、貴様、貴族である僕を愚弄するか!!」
モンモンランシーを取り返す為に闘争心満載のギーシュとは裏腹に、天気のよさによりうつらうつらと眠たげな目を擦るは、三バカの一人にて銀髪の少年……現白龍皇ことヴァーリ・ルシファー。
実の所平民平民だとギーシュに言われてるが、廃嫡されたとはいえ元の世界では一応悪魔の王族の血を持ってたりする由緒ある少年だったりする。
もっとも、そんな血を本人は軽く嫌ってるため、王族だなんて欠片も思っちゃい無いが。
「ギーシュ! こんなバカな真似はやめなさい!!」
そんな背景があることを知るはずもない野次馬達やギーシュにしてみればふざけた態度をしてると思う中、ヴァーリに文字の読み書きを教えてあげていた少女・モンモンランシーは決闘と宣うギーシュに怒り心頭の様子だった。
「自分が気に入らないからってヴァーリに八つ当たりしないで!!」
「や、八つ当たりなんかじゃないぞモンモンランシー! 僕は身分もわきまえずキミにしつこく付きまとう平民風情に貴族のなんたるかを御教授するつもりなだけさ!」
「只の建前でしょうそれは!? ヴァーリもこんな馬鹿馬鹿しい事に付き合ってやらなくても良いのよ?」
あの食堂での盛大なやり取りについての記憶だけはある為、野次馬達がモンモンランシーとギーシュ双方に痴話喧嘩の類いか? と持て囃すが、そんな声など聞いてる暇も無しと言わんばかりのモンモンランシーは眠そうにしてるヴァーリに対して心配するかの如く駆け寄る。
「何か言われても私が何とかするから……アナタが怪我する事なんてないのよ?」
「な、何故そいつの事をそこまで……」
自分とはうってかわり、今までギーシュですら見たこと無い妙な包容力を纏いながらヴァーリを説得してるモンモンランシーにますますギーシュは嫉妬の念をヴァーリに増幅させる。
そしてヴァーリもまた、眠そうな眼差しのままゴキゴキと首の関節を鳴らして目を完全に覚ますと、心配するモンモンランシーに対してフッと……野次馬に来ていた女子生徒達の一部の何かをコチョつかせるような笑みを見せながら口を開く。
「心配して貰えて光栄だ。が、大丈夫、戦うのには慣れているし俺は勝つよ。
相手から勝負を挑まれ様が、俺が勝負を挑もうがね」
「で、でもアナタはメイジじゃないじゃない……」
「だから見て貰いたいんだよ。メイジじゃなくとも戦えるんだとね。
さぁ、モンモランシーは下がっていろ……決闘の時間だ」
「ぁ………う、うん……」
モンモランシーの両肩を掴み、ソッと下がらせたヴァーリの蒼い瞳に思わず一瞬見とれてしまったモンモランシーは、惚けた様子でヴァーリから離れると、それでもやはり心配なのか、更に嫉妬で怒りまくりなギーシュと向かい合ってるヴァーリに向かって言う。
「負けたって良いし、それを見ても私はヴァーリがカッコ悪いなんて思わないわ。
だから……怪我しないで?」
たった数日だけど、その数日間は嘘偽り無く楽しいと心の底から思っていたモンモランシーが最早ギーシュなぞ目もくれずにヴァーリ対して応援する。
その応援を受けてヴァーリは苦笑いを浮かべると……。
「承知」
それまで醸し出していた気の抜けた雰囲気を完全に一変……獲物を狩る男の顔つきへと変わった。
その変貌は野次馬達にもヒシヒシと伝わり、それまでヴァーリに向けていた嘲笑が一斉に消え失せ、冷や汗を流しながら固唾を飲まされた。
「ふ、ふふ……す、少しはやる気になったみたいだな平民? 僕の目の前でモンモランシーに不埒な行為を働いた罪は重いぞ! 行けワルキューレ!!」
「そこで主と見てる一誠じゃあるまいし、俺はそんな事しないんだがな……。
まあ、どんな理由にせよこの世界の『魔術師』がどんなものかの解析の為だ――――その喧嘩、買ってやる」
チラッと横を見ると、野次馬と一緒になって仲良く顔をこれでもかと面白く歪めてるルイズと一誠――反対側からは『何してんのお前?』的な顔をしながら見てる曹操。
何やら曹操の隣に戦々恐々とした面持ちをしてる貴族じゃなさそうな女子が居るのだが、あの女は誰なんだろう? とヴァーリがギーシュから目をあからさまに離して考える間に、ギーシュはその宣言通りに作り出したワルキューレなる青銅で作られた人形3体程が一斉にヴァーリへと襲い掛かった。
「ヴァーリ!!」
固いものが激しく衝突する音が広場全体を響かせた瞬間、ギーシュは勝ったと確信した。
最後までよそ見はするしで嘗めた相手だったのでこんな程度では気はあまり晴れないが、ある程度加減もしたし後はゆっくりモンモランシーの前で痴態を晒させてやろうと攻撃指示をしたワルキューレ達を下がらせようとしたその時だった。
「召喚魔法……と思いきや錬金術の類いか? ふむ、成分は青銅といった所かな?」
「………………は?」
ありえない筈の声が……それも呑気な声にギーシュは思わず間抜けな声が出た。
何故なら、避けられた……というのならまだ納得もできた。
しかしどうだ? あの平民風情は武器も何も持ってない素手―――更に言えば片手、もっと言えば人指し指ひとつでワルキューレの三体の拳を…………。
「ふむふむ、土のメイジかキミは? 地面の土を錬金して戦闘傀儡を作り上げる。
よくありがちなパターンだなこれは」
止めたのだ。
何の苦も無さげに、人が当たり前の様に息を吸って吐くかの様に……。
「う、嘘だろ……?」
誰かがそんな言葉を思わず声に出したのが聞こえるが、ギーシュの内面もまさにその言葉そのものだった。
「そこまで手加減しなくても良いぞ? いや寧ろ全力で来てくれないか?」
「な……!」
挙げ句の果てに手加減してると思ってる様な発言。
確かに本気では無かったが、モンモランシーが見てる手前もあったし一撃で終わらせるつもりだった。
にも関わらず人差し指ひとつで止められ、挙げ句手加減するなとまで言われた。
「ワルキューレェ!!!」
完全に頭に血が昇ったギーシュは望み通り、今度は完全に殺すつもりで三体から七体……つまりギーシュにとっての限界錬成量を捻りだし、今度は拳では無く女騎士らしく錬成により作り上げた剣を持たせ、ヴァーリを取り囲ませた。
「その言葉を後悔させてやる……!」
怒りの形相で宣うギーシュに野次馬達がざわざわと『やばくないか?』とざわめく。
「あのバカ、天然で煽りやがって……しかもいつの間にあんな可愛らしい子と仲良しとか……むっかつくわぁ」
「使い魔の癖になにやってんのよあの犬は!」
その中である意味冷静というか、心配のしの字も無さげに寧ろヴァーリがモンモランシーといつの間にやら仲良しさんになってた事に怒っており、その反対側から見ていた曹操もまた同じく天然で煽ってるヴァーリの姿に苦笑いだ。
「あのギーシュって奴の全力がこれなのに、それでもヴァーリの顔は『いやだから全力見せろし』って顔だ。
アイツは昔から相手を無駄に過大評価し過ぎる気があるからなぁ」
「そ、それよりあのお方は大丈夫なのですか?」
「何の問題も無い。見てろ、ヴァーリから仕掛けるぞ?」
洗濯籠片手に隣に居た黒髪の少女と話す曹操の言った通り、今度はヴァーリから動き出した。
「…………。あ、すまん……これが全力なのかキミの? えっとその……ホントすまん、もう少し接戦ぽくした方がよかったのか?」
「あ……あわわ……! ぼ、僕のワルキューレ達がデコピンで……」
指先ひとつでテレッテー――では無く、デコピンひとつでワルキューレ達を破壊しまくるヴァーリを前に、一周回って冷静と絶望を同時に味わったギーシュはやっと目の前のモンモランシーにちょっかいをかける平民風情が、単なる平民ではないことを悟る。
「あ、アイツ指ひとつでギーシュのワルキューレを壊してるぞ……」
「あ、ありえないだろ……」
「でも現にワルキューレは粉々になってるんだが……」
野次馬達もまたやっとこさヴァーリの平民らしからぬ異常さを理解し、顔をひきつらせた。
しかしそんな中でも一番近くでヴァーリを心配していたモンモランシーはといえば、一体、また一体と指先ひとつでワルキューレ達を土に還していくヴァーリに驚きつつも完全に見とれていた。
「す、凄い……魔法も使わずにメイジを手玉にするなんて……」
今まで育った中で培った常識がモンモランシー中で壊れていく。
平民は決してメイジに歯向かえない……そう思っていたからここドットクラスとはいえギーシュ魔法を知っていたモンモランシーはヴァーリを心配した。
けどそんな心配は無用とばかりに不思議で変な所で抜けてる平民の男の子……ヴァーリはギーシュを完全に追い詰めてる。それも常識という概念に真っ向から喧嘩を売ってるようなやり方で。
「む……あの人形はもう作らないのか?」
「あ……そ、その……」
「作らないならそろそろ俺から攻撃をしてみるけど……」
「!?!? ま、ままま、待ってくれ!! ま、参った! 参ったからもう勘弁してくれェェェっ!!」
遂には参ったと言わせ、完全に勝利した。
単なる平民と思っていた銀髪の少年が……。
「えー? 此処までしておいてそんなオチは無いだろー…………まぁ良いけど」
「う……うぅ……」
「ヴァーリ……」
モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。
『香水』の二つ名を持つ少女の目はブツブツと『いっそもう少しやられたフリでもして解析すれば良かったかも』と呟きながら戻ってきたヴァーリの姿を捉えて離さずギーシュは負けて泣いてるが、知ったことじゃなかった。
「えーっと、変な空気になったけど勝ったぞ? これで俺が弱いわけじゃない事は理解して貰えたと思うけど」
平民とか関係なく、ヴァーリという少年個人が気になってしまったのだから……。
「ヴァーリィィィッ!!」
「可愛い子ちゃんと仲良しになったの刑により死刑じゃぁぁぁっ!!」
「ぐへ!? な、なにをする!!」
「うるせーこの野郎! 何時知り合った!? つーか何で黙ってやがった!」
「い、色々あったんだよ! 痛い痛い痛い!? 主も何で足を踏むんだ!?」
「うるさいうるさいうるさーい!! 使い魔なのに色目使うからよ!」
「い、一誠じゃあるまいしそんな事――あだだだ!ぁ?!?」
「被告人、死ぬ前に言い残す事は?」
決闘に勝った事よりも、可愛らしい女の子と仲良しになってた事が許せない一誠は、この時ばかりは馬の合ったルイズと共にその場にヴァーリを正座させ、指をバキバキ鳴らしながら殺る気満々フェイスをしていた。
「てか曹操もだけどよぉ……なんなの? 俺をそんなに差し置くのが楽しいの? なにメイドちゃんって? なにボインって? ふざけるなよ? 羨ましくて死にたくなるわボケ!」
「俺はただ彼女に文字の読み書きを教えて貰ったんだ。
そうなる経緯も偶然知り合っただけだし……」
「言い訳するな! モンモランシー! アンタも私の使い魔と何してたのよ!?」
「別になにもしてないわよ? ………………今はだけど」
圧されるヴァーリがモンモランシーにフォローして貰おうと横を見る。
すると何故かモンモランシーもヴァーリのすぐ横で正座しており、妙にニコニコしながら意味深な事を言う。
それがまた変に余裕がある態度な為、一誠は羨ましくて、ルイズは単純に色々と混ざった結果の怒りを膨れ上がらせる。
「あ、ああ、あんたフザケナイで! そもそも距離が近いのよ!」
「そうかしら? 普通だと思うけど……」
「いや近いぜ……単なる知り合い同士とは思えないぐらい近いぜちくしょう」
マウントとってボコボコにしてやりたかったが、モンモランシーが見てる手前流石に出来なかった一誠が代わりとばかりに妬みの視線をヴァーリにぶつける。
「ヴァーリ、その……疑ってごめんなさい。
アナタが弱いと決めつけてた……」
「いや別に気にしなくても良い。それよりモンモランシーまで正座する必要は……」
「大丈夫……ふふ、ヴァーリが叩かれそうになったら私が守ってあげるから一緒に怒られましょう?」
「う……何よこの空気」
「ヴァーリは知らん様子だが、あの子多分……ちきしょう!!」
今度はヴァーリがモンモランシーを心配するのに対し、モンモランシーは普段の気位の高さから来る性格が嘘の様に優しげであり、癖になってるのか抵抗しないヴァーリの頭を撫で撫でしていた。
それがまたルイズと一誠を気圧させたらしく、気付けば矛先はメイドさんと楽しそうにしていた曹操へと向けられ、今度はマウントとってボコボコにし始めていたのだとか。
終わり
補足
てな訳でモンモンは完全にレギュラー化しちゃいました。
ギーシュくんは……まあ、一誠くんに覗きの美学叩き込まれて女湯覗きの常連になってれば良いと思われる。
その2
貴族どころか外れたとはいえ王族血持ち……。
モンモン達は知らないけどね。