フェニックスの涙をライザーとレイヴェルを介して手に入れる事で何とかイッセーから受けた重症を回復させる事は出来たものの、それで終われる程ソーナの実家は小さくない。
「兵藤一誠だな? 此度のソーナ・シトリーに対する暴行について冥界から連行命令が出ている」
顔も名前もイッセー達にしてみれば分からない、恐らくは冥界の上層部悪魔の手の者かと思われる悪魔からの出頭命令。
「ふん、手に負えなくなってパパとママに泣きつきでもしたのか?」
「余計な事は言うな」
「はーいはい。それじゃあリアスちゃん、ちょっと行ってくるわ」
「………」
まるで重犯罪者みたいに両手に手錠を掛け、複数の悪魔達に脇から掴まれて冥界へと連行されていくイッセーにリアス達は只黙って見送る。
いや、敢えて何も言わなくて良いとイッセーが言わなければ返り討ちにしていたという意味では我慢していたのかもしれない。
「皆、
「了解。下手したら皆殺しにでもしかねないからなアイツ」
「一度頭に血が昇ると激しいですからねー」
「俺はフェニックス家として事情を上層部に説明しておこうと思う」
「私もお兄様と共に説明しますわ」
何もしなくて良いと言われたが、黙ってる事が出来ない新体制となったリアス眷属達は水面下での準備に取り掛かる。
その結果がどうなろうとも……。
「名を名乗れ」
囚人の様に両手と両足を拘束されたイッセーは大人しく連行され、やがて到着した場所は冥界の都市であり、一際大きな建物の中まで連れてこられると、どこぞの裁判所の様な大部屋に通され、様々な悪魔達に見下ろされる形で部屋の中心に立たされ、初老の悪魔の一人に名を名乗れと命令される。
「兵藤一誠、赤龍帝、住所は人間界、リアス・グレモリー
「よろしい――静粛に!」
赤龍帝という言葉に一瞬だけざわつく周囲を、どこかで見た事のある木槌でテーブルを叩いて静めた初老の悪魔はまるで怯えの見えない転生悪魔のイッセーを見据えながら口を開いた。
「検事、被告人の訴状を述べよ」
「この度被告・リアス・グレモリーの将軍こと兵藤一誠はソーナ・シトリーに過度な暴行を働きました。
フェニックスの涙による治療でソーナ・シトリーの負った傷は治癒できたものの、精神的な傷を多大に負っている。よってここに本騒動による裁判の開廷を申請します」
「よろしい。
被告人、今の検察の訴状に間違いはないか?」
「……まあ、間違いではありません」
偉そうに裁判とは馬鹿馬鹿しい。
と、内心周囲の悪魔連中を見下しながら一誠は気の抜ける返答をする。
その態度に所謂傍聴する悪魔達が顔をしかめるが、一誠は気にすらしない。
「赤龍帝といえど転生悪魔が純血悪魔に暴行を働いた罪の重さはわかっている筈だ」
「…………。我が主であるリアス・グレモリーに不埒な事を宣いながら迫り、それから守る為です」
「なるほど、その事はライザー・フェニックス達からの証言もあるし、ソーナ・シトリーの傷もフェニックスの涙で治癒している。だが暴行を働いた事実は変わらないので貴様に罰を与える――――本日付でリアス・グレモリーの将軍を剥奪する」
「……………」
どうせ何を言おうが、この連中共に聞く耳がある訳が無く、弁護人一人すら居ない時点でデキレースなのは解りきっている。
現に思っていた通り純血であるソーナに裁判長気取りの悪魔も肩入れしているし、傍聴している他の悪魔達もイッセーを見る目が暴力魔を軽蔑するような目だ。
「待て! 主を守るために彼は動いたのだ! 剥奪はやりすぎだ!」
唯一顔も名前もどうでも良い他の魔王と並んで傍聴していたリアスの兄のサーゼクスだけがそれに異を唱えるものの、周囲の空気に封殺されてしまう。
「静粛にサーゼクス様。
これは裁判であり、いくら魔王と言えども傍聴席に座る貴方でも口を挟む事は許されないですぞ?」
「だから何だ、お前達は只彼を罰したいだけで、この裁判にしても只晒し者にしたいだけではないか!!」
「そうさせたのはこやつですぞ。それ以上進行の妨げになる様なら、失礼ながら退室を願う事になりますが……」
「くっ……」
あくまで傍聴する立場だからと裁判官の悪魔達はサーゼクスに強気であり、顔を悔しげに歪めたサーゼクスは被告人席に立たされているばかりか両手両足を拘束されているイッセーを辛そうに視線を寄越しながら渋々座ると、裁判長の悪魔が木槌を叩く。
「剥奪に辺り、はぐれ悪魔の登録と、今後リアス・グレモリーとの接触は禁止する」
「……………………あ?」
ここで無表情を決め込んでいたイッセーの顔付きが変化する。
だがそんな変化を無視する裁判長の悪魔は被告人席から今にも拘束を引きちぎって襲い掛からんとする目をするイッセーの横に立つ悪魔に指示を送り、押さえ込ませながら退室させるよう命令すると、悪魔達はイッセーの頭を掴み、そのまま床に叩きつけた。
「抵抗すれば余計に罪は重くなるぞ?」
「…………」
額から軽く血を流すイッセーに裁判長の悪魔が見下す様に告げ、無理矢理立たせる様に指示を送る。
「これにて閉廷する、尚兵藤一誠の身柄はこの地の地下にある収容施設に収監する! 以上!」
「いい加減にしろ! お前達は一体何の怨みがあって――」
「よせサーゼクス!」
異常な程にイッセーに対しての扱いがおかしいとサーゼクスは再度怒りを持って立ち上がるが、他の魔王三人に抑えられてしまう。
「………………」
「来い」
結局晒し者の様な裁判になり、呆気なく罪人認定をされたイッセーは拘束されたまま退室させられる。
勿論こんな結果を認める訳にはいかないサーゼクスは地下の独房施設へと送り込まれたイッセーの元へと向かう準備をする。
「さ、サーゼクスちゃん? あんまり刺激しない方が良いかもしれないよあの子……」
「冗談じゃない。妹をただ守ろうとした彼が何故罪人になる!? セラフォルー、キミの妹が悪いとは言わないが彼女がリアスに何をしていたのか知っているだろう?」
「それは……」
何故かイッセーを恐れてるような態度をするソーナの姉であり魔王の一人であるセラフォルーにサーゼクスは低い声でソーナがリアスにしつこく付きまとっていた事を言外に責める。
「悪いがいくら盟友の妹だろうと、 僕は小さい頃から何かに怯えていたリアスを支えてくれたイッセー君を庇わせて貰う」
「………」
「誰もが彼を悪人にしたいらしいが、そうは思いたくないんだ」
そう言い切ってから踵を返したサーゼクスの背中をセラフォルー・レヴィアタンは複雑な眼差しで見つめ続ける。
「そうじゃない……。アレはわざと抵抗していないだけなのよサーゼクスちゃん。その気になったら――」
無意識に言葉を紡ぎ、傷が無い筈の腹部に手を触れながら……。
「此処だ入れ」
都市の地下に放置されていた収容施設の独房へと大人しく連行されたイッセー。
既に冥界中に罪人として広まってるのか、連行した悪魔達のイッセーに対する扱いは割りと雑であり、無理矢理なぎ倒すかの様な勢いで石の壁に囲まれた鋼鉄の檻の中へと押し込むと、鍵と厳重な障壁を張ってから姿を消した。
「さてと……。予想していたよりも俺を排除したがる連中が多いらしいぜ」
『どうするつもりだ? こんなくだらん囲いなぞ破壊して抜け出すのは簡単だが……』
「両手両足の拘束に加えて、どうやら付けると多少力を封じるもんでも仕掛けてるらしい。
これで俺が抜け出せないとでも思ってるようである意味ラッキーだけど」
冷たい石の床にみのむしの様に拘束された姿で現状把握に勤しむイッセーは小バカにした様に鼻で笑い、何時でもこんな拘束から抜け出せる自信を見せる。
「抜け出してリアスちゃんの所に戻るのは簡単だけど、あのしたり顔の悪魔が釘を刺してきたからな。
このまま何も手を打たないで会いに行くとリアスちゃんの立場がまずい」
『リアスならお前がこんな事になったと分かった瞬間今の立場全てを捨てると思うぞ』
「それじゃあ前と変わらないだろ。
ったく、どうにも俺は嫌われやすいみたいだ」
割りと上手いこと行ってたと思っていたが、世界という概念は嫌っていると皮肉っぽく笑うイッセーは、その代わりと呟く。
「ヴァーリに関しての目を多少は逸らせただけマシだな」
先代魔王の血族者であるヴァーリに関してを自分の起こした騒動により多少誤魔化せた。
所詮時間稼ぎでしかないのかもしれないけど、その間に手を打てる事を考えたら、ストーカーを蹴り飛ばせただけ自分はマシだと言い切るイッセーは取り敢えずあんまり時間を掛けすぎるとリアス達が来る事を視野にいれながら上手いこと脱獄する方法を考える為に、天井に吊るされたランプを眺めていると……。
「大丈夫かいイッセー君?」
檻の前に一人の悪魔――サーゼクスが現れ、みのむし状態のイッセーに申し訳無さしか感じない声色と表情で話し掛けた。
「む……あ、ま、魔王様」
他はどうだって良いが、サーゼクスやその子であるミリキャスだけは例え記憶も性別も違えど敵とは思いたくないイッセーは慌てて壁を背に立ち上がる。
「も、申し訳ありませんこの様な格好で……! くぬ、上手く膝が……!」
「いや良い、それと畏まる必要なんてない。今の僕にキミに魔王と呼ばれる資格なんか無いんだから」
「他はいざ知らず、貴方は俺にとって尊敬する人なんですが………まあ、口調は変えますね」
本当なら拘束なんて無理矢理引きちぎれるが、それをする事でサーゼクスが疑われて立場を悪くしては元も子も無いので横になった状態でちょうとホッとした様に笑って頷くサーゼクスを見上げる。
「すまない、キミをこんな場所に閉じ込める様な真似をさせてしまって……」
「俺は大丈夫ですが、リアスちゃん達が心配です。
特にヴァーリ……白龍皇が下手に此方に来ることになればマズイ」
「リアスから既に話は聞いてる……リゼヴィム・リヴァン・ルシファーの孫に当たる少年なのだろう?」
「ええ、アイツとは――まぁ、信じられらないのかもしれませんがトモダチでして。
アイツの出自の事も知ってます、だから今の悪魔達から何を言われるか……」
「分かっている。キミの事で此方に乗り込まない様に僕が直接伝える。
それよりもイッセー君、キミの現状をどうにかしなければいけない」
「へっ、紛いなりにも貴族の悪魔を蹴り飛ばしたんですし、こうなるのは大体予想してましたし覚悟もしてました。はぐれ悪魔になるのはちょっと早すぎた気はしますけどね」
「……。まるで誰かの意思でも感じるかの様にキミやリアスは――すまない、魔王でありながらキミに何もできなくて」
「それこそ気にしないでください。貴方がリアスちゃんのお兄さんでいて本当に良かったと、俺もリアスちゃんも思ってるんですから……」
「…………」
こんな薄汚れた場所に妹の手を取ってくれた少年を押し込める事になってしまっても尚笑って自分を許そうとするイッセーにサーゼクスは静かに拳を握りしめる。
「必ずキミを外に出して、はぐれ悪魔の認定とリアスの将軍の立場の剥奪についてを消してみせる。
それでもし――もしもそれが叶わない様ならキミは此処から出てくれ。そしてリアスを連れて遠くへ逃げてくれ……」
「サーゼクスさん……」
「キミはリアスを裏切らず、ずっと傍に居てくれた――その恩義の為にあの子の兄として出来ることは全てやる」
だから今はもう少しだけこんな場所で我慢をして欲しい。
リアスの兄のとして頭を下げたサーゼクスに覚悟を見たイッセーは黙って頷く。
「俺なんかの為に無理だけはしないでください。貴方は魔王なんですから」
「…………」
そしてその言葉を背にサーゼクスは地上へと戻る。
だが覚悟と共にサーゼクスは自室へと戻るや否や、悔しさでテーブルに拳を叩きつけながら項垂れる。
「何が……何が魔王だ、こんな事の為に先代に戦いを挑んだ訳では無かったのに!」
確かにイッセーのやった事は決して褒められたものではない。
しかし相手だってハーフ堕天使、猫又、神器使いの魔女やらと親しくしたばかりか、今回だってライザー・フェニックスとレイヴェル・フェニックス二人と純血同士の会合に許可も無くそれ等を先導して邪魔したばかりか、訳のわからない情念をリアスに宣った事はまるで咎められてない。
手を出した方が負けと言われたらそれまでかもしれないけど、不自然な程に悪人にされてるし、リアスも同じく無能だのと揶揄されている……。
それが納得できない――そしてそんな違和感に囲まれてる二人に何もできない無力感が悔しい。
「グレイフィアは――そうだった、今日は暇を貰って出掛けてるんだった。
ミリキャスには――この事は言えないか。あの子は二人に懐いてるから悲しむ……」
その悔しさを共有できる相手は残念ながら居ない。
やはりこの件は何をしてでも自分が成し遂げなければならない。
「いや、誰にも頼る訳にはいかない。これは僕の役目なのだから……」
他の眷属達にも勿論言うわけにはいかない……下手すれば魔王の座を捨てるのだからと、イッセーを助け出す為の覚悟を今一度したその時だった。
「よっと、やっと出てこられたぜ」
「!?」
サーゼクスの背後から突如聞こえる声に反射的に魔力を放出させながら振り返る。
気配すら感じさせず、また扉も開けずにいつの間にか現れ、敵と思うのも無理は無いのだが、その声の主の姿を見てサーゼクスはほんの一瞬だけ目を奪われた。
「おっと、別世界のサーゼクス君じゃないか」
「え……」
腰まで届く長い髪、初めて見るものを魅入らせる可愛らしい容姿、着ている服は学生服と見て間違いないが、悪魔の様な気配は無いし無論サーゼクスは会ったことは無い。
にもかかわらず耳に残る声を放つその少女は自分を見るなり一瞬魂が奪われそうな笑顔と共に自分の名を呼んだ。
それに驚くサーゼクスは敵なのかもしれない懸念を持ちながらも口を開く。
「き、キミは一体……?」
どこか普通の人間とも思えない不思議な雰囲気を漂わせる少女の正体を知ろうと話すサーゼクスに一瞬目をぱちくりとさせた少女は、誰でも落とせそうな笑顔を浮かべながらその正体を……名を名乗った。
「僕? ふふん、僕はしがない人でなしさ。名前は安心院なじみ――僕の事は親しみを込めて――いんや、愛情を込めて『なじみ』と呼んでくれてもサーゼクス君なら構わねーぜ?」
「は、はぁ?」
妙に馴れ馴れしいが、不思議と不愉快さは無く、安心院なじみという名前らしい少女にサーゼクスはどこか力が抜ける気分を抱きながらただポカンと見つめていると、安心院なじみなる少女の後ろから自分の息子に似ている赤髪の少女がひょっこりと姿を見せる。
「! ミリキャス……!? いや……違うのか?」
「………」
ミリキャスが女の子だったらこんな子だったのかもしれない――と思わされるほどに息子に似ている少女に見つめられて微妙に居たたまれない様な気持ちになるサーゼクス。
「この子は僕の子さ名前は――」
「ミリ………そう、ミリーです」
「ミリー……」
名前まで微妙に似てるな……と内心思いながら行儀良くお辞儀をするミリーなる少女にサーゼクスも頭を下げ……此処でハッとなる。
「待ってくれ、キミ達は一体どこから入ってきた? 安心院さん……といったかな? キミから悪魔の気配は感じないし……」
「うーん、この世界では初対面なせいかよそよそしいね。名前で呼んでくれると嬉しいんだけど……」
「……わかった。ならば、なじみさん? キミ達は一体何者だい? 返答によっては僕はキミ達を捕まえないとならないんだが……」
「うん、確かにまずはサーゼクス君に僕達について話す必要がありそうだけど……。ひとつ質問良いかい? キミの嫁さんはちゃんと居るのかい?」
「…………。僕の妻なら今日は暇を貰って朝から出掛けているが……」
この女はどこまで自分の事を? と、ちょっと怖くなってきたものの何故か素直に教えてしまう。
するとそれを聞いたミリーは母らしき安心院なじみの手を握る。
「なじみお母さん……もしかして」
「今調べ終わるよ――――――うん、うん……なるほど、どうやらやっと大当たりを引いた様だよ? 二重の意味でね」
「あの、質問に答えて欲しいのだけど……」
徐に数秒目を閉じて何か一人で納得しだしてる安心院なじみに訝しげな表情となるサーゼクス。
すると目を開けた安心院なじみはサーゼクスをまっすぐ見据えながら一言……。
「どうやら他と違って約二名が隠してるらしい。サーゼクスくん、キミの嫁さんには注意しなさい。どうやら死に損ないを隠れて『飼ってる』みたいだから」
「はい?」
さっきから本当に何の事だ? と警戒心が違う意味で上がったサーゼクスが身構える中、ミリーと呼ばれた少女と何やらヒソヒソと目線を合わせる為にしゃがんで話始め、やがて話し終えて立ち上がると。
「この僕をかつて縛り付けてくれた原因の二度と元には戻らないカスをこの期に及んで記憶を持ってるのを隠してたグレイフィアちゃんが匿ってるっていうのなら、僕もそれなりに遠慮はしなくて良いかな?」
物凄く可愛らしく微笑み、これまたよくわからない事を言ったその瞬間、距離があった筈の安心院なじみが自分の目と鼻先に一瞬で詰められ――
「僕からの軽い挨拶だぜ?」
「なっ!?」
唇を重ねられた……。
「ちょ……な、何を……んむみゅっ!!??!」
それも思いっきり舌まで入れられて……。
おわり
補足
一周目だったら多分即座に暴れまわって脱走してたけたが、ある意味でそれよりやばくなってるかもしれない。
その2
数多の世界線からしたらホント血涙ものの位置のサーゼクスさんなのだ。