二人目の幼馴染みの鈴が転校してきて、只でさえ自信はないクラス代表戦に勝つのは難しくなった。
それは俺に何故かクラス代表を譲ったセシリアも感じたのだろう、クラス代表が決まってから毎日続くISの特訓は更に過激さを増した気がする。
しかも何故か終始怒ってるというのも加えて……。
「はぁ……」
着替えの為にセシリアと別れ、更衣室で一休み。
勝たなくちゃいけないとはいえ、こんなにやってると疲労は蓄積するし、十代でも明日に響いて仕方ない。
クラス代表になってしまった以上は必要な事なのかもしれないけど、この着替えの時くらいは休ませて貰っても多分バチは当たらないはず……なんて思いながら暫くボーッとしていると、更衣室の扉が開く。
「見てたわよ一夏、お疲れ様」
「鈴……? お前、ここ一応男子用の更衣室って事になってんだからさ……」
入ってきたのは鈴だった。
男子用として用意されてる更衣室に堂々と入る辺り、昔と全然変わっちゃいないけど、差し入れの飲み物をくれたので今は許してやろう。
「スポドリで良いわよね?」
「サンキュー! 喉カラッカラだから甘酒とかおしるこ以外なら何でも飲めるぜ!」
セシリアに見られたら多分『敵の施し等貰ってはなりません!』と起こりそうなものだが、腹は減ってはならぬ喉が乾いては戦も出来ないので、一気に半分飲みきる。
「ふへぇあ……身体に染みるぜ」
「何オッサンみたいな事言ってんのよ、言うにはまだ15年は早いんじゃないの?」
「若いからって不摂生してたら後々泣くだろ?」
「そういうところは変わんないわね……。ねぇねぇ、アタシが居なくて寂しかった?」
「遊び相手が居なくなりゃあ、弾も同じ事思ってる筈だぜ?」
「そういう意味じゃないんだけど」
? そういう意味ならどういう意味だよ? と思うが、鈴は答えてくれない。なんだよ、自分で考えろってか? わかんねーよ。
「ごちそーさん。さてと……一誠と箒の所にでも行こうかな」
結局わからないまま、飲み物を飲み終えた俺は鈴にお礼を言い、自分の部屋――は帰りづらいままなので一誠と箒の部屋に行こうと立ち上がる。
「そういえばあの二人同室なんだっけ?」
「あぁ、俺は一誠とはこの学園で初めて会ったんだが、箒は昔から知り合いらしい」
「へぇ? 妙な距離感とは思ってたけど」
「しかも出会った時期が俺とほぼ同じらしいぜ? 良いよなぁ、俺も箒と知り合いなんだから同じ部屋が良かったぜ」
もし同じだったら、更識にゴミを見るような目で睨まれる生活も無かっただろうし……と考えていたら、何故か鈴がこっちを不機嫌そうに見ている。
「篠ノ之さんと同じ部屋が良いわけアンタは?」
「? まぁな、だって知り合いだし」
「へぇ、知り合いだったら良いのね?」
「いや別に知り合いだからという訳でも――何怒ってんだよ?」
「怒ってないわよ!」
怒ってるじゃねーか。
俺変な事でも言ったのか? わからん……。
「とにかく移動しないと……最近あの二人と話すことが心の安らぎだからな」
「………………」
更識の事での相談とか聞いてくれるしね……っと?
「何だよ鈴? お前もついてくるのか?」
「ついていったら悪いわけ?」
「悪くはないけど、二人に許可貰わないと……」
「ふん、そんなの部屋に行って直接言えばいいでしょ?」
着いてくる気でいる様子の鈴に俺はこれ以上何か言ったら余計怒らせると思い、そのまま鈴を連れて二人の部屋へと向かう。
その間終始何かを考えてる様子だったが、聞くのが何となく憚れたのでそのまま部屋に到着し、ノックする。
「一誠~、箒~」
鍵は常に開けっ放しだったりするのだけど、親しき仲にも礼儀アリは忘れてはいけないし、ノックをすれば扉は開けられ、箒が出迎えてくれる。
「一夏訓練ご苦労様、凰も一緒なのか?」
「おう、大丈夫か?」
「勿論歓迎するよ、イッセーも構わないだろ?」
「………ん」
奥で漫画読んでいたイッセーの短い返答にも慣れてきた。あの『ん』はどっちでも良いという意味らしい。
よしよし、俺も少しはわかってきたぞ一誠の事が。
ある進化の
いくら抜け出そうと足掻いても抜け出せない現実もあってか、すっかりヤサグレてしまったイッセーは永久に誰も居ない空間に引きこもりたいとすら思い始めていた。
「ハッキリ聞くわよ、篠ノ之さんは一夏をどう思ってるのよ?」
「どうと言われてもな、良い友人であるとは思ってるつもりだが……」
「さっきからどうしたんだよ鈴? おかしいぜお前?」
「………」
「…………」
『何やら話してるが聞かなくても良いのか?』
別に学生をわざわざやる必要も、損得勘定と他国の顔色ばかり伺う政府の言うことに従う理由も無いのにイッセーは黙って学生をやっている。
『あの小娘……ホウキじゃない方の小娘はどうやら小僧を巡ってホウキとやりあうつもりか』
「……………」
決して短くは無い時間をこの世界に閉じ込められてる間に相棒は自分に対して何かを言いたいらしいが、それを認めてしまったら自分のしてきた全てを否定してしまう。
いつの間にか箒と呼び始めている事に複雑な気持ちにさせられながらも返答せず漫画を読み続けるイッセーは、名前も顔も曖昧で覚えてない小柄な少女が箒に対して一夏について問い詰める様な行動を起こしている事にも関心は示さない。
「単なる幼馴染みの友人なのね本当に?」
「何だか含みのある言い方だが、そうだぞ」
「あ、そ……なら良いわ。ただ、アンタとそこで漫画読んで知らない顔をしてる彼を一夏が随分気にしてるみたいだから気になっただけ」
『おい、小さい小娘がお前を見てるぞ?』
「……」
妙な思い込みの激しい人種が妙にこの学園には多い様だが、それでもイッセーは鈴音からなにか言いたげな視線を寄越されてるものの一瞥も返さない。
「ちなみに一夏の部屋には誰か同室の人がいるの?」
「う……! いや……居るけど」
「? 居るけど何よ?」
「凰よ、一夏にも語りたくない事情があるし、あまり問い詰めるべきじゃ……」
「同じ幼馴染みなのに私には言えない事情な訳?」
「そうは言ってないぞ俺は、ただ……やっぱり言えねぇ」
ドライグの言う通り、段々と揉め始めて来てるのが若干五月蝿い。
なのでイッセーは読んでいる途中の漫画を閉じてベッドの上に放り投げると、一夏にヒステリック気味に怒り始めてる鈴音を宥めようとする箒に一言も言わず気配を消しながら部屋を出る。
「何で織斑君の知り合いの小娘は皆声がデカいんだ。やかましくてしょうがない」
『アレが所謂青春って奴なのだろう? 俺にはわからないが』
「俺だってそんなに知らないっての」
青い春じゃくて真っ赤な春だったら知ってるイッセーは、寮の廊下で立ち話をしている女子生徒に見られながら、どこか誰も居なくて静かに出来そうな場所を探してさ迷い続ける。
学生身分になってるから、ある程度の協調性を示していたものの、基本的に世界に閉じ込められてるせいでヤサグレてしまっているのは変わらないし、出来ることなら何もない所で引きこもっていたいという考えの方が強い。
だから一夏や箒という、妙に寄ってくる者かセシリアという喧しい意味で顔と名前を覚えた者以外はクラスメートですら全く覚えてないし、覚えるつもりもない。
第一ここに留まるのもスキルを持ってしまった箒をどうにかするというのが理由の大半であり、パワードスーツを学ぶのは事のついででしかない。
「あ、いっちーだ!」
「…………」
『おい、袖がよれよれの小娘がお前を見て妙ちくりんな呼び方をしてるぞ?』
「は? 俺……?」
クラスメートが自分に気付いて変な呼び名で呼ばれても、自分の事だと気付かないでスルーしそうになるし、ドライグに言われて始めて気が付いたイッセーは立ち止まって声のした方向へと視線を向ける。
「珍しいね~ 一人なの?」
「……」
クラスでのほほんさん等と呼ばれてる女子………である事すら覚える気のないイッセーは知らず、妙に馴れ馴れしく話し掛けてくるのに軽く顔をしかめる。
『お前と同じクラスの小娘だぞ?』
(誰だよ……)
『確か――そうだ、布仏本音とかいう名前だった』
寧ろイッセーの中から代わりに色々と観察していたドライグの方がクラスメートの顔と名前に覚えが良い程であり、人懐っこそうな笑顔の布仏本音の名前を今初めて知ったイッセーは、それを隠しながら口を開く。
「えっと、布仏さん……だったかな?」
「うん! 覚えててくれんだね~ えへへ、いっちーってしののんとかおりむーとしかお話しないからてっきり覚えてすらないのかなーって思っちゃった」
「……………」
『大正解だぞ小娘』とイッセーにしか聞こえないドライグが茶化した様な声を聞かせるのにイッセーは『どうでも良いしイッチーって何だよ』と内心毒づきながらも、無意味に人間関係で敵は作らない方が良いと、当たり障りなく対応しようとする。
「……じゃあ、また明日」
その対応がさっさとさよならを言うことなのかと思うと、かつての面影が全く見えない対応だ。
とはいえ、偶然出会したにすぎない訳だしある意味で無難でもある対応でもある。
しかし妙に人懐っこそうなこの少女はさっさと横を通りすぎて行こうとしたイッセーに、『あ』と思い出した様な声を出して引き留めた。
「おりむーが何処に居るか知らない?」
「おりむー……?」
だからそれは誰だよ? と思わず足を止めたイッセーだったが、よくよく考えたらおりむーって織斑君の事だと行き着く。
「うん、いっちーもちょっとは聞いてるんじゃないかなと思うんだけど、かんちゃんの事でちょっとおりむーに言っておきたい事が……」
「かんちゃん……?」
『所謂愛称って奴なんだろうが、誰だか俺もわからんぞ』
ドライグですらそのかんちゃんという何者かがわからないらしく、当然イッセーが知るわけもない――と思いきや、よくよく一夏の身の回りの現状を思い返したらそれが例の同室相手の事なのだとはすぐに察する事ができた。
「織斑君の同室相手の子の事……だよな?」
「うん、やっぱりおりむーから少し聞いてるみたいだね?」
「まぁ……多少は、詳しくは知らないけど怒らせたとか……」
一応確認してみると頷いた本音。
どうやら本音と例の会ったこともない四組の更識なる者とは少なくとも顔見知りの間柄らしい。
一夏から裸を見て怒らせてしまったと聞かされた事は敢えてぼかしながら本音の話を気づけば聞いてしまっていると、どうやら本音を介して一夏との仲を少しでも緩和させたみたい……らしい。
「かんちゃんが何でおりむーの事嫌ってるのかとか、本当は口止めされてるんだけど教えておこうかなって思って……」
「それ、もしもその更識さんってのにバレたら怒るんじゃないのか?」
「そうだけど、何時までもギスギスしてたらかんちゃんが嫌な子だって思われちゃうから……」
「………」
小うるさくなりそうだから部屋を出て放浪してたのに、気がつけば一夏を嫌う女子との仲を取り持つ的な話に引きずり込まれ始めてるイッセーは、知らん勝手にしてろ……と言えずに本音の話を聞いてしまっている。
偶々通りかかった別のクラスメートの女子が驚いて『のほほんさんと兵藤くん? 不思議すぎる組み合わせね……』という声を出したりするせいで妙に注目されてしまうのが鬱陶しい。
「……ごめん、場所を移動しないか? 視線が気になってキミの話が全然頭の中に入らない」
「え? うん、良いよ?」
だから取り敢えず場所を変えようと本音に提案し、それに同意した彼女を連れて移動する。
『ほう、小娘の相談に乗るつもりか? ちょっとはお前らしくなってきたじゃないか』
(うるさい、部屋に押し入った小娘が帰るまでの暇潰しだ、他意も何もねーよ馬鹿馬鹿しい……)
その際ドライグから何故か少しだけ喜んだ声を聞かされるが、イッセー本人はその全てを否定しながら設置されていた自販機で飲み物を二本購入し、ひとつを本音に渡すと、寮館の裏庭みたいな場所で縁石に腰掛けながら話の続きを始める。
「こんな場所で悪いね――で、キミはその更識がどうして織斑君に難くななのか知ってるんだな? あ、それで飲みながらで良いから」
「あ、ありがと……。うん、実はね――」
確かによくよく考えたら、何でこんな相談話に付き合ってるのだろうと思うが、それは敢えて考えずに本音から話を聞き出そうとするイッセーに、渡された飲み物をチビチビ飲みながら未だに一夏を嫌う更識簪なる女子の事情を聞いた。
「……つまり、織斑君が男として初めてパワードスーツ――じゃなくてISを起動させたが為に更識さんの専用機に掛かる費用やら人員やらデーターが無かったことになったと……」
「うん……かんちゃんには二年生のお姉さんが居て、そのお姉さんが所謂天才気質でさ、そのお姉さんに負けたくないから自分で専用機を作ろうとしてたんだよ」
「その矢先に織斑君と俺っていうのが出てきて流れちまった……ね。
そりゃ確かに複雑かもしれねぇわな」
「この事をおりむーにこっそり教えておいたら少しはおりむーも気にするかなって思って……」
「どうかな、彼とは知り合ってそんなに経たないが、良い意味でも悪い意味でもまっすぐっつーか、思ったことを言っちゃうタイプというか……。
仮にその話をした途端、織斑君はすぐにでも更識さんに謝りに行くぜ? それで彼女は許してくれるのか?」
「…………………………多分もっと怒るかも」
割りと真剣に聞いていたイッセーの言葉に本音は肩を落とす。
裸をみられた云々より、この話の方を気にしてるとしか思えないし、それに当の本人が触れたら恐らく嫌いから嫌悪に進化してしまう……そうなれば修復不可能なのは火を見るより明らかだ。
「それに、こっそり教えたとしても情報源なんて限られてるんだからすぐにキミが喋ったのもバレるぜ? そしたらキミと更識さんの友情とやらにも傷が入るだろうしな」
「…………」
「何か共闘せざるを得ない状況でも出てくればチャンスかもわからないけど、それまではあまりつつくべきじゃあないと思うぜ俺は」
………………って、何でこんなどうでも良い他人の同士のイザコザについて語ってるんだよ。と自分のやってる事に軽く自己嫌悪に陥りながら締めたイッセーは半分程残ってた飲み物を飲み干すと……。
「本音、余計な事は言わないで」
運命の悪戯はやって来た。
「か、かんちゃん……!? え、えっと……これは……」
「偶々その人と一緒に外に出ていくのを見てた。
本音、関係ない人に余計な事を言わないで、その人がアレに話さない保証なんかないでしょう?」
「だ、大丈夫だよ! いっちーは寧ろ話すべきじゃないって言ったし!」
空の様に明るい水色の髪、本気で相手を叩き潰す時のイッセーを思わせる眼鏡越しの赤い瞳。
彼女がどうやら噂の更識簪らしく、慌てる本音に対して突き放す様な言い方で余計な事は言うなと釘を刺している――――――のは、少なくともその『声』を聞いた瞬間イッセーの中では吹き飛んだ。
「わかってるとは思うけど、アナタもアレに余計な事は言わないで」
「…………………」
『っ!? よせイッセー!』
かつて復讐した転生の男の傍らに常に居た小柄の黒い少女の姿をしたモノ。
恐らくは殺す最後まで立ちはだかった龍の神のひとつ。
「……?」
「いっちー……?」
目の奥が焼け付く、腹の底から沸き上がるどす黒き感情。
グレイフィア・ルキフグスに似た声をした例の新聞部の女子生徒と同じで違うのはわかってたし、意識しようと努めた。
だがそれでも……それでも抑えきれない衝動はある。
「い、1分以内に頼むから俺の前から居なくなってくれ……」
「え……」
「い、いっちー? ど、どうしたの、頭痛いの?」
似すぎてる、その声が。容姿は違うが似すぎてるのだ。
転生者と共に一度は殺されかけた原因の一人である……無限の龍神に。
「何でアナタに指図されなくちゃいけないの?」
「ちょ、ちょっとかんちゃん! 様子がおかしいよいっちーの!」
「だから? 私には関係な――」
「良いから失せろッッッ!!!」
わかっていても、止められない。
「た、頼む……本当に……頼むよ」
「「………」」
それでも手を出さずに出来たのは先の経験があったからであり、血走った目を隠す様に両手で顔を覆ってその場に蹲ったイッセーは祈る様に、驚きで固まる簪に懇願した。
「ほ、本当にどうしちゃったのいっちー? 保健室に――」
「布仏さん……その子連れて一刻も早く俺から離れてくれないか? じゃないとヤバイんだよ……本当に」
「っ!?」
心配する本音が駆け寄るも、両手の指の間から見えてしまった負の感情が凝縮されたかの様な血走った目に息を飲む。
「で、でも……」
「しばらく休めば良くなる。だから早くしてくれ……でないと本当に俺は……」
「…………」
一夏のクラス代表就任のパーティでも、二学年の新聞部の先輩に対してこんな様子を見せた事があったと思い出した本音は、いきなり怒鳴られた挙げ句殺意まで向けられて固まってる簪を連れて、何度も両手で顔を覆いながら蹲っているイッセーへと振り向きながらその場を後にする。
『……行ったぞイッセー、よく抑えたな』
「く、ククッ、これでか? あと一歩でバラバラにしちまいそうだったんだぞ? たかだか声が似てるだけでよぉ」
『それでも大きな前進だ。しかしまさかカスとヤりまくってた姿をしていた
「声を聞いた途端、色々なものがフラッシュバックしてきた。あのカス龍神がリアスちゃんを殺そうとした時の場面とか……な」
『だが逆に殺してやっただろう? 名実共にお前が龍神越えを果たしたのだ』
「そんなもの……俺には必要ないんだよ。
くそ……もう嫌だ……このまま消え去りてぇよ。助けてよリアスちゃん……」
『…………』
居ないリアスに助けすら求める……。少しは落ち着き始めたのにとドライグはため息を吐くのだった。
終わり
補足
嫌がらせとするなら、大成功の部類としか思えないくらい精神がガリガリと……。