そしてこの過剰反応が進化の壁を乗り越えられない理由
いつの間にか外に出ていっていたらしいイッセーが戻ってきた時、その表情と様子が明らかにおかしかった。
それはまるで、新聞部の先輩の声に過剰反応を示した時の様な……。
「ほっといてくれ……」
「イッセー……」
顔色は悪く、声も弱々しい。
間違いなくこの学園の誰かの声がイッセーにとって拭えない憎悪を持つ者に似ていて、その人物と出会してしまったのだろうと私は悟った。
予感はしていたが、まさか二度続けて似た声の人間と出会すだなんて最早呪われてるのかもしれないと思ってしまった私は、壁にもたれてそのまま崩れ落ちて糸の切れた人形の様に項垂れて動かなくなったイッセーの身体にシーツを掛けてやる事しか出来ずに歯痒い。
「何か飲むか?」
「……いい、それから話し掛けるのもやめてくれ。脊髄反射的にキミの内臓を引きずり出して口の中に突っ込んでしまうから」
その声の主を傷つける事はしなかった様だけど、代わりに相当精神的に滅入ってしまったのか、何も口にすることなくそのままねむってしまった。
「………」
「ドライグ、聞こえているか? イッセーは……その、出会したのだな?」
イッセーの口から語らせるのは精神衛生上良くないので、眠ったのを見計らって私はその中に宿る龍帝王 ……ドライグに事の真相を確かめようと語りかけた。
すると程なくしてシーツ越しにドライグが籠手を介して重々しく返事をしてくれた。
『大当たりだ。布仏というクラスメートの事は知っているな?』
「あぁ、のほほんさんと呼ばれている者だろう? ………まさかその布仏が?」
『いいや違う。布仏の友人――つまり小僧の同室の更識とかいう小娘が該当した』
「更識が……だと?」
ドライグもよもや二度も続けて出会すとは思わなかったのだろう、イッセーの精神状態が一気に崩れてしまっているのを苦々しく思う様な声で、一夏の同室相手の更識の声がかつて憎んだ者の声と酷似していることを教えてくれた。
『イッセー自身も当人と小娘は違うとわかってるが、それでもやはり声というのは嫌でも思い出してしまうものらしくてな、俺も一瞬驚いたぞ』
「誰に似ていたんだ?」
「
聞いたことがある……いや、夢で見たことがある。
イッセーやリアス・グレモリーを陥れた男の傍らに付き、世界最強の龍のひとつと呼ばれ、更に男の持つ力により天上の領域になった――イッセーの持つ特性とはまた違う無限を持つドラゴン。
一度はその力に飲み込まれてリアス・グレモリーもろとも死にかけたものの、最後はその上の領域へと進化することでイッセーは完全に勝利した筈なのだが……。
『確かにオーフィス自体はイッセーと共に作り上げた新たな領域で始末してやったが、カス男に与する忌々しい存在であることは変わらない。
イッセーも声で過剰反応してしまった訳だ』
「更識は?」
『ギリギリの瀬戸際で殺戮衝動を押さえ込み、布仏の小娘に頼んで連れ出して貰った。
大丈夫だ、イッセーは傷つけてはいない……精神を大分摩耗させはしたがな』
少し含みのある言い方をするドライグに私も恐らくドライグと同じ事を考えていると思う。
今回はギリギリで踏みとどまったとはいえ、学園の生徒である以上、その内また顔を合わせる事があるのかもしれない。
そうなればその内完全に線が切れて……。
『あの二年の小娘といい、いっそ笑えてしまうくらいの偶然だぞ。
あのクソ神め……今一度八つ裂きにしても足りねぇ』
勿論更識にはなんの罪はない。
それはイッセーもわかっている……いや、わかっているからこそこんなに滅入ってしまうのだろう。
そして私もまたイッセーの心を傷付けてしまっている……。
『ともかくだ、確実に今夜は魘されてるだろうから何とかしてやれ。
歯痒いが俺ではこの事だけはどうする事も出来ん』
「それは構わないが…………良いのか? 余計に負担を掛けてしまうのでは……」
『幸い敵では無かったリアスに似ているからな。多少はマシになる』
リアス・グレモリーにはなれない、そしてリアス・グレモリーの代わりにすらなれない。
スキルを持つだけの、声が似ただけの劣化品という現実に私はただ悔しい。
「リアス……」
「………」
いっそ自分の喉でも潰してしまおうか……そんな事を何度か考えた事もある。
だがそれを止めたのが他ならないドライグであり、そんな真似をすれば逆の意味でイッセーは心を壊すと言われた……。
「なんで……どうして……俺だけ……置いて……待って……………まっ、てく………れ……!」
夢を見て魘され始めたイッセーの傍らに移動し、今はとても小さく感じる身体を抱き締める。
何も出来ない私にされても迷惑でしかないのは自覚してるけど、それでも私は……。
「大丈夫よイッセー、私はここに居るわ」
リアス・グレモリーだったら言うだろう言葉を紡ぎながら悪夢を少しでも取り除けたらと抱き続けた……。
『難儀だな本当に……』
学園も広いのだし、もう二度と会わねぇ。
メンタルを大分崩し、挙げ句起きたら箒にまたしても抱かれていた色々と辛い朝を迎えたイッセーは、更識簪なる女子生徒とは二度と顔を合わせないと心に誓う。
別にあの無限の龍神が怖い訳ではないし、寧ろリベンジで完全に粉々にしてやったし、仮に今また戦っても勝てる自信の方があるくらいだが、転生者の入れ知恵のせいで害悪だとリアス共々言い放って殺そうとしてきた存在という意味では憎悪しか沸かないのだ。
余計なトラブルをこれ以上招き入れる趣味は持たないイッセーは、明くる日の教室で布仏本音に昨日の事で大丈夫かと言われて素っ気なく返す事で逃げの道へと進み、何もかも忘れてしまおうとひたすら興味は無いパワードスーツの勉強に没頭する事にした。
「更識のお姉さんにまたグサリと刺さる事言われちゃったぜ……」
「………」
「生徒会長か、一夏も大変だな……」
「大変処じゃないぜ、セシリアはスパルタだし鈴は怒ったままだし……てか怒らせちゃったし」
「また怒らせたのか? 今度は何を言ったんだお前は……」
「つい言い合いになった拍子で貧乳って……」
「…………。それはお前が悪いと思う」
元々この世界で誰かと親しくなるつもりも無かったし、一匹狼を気取っている方が遥かにマシだ。
そうすれば忌々しい同じ声を持つ罪の無い他人と出会すとは事も無いんだし……と言いつつも箒と一緒に最近人間関係で大変すぎる一夏のぼやきを聞いてあげてしまってるイッセー。
最後の最後で本気で憎悪する相手以外だと根のお人好しさというか包容力が発揮されてしまうので仕方ない。
「貧乳ね……」
「い、イッセーもやっぱ悪いと思うか?」
「つい言ってしまった事を今更反省しても相手の――えーっと……」
「凰だ、せめて覚えてやってくれ」
「そうそう、その凰さんは許さんだろうし。いっそ開き直って『フン、
「……………気のせいかもしれないけど、胸の事になったら嫌に流暢だな」
「おっぱいこそ男の夢だろ。寧ろ貧乳はステータスだの希少価値だのとほざく負け犬には唾でも吐いてやりてぇな」
「……。意外なツボを発見できて何よりだぜ」
「……………………………………………………………………リアス・グレモリーは山田先生か姉さんレベル。そして私は―――は、はは……これもまた劣化品か」
そして女性の胸の事に関しては抑揚は無さげなものの、割りと熱心に話している辺り根っこは本当に変わっていない事がうかがえる。
そのせいで偶々聞いていた数人の女子生徒がイッセーにちょっとムッとしたり、すぐ隣に居た箒は今のままでも十二分な己の胸を見ながらちょっと凹んでたりするがし、一夏も若干引いているがイッセーはこの時ばかりは嫌な事を忘れておっぱいトークをし続けたのだった。
「良いか織斑君、形と張りも大事だぜ? 特に抱き締められた時にそのまま顔を埋めたら天国ものだ」
「わ、わかったわかったって! きょ、教室のど真ん中なんだからこの話はやめよーぜ? 女子達に白い目で見られてるし」
「おっと、俺とした事がつい熱く語ってしまったぜ。とにかく話を戻すとだ、貧乳を気にしてる子に言ってしまった以上、今更謝っても遅いって事だな」
「そ、そうか……だよなぁ」
もっとも、偉そうに語ってるがイッセー自身も異性の胸はリアスか箒のくらいしか知らないが……。
「なぁ、今一誠の横で箒が自分の胸を見ながら凹んでるんだけど……」
「は? …………なにしてんの?」
「いや……山田先生くらいあれば少しはイッセーも喜んだのかなって……」
「喜ばねーよ別に……」
意外と冷めてる様でそうでも無く、女性の胸の事になると物凄く語りだすという事実を知り、そのまま迫るクラス代表戦の間鈴とは一切口を聞いてない。
やはり貧乳とバカにしてしまったのがいけなかったのか……と一誠の言う通り今更反省しても後の祭りなんだろう。
更識の事もあるしで結局謝るタイミングの無いまま時間だけが過ぎていく中、俺はその更識経由で知り合ってしまった生徒会長に呼び出された。
「やぁやぁ織斑君? 私の大事な妹ちゃんとはその後どうなのかな?」
「どうも何も生徒会長ならご存じでしょう?」
「ま~ね~?」
正直苦手な生徒会長……更識楯無は俺の同室相手で生徒会長の妹の更識簪とは未だまともに口を聞いていないという話に妙にご機嫌な口調で『平行線』と達筆な毛筆体で書かれた扇子を広げる。
「織斑君、何か飲まれますか?」
「あ、いえ……すぐにISの特訓に行くのでおかまいなく、布仏先輩」
何度か出会す度に呼び出される形になり、今俺は役員でも無いのに生徒会室に居て、うちのクラスののほほんさん……のお姉さんである布仏虚先輩からのご厚意に頭を下げながらすぐにでも出ていくと話す。
「クラス代表だもんね織斑君は? 大変ねぇ?」
「そう思うなら呼び出すのはやめて欲しいのですが……」
「そうしたいのは山々なんだけどさ、簪ちゃんとギスギスしてるお相手君な訳じゃない? 姉としては心配なのよね……………男と同じ部屋にされた簪ちゃんが」
少し最後辺りの声が低くなる先輩の言葉に俺は閉口する。
この人は所謂シスコンで、俺と更識が同室であることに言ってしまえば不満があり、わざわざ釘を刺すために接触してくるのだ。
勿論言われなくても更識に何かする勇気なんて俺には無いと説明してもご本人はそれでも納得せず、定期的にこうして呼び出されては遠回しの嫌味を言われたり釘を刺されたりするのだ。
「会長、言われなくても織斑君が簪お嬢様に粗相を働く事はしませんよ。少しは信用してあげたらどうですか?」
「布仏先輩……」
しかしそんな気の進まない呼び出しを食らってる俺にも清涼剤があった。
それは今更識先輩に対して宥める様にして言ってくれた眼鏡にヘアバンド、三つ編みという妹ののほほんさん違って少しお堅い雰囲気を醸し出しているお姉さんだ。
「虚で構いませんよ織斑君?」
「うっす虚センパイ……」
「ぶーぶー、虚ちゃんはすぐ織斑君を庇うんだから~」
「簪お嬢様と同室になってから何も起こっていない、そして何度か見てる内に彼が粗相を働く様な性格ではないと判断したからです」
天使や……天使やで。
スパルタ教育もしないし、よくわからないのにいきなり怒ったりもしないしゴミを見るような目もしない。
のほほんさんもそうだけど、虚センパイは良い人だぜ……はぁ……。
「でも簪ちゃんは可愛いから何時理性を失った狼になるかわからないじゃない?」
「毒があるとわかってるものを食べる真似はしたくない……」
「―――――今何か言ったかしら?」
「何でもありません生徒会長!」
別に比較する訳じゃないけど、箒と一誠並みに虚センパイは俺にとっての清涼剤だ……。
なんていうか……この環境だからこそセンパイが天使に見えて―――いや天使だ。この人にだけは嫌われたくないぜ。
「なら良いけど……あ、そうそう。もう一人の男子君は元気?」
「元気ですけど……」
それに比べてこの更識センパイは悪い人じゃないんだろうけど、やりづらいというか……何かを探るような目はあんまり好きじゃない。
今も一誠について何か探ってる感がするし……。
「言っておきますけど、一誠の事について勝手に喋るつもりはありませんからね。友達は売りたくない」
「別に変な事を聞くつもり無いわよ。妙に警戒するわね、簪ちゃんの裸という天国な景色見といて」
「ぅ……あ、アレは!」
「お嬢様、あの事は織斑君の不可抗力であると納得された筈ですよね? 蒸し返すのは簪お嬢様にとっても失礼ですよ?」
「虚センパイ……!」
「あらあら、やけに庇うわね? まさかとは思うけど虚ちゃんってば織斑君が気に入ったのかしら?」
気に入った? 虚センパイが俺を? だとしたら結構嬉しいんだけどな……。
「本音のクラスメートですから」
「………」
のほほんさんとクラスが同じだから多少は気にすると簡潔に言った虚センパイ。
………………あれ? 何だこの気持ち――凄く悲しいぞ。
「ふーん……虚ちゃんの言葉で織斑君が凹んでるわよ?」
「え? どうかしました織斑君?」
「いえ、のほほんさんのクラスメートという認識程度なのは、考えたら当たり前だなぁと思って……」
箒が明らかに一誠に対して特別なものを抱いてるのを知った時みたいな気持ちというか……わからないけど寂しい気分になる。
「あのー……一誠もそうなのですが、出来たらセンパイには名前で呼んで貰いたいなー……なんて」
「それは別に構いませんが……」
「そ、それとあのですね! 今日の訓練が終わったら晩飯とか一緒にどうですかね!? ………な、なんて」
「え、私と……ですか?」
「だ、ダメっすか……?」
でも何だろう……じゃあ頑張ってみるって気持ちにもなるな。
その後、上級生と食堂で夕飯を食べる一夏が目撃され、セシリアや喧嘩中の鈴音が大激怒したのはべつの話。
「いっちー、昨日の事だけど……」
「!? ちょ、ちょっと待ってくれ……! 昨日も言った通りあの子は――」
「あ、かんちゃんは今居ないよ?」
「っ……そ、そうか………ハァ」
「立ち話も何だし移動するか? ……一夏も今なんか大変そうだし」
「うん、よくわからないけど私のお姉ちゃんと一緒だしね」
「…………」
一誠に心の安らぎを、一夏に本当の恋を……。
補足
喉を潰してでも傍にいる覚悟まで持ってる。
メンタルは最早完成系に近いぜ。
その2
裏話として、生徒会長にチクチク言われ続けてたら、会計さんと仲良くなって天使に見えてしゃーないらしい。