色々なIF集   作:超人類DX

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凛達の頑張りにより原作と違って完全勝利した後、学園ではある噂が広まっていた……。


墜ちていく心

 父も母も殺される事無く生きているのはこの上なき幸せな筈だ。

 それなのにどうして俺は喪失感を感じてしまっているのか。

 

 理解(ワカ)っている……俺自身が持ち過ぎてしまったからだ。

 かつて死んでしまった両親以外との繋がりを。

 

 だから足りないんだ。両親が生きていてくれているだけでも嬉しいのは確かなのに、俺はその他を求めすぎてしまっている。

 それが単なる我儘であるのは自覚している――自覚しているけど、どうしても忘れる事なんて出来ない。

 報復すべき存在という共通の敵の下に集えた奇跡が。

 種族も、生きた年数も、何もかもがバラバラな筈で交わる事なんて無かった筈の――本当の仲間であり、この世界には存在する筈も無い繋がりが。

 

 それが無い。一つたりとも何もない。

 この世界の皆は仲間達とは違う人格の持ち主であり、誰しもが扉を持たない。

 だからいくら何をしようとも、何を願おうとも、俺は永久に本当の仲間達と会うことは叶わない。

 

 この世界のリアスちゃんが扉を持たなくとも幸せで、また扉が存在したところで開ける必要が無く、俺は外様の存在。

 ふふっ……クククッ! まったくもって皮肉だよなァ? あれだけぶっ殺したくて仕方なかったあのクソ野郎と今の俺が似たようなもんだなんてさぁ? そう思わないか皆……? 間抜けだと思うだろ……なぁドライグ?

 

 

 

 復讐の末路は皮肉。

 あれだけ憎んだ転生者と同じ様な位置に固定され、進化による弊害で死にたくとも死ねなくなってしまったイッセーは、恐らくは転生者かと思われる兵藤凛には何も出来なかった。

 ただ単にヤル気が無くなっているのもそうだけど、それ以上にこの転生者は悪意を持ってないというのが大きかった。

 かつての転生者の様に自分や両親を殺そうとしない。リアスを無能呼ばわりして道具にしようとしないからこそイッセーも手出しはせず、皮肉な事に散々憎んだその転生者とリアスは親しいとすら云える関係に収まっていた。

 

 いや、そればかりか己の生きた世界ではリアスを裏切った者の一人が天然で同類の気質を覚醒させ、無意識に惹かれ合っている事は、最早イッセーも笑うしかなかった。

 

 

「イッセーに朗報よ。

リアスがライザー・フェニックスとのゲームに勝利して婚約が破棄されたわ」

 

「…………」

 

「まぁ、アナタにとって果たして本当に朗報なのかは別としてだけど」

 

 

 無論最初は殺意が勝って拒絶した。

 けれどこの世界に同類は――同類だった者を含めて見当たらず、リアスは自分が存在せずとも裏切ってすら居ない()()達と幸せに生きているという現実と、この世界の赤龍帝である凛が運命ともいうべき邂逅をした事で最早自分が割って入る事は不可能になってしまったという事実が、途方もなき喪失感の穴を誤魔化したいが為に、唯一無二の同類であるソーナにぶつけてしまった。

 

 

「不死のフェニックスの特性に多少手を焼いたみたいだけど、実力自体は上を行ってたわよ?」

 

「…………」

 

 

 あれだけ裏切り者の一人として殺意しか無かった者だったのに、どうしようも無い喪失感とソーナ自身の文字通りとも言うべき悪魔の囁き(ヤサシサ)は、辛い現実から目を背けたくて仕方なかったイッセーの強固だった筈の信念を揺らがせるのに十二分だった。

 

 

「特に相当イッセーの従姉弟さんが頑張ったみたいで、冥界では赤龍帝を眷属にしたという事でリアスの評判も上がってるみたい」

 

「………………」

 

 

 クスクスと笑って先日手に入れたリアスの情報を話すソーナ・シトリーは、とても楽しげにベッドの上で上半身だけを起こした一糸纏わぬ姿で隣で自分に背を向けて横になっているイッセーを見る。

 

 

「………。その話を何で今頃するんだ?」

 

 

 楽しそうなソーナとは正反対に、リアスの話をされたイッセーはとても不機嫌そうに振り向く事無く問うと、ソーナは待ってましたと云わんばかりに笑みを深めた。

 

 

「いえね? 本当は直ぐにでも教えたかったのよ?

でもほら、もしする前に教えてしまったら、アナタはきっとリアスの事を頭の中にチラつかせてしまうでしょう? ふふ、私も所詮女だし、してる最中に他の(ヒト)の事は考えて欲しくないって思ったのよ」

 

「……」

 

 

 ベッド周りの床に散らばる衣服とこの状態を見れば初心の持ち主でも無い限りは察しは付くし、それ故にソーナの考えは大当たりだった。

 

 

「大活躍した従姉弟さんが見たらどんな顔をするのでしょうね?」

 

「知らねーよ、そんなもの……」

 

 

  不貞腐れた様に返すイッセー。

 こういう態度でしか抵抗ができないのだ。

 

 

「ふふ、そうでしょうね? 従姉弟さんはともかくとして、リアスも多分驚く程度でしょうから?」

 

「……………………」

 

「だってアナタの大好きなリアスじゃないものね? だからきっと心を痛める事も嫉妬してくれる事も無い。

どれだけ想ってもリアスはアナタの知るリアスで無い以上通じ合うなんて無理でしょうから?」

 

「……っ」

 

 

 そんなイッセーにソーナは嫌がらせの如く畳み掛ける。

 その意図は勿論、現実を叩き付け、同時にその逃げ場所として自分という存在を強く根付かせる為。

 

 ソーナの眷属の誰もが知り得ない、艶かしい表情で動揺してしまったイッセーの耳元で囁く姿はある意味で悪魔らしいのかもしれない。

 

 

 

「でも変えようの無い現実があっても、私なら一時だけだろうとも忘れさせてあげられる。

ねぇ……まだ時間があるし、アナタも辛そう……だから忘れちゃいましょう?」

 

 

 同類だからこそ響いてしまう言葉。

 今のイッセーにとってはとても甘美とも謂うべき手段。

 

 

「だってアナタが愛したリアスとは違って、持ってないから気付いてすら貰えないもの、それはとても辛いわ……でも見せてしまえばきっと恐れる」

 

「やめろ……」

 

「ん、わかった、聞きたくないなら言わないわ。

最近匙にアナタと接触した所を見られてから眷属達が面倒な事になってるし、いい加減私もわざわざあんな猫被りをするのも疲れてきちゃったわ」

 

 

 徐々にだが、強固に被っていた筈の仮面の紐をわざと緩め、眷属達に見せ始めて居るソーナ。

 それは最近になって眷属の一人が示す気持ちが一々鬱陶しく、また他の眷属達も一緒になって異常なまでにイッセーとの関係を引き剥がそうとするので、何よりも出会えた同類との繋がりを外様に切られるのが一番許せないソーナは向こうから離れて貰おうと画策し始めた。

 

 

「だから、この儘ならない現実を一時だけで良いからもう一回お互いに忘れましょう? ほら……おいで?」

 

「っ……!」

 

「あっ……イッセー♪」

 

 

 ただ一人の為に全てを捨てる覚悟すら感じるその狂気は誰にも止められない。

 

 

「あは……あはは、好き……好きぃ……♪ 愛してるわイッセー……!」

 

「ちくしょう……ちくしょう……!」

 

 

 歯車が上手く噛み合ってしまっているからこそ墜ちていく。

 

 

 

 

 

 殆ど薄れた記憶の通りとは違い、リアスの勝利に貢献した凛は勝って嬉しい反面、イッセーの事が気掛かりだった。

 部活の合宿という名目だった修行とレーティングゲームも終わり、10日振りとなるイッセーだけど、何時もの変わらない様子だった事に果たして安心して良いのか……。

 本来ならこの騒動を経て本格的にリアス達と親しくなる筈だったのに、結局どうやってもイッセーが接点を持つ事は無かった。

 殆どはぐれ堕天使とも言えたレイナーレからアーシアを何とか助け、家に住むことになってもそれなりに経ってるというのに、思えばイッセーはアーシアと一言も会話をしているのを見た事が無い。

 

 アーシアも無口なイッセーにどう話し掛けるかわからずに居るし、無理に話させるのはまた違うので様子を見る事にしているが、どうもイッセーを見ていると意図的に避けているの様に見える。

 その理由はわからないが、他人との間に壁を作る様な性格を考えたら仕方無いのかもしれないと凛は思う。

 

 壁を作りすぎてこの前なんか部屋でボードタイプの人生ゲームをソロプレイしていたし、その時呟いていた言葉がなんというか、独り身を寧ろ望んでそうなのだ。

 

 

『必ず結婚のマスを踏まないといけないのが、このゲームの欠点だな』

 

 

 女性の胸大好きイッセーとは思えない、人生を投げ捨ててる様なあのぼやきは凛も少し引いたけど、それと同時に何でアーシアやリアスといった美少女達を前にしても冷めた様な態度なのかを納得はしていた。

 

 だから、凛の知るイッセーとは正反対の性格をしている辺りは、女性関係のトラブルを引き起こさない信用はあったので、10日振りだろうと変わらないと凛は思っていた。

 

 

「…………………え!?」

 

「その反応を見ると、本人から聞いてないみたいね?」

 

「そ、そうだけど……え? 何かの間違いじゃ……」

「本人がどう思ってるのかは知らないけど、少くとも他クラスにまでこの噂は広まってるわ」

 

 

 まさか、留守にしていた間に状況が大きく変化していたとは思わなかったのも無理はないのだ。

 

 

「隣のクラスに匙って男子が居るでしょう? 生徒会に入ってる」

 

「うん……」

 

「その匙ってのが連日兵藤を呼び出しては詰め寄るのよ、今の生徒会長――支取先輩について」

 

「どういう事で……?」

 

 

 基本的にイッセーは自分の事を家族の前でだろうと語ろうとはしない。

 例えば両親が『学校はどうだ?』と聞いても返ってくるのは『特に何もない』とか『普通に授業を受けただけ』だのと、多くを決して語ろうとはしない。

 確かに偶然同じクラスにもなれていた凛から見ても、休み時間だろうが何だろうが何時も自分の席で静かにボーッとしているだけだし、クラスメートとの会話も殆ど

無いので、凛自身がしょっちゅう話し掛けに行っていた。

 だからこそまさかあの生徒会長と知らぬ間に接点を持っていただなんて夢にも思わなく、クラスメートである桐生藍華から話を聞かされた凛は、転入という形で学校に通えることになったアーシアと共に驚いていた。

 

 

「てっきり凛とアーシアは聞いてるのかとと思っていたけど、そうでは無かった様ね」

 

「私はあまりお話とかしてませんし……」

 

「自分の事はあまり話したがらないからイッセーは……」

 

「ふーん?」

 

 

 未だにまともな会話を成立させた事が無いアーシアと凛から家での様子を聞かされた藍華が窓際の一番後ろの席で休み時間だというのに、誰とも話をせず黙々と次の授業の教科書を広げながら何を考えてるのか全く読めない無表情で一人ペンを回しているイッセーを見つめている。

 凛とアーシアの友人という位置に居るので、しょっちゅう――特に凛からイッセーの話を聞かされていたということもあってある程度の関心はあるが、思い返してみても会話をしたことは一度もなかった。

 

 

「アンタ達が休んでる間に事の真相を確かめておいてあげようと思ったんだけど、どうも一人じゃ話しかけづらくてね……。凛さえ良かったら聞いてみる?」

 

「そりゃあ気にはなるけど……」

 

「教えてくれるのでしょうか、あの人は……」

 

「それは聞いてみないとわからないけど、どうする?」

 

「……………」

 

 

 藍華がイッセーに視線を移しながら聞いてくる。

 正直云うと凛は気になって仕方なかった、記憶ではまだこの時期に知り合う事すら無かった生徒会長の支取蒼那――つまりソーナ・シトリーと何があったから知り合ってそのソーナに好意を抱いている筈の匙に目を付けられてしまっているのかが。

 

 ゴクリと生唾を飲んだ凛は取り敢えず藍華に言われた通りなのかを確かめる為、イッセーの席へと近づく。

 何気にその藍華とアーシアも着いてきているが……まぁ問題は無いだろう。

 

 

「ええっと、イッセー?」

 

「? 何だよ凛――と、他二人」

 

「ほ、他……」

 

「ひょっとして私とアーシアの名前を覚えてすらないとか……?」

 

 

 家でも学校ではそこまで話をしていないせいか、急に話し掛けられて少し驚いているイッセーの発した他二人という呼び方に若干傷ついてるアーシアとやっぱりそんなタイプなんだと苦笑いする藍華を後ろに、凛がおずおずとした態度で周りに聞こえない様に気を使いながら切り出す。

 

 

「ええっと、隣のクラスの匙君って人に最近目を付けられてって聞いたんだけど……」

 

「は? あぁ……その話か。凛とそこの金髪さんは休んでたから、大方その話をしたのはそこの眼鏡さんだな?」

 

「ま、まぁそうだけど……」

 

 

 怒るのかと思いきや、意外な態度であるイッセーにホッとする凛。

 

 

「別に大した事じゃない、偶々廊下ですれ違った生徒会長さんが大量の荷物抱えてて、それを落としたから拾って、そのついでに生徒会室まで運ぶのを手伝ったってだけ。

そこの眼鏡さんからどこまで聞いたのかは知らないけど、それ以降、その匙ってのに妙な誤解をされちまったんだ」

 

「誤解って?」

 

「タイミングが悪かったんだ。

当時生徒会室には誰も居なくてな、そこから出てきた俺を匙ってのが見て妙な誤解をしちまったんだ。

で、此方がいくら言っても誤解したまんま……てなだけ」

 

「それだけの話だったの? 私が聞いた話じゃ、生徒会長さんと生徒会室で密会していたって話だったけど……」

 

「俺があの生徒会長と密会してたって? 誰が広めたのかは知らないけど、アホらしい噂だな」

 

 

 実際は密会どころじゃ無い話までとっくの昔になってるが、わざわざそれを言う訳も無く、馬鹿馬鹿しい噂話だと藍華の聞いた噂についてキッパリと否定するイッセー。

 

 

「でもさ、その程度の事であんなに目を付けられる普通?」

 

「それは匙ってのに聞いたらどうだ? で、話はそれだけか?」

 

「うん、ありがとうわざわざ……」

 

「いや、凛にまで誤解される前に話せて良かったよ。尤も、こんなしょうもない話はわざわざする事でもないと思ってたけど」

 

 

 少なからずソーナの影響を受けてしまっているのか、本心と建前の使いどころが上手くなっているイッセーにすっかり騙されてしまった凛はホッとしていた。

 生徒会長の正体はおろか、それ以上の関係に堕ちているだなんて露にも思わない。

 いや、或いは知らない方が幸せなのかもしれない。

 

 

「…………」

 

 

 誰にも理解されない『鬼』を抱えている事を……。

 

 

 

 

 そんなイッセーにまつわる噂がほんの少しながら広まっている現在。

 噂の根元とも云うべき生徒会長ことソーナは、生徒会室の会長席に座りながら、とてもつまらなそうな顔をしていた。

 理由は今席に座っている自分の机を挟んだ向こう側に立つ役員であり眷属達についてだ。

 

 

「どうしてたった一度の事でここまで責められなくちゃいけないのかが解らないわね」

 

「あれ以降、兵藤と会長の仲が親しいという噂が飛び交ってるからですよ!」

 

「だから何よ? 噂でしょう所詮」

 

「例え噂でも匙君は聞くだけて嫌な気持ちになってしまうからです!」

 

 

 イッセーが完全に油断した事で招いた例の修羅場が噂になって次々と生徒の間で広まっている―――という件についてをここ数日ずっと特に匙に好意的な者達に責められているソーナ。

 

 

「匙君は会長の為に頑張ってるのに……!」

 

「そうね、それはありがたいわ」

 

「なのに会長は匙君の頑張りに何にもしてません!」

 

「お礼くらいは言っているつもりよ?」

 

「そうじゃありません!」

 

 

 曰く、匙の想いに気付いているのなら何で無関係の一般人と親しくしているのか………という事らしく、簡単に言えば自分達が好意を抱く匙の想いに応えない自分は酷い奴だと言いたいらしい。

 恋愛的な好意は無い他の眷属達ですら、仲間である匙の肩を持った様子な為に、実質ソーナに味方するものは居ない。

 いや、それもそうなのかもしれない、理不尽な不運に巡り会ってしまうのがマイナスだし、何よりソーナもソーナで……。

 

 

(案外簡単に噂というものは広まるものよね……ふふ)

 

 

 ここ数日で広まり始めた『兵藤イッセーという男子生徒と生徒会長が放課後親しげに過ごしている』という噂を流したのだから。

 表向きはその噂に対して大層面倒そうな顔をして取り繕っているが、その黒幕がソーナ自身なのだから笑えもしない話だ。

 

 

「アナタ達から言われて思ったのだけど、私って匙のその想いとやらに応えなければならないのかしら? それにそもそも私は誰とも付き合ってすら居ないのに、まるで浮気した様に責められるのもイマイチ納得できないわ」

 

「それはっ……! そうかもしれませんが……」

 

「け、けど会長だって匙君がどう思っているのか解りますよね?」

 

「さてね、アナタ達に言われるまで知らなかったわよ」

 

「っ!? ひ、酷い……」

 

「酷いだなんて随分な言い方をされたものね。

私は他人の心を読める訳じゃないのに」

 

 

 そもそも眷属にしてやれと無理矢理言ったのはこの匙に好意的な眷属達なのに、本質を込めれば持たざる他人に情を持てる訳がないソーナにしてみれば匙がどう思っていようが知ったことでは無かった。

 それを言えば眷属達が激怒するので()()言わないが………そういえばその匙は今この場に居ないがどうしたのだろうかと、今更匙の不在に気付く。

 

 

「で、他の子に言わせておきながら、匙の姿は見えないみたいだけど?」

 

「匙君ならお仕事してます、会長の為に」

 

「会長の為にって、とてもかっこよかったです」

 

「ふーん……」

 

 

 じゃあ寝込みでも襲って気持ちよくさせてあげたらいいんじゃないかしら? と、最近になって色々と猫かぶりの仮面の紐を緩め始めたソーナは心の中で呟くのだが、その匙はといえば……。

 

 

 

 

「あのさ、いい加減解って貰えないか? 正直こんなに目を付けられるぐらいならあの時無視しとけば良かったと後悔すら覚えるんだけと」

 

「………………」

 

 

 眷属達の言っていた通り、健気に生徒会のお仕事――――はしておらず、一度目の目撃を機に次々と広まる想い人と、その想い人を横から奪った様に見えてしかたない男との噂に嫉妬の念を膨らませ、人気のない体育館裏の倉庫に呼び出し、尋問めいた真似をしていた。

 

 

「聞いてると思うが、テメーが生徒会室から出てきたのを見て以降、会長との仲についての噂が次々と広まってる」

 

「そうみたいだな。で、キミは俺がその噂を広めてると睨んでるのか? おいおい、それじゃあ俺は相当痛い奴じゃねーか」

 

「うるせぇ……! テメーと会長の噂を聞く度に頭の中で切れそうに何度なったかわからねぇだろ!?」

 

 

 知的な主……という仮面をつけたソーナに想いを寄せる匙はここ最近どこから広まるかも未だ掴めない噂のせいで精神的に余裕がなくなり始め、当たり散らす様にイッセーを呼び出してはこうして尋問めいた真似をする事が多くなった。

 

 

「怒鳴るなよ、びっくりするだろ? 俺は気が弱いんだ」

 

「黙れ! テメーが会長に変な真似をしなければこんな事にはならなかったんだよ!!」

 

「……。余計な親切なんてするもんじゃなかったなとキミを見てると心底後悔してるよ俺だって」

 

 

 この嫉妬の怒りをぶつけなければやってられなかった。

 だからついついイッセーを個人で呼び出し、八つ当たりの様に怒りをぶつけてしまう。

 転生悪魔になった為、流石に直接的な暴力に出ないようにしようとする程度の理性はまだ残っているが、それも何時までも持つとは思えない。

 

 

「俺が最初に会長の事を好きになったのに……! それを、それをテメーなんかが……!」

 

「………」

 

 

 現に今匙は嫉妬による呪詛の言葉を吐きながらイッセーの制服の胸元を掴み、空いている方の手は固く拳を握り締めている。

 これでもしイッセーが煽る様な言葉を吐けば間違いなく握り締めていた拳が叩き付けられるだろう。

 

 

「だったら早いとこ口説いてしまえば良いだろ。そうすりゃ噂がデマだったってバカでもない限りわか――」

 

 

 だがイッセーは敢えて言う。

 こんな茶番に付き合い切れないからというのも確かにある。

 だがもしかしたら本人にはまだ自覚の無い、ソーナに対する何かしらの感情があるからこそ思わず言ってしまったのかもしれないが、真意は分からない。

 どちらにせよその一言が引き金(トリガー)となって匙の握り締めていた拳が頬を貫き、体育倉庫の壁に叩きつけられてしまったのだから。

 

 

「…………」

 

「今、何て言った? 早いとこ口説けだと? それが出来れば苦労はしねぇんだよ!!」

 

 

 無限に続く進化の影響か、既に肉体のレベルを意図的に下げる事まで可能になっていたイッセーは人並みのレベルまで下げることで相手の匙に怪我をさせずに殴り飛ばされる事に成功していた。

 ご丁寧に殴られた側の口の端から血を流し、ズルズルと壁を背に崩れ落ちていく様は見事な演技としか言い様がなく、匙も全くその事に気付かず溜まりに溜まった嫉妬の念をぶつけている。

 

 

「もし……もしも断られたらどうするんだよ!? テメーが保証できるのか!?」

 

「出来るかよそんなもん」

 

「だったら無責任に言ってんじゃねぇよ!!」

 

「………」

 

 

 意図的に下げても死ぬことはどうしても出来ないのがまた皮肉であり、こんな状況で役に立つとはと内心自嘲するイッセーは罵倒する匙の怒声に取り敢えず謝っておく。

 

 

「言い方が悪かったよ、悪いな」

 

「っ……クソが!!」

 

 

 この場がそれで収まるならと、取り敢えず謝ると匙は殴り飛ばした事に対して今更ながらまずいと思ったのか、思いきり悪態を付きながら逃げる様に去っていった。

 

 

「はぁ………」

 

 

 匙が去っていった後も暫く座り込んでいたイッセーは大きくため息を吐くと同時に、やはり今の自分はあれだけ憎んだ転生者と変わらない位置に居るのかもしれないと、軽い自己嫌悪に陥る。

 

 

「ザマァ無いぜ、皆を喪った挙げ句、あれだけムカついた野郎みたいな位置に当てはめられてるんだからよ。

くっくっくっ、あの小僧もさぞ俺をぶち殺したくてしかたないだろうなァ……」

 

 

 きっと反逆の果てに殺してやった転生神からの最後の嫌がらせだったのかもしれない。

 そう思えば思うほど、目論み通りになっている自分が笑えてしまう。

 いっそあの匙という小僧が可能なら進化でもして自分を殺してくれた方が楽になれるかもしれない……。

 

 

「ホント、あの女じゃないけど儘ならない世の中だぜ……」

 

 

 大したダメージにはなってないけど、精神的な意味では深い傷になったイッセーは独りでに笑いながら、自分も帰ろうかと立ち上がろうとしたその時だった。

 

 

「だ……大丈夫……?」

 

「あ?」

 

 

 生きる事を殆ど投げ始めて居る影響か、周囲への警戒をしなくなった弊害か…………以前匙に生徒会室から出てくるのを見られた時と同じ不覚をまたしても取ってしまったイッセーは、少しだけ驚きながら隠れていたと思われる一人の生徒が茂みから遠慮がちに出てくるのに気付く。

 

 

「ぐ、偶然アンタと匙がここに来るのを見て、悪いかなぁと思いつつも見てたら殴られて……」

 

「……」

 

 

 イッセーは知らないだろうが、普段は飄々としている性格が嘘みたいに目を泳がせ、匙に殴り飛ばされた場面を見ていたと吐露するその女子生徒は、今朝方凛に話しかけられた際にアーシアと共に付いていた眼鏡を掛けた女子生徒……。

 

 

「凛の友達の眼鏡さんか……。よりにもよってキミに見られるとはね」

 

「眼鏡さんって……。あのさ、こんな状況で言うべきじゃないのは分かってるけど、私の名前は――」

 

「知ってるよ、桐生さんだろ?」

 

 

 桐生藍華だった。

 イッセーにとっては単なる眼鏡さんという認識だったし、現にそう呼んでいたのだが、此処に来て普通に名前を呼ばれて驚いてしまう。

 

 

「は!? し、知ってたの?」

 

「今朝、この事について凛から聞かれた時は覚えてなかったけど……その後凛に名前を教えられたんだよ」

 

「あ、あぁそういう事。

という事はその前までは本当に覚えてなかったのね……」

 

「まぁね……。むっ、奥歯が取れちまった」

 

 

 凛に教えられてやっと名前を覚えたとシレッと言われて微妙な気分に落ちた藍華だが、その直後口の中をモゴモゴとさせたイッセーが血と共に何かを地面に吐き、台詞の通りそれがへし折れた奥歯であることを知った瞬間ギョッとした顔をする。

 

 

「歯が……。こ、これは流石にやりすぎじゃ……」

 

「歯医者行って詰めて貰えば治るし、大した事じゃないだろ」

 

「大した事でしょうよ! あ、アンタって割りとタフな心臓してるわね……」

 

「そうかな、気が弱いから一周回って冷静なだけかもしれないぜ」

 

 

 歯ぐらいなら半日もせず無限に生え変わるという人の常識から外れて長いからこその冷静さだが、一般人の藍華にしてみれば大変な状況だし、寧ろ怖いくらいに冷静なイッセーに違和感を覚えてしまう。

 

 

「とにかく一旦保健室に……」

 

「いいよ、家に帰りたい」

 

「そんな事言ってる場合!? 先生にも言わないと……」

 

「そんな余計な事言って大騒ぎになったら後が面倒だろう? 良いから黙っててくれ……勿論凛にもな」

 

 

 単純に騒がれるのが嫌だからと此処だけの話にしろと言うイッセーに藍華は迷う。

 だが結局イッセーにジーッと見つめられてしまい、言ったら末代まで恨まれそうだとおもった藍華は頷いてしまった。

 

 

「家に帰ったら凛やアーシアも居るんでしょう? 何て言って誤魔化すの?」

 

「アーシア? ……………。あぁ、あの金髪さんか。

階段から転げ落ちたとでも言って誤魔化すさ。もっとも、そのアーシアってのがわざわざ理由を聞いてくるとは思わねぇけど」

 

「転げ落ちても頬をピンポイントで腫らせるなんて有り得ないと思うけど……」

 

「良いんだよキミが気にしなくても。とにかく適当に言うさ」

 

 

 イッセーにしてみれば口止めしてさっさと何処へなりとも去って欲しくて突き放す様に言ってるのだが、殴られた瞬間を見られたせいなのか、妙に心配してくる。

 今だって断ってるのにわざわざ持ってたハンカチを濡らし、座らされたと思ったらその隣に座って患部を冷やしている。

 

 

「後日そのハンカチ弁償するから、何処で買ったかだけ教えてくれ」

 

「一方的に殴られた怪我人に弁償して貰う必要はないし、勝手にやってる事だから気にしないで。

それより、アンタって割りと喋るのね」

 

「そりゃあ人間だからな」

 

「ふふ、何よその理由? でも大体噂の真偽は掴めたわ。どうやら思っていた以上に匙に嫉妬されていた様ね」

 

「奴にしてみればそういう風に俺が見えるんだろう……」

 

「どうかしらね、やり取りを聞いていた限りは匙が生徒会長さんに踏み出す勇気が無くて焦ってる様に見えたけど」

 

「………」

 

 

 久々に他人と話をしたせいか、少しだけお喋りになっているイッセーに対する評価を変えていく藍華。

 もっと無口で他人に対して冷たいのかと思っていたけど、切っ掛けがあって話してみれば案外普通に喋る。

 

 凛が常日頃から『姉だけど従姉弟だから!』と妙に強調してイッセーについてばかり話す理由がちょっとだけ理解できた気がした。

 

 

「案外クラスの女子からちょっとカッコいいって言われてるのよアンタって?」

 

「じゃあその本質を知ったらさぞ幻滅だろうな」

 

「そうでも無いんじゃない?」

 

 

 まぁ、その切っ掛けがこんな形なのは少々アレだけど、新たな発見が出来たという事でそれはそれでアリなのかもしれない……と腫れたイッセーの頬にハンカチを当てていた藍華がイッセーと一瞬だけ目が合う。

 

 

「ん、なに?」

 

「………………………」

 

 

 その一瞬の合いが起こった時だった。

 イッセーが目を逸らす事無く真っ直ぐ自分を見つめ始めたのは。

 

 

「………………………」

 

「え、な、なによ?」

 

 

 同い年の筈なのに、妙に大人びたその眼差しにさしもの藍華も少し動揺してしまう。

 しかしイッセーは何も語らず、ただただ藍華の顔をジーッと見つめると、やがてその手が彼女の眼鏡に触れ、そして外した。

 

 

「私の眼鏡……」

 

「…………………………………」

 

「あ、あの……兵藤……頬を冷やさないと――ぁ……」

 

 

 いきなりの事だし意図がサッパリ過ぎて訳が分からない藍華は眼鏡を外された事でぼんやりとした視界だけど、イッセーの顔だけはハッキリと見えるという状況に暫くどうしたらわからず、イッセーの頬に当てていたハンカチを持っていた手の手首を掴まれる。

 

 

「ね、ねぇ待って、私そういうキャラじゃないから……」

 

「…………」

 

 

 不思議な事に嫌悪感は何故か沸いてこない……いや寧ろ自分を見るイッセーの両目に何故か惹き込まれてしまう感覚がし、胸の奥がくすぐったい。

 

 

「……。なるほどな、だからか」

 

 

 そんな気持ちを小さく抱き始めた刹那、無言の間近で藍華の目を凝視していたイッセーがそう小さく呟くと同時に少しだけ離れる。

 

 

「世話になったな。そのハンカチはやっぱり弁償するぜ」

 

「え、いやだから……」

 

「それじゃあ」

 

 

 そして一方的に藍華の持っていたハンカチを取ると、そのまま背を向けて去ってしまった。

 

 

「な、なによ……」

 

 

 いきなり……それこそ何かの拍子でキスしてしまうくらいに顔を近づけてきたかと思えば、何も言及せずにとっとと去っていく。

 意味がわからない藍華にしてみれば、スタスタと去っていくその背中を見つめるしか出来ない。

 

 

「変な奴……」

 

 

 芽生えた擽ったさがまだ解らず、胸元に触れ、顔を火照らせながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「開ける必要が無い扉はそのままの方が良いんだ……」

 

 




補足

喪失による穴を埋めると同時に、己のやってることがかつて復讐した者と同じである事に自己嫌悪。

その2
噂を敢えて広げてるソーたんは、徐々に付けた仮面の紐を緩めている。


その3
見てしまった桐生さんと初めてまともに話をしていたら、そんな彼女の中に……。しかし何もしない。してはいけないと彼はそっとしようとする。

 その確かめ方のせいで誤解されたけど。

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