常人ならば気配すら感じる事のないオーラを放出しても白音が現れる事は無かった。
気付いた上で隠れているだけなのか、それともドライグが言っていた通り、本当に存在すらしなかったのか。
大きいとはいえ世界を見渡せばちっぽけな学園内に居ないからと諦める気は無い兵藤一誠こと青野月音は、白い猫を求めて学園の寮にて初めての一夜を明かした。
月音としての実家が遠く入寮しないと交通費がと時間がバカにならないからこそだが、常に学園内に居ればより白音を探せるという思惑もあった。
もっとも、昨日の行動で居ない可能性の方が高くなってしまった訳だが。
「俺の様に別人に生まれ変わった上に記憶を失っていると考えよう」
『そこまで奴に拘る事は無いと思うがな……』
「気にくわないけど、あのガキとのケジメはまだ着けてないからな。
それが終わらない限り、俺はもう一歩も進めないんだよ」
ベッドと机だけという、まるで独房の様な部屋で一夜を明かした月音は、相棒と会話をしながら身支度をしている。
イッセーの頃よりもかなり優男に見える月音の容姿が鏡に写る。
「この顔にも慣れちゃったな」
元々の容姿を冴えてないと自身で評価しているが、生まれ変わっても冴えなさは変わらない月音としての顔に、本人は自嘲気味に笑う。
「もっとも、顔が変わろうが中身がクソな以上、友人なんか出来やしねぇから関係ねーか」
青野月音としてのこれまでの人生で友人と呼べる者はゼロ。
その事をイッセーとしての両親とは真逆の、自分には勿体なすぎる両親は心配していたけど、きっとこれからも友達を作ることは無理だろうと、歯を磨きながらぼんやり考えていると、部屋が決まるなりベッドと机以外の家具を外に放り捨てた事で完成した殺風景すぎる部屋の扉がコンコンと叩かれる。
「? 昨日の晩の内に邪魔な家具を捨てたのがバレでもしたのか?」
『さぁな、取り敢えず出てみたらわかるだろ』
そりゃそうだ。と、ドライグの言葉に同意しながら歯ブラシを口にくわえたまま扉を開けると、そこに立っていたのは……。
「出るのが遅い」
昨日、デコピンで適当に関わりたくないという感情を植え付けておいた筈の吸血鬼だった。
しかも本来の姿っぽい状態の。
「……。うちが取ってる新聞は東◯ポなんで」
ピンク髪状態の時とは真逆の、物凄い気の強そうな出で立ちに月音は取り敢えず半分まで開けた扉を閉めようとするのだが、その扉の隙間に脚を入れられてしまう。
「誰が新聞屋だ。わざわざ来てやったのだから入れて持て成すのが普通だろ? そこを退け」
「……………」
『ある意味大物だな、銀髪状態の小娘は』
人差し指でダウンした癖に、そんな事実なぞ無かったぜとばかりに図々しく部屋に押し入る赤夜萌香(裏)が、やはり独房みたいなテイストの部屋を見てちょっと引いていた。
「何だこの部屋は? ベッドと机だけじゃないか? 他の家具はどうした?」
「邪魔だったから昨日の晩の内に空き部屋の中に押し込ん」
「何故そんな真似をする? これではまるで地下の牢獄だろう」
「ただ寝るだけの部屋だしな――って、キミこそ何でその姿で来たわけ?」
「あぁ、それはお前の力を浴びてからこの通り、それまで不可能だった表の私と意思疏通が出来るようになってな。
入れ替わりも簡単に出来るということで話し合った結果、授業以外の時にお前と話す時は私が出る事になった。
表の私はまだお前に対してどう接して良いかわからないと悩んでいるしな」
「そんな事を聞いてる訳じゃないんだけどな」
すっごく図々しくベッドに腰掛けながら、やはり昨日の事なんて忘れてますぜ的な偉そうさ加減で理由を話す萌香に月音は内心げんなりしている。
「あのさぁ、得体の知れない化け物に危うく殺されかけたんだぞキミは? 普通次の日に部屋まで来るか? そもそも男子寮だぜここ?」
「殺されかけた? 何の事だかわからないな、私は別にお前に負けてないし」
「………………。うっわーぉ、良い性格してるな」
割りとめんどくさいタイプだったのかと、考えてみればイッセー時代から顔見知りになる相手は妙に癖が強い連中だった事を思い出して微妙な気分になってしまう。
「という訳だから校舎に入るまではこの姿だから覚えておけ。そら、時間が無いんだからさっさと歯ブラシなんぞくわえたままの間抜け顔晒してないで準備をしろ、こののろま」
「……………」
加えて自分の方が上なんだぞと言わんばかりの言い方に若干イラッとしてしまうが、殴り飛ばす気は湧かず、言われた通り身支度を整え、何故か萌香と寮を出るのだった。
当然、裏状態の萌香が平然と歩いてるせいで余計目立つのは云うまでもないが、本人は知らん顔だ。
「キミさ、校則で正体を教えてはいけないってあるの知ってるよな?」
「そうだったな。しかし私は自分が何なのかはこの通り話しちゃいない。
お前は例外だったけどな」
その恵まれた容姿と堂々とした出で立ちに男女問わず目を奪っていくせいで必然的に嫌々隣を歩かされてる月音に怪訝と嫉妬半々の視線をぶつけられまくる。
もっとも、月音もそんな視線を完全に無視してるので同じ事なのだが。
「歩くのが早い。歩幅を私に合わせろ」
おまけに歩くのが早ければ文句を言うという、ある意味の大物っぷり。
デコピンじゃなくて九分殺しが良かったのかもしれないと、両目のハイライトを消しながら物騒な事を考えつつも、月音としての両親からの教育の賜物なのか、信じられないレベルで丸くなっていたお陰で裏萌香さんが愉快なオブジェに改造される悲しき現実は来なかった。
「ねぇ、ピンク状態のキミに戻ってくんね? なんつーか、凄まじく今のキミはウザい」
「何だと? この私の隣を歩く事を許可してやっているというのに不満だというのかお前は?」
「別に頼んでないし、何というかさ、キミの姿でその声を聞いてると、俺の中の幻想が崩れてしょうがない」
「声?」
「いや、何でもない……」
かつて夢の中に出てきた人外に声が頗る似てるというのもあってか、ちょっとやりづらいのだ。
『そういえば安心院なじみの声にそっくりだなこの小娘は』
(ちょっと残念な子だけどな)
だから余計に丸くなっているのかもしれない。
美味しそうな匂いがしたからという理由が最初だった。
だから少しだけその味を知りたいからと、会ったばかりの男子に近付いたけど、その男子はまさに化け物だった。
「え、えっと、お待たせ月音……」
「やっと入れ替わってくれたか、疲れるよキミの相棒は」
「ご、ごめん……」
「いや、別にキミに言ってる訳じゃないからよ」
妖力という概念を根本的に否定するかの如く強大な力を放出し、やがてその力は触れたらそれだけで消え去りそうな神々しき白銀へと変わる過程を間近で見てしまった表の萌香は、昨日のその時まで存在すら知らなかったもう一人の自分の言うことをどういう訳か嫌々ながらも聞いて、入れ替わる為に女子トイレに入っていた月音におどおどしながら挨拶を交わし、共に教室へと向かう。
「昨日はその、ごめんね? 怖がったりして……」
「怖がってくれて関わりが無くなるのが俺の目的だったから別に良いよ。
予想外の事があって失敗しちゃったけどさ」
「あ、あはは、それは私も同じかも。まさかもう一人の私が存在してるなんて……」
とはいえ、あの力さえ無ければ、ちょっと無愛想な人だけなのも事実であり、昨日知ることになったもう一人の一人の自分と話し合った通りだと萌香は思っていた。
「学級閉鎖?」
「昨日謎の大地震が発生し、多くの生徒と教師が体調を崩してしまいまして……ですので明後日まで授業は中止です」
「ふーん……」
「………」
もっとも、その力のせいで殆どの生徒の体調に変調をきたしてしまった様で、無事な担任の猫目によって学級閉鎖を告げられた月音と萌香は暇をもてあそぶ事になる。
「学級閉鎖か……多分俺のせいだよな」
「た、多分そうだと思う」
「だよなぁ……」
「あ! それなら授業じゃないしもう一人の私と入れ替わろうか?」
HRの時間になっても数人程しか来なく、その後現れた担任によって学級閉鎖であると知った萌香が、授業以外ということで取り敢えずもう一人の自分と入れ替わるかと提案すると、月音はそれに待ったを掛けた。
「いや、やめてくれ。
正直もう一人とやらのキミはめんどくさいし、疲れるしで良いことなんて一つもありゃしない。
キミのままで居てくれると非常に助かるよ」
「え……」
『おい、何だその言い種は?』
変わらないでくれと広げた教科書を鞄にしまい直した月音に萌香はちょっと意外に思うのと同時に首元のロザリオからもう一人の自分が怒った様な声を出すも月音は無視だった。
「じゃあね赤夜さん、また明日」
「あ……」
さっさと片付けた月音が鞄を片手に教室を出ていく。
それを呼び止められる勇気は今の表の萌香に無かったのだが……。
『差し支えが無かったら、今変われるか?』
ロザリオに封じられたもう一人の自分は大変ご立腹で、表の萌香としても入れ替わってもう一人の自分の中から月音を見てどんな存在なのかを知る必要があると、頷いて入れ替わる。
「見てろ表の私、奴なぞ恐れるに足らぬ事を絶対に教えてやるからな」
『う、うん……』
怖いのは怖い。けど、何故か少し気になるからと、妙に張り切るもう一人の自分の中から表萌香は、月音を追い掛けた。
生徒がほぼダウンしてしまっているというのもあって、程無くして月音の背中を発見した萌香。
「おい待――」
『待ってもう一人の私!』
強気に行けば基本大丈夫だという、妙なメンタルの強さを持つ裏萌香が早速発見した月音に声かけついでの文句を言ってやろうとしたが、突然聞こえる表の自分の声に足を止めた。
「何だもう一人の私? 一言くらい文句を言ってもバチは当たらな―――む!?」
『そういう事よもう一人の私……』
表の萌香が止めてきた理由。
それは視界の先に居た月音と、その月音を前に蹲って何かを訴えている女子生徒が理由だった。
「だ…誰か……助けて……。
手を、手を貸して下さい……急に具合が悪くなって……」
「…………」
「誰だアレは?」
『見たことが無いから違うクラスの子だと思う……』
苦しそうな声を出して、足を止めて見下ろしてる月音に助けを求める水色の髪をポニーテールにした女子生徒に裏萌香は意識の中で表萌香と会話しながら、聞き耳を立てる。
「ほ、保健室まで連れていってください……」
「何だあの女は、月音に助けを求めてるのか? ………妙に嘘臭い」
『本当に具合が悪いのかもしれないよ?』
「いや、それにしては血色も悪くないし、なんというかあの女の目……」
女子生徒を見て訝しげな顔をする裏萌香は、突っ立ってるだけの月音がどうするかを表と共に見つめると――
「おーい、この子具合悪いんだって~ 誰か保健室連れていってやれよー」
「え!?」
月音は周りに聞こえる声でそう言うと、さっさとその女子生徒の前を通りすぎて行こうとした。
これには女子生徒も驚いてしまい、具合の悪さは何処に行ったのか、スタスタと歩いて行こうとする月音の腕に飛び付いた。
「ま、待って! あ、貴方に連れていって欲しいの……!」
「具合が悪いと蹲ってた割りには元気だねキミ?」
「うっ!? い、いやこれはその……」
「ほらな、やはり月音は気付いていた様だ」
『う、嘘だったんだあの子……』
「そういう眼を養うのも必要だぞ表の私よ。さて、これで思う存分月音に文句を――」
そう言って気を取り直して後ろから背中でも叩いてやろうとした裏萌香だったが、今度は自ら再び足を止めた。
「う、嘘言ってごめんなさい月音くん。お詫びにその………………………私の眼を見て?」
「あ?」
それは嘘だと見抜かれて開き直りでもしたのか、死ぬほど媚びた表情を浮かべながら腕に抱きついていたその女子生徒の両目から暗示の様な力が放たれたのだ。
「あの女の目……暗示を掛ける妖術かもしれん」
『え!? 今月音はあの子と目を合わせちゃったよ!?』
「あぁ、だが私の予想が正しければ……」
表の萌香が心配する声を出すが、裏の萌香は冷静だった。
何故なら……。
「鬱陶しい」
「なっ!?」
生物レベルの差がありすぎて、そんなものは効くわけが無いという確信があったからだ。
そして案の定女子生徒の両目から放たれた暗示を前にシケた顔をしていた月音に効果は全く無く、唖然とする彼女を軽く払いのけてすら居た。
『き、効いてないの?』
「昨日見た奴の力を考えたら当然だな。あの女もよりにもよって月音にやろうとするとは間抜けな……」
『少し嬉しそうだね……?』
「気のせいだ」
信じられないものを見るような顔で立ち尽くす女子生徒を興味の無い銅像を見てるような顔を向け、やがてそのまま歩いて去ろうとする月音に、漸く出番が来たとばかりに裏萌香が追いかける。
「見てたぞ、やはりお前には効果が無いらしいな」
「あん? ………げ、何でキミが」
「さてな、それより暇なら私に付き合え」
「ほら来た。だからピンク状態のキミの方が良かったんだ」
その女子生徒の種族としてのプライドがダブルの意味で粉々にしているとは自覚もせず、そして気にも止めずに二人でペチャクチャと話している。
「一応聞くが、今そこの知らん女にされた事は解ってるのか?」
「え? あぁ、まぁね、昔似たような女にされた事があったから」
「ほう? それで?」
「当時はかなり短気でね。
イラッとしたから、死んだ方がマシって程度に半殺しにしてそのまま下水道の魚の餌に――――あ、逃げた」
わざとらしく、どこかニヤニヤと女子生徒を見ながら質問していく萌香に何となく返していたら、その女子生徒は死人のように顔を真っ青にさせて一目散に逃げていった。
「怖がらせる様な事を言うのは良くないなぁ? んー?」
『も、もう一人の私って……』
「機嫌が良かったり悪かったりとよくわからん子だなキミは……」
満足する答えでも得られたかの様に機嫌の良い裏萌香。
「さてと、横槍も居なくなったし、授業も無いから私に付き合え月音よ?」
「何に付き合えってのさ?」
「当然、昨日の続きだ。言っておくが私はまだ負けを認めた訳じゃない」
「えぇ……? この子マジで言ってるの?」
『ごめんなさい、本気でそう思ってるみたい……』
「残念すぎるだろ……」
「ええぃごちゃごちゃ言うな! とにかく来い!!」
あの女子生徒の言われるがままにならなかったのが裏萌香の気分を良くさせているらしく、彼女らしからぬ機嫌の良さで嫌がる月音の手を引っ張って校舎の外へと消えていく。
「き、効かなかった……こ、こんなの……こんなの認めないわ!」
逃げた女子生徒が逆恨みを発祥したとは知らずに……。
そして……。
「ぐっ!? な、何故当たらん!」
「足技に自信アリらしいけど、遅いんだよ色々と――って、何で付き合わされてるんだろ俺は……」
「このっ! このっ!!」
機嫌の宜しい裏萌香さんはまたしても片手間に遊ばれていて意固地タイムだった。
『そ、そろそろやめた方が……』
「あ、ナイスだピンク赤夜さん。なぁ銀赤夜さんよ、もうやめにしようぜ? 何時間やってると思ってるの?」
「う、うるさいうるさい!! お前に当てるまで終わらせんぞ!! だからと言ってわざと当たっても駄目だからな!!」
『………』
「その無言はわかるぜピンク赤夜さん。
残念な子だなぁって思ってるだろ? 俺も思う」
カリスマも著しく削られて、どこからそんな意地が出てくるのか、とにかくひょいひょいと軽く避けまくる月音に一発お見舞いしてやろうと裏萌香は突貫する。
「わー当たっちゃったー(棒)」
「ふざけるな! 今のはわざと当たっただろう!? ノーカウントだ!」
「めんどくせっ……」
絶妙なタイミングでわざと当たっても納得してくれないしで、段々イラッとしてきた月音は悪い癖が出てくる。
「もうちっと強いかと思ったんだけどね……俺に出させてくれよ、本気を」
「い、言われなくてもすぐに引き出してやる!」
段々必死こいてる裏萌香を見てるのが楽しくなったのか、某合体お父さんばりの挑発をし始めたのだとか。
「ま、負けた訳じゃないからな私は……」
『ごめんね月音……後で叱っとくから』
「此処まで来ると逆に大した根性だと思えるわ……」
「! ふ、フッ……当然だろう? 私だぞ?」
「……………。いっぺん本気で泣かせてやりてぇわ」
終わり
補足
普段はふつくしい裏萌香さんなのだけど、何故か月音と遊んでると著しくカリスマ性が無くなり、表萌香さんも『あれ、もう一人の私ってもしかして残念な子……』と思ってしまうらしい。
その2
チャーム? なにそれ美味いの? ばりに効果なんてありゃせんし、わざとらしく現れた萌香さんのせいでヤバイ奴認定されてフラグなんて折れました。
これも裏萌香さんが自由に出られる様になったせいだ! ………と言いたいが、大分丸くなっててもD×S系統のイッセーやもんね。