ここ最近の春人はイラついてる様に見える。
女子だらけでストレスでも蓄積させてるのかどうかは知らないけど、俺に文句を言う回数が増えたのだけは間違いない。
もっとも、そういう時は適当に合わせて適当に謝れば逃げられるってイチ兄に教えられてる通りに受け流してるので問題なんかある筈も無いんだけどね。
あぁ、それとデュノア君だったかな? 何やら昼休み後から妙にげんなりした顔をしてたのが少し気になったけど何かあったのか? 本人に聞く程だとは思わないにせよ、転校初日で疲れたんだと思う。
マジで男なのか微妙に怪しいしね。
んでボーデヴィッヒさんだったかは―――殴られて以降特に何も無かったんでそれ以上にわからん。
「部屋の引っ越し? 俺がっすか?」
とどのつまり転校生が来た以外は普通の一日を過ごした俺だったが、放課後突然先生に呼び止められてからのこの一言が何時も通りじゃない事の始まりだった。
「はい、この度デュノア君が転入しましたので、男子同士の部屋割りが出来上がりました」
なんてイチ兄に見守られて以降張り切りまくりだった山田先生は、隣にその噂のデュノア君を置きながら部屋割り変更の話をしている。
「男子同士なら春人だって男子なんですけど――って突っ込みは今更過ぎますかね?」
「彼は織斑先生が同室にさせると言い張るので固定ですね……」
「ですよねー」
さっきだって授業が終わるや否や千冬姉さんに拉致同然に連れ去られてたし、多分この話をした所で春人の部屋がデュノア君と同室になることはあり得ないのは、俺も山田先生も十二分にわかっている。
「だから放置されてる俺がって事ですか……」
「そうなります……何だか申し訳ありませんね」
「いえいえ、先生が気にする事じゃありませんよ」
箒との同室生活に慣れすぎて逆に他人と同室になるのは微妙な新鮮さを感じる。
とはいえ、決まりは決まりなのでゴネる訳にもいかないし、箒にこの事を説明したら……。
『別に部屋が別れても会えるしな。
まだ学園に慣れてないデュノアの事をきちんと面倒見ろよ?』
なんて言って送り出してくれた。
ちなみに、俺が出る事で箒は一人部屋になるのかなとか思ってたのだけど、意外な事にそうはならなく、代わりになんとあの更識先輩と箒が同室になる事になったらしい。
「ねぇねぇ箒ちゃん、グレモリー先生とイッセーさんの事について色々聞きたいなぁ?」
「できる限り詳しくお願いします」
「えーっと……」
こりゃガールズトークも盛り上がるだろうなぁ……と、更識先輩と布仏先輩にグイグイ質問されて多少戸惑う箒に頑張れと心の中でエールを送った俺は、新しく移動となった新部屋へと移った。
「よろしくね織斑――えっと、ややこしくなるから一夏って呼んでも?」
「え? まぁ良いけど」
「じゃあ改めてよろしくね一夏?」
「おーう」
ニコリと笑うデュノア君に返事をしながら、旧部屋から持ってきた荷物を仕舞う。
しかしデュノア君と同室かぁ……疑惑がある以上微妙にやりづらいというか。
「シャワーとかはデュノア君が好きに使いなよ、俺は基本的にこの部屋のシャワーは使わないだろうし」
「え? お、お風呂入らないの?」
「違う違う、別の場所でちゃんと入るからって意味。
実は良い隠れシャワー室を知っててね」
「なにそれ? 僕も知りたいような……」
「ははは、教えるのは無しだ。
じゃないと秘密じゃねーもん」
もしかしたらと思うと、やはりこの部屋の浴室は絶対に使わず、入る時は用務員室のシャワー室を借りようと思う。
となればデュノア君も安心するかもしれないしね―――――とかとかとかの決まり事を色々と話し合って粗方決めた訳だが、その後話す事が無くなってしまって無言になってしまう。
「箒の奴、先輩二人相手に大丈夫かなぁ」
だからついつい箒の事を考えてしまい、それが口に自然と出てしまう。
うーん、基本的に何をするにしても箒と一緒だったせいで箒の事ばかり考えてしまう。
「あの、僕のせいで篠ノ之さんと部屋が別々になってしまって……」
そんな俺の言葉を聞いて勘違いをしてしまったのか、デュノア君が申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。
「へ? 別にデュノアのせいじゃないし、不満に思ってる訳じゃないから謝るなよ。
寧ろ俺の方こそ会話の引き出しが少なくて盛り上げられずに悪いなと……」
「い、いやいや! それこそ気にしなくて良いよ! 正直言うとキミの弟君と一緒の部屋になったらと思うと怖いし……」
「? あぁ……春人はモテモテだからなぁ」
「実はお昼休みに一緒に食べないかって誘われて行ったんだけど、その時の空気が凄まじく胃に来るものだったよ……」
あー、なるほど。だから午後のデュノア君の様子が暗かった訳だ。
「織斑先生も居たし、他の女の子達も殺気出しながら睨み合ってたしで、とてもじゃないけど食事って気分じゃなくて……」
「修羅場ってのに巻き込まれたんだな。……お疲れ」
それは結構同情するよデュノア君。
「弟君がモテモテなのは見てわかったよ……」
「昔からそうだからなぁ春人は。
ちなみにだけど、箒の姉ちゃんも春人にぞっこんなんだぜ?」
「え!? 篠ノ之さんのお姉さんって事は篠ノ之束の事!? そ、そうなんだ……ちなみにどんな人なの?」
「え、よく知らね。
何度か顔は見たことあるけど、話をしたことなんて無いし、昔から箒とばっか遊んでたからな俺は」
「へ、へぇ……」
箒の姉ちゃんは有名人だからな、知りたかったみたいだけど生憎本当に俺は顔は数回合わせたけど話をした事なんか無いんだよね。
てのも、箒の家に遊びに行くと間違いなく千冬姉さんと春人の取り合いが始まって、俺と箒は完全に蚊帳の外だったんだわ。
もっとも、その蚊帳の外であれたが故にリアス姉とイチ兄と知り合えたんだけどね。
「そっか……クラスの女の子の何人かと朝一夏が言ってた通りなんだ」
「?? 何がだ?」
「そ、その……織斑先生が昔から弟君ばかり贔屓して一夏は……えっと……」
言いづらそうな顔をするデュノア君。
…………あぁ、そういやボーデヴィッヒさんにひっぱたかれた理由を考えてた時にそんな話をチラッとしたんだったか?
「春人は身体が見た通り弱いからな、姉さんも心配なんだろうさ。
俺は別にそれが当たり前だと思うから気にしてねーや」
「………」
そりゃあ小さい頃はそんな状況に嫉妬してたけど、今じゃ寧ろ有り難いとすら思ってる。
何せやる事さえやっていれば特に文句も無いし、自由ですらあった。
しかも何より、何度も言ってるけどそのお陰でリアス姉とイチ兄に出会えて、箒と仲良くなり続けられたんだからな。
マジで春人様様って奴だぜ。
「思春期入っても姉にあんな構われるってのも中々辛いものがあるだろうし、今の状況に何の不満もない。
まぁそりゃあ確かに色々と押し付けられてる気はあるけど、自由の代償と考えたら安いもんだぜ」
「………一夏は強いんだね」
「強くなんか無いさ。出会いに恵まれてるのさ俺は」
もし俺一人だったら心が折れていた。
だからこそ俺は今をもっと大切にしたい。
今へと続くこの恵まれた出会いをもっと……。
「くかーくかー……」
「…………」
転校初日とはいえ、既に接触対象たる織斑春人――――の、周囲の環境を嫌と言うほど知ったシャルルは、本日同室となったその兄であり、接触対象外たる織斑一夏の呑気な寝息を背に一人考えていた。
(一夏はちょっとだけ僕の今に似てる。でも、決定的に違うのは一夏はその苦痛を何らかの手段で完全に受け流している……)
双子の弟が唯一の肉親に愛され、蔑ろにされる。
どうやら学園生活内にもその格差は如実に表れていたらしく、一部女子達が一夏に同情していた。
シャルル自身も一夏に同情を覚えたし、何より昼休みの出来事を考えたら正直春人……というよりはその周囲に睨まれるのであまり近づきたいとは思わなかった。
しかしそういう訳にはいかない。
そうでなければシャルルの父親に何を言われるかわかったものでは無いのだ。
「…………」
だからシャルルはその本心を無理矢理閉じ込め、明日から始まるだろう様々な出来事を考えながら静かに目を閉じた。
「……………………」
(?)
けど、その目は隣のベッドから聞こえる物音により再び開かれた。
(一夏……?)
「………………」
どうやら一夏が起きたらしい。
時刻は既に深夜を回っている……。トイレなのかな? と寝たフリをしながら聞き耳を立てるシャルルはベッドから降りる一夏の様子を探っていると、何故かトイレ――では無くて部屋の外へと出ていってしまった。
「こんな時間にどこへ……」
小さな音で扉の閉まる音が聞こえ、身体を起こしたシャルルは一夏が出ていった後のドアを見ながらこんな時間に出ていった理由を考え……やがて気になり始めてしまう。
「この時間に出歩くのは校則違反な筈だし……」
わからない。だからこそ余計に気になる。
同情的な理由で一夏に興味を持ってしまってるだけにシャルルは一夏の行動が気になり、やがて考えに至る。
「よ、よし……ちょっとだけ見るだけなら……」
こっそり後を尾けてみよう……と。
ちょっと尾けて何をしてたのかを見て直ぐに戻って寝てしまえば問題はないと、妙にアグレッシブな考えをしていたシャルルはこっそりと同じように部屋を抜け出し、一夏の行方を探すのだった……。
ちなみにそんな一夏がどこに行ったのかというと……。
「安眠できない」
「だから来たってのか……」
実は眠れなかったので、就寝部屋も兼ねてる用務員室に避難していた。
パジャマ姿でやって来た一夏を出迎えるイッセーは校則違反を犯してまでやって来た事に呆れはするものの、追い返す事はせずにそのまま一夏を招き入れた。
「一夏? こんな時間にどうしたのよ?」
「箒と別部屋になって違う人と同室になったんだけど、他人が横だと全然寝れないことが発覚しちゃったんだとよ」
「そうなんだよリアス姉……」
「あらあら……」
同じく来ていたリアスにイッセーが説明しながら椅子を用意したので、一夏はその椅子に座ると安心したかの様に全身の力を抜く。
「はぁぁ~ ここは落ち着くなぁ……」
寧ろここなら箒と同室だった時ぐらいに爆睡出来そうだと言わんばかりの脱力っぷりを全身で表現していた一夏はぐでぇっとした顔でイッセーとリアス―――――
「…………。あ、山田先生?」
「こ、こんばんは一夏くん……」
そして何故か居て一夏にたいして微妙に気まずそうな笑顔で挨拶する真耶に気がついた。
「えーっと、なんでこんな時間に先生が?」
「さっきまで明日――つまり今日の授業の準備をしてたらしくてな、それが終わったから来たんだとさ」
「折角だから軽くお話しながらお茶でもと思ってたらアナタが来たのよ」
「へー……」
実は単にイッセーと話がしたくて来たとは言えず、上手くリアスにフォローされて気まずそうにする真耶に一夏はぼけーっとした声を出すが、はたと気付く。
「あ、やべっ、俺普通に校則違反してますよね?」
「一応そうなりますけど、事情は今聞きましたので今日だけは……」
「おぉ、山田先生太っ腹~」
うぇーい、と気の抜けた喜び声をあげる一夏はリアスに入れてもらったココアをチビチビと飲みはじめた。
「それにしても山田先生も結構ここに来ますよね~」
「へ? ま、まぁ……」
「それってアレっすか? イチ兄目的だったりしますよねやっぱり」
「うぇ!? ち、ちちち違いますよ!? い、イッセーさんには悩みを聞いて頂いてるだけで決してそんな……」
「またまたぁ、時おり更識先輩みたいな空気出す癖に~?」
「そ、それはその……え、えっと……あ、あぅぅ……」
ニタニタとする一夏の言葉を否定できず、工具の点検をしてるイッセーを見ながら真っ赤になって俯いてしまう真耶。
男性に対して耐久性が低く、しかも相手がひょんな事で存在を知った上に割りと日が経つにつれて親身になってくれる頼りにしてしまう男性というのもあってなのだろう、それはもう小学生みたいな取り乱し方だった。
「深夜のテンションでちょっとおかしいわよ一夏?」
「そうかなぁ……わははは」
明らかにテンションが変な一夏にリアスが呆れていると、そんな真耶の反応に見向きもしてないイッセーが突然工具の点検の手を止め、入り口の扉をジーっと見つめ始めた。
「……………外に誰か居る」
「え?」
「誰か? あ、もしかして箒か?」
どうやら扉の向こう側に誰か居ると察知したらしい。
イッセーが持っていた金槌を何気なく即座に投げつけられる様にしていると、深夜のテンションとなってる一夏が何の警戒も無しに箒だと勘違いし、そのままイソイソとドアを開けると……。
「あ……」
そこに居たのは箒――ではなく、金髪の人物だった。
というか、シャルル・デュノアだった。
「………」
「い、良い夜ですね……」
マズイ、バレた。
その焦りを胸にシャルルは無理矢理笑顔を作って同室の一夏と何故か居る副担任と何故か居る見知らぬ若い男と目が覚める様な美女に挨拶をしたのだが……。
「「「「………」」」」
「?」
何故か反応が無い。
やっぱり下手過ぎたのか? と思ったシャルルは首を傾げて四人の目線に気が付く。
(あ、あれ? 皆して僕の顔……じゃなくてちょっと下を……え、下?)
四人の視線が少し下に向けられている。
何が見えるのだろうかとシャルルも自分の胸元を見た瞬間、どういう意味なのかを理解してしまった。
「……………………………………」
「でゅ、デュノアくんですよね? お、男の子なのに胸が……」
「……………………………………あるわね」
「……………………………………あるな」
「……………………………………しかも結構大きめだ」
完全に男装をし忘れての尾行だったせいで、シャルルの姿は完全に―――どう言い訳のしようのない女の子と姿だった。
「…………」
あまりに間抜けなポカに思考が止まってしまうシャルル。
そんなシャルルに一夏は微妙に同情した顔で優しく肩を叩きながら……。
「まあ、最初から怪しいとは思ってたから大丈夫だと思うぜ?」
慰めにもならんフォローの言葉を送るのだった。
「こ、これはそのっ!」
そんなフォローも耳に入らないシャルルは、完全にあたふたしながら言い訳しようとするが、そんな上手い言い訳の言葉が咄嗟に出てくるわけもなく、ただただあたふたするだけだ。
「ち、違うんです! ほ、本当に違っ……ち、ちがうんだって……ちがうんだよ……! ふ、ふぇぇん!」
そして遂には色々な感情がごちゃ混ぜになったけいなのだろう。
決壊したダムの様に涙を流して泣き出してしまった。
「……。一夏、取り敢えず入って貰いなさい」
「おう……ほら、中に入りなよデュノア君――じゃなくてデュノアさん」
「ぐすっ……ぐすん……う、うん……」
「デュノア君がデュノアさん……こ、これはどうしたら良いのでしょうか?」
「さぁ……俺は学園長ではありませんのでなんとも……。
そもそも彼女は何故男のフリをしたのかを知らないと何とも言えませんよ」
終わった、完全に終わった。
シャルルはめそめそ泣きながら一夏に手を引かれて椅子に座る。
この先の絶望の未来を思えば泣かずには居られないのだから。
補足
即落ち2コマのごとくバレました。
お陰でめそめそしちゃうけど仕方ないよね。