爆走勝利魔王少女ルートよ
理由はさだかではない。
そもそも何でそうなったのかの前後の記憶すら曖昧。
でも何かが根本的に違うのだけは間違いなく理解できた。
だって持っている筈の皆が持っていないのだから……。
そして何より此処が過去である事も……。
妹もまだ生まれていないし、当然あの男の子も生まれていない。
いや、ひょっとしたら自分の知るべき妹やあの男の子は生まれないのかもしれない……彼女は微妙に違う過去をやり直させられながら一人抱えていた。
その予感は的中し、妹が生まれて数年後に赤髪友達が連れてくる筈の男の子は現れなかった。
それどころか皆が皆素養がゼロだった……。
この瞬間、彼女の中で生きる意欲が著しく減少してしまった。
自分が生きるべき世界はこの世界では無いと、心の奥底に抱いてしまった。
けれど彼女はそんな本心を隠し持ちつつも何時もの通りに生きなければならなかった……立場上。
そんな苦悩を抱えながら生き続けてきた彼女だが、ある日転機が訪れた。
妹が通う学校の父兄参観日に父兄の一人として訪れ、かつては趣味だと公言しまくっていた彼女らしい振る舞いをしていた時にそれは唐突に訪れたのだ。
「マコト! ほらこっちだこっち! 体育館でスゲー格好をした美少女が居るんだぜ!!」
「…………」
あの男の子が居ない世界でこんな事をしてもちっとも面白くなくなっていたけど、今までの生き方故にやめるにやめられなくなっていたのと、妹に怪しまれたくはなかったのがあったので、ゴッテゴテの女児アニメ衣装を着て何も知らない一般人の人間達を前に色々やっていた時に聞こえた、かつて求めた男の子にそっくり――されど男の子らしからぬ快活な声にセラフォルー・レヴィアタンは思わず表情を強ばらせてしまう。
「ほら見ろよ! スカートの丈も短いし……くっ! も、もう少し脚を上げてくれたら中が見えそうなのに!」
「……………」
自分の視線の先に居るのは、妹の親友がつい最近眷属にし、またつい先日とある堕天使を抑え込んだ際に一役買ったらしい赤龍帝の少年。
曰くセラフォルーの知る男の子が本来歩むべきだった道を歩んだ結果となる存在であり、その性格はとても自分の知る男の子とは思えない程に明るくて……スケベそうだった。
「………………あれ?」
既に妹のソーナを介してある程度知っていたので、今更ガッカリはしないし解りきっていた事だった。
しかしそれだからこそそんな赤龍帝・兵藤一誠が恐らく無理矢理連れてきたのだろう目付きの悪さ以外はそっくり過ぎる少年と目が合ったその瞬間、セラフォルーの中で凍結していた時は再び動き出した。
「ん? こっち見てるぞ? ま、まさか俺に一目惚れしたとか!? だとしたら参ったなぁ! ついにモテ期か俺も! ぐへへへ!」
「…………」
諦めていた。もうあり得ないと思っていた。というかそもそもイレギュラーさえなかったらあり得ないし、今鼻の下を伸ばしてる兵藤一誠が本来の姿で一人っ子だから妹から話を聞いただけで調べようとはしなかった。
だからこそセラフォルーの目は驚愕に見開き………そして彼をよく知らない者にしてみたら解らないが、同じく自分を見て驚いてる少年と暫く見つめあい、自然と――かつて愛情を込めて呼んでいた愛称を口にしていた。
「も……もしかして……いーちゃん?」
「……。その呼び方って事は、俺の知ってる側のセラフォルーかお前」
心底驚いたといった顔をしていた男の子もまた、いーちゃんと呼ばれた瞬間に全てを察知したらしい。
隣で本来の一誠がギョッとした顔で『ま、マコトが初対面の美少女と話をしてる……だと……?』と驚いている辺り、彼が抱いてしまったコミュニケーション不足は相変わらずらしい。
だが、それだからこそ目の前の彼がセラフォルーの知る――執事服を身に纏い、悪態ばかりながらも自分達の傍に居てくれたあの日之影一誠だった男の子だと完全に確信した。
「あ、あは……あはは☆」
その直後、凍結していたセラフォルーの心が一気に解けた。
何もかもが違うと思っていたこの世界で唯一……しかも大好きになった男の子が自分と同じくこの世界に流れていた。
諦めていただけにその反動は凄まじく、何だ何だ? と周囲の人間達の疑問を無視してステージから飛び降りたセラフォルーは……。
「いーちゃぁぁぁん!!」
真っ直ぐ、しっかりと……漸く再会できた男の子の身体を抱き締めた。
「納得の説明をお願いしますよ、セラフォルーお姉様?」
誰が触れ回ったのか、衆人環視の体育館のど真ん中で行われた強烈な包容騒動が妹ことソーナ・シトリー率いる生徒会に知られたお陰でセラフォルーはどう見たって普通に怒ってる妹の目の前で正座させられていた。
「学園の男子生徒と抱擁を交わしていたと私の兵士から聞きましたというか、学園全体で噂になっています」
「へー? そうなんだぁ……? えっへへぇ☆」
「……………………」
しかし当のセラフォルーは生徒会長以前に妹に怒られてるにも拘わらず締まりの無い顔ではにかんでいた。
そんな姉の態度にソーナは大きくため息を吐く。
姉の突拍子の無さは昔からなので、闇雲に怒った所でのらりくらりとかわされてしまう。
そもそも体育館でこんなコッテコテの魔法少女衣装を着て色んなポーズを決めて楽しんでるユーモアたっぷりな姉なのだ……頭ごなしに言った所で直る訳もないのは妹であるソーナが一番よく知っていた。
だから問題はそこじゃないのだ。
ソーナにとって驚いたのは、そんな色恋沙汰に無縁だった姉が自分達と同世代の――もっといえばソーナの親友の眷属の双子の弟……つまり只の人間に対して人目も憚らずに抱き着いた事なのだ。
「彼は兵藤君の弟ですが、お姉様との面識は皆無な筈。
なのにどうして、親しげにしていたのでしょうか?」
「んー? それはだねソーたん、いーちゃんとは小さい頃に実は会った事があるんだよ。
その時いーちゃんから大きくなったらお嫁さんに来てくれだなんて言われちゃって……キャー!☆」
「…………………」
聞けばそのまま公然の面前でキスまでしようとしてたらしい……。
魔王の一人が赤龍帝の弟の一般人相手にそんな真似をしかけたと冥界に知れ渡ったらそれこそスキャンダルのネタでしかない件と、そんな一般人と何故知り合いなのかをテレテレしながら話す姉にソーナはただただため息しか出てこない。
「お、おいマコト!? お、お前今の話本当かよ!? 小さい頃に魔王様と会っててしかも告白したのか!?」
「………いや」
「でもあの魔王様はああ言ってるじゃんか! 本当の事を言うんだ!」
正座しながら勝手にクネクネしてる姉から少し離れた場所では、その双子の弟に尋問めいた事をしている赤龍帝と、驚いた様子で眺めてる親友と眷属達が居る。
悪魔に転生しては居ないらしいが、どうやら自分達の正体だけは知っている様子らしい……まぁ、姉の話が本当ならずいぶん昔から知ってる事になるのだから当たり前なのかもしれないが。
「くっそ~ 生徒会長さんのお姉さんとそんな事になってたなんて羨ましいぞこの野郎!」
「………………」
「こうなったら俺も負けずにハーレム王に絶対になってやるぜ!」
どちらにしても、割りと難しい話になってきた……。
ソーナはこれから起こりうる騒動を想像するだけで頭が痛くなってきたとか。
のらりくらりとでっち上げで今は兵藤誠という名前の日之影一誠との関係をカミングアウトしたセラフォルーは、その日の夜に早速マコトと接触する事になった。
「えっと、あんな再会だったから遅れちゃったけど、久しぶり、いーちゃん」
「あぁ……」
場所は人間界の公園。
夜という事もあって人は居らず、ベンチに並んで腰掛ける二人は未だに飲み込めない唐突なこの再会をゆっくり受け入れながら話をしている。
「解ってるとは多分思うけど、この世界ってさ、私といーちゃんが知ってる皆とは違うみたいで……」
「リアスとソーナを見て直ぐにわかったよ。
もっとも、普通に生きられる兵藤一誠が存在してる時点でも分かったがな」
「そっか、じゃあやっぱりあの子はいーちゃんの本来の……」
「多分な。で、今度は俺がその邪魔になりかねない害悪って訳だ。
皮肉なもんだよホント……」
くっくっくっ、と自虐的に嘲笑う元・日之影一誠にセラフォルーも複雑そうな顔をした。
きっと自分と同じ様に、マコトもまた自分が生きた世界とのギャップに戸惑ったのだろうと思うととても茶化せなかった。
「だから逆に俺は
俺――ってかイッセーが普通に生きられる様に余計な真似はしないようにってね。
もっとも、どこぞの堕天使に騙されたあげく死にかけた所をリアスに転生された辺りは、どうもどんな生き方をしてもアイツ等と関わる運命的なものがあったようだがね」
「そうなんだ……。私もさ、皆が私の知ってる皆じゃないって分かってからは生きる意味が全く沸かなくてさ。
一応、私っぽくはしてたけど何をしてもつまんなくて……」
互いにどんな半生を送ったのかを語り合う。
兵藤一誠の邪魔にならないように極力関わらない様に努め、進化した力は一切見せなかった。
同じくセラフォルーもマコトに並んだ進化を封印してイチ魔王として振る舞ってきた。
それは自分の本心を殺すのと同じであり、とても窮屈だった。
「本当は完全にお前等の事は知らない体で行こうと思ったんだけど、イッセーの奴が嬉々として俺にリアス達の事を話したばかりか普通に連れ出して会わせやがった。
お陰でアイツはリアスにめちゃくちゃ怒られてな……」
「あぁ、だからいーちゃんを前に悪魔である事を皆が隠さなかったんだ? よく記憶とか消されなかったね?」
「イッセーの奴がな『兄弟に教えて何が悪いんすか!』って、言い張り続けたらしくてな。
俺にもよくわからん」
「へー? 本来のいーちゃんってやっぱりそんな感じなんだ? あ、そういえばあの時スケベそうな顔してたなぁ」
「夢がハーレム王なんだとよ。ある意味俺よりかはまともな夢ではある」
「ふふ、そうかもね?」
だからなのか、互いに隠す事無く話せるという事で何時も以上に会話が弾んでいた。
「執事さんだったのに、今は違う……か。
ねぇ、私の部屋にいーちゃんが着てたのと同じ執事服を作って保管してあるんだけど……」
「誰の使いをしろってんだ。小言をいうヴェネラナのババァやグレイフィア達も居ない今、そんな事をやる意味なんて無い」
「えー? 私が見たいのにぃ~」
それはきっと安心感があるからだろう。
上り詰めた領域を隠す事無く、本心で語り合える唯一の相手だから。
「何で俺がこの世界に来たのかわからなかったけど、少なくともお前が俺の知るセラフォルーだって分かったら、少しだけ気分が楽になったわ」
「え、いーちゃんが何時に無くデレてる……」
「鬱陶しいくらいにお前等が構ってきたせいだよ……。結局サーゼクスには勝てなかったし」
「この世界のサーゼクスちゃんになら勝てると思うけど?」
「全然嬉しくねーよ」
後はどうするか。
未だにこの世界に逆行したのかわからないままだが、少なくともこれまでの窮屈さだけは多少緩和しただろう。
本音を語れる相手と再会できたのだから。
「そろそろ帰るか。
セラフォルーも魔王の仕事があるんだろ?」
「それなんだけどさ、私魔王の称号を捨てようかなって思ってたり……」
「は? 何を言って……」
「だってもういーちゃんと再会出来たしさ、前と違って魔王のままだといーちゃんに簡単に会えないでしょう? だったらいっそ降りて……」
「馬鹿言ってんじゃねーぞお前。紛いなりにも象徴の一人が高々人間一匹の為に捨てたなんてなったら俺が殺されるわ」
セラフォルーはそれが特に顕れており、大好きなマコトとの再会とこれからの生が全てに優先されてしまっているせいか、それまで築いた地位から何からを平然と捨て去ろうとしている。
それは流石にマコトが止めたので考え直しはしたものの、やはりかつてグレモリー家とシトリー家二つの執事をしていた頃とは違っておいそれと会いにいけないのはセラフォルーにとって一番の問題らしい。
「でも次は何時いーちゃんとこうやって会えるか……。いーちゃんと会えるって分かった途端、もう何か色々と他がどうでも良くなって……」
「言いたいことは何となく分かるが、お前がそれを言うな。
ベタな台詞かもしれないが、俺の知ってるセラフォルーはそんは事を言う様な女じゃねぇ」
「……。さっきからセラフォルーって他人行儀で呼んでるのは何でよ?」
「そうだったな……セラ」
せめて執事ならば……。
と、かつて彼にだけ呼ぶ事を望んだ自身の愛称で呼ぶ事をせがんだセラフォルーに兵藤マコトとして生きてきた日之影一誠は……しょうがないなとため息を吐いた。
「悪魔の駒はあるのか? いや、そもそも眷属は?」
「? 眷属を作る気は無かったから駒だけ無駄にもて余してるけど……それが?」
本来の自分を知らない者を近くに置きたくなかったという理由で眷属を一人も作らなかったセラフォルーは取り敢えず悪魔の駒だけは持ってると話すと、マコトは……日之影一誠に戻ったかの様に口を開いた。
「今のお前なら俺を転生可能だろうから、駒は何でも良いから俺を転生させてみれば良い。
そうすればそういう理由で会いやすくなるだろう?」
「え……!? そ、それっていーちゃんが私の――じゃなくて私だけの……?」
「……。しょうがねーだろ。お前しかいねーんだからよ」
プイッと顔を逸らしながら眷属にしてみたら良いと話したマコトに、セラフォルーはこれでもかと云う歓喜に支配された。
「いーちゃん!!」
思わず抱き着いた。
かつてならヒョイと避けられてたそのやり取りもマコトもマコトで割りと寂しかったのか、それを受け止めていた。
「ホントに……ホントに良いんだよね? やっぱり嫌だなんて言わないでよ? ていうかもう聞かないけど!」
「振り回される覚悟はとっくにしてるからな……。こうなったらとことんお前に付き合うさ」
そしてこの日より、執事は復活した。
ただ一人の主の下により……。
「これでいーちゃんを二度と離さなくできる。
やった……ふふ、皆に勝てたよ私!☆」
「良かったな、何の話か知らんが」
「ふっふーん! いーちゃんのお陰でセラフォルーちゃんの完全復活だぜ!☆」
本心を唯一出し合える者として。
何より肩を並べられる
「じゃあ詳しい事はまた後日って事でそろそろ……」
「うん、でも最後に……」
「? 何――っ!?」
「んっ……♪ ずっとよろしくね……いーちゃん☆」
「お前……」
「今度は絶対に離さないから覚悟してよ? あ、それとだけど……ね? えっと……できたら、赤ちゃんとか欲しいかな?」
「えぇ……?」
「だって結局あの時はいーちゃんが『俺は誰とも結婚なんざしたくねぇ!』なんて言って逃げようとしたでしょう? でもさ、やっぱり私はいーちゃんが大好きだから……」
「………」
執事さんと魔王少女。
「ま、魔王様の眷属になったぁ!? もしかして生徒会長のお姉さんのか!?」
「………うん」
「て、てことは俺と同じくハーレム王兄弟として成り上がるって事だな!」
「いやそういう訳じゃ……」
「今日から私の女王――というよりパートナーになった兵藤マコト君だよ☆」
「……………」
「質問を良いですか?」
「はーい、何かなソーたん?」
「何故彼は執事服を?」
「それはいーちゃんが紛れもない執事さんだからだぜ☆」
(む、この手つき……私と同等の技量と見て間違いない!)
(グレイフィアは相変わらずだが、ミリキャスが男だとは驚いた。
まぁ、見てくれはそんな変わってないが……。それにしてもサーゼクスが……複雑だな)
(何で僕はセラフォルーの女王にガン見されてるんだろ……)
「いーちゃん♪ いちゃいちゃしよっ☆」
「やめろ馬鹿! 流石に控えろってんだ!」
「良いじゃんか! ちゅーしようよ? あ、なんなら私のおっぱいとかをいーちゃんがちゅーちゅーしても良いよ?」
「するか馬鹿! 声がでかいんだよ!」
「ま、マコトがあんなに俺以外と喋るなんて……ていうかオイ!? 何気に聞き捨てならない事が聞こえたんだが!? 魔王様のおっぱいをちゅーちゅーってどういう事だよ!?」
「コイツが勝手に言ってるだけで俺は……」
「そこなんだよねー? お兄さんとしてビシッといーちゃんに言ってくれるかな? 寧ろ押し倒してやれとかさ?」
「マコトお前! な、何て羨ましい事を言わせてるんだ!?」
「だから勝手に――」
「いーちゃんとの赤ちゃんがほしーなぁ☆」
「お前もう黙れ!」
「しょうがない、ひとつ……皆に教えてあげようか――いーちゃん!」
「………あぁ!」
「嘘だろ……?魔王様の動きに完全にマコトが着いていけてる」
「それだけじゃないわ……見事過ぎる程セラフォルー様と息がピッタリだわ まるで何十年って連れ添った夫婦の様に……」
「でも不思議……。
魔力を放出している筈のお姉様から何も感じない……」
始まらない
補足
ハーレム王やっほーい! してる本来の自分を隠れフォローしながら唯一知ってる人物のセラフォルーさんと再会できた反動で日之影一誠時代の五百倍デレ増しでいちゃいちゃしてるだけの話よ。
その2
領域は基本二人してヤバイに加えて、連携度が某モモシキをフルボッコにするナルトとサスケェばりなんで手に負えないらしい。
その3
ハーレム王こと本来一誠との仲は割りと悪くないどころか、悪魔に転生した事をすぐに話したばかりか、同じく転生させてあげてくれと土下座かましてお願いしちゃうくらい構い倒してるらしい……ちょっとブラコンらしい。