想像していた時の10倍はリアスの実家が大きく、イッセーはとにかく圧倒されっぱなしだった。
家というには余りにも大きすぎる城の門を潜れば、使用人と思われる者達がリアス一人の帰還にファンファーレまで鳴らして出迎えたり、授業参観の時に少しだけ見たリアスの両親の登場に腰が低くなったり、夕飯が豪華過ぎて逆に喉を通らなかったり等々、一ヶ月も果たして持つのか少し心配だった。
(マコトも冥界に来てるのだろうか? アイツが傍に居たら少しは気も紛れたのかもしれないのに……)
だから余計に弟が今何処で何をしているのかと考えてしまい、そんなイッセーの思考がまるで読まれたのかの様に、夕飯の席にて突然、現グレモリー家の家長であるリアスとサーゼクスの父親が細々と食べていたイッセーに問い掛けてきた。
「ところでイッセー……君だったね? 聞くところによるとキミには双子の兄弟が居るらしいのだが?」
「!? あ、は、はぁ……居ますけど」
今まさにマコトの事を考えていただけに、突然リアスの父親から会ったことも無い筈のマコトの事について聞かれたイッセーは驚いて席から跳び跳ねそうになりながらも何とか頷いた。
「双子の弟でマコトって名前です。
けど、何で部長のお父様がマコトの事を……?」
ジーッと此方を伺う様な眼差しを向けるリアスの父にイッセーが逆に聞き返すと、リアスとリアスの母も不思議そうな眼差しを彼に向けた。
「いや、あのセラフォルーさんの眷属になった人間の少年と既に冥界内ではかなり噂されているのでね? キミの兄弟であるなら少しどんな人物なのかと思っただけだよ。特に深い意味はない」
「アナタ? 今はリアスとリアスの眷属の皆さんの帰省を祝う場であって、あの子の眷属の話ではありません」
「そうですわお父様。兄弟であるイッセー以外は彼の事は殆どわかりませんし、話題として話をするには盛り上がりに欠けるかなと……」
「………………そうか、すまないねイッセー君。
今の質問は忘れてくれ」
「あ、はい……」
リアスの母とリアスが咎めて質問はやめたものの、どう見ても彼はマコトが気になる様子らしい。
何が目的なのか……部長の両親であると考えたらネガティブな事では無いと信じたいイッセーだが、ほんの少しだけ警戒心を抱いたとか。
マイナスからゼロくらいまでは列車内での微妙な空気をセラフォルーのお陰で戻せたマコトは、この世界においては初となる―――そして日之影一誠としては約16年振りに冥界へと
「では私達は実家の方へ向かいます」
「うん、私も後で行くから」
「わかりました。では兵藤君と共に来るのをお待ちしてますわ」
「…………」
日之影一誠として生きた世界とは色々と違う。
故に冥界も色々と違うのかもしれないと思っていたマコトだったが、感じる空気や雰囲気や風景は全て自分が生きた冥界と変わらなかった。
シトリー家へと向かうソーナ達と別れ、セラフォルーに連れられる形で彼女が個人的に所有する滞在場所へと向かう為に冥界内を久々に歩く事になったマコトは、目に映る全てが懐かしかった。
「二度と来る事は無いと思ってたのに、まさかこんな形で来ることになるとは……」
「少しは懐かしいと思う?」
「まぁな、あの時の冥界とあんまり変わらないからな……空気感とか」
当時の冥界を思い出しつつ、時系列の関係で少しだけ差異のある今の世界の冥界の街並を眺めながら歩くマコトはセラフォルーの問いに頷く。
この時点で魔王セラフォルーが歩いてるという事で冥界に住まう悪魔達が騒ぎだし始めるが、器用な事に彼女は『魔王レヴィアタン』としてそんな者達の声援に応えつつ、隣を歩く冥界を懐かしむマコトと共に歩いている。
「人気者だなセラは、お陰でその隣を歩いてる俺が変な目で見られてるぜ。
……ま、これは昔と変わらない訳だけど」
魔王の隣を平然と歩く年若き男は何者なのか? といった視線をビジバシ受けながら苦笑いするマコト。
かつての世界でも似たような視線を受け続け、それを無視し続けただけあるのか、慣れたものだった。
「いーちゃんの事はまだ一応公表していないからね。
近々ソーナちゃんやリアスちゃんも出席する若手悪魔の会合の時にいーちゃんを紹介するつもり」
「大勢居そうな場所で晒されるのか……」
「そんな顔しないでよ? 一回そういう場面で宣言しちゃえば、文句言われようとも無視出来るしさ?」
かつての頃と比べたらかなり丸くなったとはいえ、それでも見知らぬ者が大勢居る様な場所に晒されるのはあまり好きではないマコト。
流石に吐くなどはしなくなってきたものの、気持ち悪くならないかと言われたら否定はできないのだ。
「勿論、いーちゃんが執事さんをやっていた頃の悪魔としての名前を復活させる」
「ヴェネラナのババァとグレイフィアとお前が考えた名前か……。それもまた使う事になるなんて、人生って本当にわからないな。
ていうか、別に当時は悪魔でもなんでもない人間だった訳だけど」
「でも今は違う。だから前よりはもっと堂々と名乗れるよ☆」
「ギルバって名前を……ねぇ?」
かつてヴェネラナ達に与えられた名が蘇るとセラフォルーに聞かされたマコトは小さく自嘲めいた笑みを浮かべながらその名を口にした。
「はい到着☆」
どちらにせよ、自分の存在が知られるのはその若手悪魔の会合とやらの時になる。
「一通りのものは揃ってるから、暫くはここに居てね? あ、勿論お仕事が終わったら即座にここに来るから」
「わかった、じゃあ飯でも作ってるよ。リクエストは?」
「えーっとね、オムライス?」
「えらく庶民的だな」
「だっていーちゃんのオムライス好きなんだもん。
昔はリアスちゃんとソーナちゃんが一番いーちゃんの近くに居たから羨ましいくらい食べさせて貰ってたみたいだし」
「リアスはともかく、ソーナの料理はな……」
それならばその時まで精々目立たぬ様にひっそり過ごさせて貰おう……。
セラフォルーの案内で到着した簡易的な家に滞在し始めたマコトは部屋の掃除から何からをしながら仕事を終えて戻ってくるセラフォルーに料理を振る舞いながら過ごしていったのだが……。
「会合の日までここに居て貰おうかなって思ってたんだけど……」
「ん?」
セラフォルーが自身の領の仕事場に向かうのを送り出し、手持ち無沙汰というか仕込まれすぎた職業病というべきなのか、とにかく気づいたら無意識に燕尾服へと袖を通していたマコトが衣装保管としてしか使用してなかった部屋の片付けと掃除をしながら時間を潰していた時に、戻ってきたセラフォルーは少し難しそうな表情と共にマコトに一通の書状を渡した。
「………俺宛にだと?」
「そ、しかも差出人の名前を見てごらん?」
セラフォルーの眷属が現れたという噂だけなら既に広まっているが、まだそれが何者なのかまでは広まっていない筈。
それにも拘わらず一応魔王業務をしていたセラフォルーに手伝いの悪魔が寄越した書状にはしっかりとマコトの名前が入っていた。
「………………。グレモリー家から?」
「うん」
若干気味悪い気分になったセラフォルーは確認の為に一度中身を読んだ。
するとある意味で不意を突かれたというか、驚かされた。
何故ならその差出人は今マコトも驚いた表情を浮かべながら口にした――リアスの実家からだったのだから。
「何でグレモリー家が俺宛に……?」
ありえない。マコトの顔にはハッキリと伺える戸惑いの色が見え、セラフォルーがそれに予想の答えを出す。
「考えられる要因は二つかな? ひとつはこの世界のイッセー君がいーちゃんの事をおじ様やおば様に話しまくった」
「アイツがか? それこそワケわからんだろ……」
「そう思うのはいーちゃんだけかもね? それで二つ目は……単純に私の眷属としていーちゃんが気になったのか。
ほら、イッセー君の兄弟な訳だし、逆に気になるとか」
「まさかそんな単純な理由で……?」
差出人にはグレモリー家一同としか書かれてなく、誰の差し金なのかはわからない。
濃厚な線がこの世界のイッセーがセラフォルーによって完全に自覚したブラコンによってベラベラとマコトについて語りまくってヴェネラナやサーゼクスやジオティクスに関心を売ってしまったという線。
「どうもあのイッセー君はいーちゃんがかなり大切みたいだしねー?☆」
「……。もう一度聞くぞセラ? グレモリー家に俺とセラと同じって人は居ないんだよな?」
「うん、おじ様もおば様もサーゼクスちゃんもグレイフィアちゃんも、そしてミリキャスちゃんも皆違う。
ミリキャスちゃんに至っては男の子だったしね」
「………」
「ただ、見た感じだけだから本当の所はまだわからないかもしれない。
……どうするいーちゃん? 明日グレモリー家に行って確かめてみる? いーちゃんにとってはあまり気の進まない話かもしれないけど」
書状の内容はセラフォルーと共にグレモリー家への招待が記されたモノであるが……差出人個人の銘記はされていない。
セラフォルーが言うには記憶を持つ者はグレモリー家に存在しなかったらしいし、マコトとしても昔の後悔を嫌でも思い出させるグレモリー家に踏み入るにはかなり躊躇を覚えてしまう。
セラフォルーもそんな気持ちを察しているのだろう、断りの返事を出してあげようかとまで言う。
だがマコトは選択した……。
「いや、サーゼクスとグレイフィアの時と同じだ。
何時までも引き摺っていたら前に進めなくなる……だから行くよ」
前に進む為に、受け入れる為に再びグレモリー家に踏み入る覚悟を。
「わかった。それなら明日にでも行くって直接連絡させる」
もう自分は一誠という名前ではない。
この世界の一誠は双子の兄であり、またグレモリー家に受け入れられるのはイッセーでなければならない。
外様の己は関わるべきじゃない……だからその決着をつける。
「悪いけど先に寝る……。明日は色々な意味で長くなりそうだからな」
グレモリー家だけではなくシトリー家とも……。
来るべき時が来た――それだけの事だと自分の心の中で言い聞かせたマコトは、食事もせずそのまま部屋に入っていった。
「…………」
セラフォルーは今マコトが後悔している事をちゃんと知っている。
奪われた事で他人を信じず、ただ力だけを求め、周囲の愛を結局最期まで否定していたマコトが、再び失う事でそれがまやかしでは無かったと気付いてからずっと……。
「私ってやっぱり狡いな。
そんな状態のいーちゃんと私だけが再会できて、独り占めしてるなんて……」
悪魔としての性なのだろう、マコトの後悔を利用してしまっている気がして――何よりマコトを好いていた者達が存在しない事を良いことに自分だけがマコトに見てもらえてるこの状況にセラフォルーは皆に対して申し訳ないと思いつつも、どこか優越感を持っていた。
「いーちゃん、入るよ?」
そんな自分が少しだけ嫌になる……。
しかしそれでもマコトの傍に居られる事が何よりも安心してしまう。
今もきっと部屋の中で落ち込んでるだろうマコトの様子を見ようと足を運んでしまう……。
「…………。寝てないの?」
「セラか……。いや、今から寝ようと思ってたんだ」
マコトは失う事で後悔している。
故に唯一同じセラフォルーと再会出来てからは、かつての粗暴さや周囲に対する否定の感情も無く、自然とセラフォルーを受け入れていた。
今もそうだ、昔なら部屋にこうして入れば嫌そうな顔をし、叩き出されるが基本だったのがセラフォルーが入っても嫌な顔はしていない。
「明日の事……だよね?」
「……。まあ、わかるわな。そうだよ」
ベッドの上で膝を抱えながら蹲る様に座るマコトがとても小さく見え、その隣に腰掛けて聞いてみれば、とても弱々しい返事がかえってくる。
裏切られても動じない心と、全てを踏み潰す力を求め続けた男としてはなんとも情けない姿だが、セラフォルーには今の彼の心中がわかってしまう。
「違うとはいえ、ヴェネラナのババァやジオティクスのおっさんを見たら俺は多分強烈な後悔をするだろうなと思うとな。
ミリキャスにもっと優しくしてやれば良かったとか……」
「充分優しかったよいーちゃんは。
解りづらいかもしれなかったけど、皆それに気付いてたもん」
「………」
セラフォルーの声にマコトは蹲ったまま顔を上げないのでどう思っているのかはわかりづらい。
でも、こんなに弱々しい彼を見るのも今では自分だけという優越感が心の底に根付いていき、セラフォルーは少しだけ自嘲した笑みを浮かべてしまう。
(やっぱり狡いなぁ……)
こんないーちゃんを独り占めできるなんて……。
きっとリアスやソーナ達が見ていたら歯軋りしながら悔しがるだろうな――そんな事を考えながらセラフォルーは蹲るマコトの背に触れ、悪魔っぽく囁く。
「大丈夫だよいーちゃん、何があろうとも私が傍に居るから……」
今の精神状態のマコトにこんな事を言えば簡単に陥落すると分かってて、卑怯だとわかっててもセラフォルーはマコトに囁く。
だってそれがセラフォルーの本心だから。
「だから明日に備えてもう寝た方が良いよ?」
「…………あぁ」
「じゃあ、おやすみいーちゃん」
ポンポンと背中を軽く叩きながらそう言ったセラフォルーは、明日こそある意味大きな戦いになりそうだ……と考えながらベッドから立ち上がり、部屋を出ようとしたその時だった。
「ごめん、ちょっと待ってくれセラ……」
「へ?」
部屋を出ていこうとしたセラフォルーが腕を掴まれ、マコトに待ってくれと言われた。
流石のセラフォルーもこの行動に驚いて振り返ると、顔を上げていたマコトが少しだけ言いづらそうに目を逸らして口を開く。
「お前にこんな事を頼むのもそもそもお門違いというか、今更何をほざいてるのかってなるかもしれないけど、ごめん……本当に今日だけで良いから傍に居て欲しい……」
「い、いーちゃん……」
一撃だった。
それも今までにない必殺クラスの一撃の言葉だった。
マコトの方から傍に居て欲しいと言われたセラフォルーは一瞬の放心の後に沸き上がる猛烈な幸福感に支配された。
「今更セラに強がってもしょうがないと思ってこんなしょうもない弱音を吐いて幻滅したかもしれないけど……」
「そ、そんな事無い……。でも……良いの? 私だよ……?」
「お前じゃないと嫌だ……」
その一言が完全にセラフォルーの中で何かが吹き飛んだ。
自分じゃないと嫌だ……本当の意味で小さな頃から見てきた生意気な男の子が何時しか惹かれていったセラフォルーにとってこれ程嬉しい台詞は他に存在しない。
「うん、わかった。ふ、ふふん……もう、しょうがないなぁいーちゃんは?☆」
二つに結んでいた髪をほどきながら、自分らしく振る舞おうとするも、歓喜が強すぎてうまくいかない。
「今日だけとは言わなくて良い、いーちゃんが望むならずっと居るよ? 寧ろ嫌になっても離れてあげないんだから☆」
「……ありがとう」
あぁ、幸せってこういう事なんだろうと、今改めて知ったセラフォルーは薄着にその場に着替えてベッドに入ると、小さくお礼を言ったマコトを優しく――そして愛しそうに抱き締めた。
「長かったな……。やっといーちゃんに受け入れて貰えるまで……」
「……」
「でも嬉しいよ……ずっと想い続けたんだもん。
もう絶対に離さない……何があっても」
互いに密着しながら抱き合う。
狡いと思うけど、でもやっと届いた……セラフォルーは今だけは許して欲しいとかつての妹やライバル達に謝りながら、不意討ちでもなんでもなく、ゆっくりと優しく……マコトにキスをした。
そして……。
「大好きだよいーちゃん☆
だから……私をいーちゃんのものにして?」
「セラ……」
「周りが何を言おうがもうどうでも良い。
私にとっていーちゃんが全てだから……いーちゃんがサーゼクスちゃんを追いかけた様に、私はずっといーちゃんに追い付こうと頑張れたんだから☆」
進化を続ける異常者と追い付こうとした魔王は更に強い繋がりとなる。
補足
ブラコンが表面化したせいで、微妙に警戒心が強いイッセー君。
横で見てたゼノヴィアさんやアーシアさんは最近のイッセーに若干戸惑い、小猫たんは『あ、あれ? 何で急にカッコいいんだろう?』と別の意味で戸惑ってたとか。
その2
セラフォルーさんのプライベートハウス(衣装倉庫)に滞在する事になった彼は、職業病が発動して綺麗にお掃除してましたとさ。
んで、セラフォルーさんのコスプレを間近で鑑賞しまくってたんだとさ。
その3
前を向こうとは思うけど、思い出が強すぎるグレモリー家やシトリー家と関わるのはやはり抵抗感があったらしい。
後悔の葛藤とか……。
そんな彼だからこそ、唯一自分の全てを知ってくれるセラフォルーさんは最早心の拠り所という存在だし、恐らくかなり強い執着心を抱き始めてます。
向こうもそうだけど。
その4
大丈夫、健全にギュッてしながらスヤスヤしてただけで別になんもしてないよ。
……朝起きたら互いに全裸で若干気まずかったみたいだけど。