強くなる。
今よりも更に、無限の進化の先の最強へ。
忘れかけていた情熱をセラフォルーとヴェネラナだったシャルロットとふれ合う事で思い出したかつての日之影一誠は、覚悟を決めた。
世界の癌となろうとも、この二人だけはもう二度と手放さない。
例えそれが悪と見なされても――この世界の己自身と敵対する事になろうとも……。
「どんな事をしても必ず迎えに来る。
だからもう少し待っててくれ」
「あの一誠? ひょっとしてからかう為にわざと言ってる?」
「? からかう為って何がだよ?」
「…………。セラフォルーちゃん、反抗期を終えた息子がとんだタラシになってしまったわ」
「わかってるよおば様、自覚してない辺りがまた憎らしいけど、私かおば様相手じゃないと言わないと思うから他を相手に言うことなんて無いと思うぜ☆」
「だと良いのですけどね……」
「あ? なんだよ二人してヒソヒソと……」
自分の為ではなく、自分を家族の様に愛してくれた者の為に進化する。
それが日之影一誠から兵藤 誠へと変わった男の生きざまとなる。
セラフォルーに続いてヴェネラナとも再会出来たマコトはこれまでに無い生の充足感を滾らせながら、シャルロット・バアルである彼女を『拐う』為の第一歩を敢行する為に、当初全く乗り気じゃなかった、若手悪魔の会合席でのお披露目に出席する事となった。
「で、俺は何をするんだ?」
「素晴らしいくらいにやる気になってるねいーちゃんは?
うん、特にいーちゃんがする事は無いかな? 私がいーちゃんを紹介して、文句が出るならさっさと黙らせるつもりだし」
第一歩・『セラフォルーの将軍として冥界内の悪魔達の脳髄に染み込ませる』
単純に魔王の眷属というなった瞬間から転生悪魔としては上位に位置する立ち位置を利用する事でスムーズに違和感無くシャルロットを引き抜く。
それが無理ならお得意の方法を使うまでだが、使わずに済むならそれに越したことは無いというセラフォルーとシャルロットの言葉もある為、わざわざ遠回りをする事になったマコトは、対人コミュニケーション能力がお世辞にも良くないにも拘わらず、何時にも無くやる気に満ち溢れまくっていた。
「今日来る若手悪魔にはこの世界のリアスちゃんとソーナちゃんも含まれてるし、今頃は控えのお部屋で時間まで待ってると思うんだ。
で、そこで作戦なんだけど、その控え室に突撃しちゃおう」
「えぇ?」
「若手の子は他にも居るからね、まずはその子達にいーちゃんの存在を刻ませるのも必要だから。
これもおば様を連れ出す為だよいーちゃん?」
「………。オーケーわかった」
朝イチ、それもリアス達がまだ寝てる間にグレモリー家を出た二人の作戦は既に始まっている。
今はまだグレモリー家に残るシャルロット元ヴェネラナを連れ出して自由にする為に――何より返せなかった恩を返す為に。
「じゃあ行こっか?」
「何でも来やがれ、ババァを連れ出す為だ……!」
セラフォルーとマコトは肩を並べて歩き始めた。
朝一番でセラフォルーとマコトは帰った。
別れの挨拶どころか一日の滞在の間も殆ど会話が出来なかったイッセーはそれはそれは落ち込んだのだが、本日が若手悪魔の会合で、その会合に魔王としてセラフォルーも出席するからマコトも居るかもしれないという、妙にマコトに対して寛容になっているリアスの囁きに元気を取り戻したイッセーは、こうして会合の会場へとを仲間達と共にやって来たのだが……。
「アガレスもアスタロトもすでに来ている。その上ゼファードルだ。
着いた早々にアガレスとゼファードルがやり合い始めてな」
黒髪の逞しい身体つきをした青年と出会し、親しそうにリアスと挨拶を交わす流れで彼がリアスの従兄弟で、バアル家の次期当主のサイラオーグなる青年とイッセーは知ることになったのだが、どうも部屋の前の通路に居た彼が言うには、只今他の家の若手悪魔同士が部屋の中でいがみ合ってる様だ。
確かに彼が言った通り、いがみ合いの果てなのだろう証拠に建物が揺れ、巨大な破砕音が響いた。
リアス達も会合前に騒ぎで中止にされては堪らないと、中が気になったのか、躊躇いもなく音のした方向というか部屋の大扉を開けると、見事に大広間の中はグチャグチャに破壊されており、その中心には元凶だろう二人の悪魔と眷属達が殺意をぶつけあっていた。
「ゼファードル、こんなところで戦いを始めても仕方なくてはなくて?馬鹿なの?死ぬの?死にたいの?殺しても上に咎められないかしら?」
睨み合う二陣営の片方――比較的普通そうな悪魔たちの1人、女性の悪魔が息継ぎも無しにまくし立てるように言っている。
一瞬イッセーが『お?』って顔をしようとしたが、隣に居た小猫に『空気を読め』的な目で睨まれたのでキリッと表情を締め直していた。
「ハッ!言ってろよクソアマッ!
俺がせっかくそっちの個室で1発仕込んでやるって言ってやってんのによ!
アガレスのお姉さんはガードが堅くて嫌だね!
へっ、だから未だに男も寄ってこずに処女やってんだろ? ったく貴族の女共はどいつもこいつも処女臭くて敵わねぇわ!
だからこそこの俺が開通式をしてやろうって言ってんのによぉ!」
そんなイッセーの無意味なカッコつけは誰にも見られる訳もなく、えらく下品な言動の男性へと注がれている。
顔に魔術的なタトゥーを入れており、緑色の髪を逆立てている姿は何処かチンピラじみていた。
「此処は時間が来るまで待機する広間だったんだがな……。
もっと言うなら、若手が集まって軽い挨拶を交わすところでもあった。
ところが若手同士で挨拶したらこの始末だ……。
血の気の多い連中を集めるんだ、問題のひとつも出てくる。
それも良しとする旧家や上級悪魔の古き悪魔たちはどうしようもない。
―――――無駄なモノに関わりたくはなかったのだが……流石に目に余る」
いがみ合いを前に当初は放置しようとしていたサイラオーグも見かねたのだろう、両者を物理的にでも止めようとその二人の間に入ろうとした時だった。
「あーあ、誰が修繕費を払うんだろうね?」
『っ!?』
リアス達の背後から聞こえるこの場の空気には少し合わないのほほんとした声に文字通り全員が振り向き――そして身体を思わず硬直させた。
何故ならその声の主は、魔法少女衣装を正装だと本気で宣う四大魔王の一人にて、最近になってやっと一人だけど眷属を持ったと噂されるグレイフィアを抜き去り現最強の女性悪魔とも吟われる存在……。
「喧嘩するならお外でしてよねー? ま、見なかった事にしたるけど☆」
「レ、レヴィアタン様……!?」
セラフォルー・レヴィアタンなのだから。
「な、何故レヴィアタン様が此処に……?」
魔王の出現という事で、その場に居た若手達全員が――それこそ殺し合い寸前までになっていた者達までもがセラフォルーの前に膝を折って頭を垂れ、何故ここへとリアスが問うと、セラフォルーは頭を垂れる者達に『いいよいいよ』と返しながら口を開く。
「今日は若い子達の会合な訳でしょう? 私の眷属も若い訳だし、経験を積ませる意味で見学させようかなーって連れてきたのさ☆」
「え、マコトも居るんですか!?」
「イッセー!」
噂の眷属を連れてきたというセラフォルーにマコトを知らぬサイラオーグ達若手が興味深そうな顔をする中、イッセーがわかりやすい反応をしてしまう。
当然それをリアスに咎められる訳だが、セラフォルーはそんなイッセーにニコニコしながら頷くと、後ろに控えていた燕尾服姿のマコトを前に出す。
「私の
「彼がレヴィアタン様の……」
「……………………………………」
自慢気にマコトを紹介するセラフォルーに、リアス達を除いた若手達がこぞってマコトへと視線を向ける。
その瞬間マコトの顔色が若干変わったが、ほんの僅かな変化でしかなく、バレる事はなかった。
「それじゃ、私は準備の打ち合わせがあるので失礼するけど、いーちゃんの事よろしくね~☆」
「え、彼を置いて――ちょ、セラフォルー様!?」
そんなマコトをセラフォルーはよろしくーと軽い調子で若手達に預けると、さっさと部屋を出ていってしまった。
思わず止めようとリアスが声を出すも、セラフォルーには聞こえてなかったらしく、残ったのは終始無言なマコトと微妙過ぎる空気だけ。
「………………………」
「お、おいどうするんだよ?」
「私に聞かないでよ、レヴィアタン様の眷属の噂は聞いてたけど……」
そんな空気な為か、さっきまで殺意を向けあってた悪魔二人もそれどころじゃなくなったと、話し合いつつマコトの行動を観察していると、どういう訳かマコトはおもむろに破壊された大広間を片付け始めた。
「……………………」
『………………』
せっせと破壊された瓦礫や装飾を退かしていくマコトに悪魔達はどうしたら良いのか解らずに困惑する中、リアスの眷属でその彼に凄まじく顔が似ている少年――つまりイッセーが普通に話し掛け始めた。
「何してんだよマコト?」
「む、マコト? そう言えばキミに似ているがひょっとして……」
「あ、はい。俺の弟ッス」
「なんと……そうだったのか」
本当に気安く魔王の眷属に話し掛けるものだから当初何も知らない若手達はギョッとしたが、聞いてみると彼はどうやらリアス・グレモリーの兵士の弟らしい。
質問したサイラオーグに答えたイッセーはせっせと無言で片付けを続けるマコトに再び話し掛ける。
「何で片付けなんてしてるんだよ?」
「理由なんて知らないけど、こんなに散らかってるからだよ。
寛げと言われた所で無理だろ?」
「まあ確かにだな……じゃあ手伝うわ」
「おう、じゃあそっちの瓦礫を片してくれ」
「よっしゃ、兄貴に任せろ!」
淡々とした言い方に散らかした元凶が一瞬ビクッとしていたのを横目に手伝いを申し出たイッセーも片付けを始める。
「ならば俺も手伝おう、人手は多いに越したことはないだろう?」
そんな二人を見て思うところがあったのか、サイラオーグまでも眷属と共に手伝い始める。
「おいそこの二人。散らかした元凶なのだから手伝うのが筋だろう?」
「あ、は、はいそうね……」
とてもシュールな光景と化す中、元凶に対してサイラオーグが言うと、空気に飲まれる形で片方の女性悪魔が慌てた様に動き始めるのだが、もう一人……つまり男性の方の悪魔は反発しはじめる。
「何で俺までやらなきゃならねーんだよ」
「破壊したのはお前とシーグヴァイラだろう? 寧ろ魔王様の眷属の方が誰に命じられる訳でも無く片付けをしてるというのに、恥ずかしくないのか?」
「はぁ!? んなもんソイツが勝手にやり始めただけだろうが!!」
正論をサイラオーグに言われ、ムキになってしまった男性悪魔……ゼファードルがマコトを指差しながら怒鳴る。
その瞬間、シーグヴァイラが『やっぱり死んだ方がマシなくらいのバカね』と内心思う中、サイラオーグが諌める言葉を放とうとしたそのタイミングで、意外にもマコトが口を開いたのだ。
「別に手伝って欲しいとは思ってません、これは私の――所謂癖の様なものですから。
皆様も私を手伝う必要はございませんので、どうぞ別室でお休みください」
そう言って淡々と作業に戻るマコトにイッセーが水臭いぞと言いながら肩を組んでくる。
「待て待て、俺は手伝うぜ? 兄貴だかんな!」
なっはっは~! と笑いながら兄を妙に強調するイッセーに、サイラオーグが続けて口を開く。
「まあ確かにやる気の無い奴を手伝わせても邪魔なだけか。
おいゼファードル、お前達は手伝わなくても良いからここから出ていけ、そこに居られると片付けの邪魔だ」
「なっ! て、テメェなんだその言い方はァ!!」
サイラオーグの言葉が癪に触ったのか、激昂したゼファードルが怒りに任せて無事だった装飾を破壊してしまう。
「魔王の眷属だか知らねーが、聞けば最近入ったばかりの野郎だろうが! そんな奴に偉そうなツラされてたまるか!」
「彼は別に偉そうにしてないだろう、それともう壊すな」
「ケッ! バアルの無能がさっきから偉そうにほざいてるが、テメーなんざそうやって小間使いの真似事がお似合いだぜ!」
しかしその怒りに任せすぎた言動はいけなかった。
サイラオーグに向かって罵りの言葉を吐いたその瞬間、ゼファードルの視界は反転しながら床に転がる事になってしまったのだから……。
ゼファードルが会合どころでは無くなり、眷属達に抱えられて強制退室となったタイミングでソーナが眷属達と共に来た訳だが、来るなり大広間の片付けをしてるライバル達の姿と、列車で話をした時以来見ることのなかった姉の眷属であるマコトというシュールな光景を見せられてしまった。
「お見苦しい所をお見せしてしまいました。
私はシーグヴァイラ・アガレス。大公、次期当主です」
「ごきげんよう、私はリアス・グレモリー。グレモリー家次期当主です」
「私はソーナ・シトリー。
シトリー家の次期当主ですけど……あの、一体何がどうなって皆さんは片付けを?」
ゼファードルとシーグヴァイラの喧嘩から始まった事を知らないソーナが淡々と誰に命じられた訳でもなくお茶の用意をし始めてるマコトをチラチラ気にしながら質問すると、席についていたサイラオーグが答えた。
「ちょっとした騒ぎがあってな……まあ、概ね解決したから問題はない。
さて自己紹介を続けるぞ? 俺はサイラオーグ・バアル。次期当主だ」
先ほどの騒ぎの中で優雅にお茶を飲んでいた優しげな雰囲気の少年も口を開く。
「僕はディオドラ・アスタロト。
アスタロト家の次期当主です。
皆さんどうぞ宜しく」
問題ないというサイラオーグの言葉にソーナは取り敢えず納得し、実はずっと騒動の最中も居たもう一人の若手が自己紹介を済ませると、見事なまでの手際の良さで準備を完了させたマコトが席につく若手悪魔達にお茶を出す。
「…………………………」
音もさせず、ギャグみたいな速度で各次期当主にお茶とお菓子を配るマコトに慣れてない者達は非常にやりづらい気分になる。
「えーっと、アナタも座ったらどうだ?」
「……………。いえ、貴族でも純血でも無い私にその様な資格はございません、ですからどうかお気になさらず」
「だがレヴィアタン様の将軍なら……」
「先程の方―――えーっと、名前は存じませんが、その方の仰る通り、私はセラフォルーお嬢様の将軍ではありますが、悪魔に転生したのはほんの最近ですから」
そう言いながら各若手達の後ろに控える様に立つ眷属達よりも更に後ろへと下がったマコトは、背筋を伸ば
して直立不動となる。
そうまで言われてしまえば勧めたサイラオーグもこれ以上言えなくなる訳だが、彼はどうにもマコトが気になって仕方なかった。
だからもう少し話がしたいのだが、梃子でも動きそうもない姿を前に困ってしまう。
するとそんなマコトに対してソーナが笑みを浮かべながら口を開く。
「ではアナタと居る時の姉の様子を知りたいので聞かせて貰えますか? そこからだと中々声を大きくしないと聞こえないでしょうけど」
「………………」
座らないと終始話を振って何度も聞き返すぞ? と言外に微笑んで言うソーナに横に居たリアスが驚く。
何時の間に彼相手にそんな話掛けられる様になってたのかという意味で。
しかも……。
「座りはしませんが、これくらい近ければ聞こえるでしょうか?」
「義理堅いというか頑固というか……。まぁ良いでしょう」
座りはしないものの、近づけさせる事に成功してるのだから余計に。
「ソーナ……貴女一体いつの間に?」
「彼とは冥界に向かう列車で鉢合わせしてね。
話してみると普通に返してくれるわよ?」
ちょっと自慢気に返すソーナ。
内心『セラフォルー様の妹の分、近づきやすいのね……厄介だわ』と、イッセーを通じてマコトを取り込もうと考えていたリアスは思わぬ伏兵にうかうかしてられないと考える。
「俺の知らないマコトだ……」
「チッ、気取りやがって」
「あ? おい匙、今お前マコトに何か言ったか?」
「あ? 別に何にも言ってねーが?」
そんな態度を前にソーナの言うことなら聞くと勘違いしてしまってる兵士の匙が悪態をつくと、聞こえていたイッセーが匙とメンチの切り合いになる。
無論すぐさまリアスとソーナに怒られる事でその場は収まるが、何やら今後複雑な事になりそうだ。
(あー……さっさと終わらせてぇな。それにババァは今頃何してるんだろうか……。
早く連れ出して、セラと三人でトランプでもしてぇ……)
尚本人はそんな周囲の状況なぞどうでも良く、終始シャルロットとセラフォルーの事ばかり考えている。
そんな俗っぽい思考回路が読まれてた――という訳では勿論無いのだが、朝方までグレモリー家に居たという理由の延長線のつもりで突然リアスがマコトに質問する。
「アナタが他人と仲良く出来るという基準は何なのかしら?」
「は?」
何だその質問は? と、この世界のスキルを持たぬリアス・グレモリーの質問にポカンとするマコト。
「いえ、セラフォルー様もそうだったけど、昨日我が家に来た時にアナタはウチのメイドと仲良くなっていたでしょう? どんな基準でそうなるのかなと今後の参考に聞いてみようかなと……」
「グレモリー家のメイド……?」
「あら、そんな事があったの? 興味深いお話ですね?」
つまりシャルロットと仲良しに見えたらしいリアスは、一体どんな理由で他人と仲良くできるかしないかを判断してるのが知りたいらしい。
(そのメイドとセラが俺と同じ別世界の存在で、実は別世界のアンタの母親だからですよ―――なんてバカ正直に言ったら頭のおかしな奴扱いされるし、そもそも教えるつもりもねーけど…………どう答えるかな)
ウチのメイドというリアスの言葉に一瞬サイラオーグが反応したのに気付かず、興味深そうにしてるソーナに見られながらマコトは上手い言い訳を考える。
「別に理由なんてありませんよ。
偶々彼女が……つまりシャルロットさんがお掃除をしていたのを見て『このやり方の方が効率が良い』と思って思わず口出してしまったら――とかそんな切っ掛けですし」
本当はボーッとしながら隠れてたら見つかって城の地下まで連れていかれた――とは言わずにそれっぽい理由をでっち上げたマコトにリアスは『ふーん?』と頷いて一応納得した顔をする。
まあ、そのメイドを近々絶対に円満退職させる訳だが……と、反抗期の反動なのか、セラフォルー共々二人に対する妙な独占欲的なものを持ち始めてるマコトは内心呟くのだが……。
「シャルロット……だと?」
そんなマコトの先程口にしたヴェネラナの今の名であるシャルロットに反応したのがサイラオーグだった。
「? どうしたのよサイラオーグ?」
「い、いや……えっと、マコト君と言ったかな? 今リアスの実家で仲良くなったメイドがシャルロットと言ったか?」
「? そうです――っ!? (待て、そういえば流してたがコイツは確かバアルだったか!? し、しまった……!! 迂闊だった……!)」
明らかに動揺してるサイラオーグを前に、マコトはシャルロットの名前を出してしまった事を激しく後悔した。
他の面子はシャルロットに対して興味の無い様子なので彼女の出生は知らない様だし単なるメイドだと思ってる様だが、サイラオーグは次期バアルの当主だ。
家系から消されてるとはいえ、シャルロット・バアルという存在を知っていてもなんらおかしくはない。
「………………」
(くっ、ババァとセラと会えて気が緩み過ぎたか……! どうする? 消すか?)
無言のまま動揺してるサイラオーグを前に、こちらも顔には出してないものの内心思いきりテンパるマコト。
次期当主の彼が不倫の末生まれたシャルロットをやっかまない保証はどこにもないのだ。
そう思いながらサイラオーグの出方を伺っていたマコトだったのだが……。
「……ふ、フッ……えーっと、だ……。どうだった?」
「は?」
「サイラオーグ……?」
『?』
サイラオーグはどう見ても取り繕ってる様な笑みを無理して浮かべ『俺は常にクールだぜ』的な雰囲気をこれまた無理して放ちながら主語がすっぽり抜けてる質問をし始めたのだ。
「だ、だからだ。そのシャルロットさんというメイドはどういう方なんだ?」
「………。仰る意味がよくわかりませんが……」
「そうよ、ウチの使用人に何か気になる事でもあるの?」
「いや別に無いが。
えっとほら、彼との会話の切っ掛けになればと思ってだな……」
コイツ絶対嘘だ。
マコトはすぐに彼の動揺っぷりで見抜くが、マコト以外はどうやら他は騙せたらしく、ふーんといった態度だ。
「例えば髪型とか顔立ちとか……」
「何でアナタがそんなに気にするのよ?」
「だ、だから言っただろう! 彼との会話の切っ掛け作りだ! 他意はない!!」
「な、なに怒ってるのよ……」
「アナタらしくありませんね……」
「もしかしてだけど、そのメイドが気になるとか……」
「そんな訳あるか! 貴様殴るぞ!!」
「なっ!? じょ、冗談さ!」
とはいえ、その動揺っぷりには思うところがあったのか、最後に自己紹介をしたディオドラ・アスタロトという悪魔が冗談混じりで発言した瞬間、サイラオーグがテーブルを叩き割る勢いで立ち上がると、普段の彼とは思えない取り乱しっぷりで殴り掛かろうとする。
勿論本当に殴り掛かりはしなかったものの、それを見ていたマコトはなんとなく察してしまう。
「………………………。セラフォルーお嬢様が記念にと三人で撮った写真が私の携帯に保存されていますが……」
「な、なに!?」
あ、コイツまさか……と。
そしてある意味ドンピシャだった。
「と、撮ったのか? へ、へー? 別に興味はないけど一応見せて貰っても……」
「(イラッ) 嫌ですね。シャルが『写真撮りが悪くて恥ずかしいから他の人には見せないでください』って言ってましたので」
「シャル!? 何だその呼び方は!?」
「単なる愛称ですが? 嫌に彼女に食い付きますが……ふっ、まさか気になるのでしょうか? 先程は興味ないとおっしゃってましたが……」
「! あ、あぁ……別に無いが、どうしてもというなら聞いてやらない事もない―――――」
「あ、そうですか。
時にグレモリー様、シャルロットさんにお暇を与える事は可能でしょうか? セラフォルーお嬢様がお食事にでもと言ってまして……」
「ええっ!? そ、それはいいけど、何でうちのメイドと……」
「おいリアス!!! その暇は何時だ!?」
「ひゃ!? さ、サイラオーグもなんなのよ!?」
そしてその予感は的中していた。
「な、なぁマコト君? キミとは何となく話が合いそうだし、どうだ? そのメイドの暇に合わせて食事でも」
「嫌です。何で貴方と食事をしなければならないのですか? お嬢様とシャルに貴方が加わったら気まずくて盛り上がる気がしないでしょうし」
「と、トーク力には自信があるぞ俺は!」
ある意味別の意味でサイラオーグの事が嫌いになりそうなマコトは、これまた皮肉な事に彼に対して素で対応し始めていた。
(ふざけやがってこのガキ……。
よりにもよって俺のババァに色目使いやがって……殺すぞ)
流石に本気で殺すつもりはないものの、やはり反抗期が終わった反動が日増しに増幅してる感は否めず、遅すぎるマザコンの気が発現し始めていたのだった。
しかも無意識に『俺の』とか思ってる辺りが既に重症だ。
(リアスの実家でメイドをさせられてるシャルロットさんとはつまり間違いなく彼女の事……!
くっ……ま、まさかこんな形で彼女の近況を聞くことになるとは……!
しかも彼女を愛称で呼ぶだなど……これほど悔しいと思うことはないぞ兵藤マコト……!!)
(……。まさかセラにもそんな野郎が居やしないだろうな? クソ、心配になってきた……)
そしてこの日を境に、サイラオーグは『ひょうきんもの』として見られる事になっていく……。
と、いうよりある意味『似た者同士』の奇妙な繋がりと付き合いはこの時から始まったと言えよう。
補足
反抗期を終えた反動により鬱陶しさを増しているマコト。
……まあ、相手があの二人なので寧ろおおらかに喜んで包み込むでしょうけど。
その2
え、別世界のストーカーサーゼクスだろって?
大丈夫彼は純粋だからそんな事しない!
その3
その頃のシャルロットもといヴェネラナさんは、渡された携帯でセラフォルーとマコトの二人からのメールと電話を楽しみに待ちながら、健気に頑張ってます。