奴隷同然の兵士に女神の祝福を(悪魔だけど)
匙元士郎は転生悪魔だ。
それも、あのソーナ・シトリーの兵士だ。
それはつまり、彼もまたソーナ達の様に記憶を持っている―――
「冥界からの通達ですわ。
……今後無意味にリアス・グレモリー達への接触を禁ずると……」
「どいつもこいつも……! 何も知らない外様にどうしてそんな命令をされなくてはならないのよ!」
「……。どうやらあの篠ノ之束という人がシトリー家と冥界の上層部に色々と私達についての捏造した悪評をリークしたかららしいです」
「くっ!」
「……………」
訳ではなく。
彼は普通に記憶も持たないただの少年だ。
では何故そんな彼がソーナの眷属になれたのか? それは簡単な事だった。
「チッ、こうなったら匙! アナタならまだ警戒されないでしょうから今すぐにでもリアスの写真を撮ってきなさい!」
「何故俺が……それに接触を禁止させているのなら余計に刺激しないほうが……」
「これは命令よ!」
「…………」
彼の複雑な家庭環境をある程度解決してくれたのが、鼻息荒くリアスの盗撮を命令してくるソーナ――というかソーナの実家だったからだ。
それに加えて彼は神器も宿していたのもあり、本人は薄々承知してるのだが、ソーナは朱乃達とは違って記憶を持たない彼を単に使い勝手が良い文字通りの駒として恩を盾に使っているのだ。
「………大丈夫なのですか? 彼に任せて」
「現状、匙はどうも一番リアス達から警戒されてないわ。
それに、彼は私に対して好意をもってるようだしね、大体は聞くわよ」
「確かにこの前も織斑一夏達に生徒会の仕事を手伝って貰ってましたけど」
「だからこそなのよ。
しかもよ? どうやら日之影誠……という兵藤一誠に顔がそっくりで違和感しか覚えない男からもかなり警戒されてないみたいだから、まずは眷属達の警戒を匙を使って解かせるわ。
というか、それ以外に記憶を持ってない匙を眷属にした理由なんてないもの」
「…………………。大分変わられましたねソーナ様も」
「優しさだけで救われないって悟っただけよ」
記憶を持たないからこそ警戒の網の目を抜けられる。
要するに匙は利用されていると知った上でも恩を盾に断られない状況にぶちこまれてしまっているのだ。
「我慢しよう。アイツ等を大学卒業まで俺が何をしてでも頑張らないと……」
弟と妹がせめて人並みの生活を送って巣立る日までは、どんな屈辱だろうと耐えてやる。
荒れた己を恩着せがましいとはいえ、ある意味で救ってはくれたソーナからのストーカー強要に対しても、自分にそう言い聞かせながらただただ奴隷の様にコキ使われる匙は、言われた通り本当の本当にやりたくもないリアスの盗撮をする為にペン型カメラと生徒手帳に仕込んだカメラのチェックをしながら……ちょっと涙ぐんでいた。
「くそ、くそっ……!」
いくら弟と妹の為とはいえ、こんなみっともない行為を見せられるわけが無いし、考える程情けなくて涙が止まらない。
男子トイレの個室で盗撮グッズのチェックだなんて、そんなものはやりたくもないし、現状の環境をある程度良くしてくれたとはいえ、所詮悪魔は悪魔なんだという現実は彼の心を別の意味で疲弊させるには十分なのだ。
と、まぁ鼻をすすり、涙を制服の袖で拭きながらバッテリー等の確認を完了させた元士郎が、まずはどうやってリアスに近付こうかと、泣けるくらい可哀想な理由と共に考えていると……。
「サジ先輩?」
ちょうど男子トイレから出た瞬間、声を掛けられた。
ちょっと泣いてたというのもあったので、ギクッとした元士郎は急いでカメラが仕込まれてるペンと生徒手帳を隠しながら振り向くと、そこには金髪輝く少女が居た。
「あぁ、キミ……か」
この少女の事は知ってる。
ていうかこれから盗撮しようとする相手と密接に関わってる者の一人だった。
なので元士郎は若干動揺を隠せずに居ると、少女……シャルロット・デュノアは元士郎の目が赤く充血していることに気付いた。
「えっと、何かあったのでしょうか?」
「何でもねーよ……」
ソーナにコキ使われ、リアスを何度か遠くから観察したりしていた元士郎は、その縁からか、リアス眷属の一年生組とそれなりに顔馴染みになっており、ここ最近もソーナに一人で学園全体の草むしりを一人でやってろと命令された時に手伝って貰った事もあった。
その際、あまりにも自分が情けなくて泣いてしまった姿を見られたのもあってか、今も泣いていたことを見抜かれてしまったのだ。
「何でもないから……それじゃあな」
「待ってくださいよ、顔色もよくないし、目も……」
「何でもないったら無いんだよ! ほっといてくれ!!!」
そんなシャルロットに心配される声を掛けられてしまってる元士郎は、今からそのシャルロットの主の盗撮をしなくてはいけないだなんて言える訳も無く、また心配までされてるという罪悪感でつい強い口調で突き放そうとする。
本心ではわざわざこんなゲス野郎の心配をしてくれる事に深く感謝したいのに、それすらも言えない。
元士郎はまた別の意味で泣きたくてしょうがなかった。
「放ってなんておけませんよ。
だってまた一人で生徒会のお仕事をしてるのかもしれないし……」
「この前、織斑や篠ノ之やキミや布仏に手伝って貰って本当に感謝はしてるよ。
でも今回は別に一人で出来るから……!」
盗撮しますなんて言えねぇよ! と内心絶叫しながら、一人で絶対にこなせると話す元士郎が足早にシャルロットから離れようとする。
が、ソーナ眷属の中では唯一まともに見えて尚且つあまりにもソーナ達からコキ使われてる姿を目にしてるせいか、普通に同情していたシャルロットはどうしても半泣きな顔をしてる元士郎を放って置く事はできず、そのまま付いてきてしまう。
「今日はお花か何かでも植え替えるんですか?」
「違うよ。良いからアッチ行けよ、部活だろ?」
「リアス部長なら、サジ先輩のお手伝いを少ししていたと言えば許してくれます。
……どうみても生徒会でもその他の意味でも先輩だけ浮いてる様にしか見えないし」
いや、付いてこられると非常に困るんだよ! と、盗撮の件から何から何まで全部ぶちまけてやりたくなってきた元士郎は、ほぼ走りだしてシャルロットを引き離そうとするが、公式デビュー前からレーティングゲーム戦績の期待が掛けられてるレベルを持つリアス眷属の一人をそう簡単に引き離せる訳も無く、難なく追い付かれてしまう。
「く、クソ! 何なんだよ!?」
「そこまで頑なだと却って気になるんですよ。
別に生徒会長さんとかには言いませんし、僕で良かったら愚痴の相手くらいにはなれるかなって……何だか放っておけないというか……」
「………」
その優しさが逆に辛すぎるわ!! と、罪悪感で捻り潰されそうな気持ちの元士郎。
こうなってくると完全に作戦を変更せざるを得なくなってしまった元士郎は、一旦は諦めてありもしない生徒会の仕事を適当にでっち上げる事にした。
「旧校舎周りの掃除だよ。
ほら、知ってると思うけど、会長達はオカルト研究部の部室がある旧校舎に近づくことは禁じられてるだろ? でも新人である俺まではまだ禁じられてないから一人でやるんだよ……」
「そういう理由なら別にリアス部長も拒みはしないと思うし、何なら僕達がやるけど……」
「正気か? 俺だって引くレベルでキミの所の部長に対して何でか知らないけど執着してるんだぞ? 何が起こるかわかりゃしないだろ?」
「あ、じゃあ先輩はリアス部長の事を考えて一人でやることに?」
「え……あ、ま、まぁな! これ以上会長達の評判が落とされたら俺の悪魔家業に響くからよ……」
こんな嘘までつく俺って……。
リスク回避の為とはいえ、シャルロットの感心したかの様な眼差しもあってますます罪悪感に浸されていく元士郎は、倉庫から適当に掃除道具を引っ張り出して、嘘の生徒会業務をする事になってしまった。
「やっぱり僕も手伝います。
あ、そうだ、他の皆も呼んで一緒にやったらもっと速く……」
「それは止めろ!」
「へ?」
そんな事されたら盗撮の成功の確率は上がるが、バレた後がヤバすぎると、部員達を全員呼ぼうと携帯を取り出したシャルロットの手を全力で掴んで止めた。
その目は正直、必死過ぎてビックリするものがあった。
「こ、これは俺達生徒会の仕事なんだよ。
これ以上キミ達の手を煩わせたら……ほら、し、支持率に響くだろ? ただでさえキミ等は目立つんだから」
「は、はぁ、でも……」
「それにだ! うちの会長にもし俺がキミ達とそれなりに仲良くやってるのを知られたら、何を命令されるかわからないし……」
妙に鋭い篠ノ之姉妹を側に盗撮なんて無理だし、特に束の方にバレてしまったら社会的な意味で存在ごと消されかねないと、割りと篠ノ之束に恐怖してる元士郎の必死な懇願に、シャルロットは取り敢えず呼ぶのを止めて携帯をしまった。
てのも、誠を呼べば即座に来て喜んで手伝うかと思ってたからだ。
「でも一夏達なら先輩とも顔見知りだし呼んでも……」
「ば、バカ野郎、生徒会に所属もしてない後輩にこれ以上迷惑掛けられるかってんだ。
とにかく俺一人でも出来るんだよこれくらいは!」
微妙に後輩達に幻滅されたら嫌かもしれない的な気持ちを持つ元士郎の言葉にシャルロットは、首を傾げながらも取り敢えず頷いて納得した。
だが、やっぱりシャルロットだけは手伝う気で帰る気が無かったので、渋々元士郎は彼女と二人で別に業務でもなんでもない旧校舎周りの清掃を開始する。
(何してんだろ俺……)
「意外と此処辺りでお昼を食べる人達が居て、ゴミのポイ捨てが多いんですよね。
僕達も何度かお掃除したりするんですよ」
別にそこまで親しいわけじゃない外国人女子とゴミ拾いをしてる。
しかも盗撮相手の眷属ときたもんだ。
空き缶をゴミ袋に入れながら、元士郎はやっぱりいっそ全部ぶちまけて幻滅して貰った方が楽になれるのではなかろうかと、ちょっぴり思ってしまう。
「キミにこんな雑用を手伝わせてるだなんて、キミの仲間の人達――特に織斑に知られたら怒られそうだよ」
「? 何で一夏が怒るんですか?」
彼女と仲良しな者達にぶん殴られて罵倒されたら楽になれそうだ――と、どんどんネガティブ思考になっていく中呟いた元士郎の言葉にシャルロットがはてと首を傾げた。
「だって仲良いじゃんか……」
「確かに仲は良いと自負してはいるけど、事情も事情だし、こんな事で一夏は怒りませんよ? サジ先輩が無理矢理手伝わせてる訳じゃないし」
だからこそ余計にだろ……。と、自分が持ち得ない友人達に恵まれてるシャルロットに思う元士郎。
そもそも学園内では入学当初から一夏はこのシャルロットを含めて本音や箒といった美少女達に囲まれてるハーレム野郎だと男子達から特に嫌われてるのだ。
もっとも、元士郎の場合は、現状がそれどこじゃ無さすぎて嫉妬する気もないが。
「まあ、箒に何かしたりしたら一夏も激怒すると思いますけどね、あははは」
「篠ノ之に気があるのかアイツ」
「ええ、昔からずっと一緒でしたからね、イッセーさんとリアス部長みたいに」
そんな相手が俺にも居れば、少しは違ったのかな……。
一夏と箒、一誠とリアスの仲についてをちょっと楽しそうに語るシャルロットにふと思う。
「? その言い方からして、キミは織斑が好きなんじゃないのか?」
「え? 勿論一夏だけじゃなくて皆大好きですけど、僕の感覚の好きは恋愛感情とかでは無いですから」
「ふーん」
そういう感情なのかと、リアス達を信頼してると話すシャルロットに元士郎は、自分には無い繋がりを持ってることを内心羨む。
「先輩こそ、生徒会長さん達とは仲良く――」
「見えるのか?」
「――ごめんなさい、正直見えないです」
「そういう事だよ」
彼女達と仲良くなれるとはとても思えないし、内面を知ってる今となれば思いたくもない。
周りは生徒会に加入した自分に対してアレコレと抜かすが、実情は単なるコマ使いでしかないし、そんな相手に好意なんて持てる訳もない。
今となってはだが。
「でも噂だと先輩が生徒会長が好きだっていう……」
「その噂と今の俺を見て事実だと思うか?」
「うん、思わないかな」
「そういう事だよ。
そりゃあ何も知らなかった頃ならイザ知らず、色々あって悪魔に転生したけど、今となっては別にどうとも思えない」
ソーナに惚れてると言われ、つい本気になって返してしまった元士郎にシャルロットは微かに苦笑いをしていた。
この分だと誠が聞いたら小躍りくらいはしそうだなと。
「あぁ、結局キミに手伝って貰っちゃったな。
ありがとう、この埋め合わせは何時かするよ」
「別に構いませんよ。僕が勝手にやってる事ですから……」
「でもだよ、ちったぁ先輩らしい真似をしないと割り合わないだろ」
「じゃあ今度お昼ご飯でも奢って貰おうかな?」
「よっしゃ任せとけ」
とまぁ、こんな感じでリアスの盗撮命令を少しだけ忘れてシャルロットと会話する事でちょっとのストレスを軽減する事に成功した。
元士郎は知らないが、シャルロットにしてみたら誠とは違うが、どうも不遇な扱いをされてるのを見てると微妙に他人事には思えないのだ。
もっとも、今は存在しない彼女の父親との関係はそれよりも結構複雑だったのだが。
(………。流石にこの子に『部長さんの写真を一枚撮らせてくれって頼んでほしい』…………だなんて言えねぇよな)
「? 僕の顔に何か?」
「……………いや、結構可愛い顔してんなと」
「……。へ!?」
「あ、間違えた。今の忘れてくれ」
「忘れようにも結構衝撃的な一言を貰っちゃったと思いますけど僕……」
「その割りにはリアクションが薄いじゃないか。
へ、わかってるよ、どうせ俺みたいなショボくれたオーラ醸し出してる駄目男に言われた所でカスみたいなもんだしな」
「そんな卑屈にならなくても。
別にそんな事を思ってる訳じゃないし、ビックリしちゃってるだけですよ?」
「良いって良いって……どうせ俺なんか……へへ」
(ホントに昔の僕みたいだなこの人……)
某地獄兄貴ばりの卑屈オーラを醸し出してる元士郎にシャルロットはただただソーナ達からの無茶振りに苦労してることを同情する。
(耐えろ俺、耐えればきっと何かある……)
匙元士郎は過去も現在も未来も憂鬱だった。
補足
千年の恋も冷めきるレベルで生徒会長に対してどうとも思わなくなってしまってます。
彼を動かしてるのは、ただただ弟と妹の生活の為だけです。
その2
割りと一年生組とは結構それなりに仲が良かったりします。
逆に二年と三年組とはあんまり関わりが無いですが。
ただし、マコトからは束さんが若干ムッとするレベルで気にされてたりはするけど。