リアス・グレモリーにとっての幸運は兵藤一誠と出会えた事だと思っている。
かつて誰も知らぬ世界から転生した男によって心身共に追い込まれ、果てには自分の『意思』と『自由』すらをも奪い取られかけた際に逃げ出した先に出会った復讐者として生き延びた少年。
家族を奪われ、それでも必死に生き延びて力を蓄え続けた少年によって助けられた事こそがリアスにとっての最大の幸運であり、その少年の献身的な感情がリアス自身の再起を促した。
とはいえ、二人で生きる決意をしたその時から転生者へ立ち向かうのを放棄し、生き続ける事を選択したので結局その後、その男がどうなったかは知らないし、知りたくもない。
何故ならリアスは既に一誠を始めとした、世界を越えた繋がりを獲たのだから。
異なる世界へと逃げ延び、その世界でも存在した別の転生者によって心を折りかけていた少年と、周りが転生者を肯定する中、最初からずっとその少年を信じて支えようとしていた少女に始まり、様々な出会いを経た現在。
ある意味で『帰還』したリアスの今の目標は、自分と一誠に深く関わりすぎた影響か、別世界の存在である筈の、天涯孤独の身で投げ出された少年少女達の為に『悪魔』へと戻る事だ。
少しばかり自分の事を記憶する鬱陶しい連中が周りをウロチョロしているけど、そんなもの達に最早情は無い。
「準備は良い刀奈?」
「当然、リアス先生こそ油断はダメですよ?」
「勿論よ」
一誠に守られるだけではダメという決意と覚悟により覚醒させたスキルと油断無く鍛え続けた経験。
そして何より一誠と交わる事で彼の力の一部を継承しているリアスは既に種族としての力を兄のサーゼクス・ルシファー同様に超越している。
「戦争を起こす前にこんな極上の食事にありつけるとはな! サーゼクスの妹のだけはあるぞ!」
「悪いけどアナタの野望に興味なんて無いし、聞いてる限りだと私の望みに反してるわ。
本当は天界サイドにアナタの粛清を任せたかったけど、頼りにもならなそうだし、なにより私達が住むこの街に害を為すアナタを生かす訳にはいかない。
よって、我々が直々にアナタをぶちのめす……!!」
「覚悟は良いかしら堕天使さん? 私達はできているわ」
勿論、今でもリアスをライバルだと言って憚らない更識刀奈を始めとした眷属達またより強く。
「さぁてと、この混乱に乗じて部長さんに余計な真似をされてもウザいからな、アンタ等はそこで指でも咥えて見てて貰おうか?」
「少しばかり他と比べたら力に自信があるらしいけど、贔屓目に見ても邪魔だからね。
もっとも、この束さんに勝てるとは思えないけど」
更なる世界から迷い混んだもう一人の一誠と、天災を加えたリアス・グレモリー達は今日も突き進むのだ。
駒王町に襲い掛かったとある脅威は、人々に知られる事無く悪魔達によって鎮圧された。
まさかとある堕天使が敵対勢力から奪った者を町全体を破壊しかねない規模の儀式とやらで統一化させようとしていただなんてファンタジー過ぎる話を信じる訳も無いが、とにかくそんな脅威を起こる前に捻り潰したのはリアス・グレモリーとその眷属達だった。
「……。彼等の力は何なんだ? 思っていた以上に強力だったぞ」
そんな訳で冥界内においては余計にヒーロー視され、反対に元々の評判を更に落としまくっていたソーナ達でもおいそれと接触が出来なくなっていた。
そんな彼等の活躍を間近で見ることになった挙げ句、『記憶』を持つ事で自然と合流を果たしたゼノヴィア・クァルタ――否、今はまだただのゼノヴィアと紫藤イリナは、同じ記憶を持つソーナ達によってかつての強い神への信仰心が嘘の様にあっさりとソーナの眷属に加わる事で悪魔へと転生していた。
そしてソーナ達から話だけは聞いていて実際目にするのは始めてだったリアス・グレモリー――そして本来なら今ソーナの眷属になってる者達がその位置だった筈の位置に居る謎の少年少女達の持つ異様な力に難しい表情を浮かべていた。
「彼等は何者なんだ? 私とイリナはリアス・グレモリーを直接見るのも初めてだった訳だが、彼女の力も相当のものだったぞ」
「リアスが居なくなった後に持った仲間だと思うわ。
そして我々と同じ様な記憶を持っているから、我々をリアスの敵だと認識している」
「敵って……いや、確かにそう思われても仕方ないとは思うけど」
爪を噛みながら、リアスとその眷属についての説明をするソーナに、かつての頃も出会ってない為にあまり思入れ自体が少ないゼノヴィアとイリナは彼女達の執着の強さに少し圧倒されるが、それ以上にリアス本人とその眷属達の異様な力に少しばかりの危機感を覚えていた。
「とにかく貴女達が覚えていてくれて助かったわ。
幸い二人はリアスとの面識も無いし、恐らく今買い出しに行かせた匙と同様に嫌悪感も抱かれてないわ。
だから協力してくれるとうれしいのよ」
「それは構わんが……余り期待はするなよ?」
「あの篠ノ之束って女と日之影誠って人から既にかなり警戒されてるし……。
あ、でもあの日之影くんって子はちょっとかっこよかったかも……」
転生者の支配から解放され、記憶を持ったまま何故か人生をやり直してる現在、やることも目標も無いので、同じ記憶を共有するソーナ達に協力する事に抵抗感は無いゼノヴィアとイリナは加入した。
この二人もまた、転生者補正の加護と経験の記憶により、無駄に強かったりするが……悲しいかなどっちもパシりにされてる元士郎の事を気にかけてる様子は――
「あー、そういえば匙くんだったか? 彼だけのけ者にして良いのか?」
「別に良いわよ。記憶を持ってないし」
「あ、アンタも結構変わったわね……」
「優しくして上手く事が運ぶとも思えないし、それなりに飴と鞭を使い分ける事にしたのよ。
お蔭で、彼は個人的にリアスの眷属の一部とそれなりの繋がりを持たせる事に成功できたし」
少しはあったが、ソーナのあっさりとした物言いにそれ以上言うのは辞めることにした。
「あぁ、それより今紫藤さんは日之影誠に好印象的な事を言ってたわね?」
「へ? あ、あぁうん。それが?」
「彼は割りと軽い性格をしていて、常に女に餓えてる様だが、上手くすれば良い関係になれるんじゃないかしら? そうなれば我々としてもリアスとの関係を強められるから良いのだけど」
「……隠しもせずに言ってくれるわね」
なんとも言えない顔をするイリナだが、危ない橋に踏み込む寸前だというのはまだ分かってないらしい。
「でも何で彼? 兵藤一誠はどうなのよ? 顔とかそっくりよ?」
「いや、彼はどうもリアス・グレモリーさんにお熱っぽいし……」
「確かにそうね。
布仏本音という一年生は毎日リアスにハグしてるし……! 更識刀奈は私と被るし!!」
「あ、荒れてるなぁ……」
ソーナ達がそんな話をしてるとは知らず、パシりにされていた元士郎は、既に蒸し暑くなりはじめた初夏の空気を身体に感じながらトボトボと歩いていた。
「…………」
悲しいかな、パシりにされるのがある意味一番楽な命令だと感じてしまってる元士郎はわざと遅く歩きながら先日の騒動の中心に居たリアス達――特に年齢的な自分の後輩に当たる一夏達の強さについてを考えていた。
「喧嘩になったら間違いなくぶちのめされるな、一年全員に……」
誰もがその強さを発揮していて、まだ自分の人を見る目が経験不足とはいえ、どう見ても上級レベルの強さだったと思い返す元士郎は、自分の情けなさと比べてため息が漏れてしまう。
「俺もグレモリー先輩の眷属だったら、あそこまで強くなれたんだろうか……いや、こんまもしもを考えた所で意味なんかないか」
強くなりたい。それは元士郎とて持つ男心だ。
ソーナ眷属の中でも最弱で、一度たりともソーナ達から鍛えて貰った試しは無いし、頼める空気でもないし、基本パシりしかやってない。
だから強くなれる要素が全く無いのが現状で、我流で鍛えようにも限界がある。
ましてや、同じ兵士の一夏や、騎士の箒――そしてシャルロットの身のこなしかたを間近で見てしまえば、燻る男心を擽らせるものだ。
もっとも、リアスの加勢に行くと喚いたソーナ達をまとめて黙らせた束は強い以上にヤバさを感じたが。
「てか篠ノ之の姉の方は強すぎだろ。
会長達だって別に弱い訳じゃないし、寧ろ他の悪魔達と比べたら実力はかなりあると言われてるのに、片手間ち黙らせてやがったし」
ちょいちょいと上から目線でものを言うが、言うだけの実力があるから妙に納得してしまう束の強さに元士郎は、そんな奴が日之影を犬扱いしてるのかと思うと、ちょっとしょっぱい気分になる。
勿論妹の箒の方も負けず劣らずの強さだったが、束の場合は強さ云々の他に、妙な迫力が余計助長させている気がしてならない。
そんな束を平然と束ちゃまだなんて呼べる日之影もある意味凄い気がするが、彼はまだ範疇に収まる強さというのか、何となくリアス達の中では彼が一番弱いのかもしれない……と、元士郎はリアス達の実力についての考察を自分なりにしながら歩いていると……。
「あ、元ちゃんだ~!」
「あ?」
元士郎の名前に対する所謂愛称で呼ぶ声に、一人思考に耽っていた元士郎は意識を現実に戻してふと振り返ると、なんやかんやそれなりに仲良くなってしまったそのリアス眷属の一年生達が自分に手を振りながらこっちに走ってくるではないか。
ちなみに元ちゃんと呼ぶのはこ存じのほほんさんこと本音だ。
「うっす匙先輩」
「こんにちは匙先輩」
「おう」
元ちゃんと呼ばれる事にあまり抵抗も無く、人懐っこい笑みを浮かべてる本音や一夏やぺこりと頭を下げて挨拶をする箒。
「今日もお一人……だよね、元士郎センパイ」
「まぁな、シャルロットは相変わらず良い友達と一緒で羨ましいぜ」
そして精神が以前限界を迎えて泣いた際に胸を貸して貰ったシャルロットとはファーストネームで呼び合う程度の仲になっていた。
察した様な顔をするシャルロットに元士郎は苦笑いしながら頷く。
「買い出しを命じられたんだけど、急ぎでもないから適当にギリギリまで時間を稼いでやろうと思ってな。
どうせ戻った所でまたパシられるしな」
「それをしちゃうと、会長さんに怒られるんじゃ……」
「まぁ一言『遅いわ』って言われるけど、その程度で済むなら安いもんだ。
お前達こそなにしてるんだ?」
「俺達は町の見回りっす。
この前の騒動の事もありますし、暫くは警戒しておかないとと、リアス姉達と手分けして町中を見回りしてるんです」
「ふーん?」
ソーナ達が知ったらまたストーカーでもしかねないな……と思いつつ相槌をする元士郎。
以前、隠し撮りしたリアスの写真を手にアレやコレやをソーナがしてるのを見て更にドン引きしてる元士郎としては、そんな対象にされてるリアスに寧ろ同情してしまうのだ。
「時間があるなら元士郎センパイも一緒にする? 町の見回り」
もっとも、この眷属達のガードがある限り、どう足掻いても近づける訳もないなとも思っていると、シャルロットにこんな提案をされて目を丸くする。
「俺が?」
「うん、元士郎センパイが一人だと心配だし」
「心配て、キミは俺の母親か何かかよ……」
「うーん……それに近い気分になるのは間違いないかな。
心配というか放って置けないというか…」
「後輩に心配される辺りが俺の情けなさを如実に顕してるなオイ……」
ここ最近、ちょっとした事で過保護な母親みたいに世話を焼こうとして来るシャルロットに対して別に悪い気はしないものの、それはそれで情けない気持ちにはなるので苦笑いしか出てこない。
何せ、世話を焼かせ過ぎた結果、一度自宅に来られた時は弟と妹が揃って『兄ちゃんが彼女連れてきた!?』と大騒ぎになってしまったのだから。
無論、違うとちゃんと説明はしたから騒がれる事はなかったが、何気に弟も妹もシャルロットに懐いてしまったので、今度は何時連れて来るのかと毎日聞かれる羽目になってしまったのをシャルロットはまだ知らない。
「まあ、同行できるならさせて貰うよ。
色々と勉強になりそうだしな」
最上級堕天使を屠る力の正体を探れる気はしないが、悪魔稼業の勉強と思えば損は無いだろうと、メールで一言だけソーナに向けて『グレモリー眷属と接触できたのですが、どうしましょう?』と送り、即座に『上手くそのまま暫く一緒に居てリアスに関する事を引き出しなさい』と返ってきて、一応の許可を貰い、そのまま一夏達に加わる事になった。
「えーっと、一応会長には許可を貰ったんだけど、手土産が必要らしいんだわ。
だからグレモリー先輩について何かあるか? 凄くどうでも良くて会長が知ってもなんにもならない情報で良いんだけど」
「相変わらずですね、あの生徒会長さんは。
情報ね……あー、イチ兄とイチャイチャしてたってのは――」
「やめた方が良いな。会長が勝手に発狂して余計めんどくせぇことになる。
ま、最悪適当にでっち上げてしまえば良いし、深く考えなくても良いよ。
それより見回りだろ?」
「そうだね、はい元士郎センパイ。迷子にならない様に僕の手を握ってね?」
「俺はそこまでガキじゃねーやい……」
あの一件から、少し子供扱いしてくるシャルロットに手を握られ、すさまじく微妙な気持ちにさせられる元士郎だが、抵抗はしなかった。
「すっかりデュッチーが元ちゃんのお母さんみたいになっちゃったね?」
「その匙先輩は凄まじく複雑な顔してるけどな?」
「まあでも、シャルロットなりの気遣いなんだろう。
アイツも昔苦労したからな」
「………」
「? どうしたのさセンパイ?」
「いや、流石に強くても女の手してんだなと思ってよ。
手の大きさだけなら勝ったなぁと……」
「ふふ、センパイの手は大きいしあったかいよ?」
「……。やめろよ、一瞬ドキッとするから」
強くなって先輩らしい所を見せてやりたい。
後輩たちとの交流により、弟と妹の為に耐えるだけの元士郎が抱いた新たな目標は、彼にとってどんな方向へと向かわせるのか……。
「あー!? 生徒会の匙がシャルロットちゃんと手を繋いでるだろ!?」
「テメェ匙この野郎! 生徒会の分際でオカルト研究部の子に手を出す気か!?」
「………………えっと、誰?」
「多分同学年の奴。
ヤバイな、変な噂が広められちまうとキミ達に迷惑が……」
ただ、偶々同学年の者に手を繋いで歩いてる所を見られて、騒がれる今はまだわからない。
補足
片手間に聖剣騒動は処理され、さりげに記憶持ちの二人が然り気無くソーナ達に加わる。
まぁ、だからどうだこうだって訳じゃないけど。
その2
過去の関係上、イリナはイッセーとは知り合ってません。
が、なんとなく波動みたいなものは感じるのか、イッセー―――じゃなくて、よりにもよってもう一人のイッセーこと誠が気になる様子。
背後にツンデレ天災兎こと束ちゃまが居るとは知らずに……。
その3
後輩組と着々と仲良くなってる元ちゃん。
そして気付いたらシャルにめっちゃ世話を焼かれてる様なのだが、それがある意味精神的に助けられてるという……