その悪魔は後悔だらけの人生だった。
どんな形にせよ、肉親を信じず、赤の他人の男の言葉を信じてしまった。
それによりその悪魔にとっての妹とは永久の別れとなってしまった。
すべてに気付いた頃には全てが遅く、妹は世界そのものから消えてしまった。
無論探した。
親にも見捨てられた妹にただ謝りたかった兄はひたすらに、必死に、諦める事無く探し続けた。
けれど見付からなかった。
どれだけ探しても影すら掴めなかった。
それはきっと妹と共に居ると噂された赤龍帝と共に消えてなくなったのだ。
それから兄は永い年月を後悔の念で生き続けた。
妻は妹の眷属だった男に寝取られ、一人娘にすら手を出されそうにもなり、その果てに殺された。
強大で、どうする事もできない力を持つその男に認められなければ死あるのみという悪夢の世界からある意味で解放されたとはいえ、娘も……そして全てに気付かせてくれたとある人外の女の事は気がかりだったけど、彼女なら娘を守れると信じて、贖罪の日々に終止符を打った―――――筈だった。
「リアスがセラフォルーの妹さんと揉めた?」
「はい、それによりセラフォルー様から抗議が……」
「あ、そう。
じゃあ後で僕が直接セラフォルーの抗議とやらを聞いてあげるよ。
ご苦労様、貴女は下がってくれたまえグレイフィアさん」
「…………………」
魔王は――兄は再び生き直していた。
過程も、理由も、何もかもが解らないが、とにかく再びサーゼクス・グレモリーとした生を受けた男は、今度こそ失敗はしないと固く誓うチャンスを与えられたのだ。
「? まだ何か?」
「……。いえ、その、セラフォルー様との一件が終わったら少し二人だけで食事でもと思いまして」
「…………」
今度は違えない。
その決意は超越者と吟われたサーゼクスをより強くした。
妹のリアスが生まれた時はそのシスコンっぷりも倍増しになったし、一番の違いは今目の前でサーゼクスを食事に誘おうとしている女性悪魔のグレイフィアと――――一切の付き合いをしていないというところだった。
「申し訳ないけどグレイフィアさん。貴女のお誘いには乗れないよ。
色々と忙しくてね……」
勿論結婚なんてしていない。
本当ならそれ以上に関わるつもりもなかったが、彼女は周りからの無責任な後押しのせいでサーゼクスの『僧侶』として遣えている身だった。
「………」
「そういう訳だから、少し一人にしてくれないかな?」
「……はい、失礼します」
そう、僧侶。
女王では無く僧侶。
サーゼクスは人生のやり直しをした際、一切の眷属を持たない事にした。
結局死ぬ間際、本来存在した眷属の誰しもが転生者の男に与したからという理由があったからだ。
だからグレイフィアを眷属にすべきだと周りから言われた時は、せめてもの抵抗として僧侶にしたのだ。
女王なんて……自分の右腕となるべき存在は彼女では無いんだという意思を示す為に。
「はぁ、相変わらずリアスの周りをウロチョロとしてくれてるらしいね、あの連中は。
もっとも、リアスにはリアスが心から信じる仲間が居るし、彼等に守られてるから心配なんてしちゃいないけどね」
グレイフィアを追い出し、一人となった自室で小さく呟くサーゼクス。
リアスが生まれた時、リアスが初めて自分の眷属となる者を連れてきた時、彼女が『自分の知るリアス』である事に気付いた。
かつての時とはまるで違う眷属の面々。
その中には戦車として転生した兵藤イッセーという赤龍帝も居たし、まず間違いなく彼がリアスを守ってくれた青年だとサーゼクスは思った。
そしてきっと『彼女』が言った通り、リアスの眷属となった者達こそがリアスの信じた仲間達なのだと。
「記憶を持って今更後悔した所で遅いのさ。
リアスはもう自分が信じてる者達と共に生きているんだからさ。
外様がガタガタ言ったところでどうにもならないよ」
だからサーゼクスは自らの正体は明かさなかった。
記憶がある事も、ずっと謝りたかったとも告げなかった。
所詮謝罪は自分の自己満足で、裏切ってしまった事実に変わりは無い。
だからせめて自分が今のリアス達に出来ることをするだけ。
幸せそうな妹の姿を見て、良からぬ事を企む連中から悟られずに守る事こそがサーゼクスの生きる動機。
もっとも、グレイフィアとは結婚もしてなければそんな関係でも無いとリアスが初めて知った時はかなり驚いてて怪しまれたし、ひょっとしたらバレてるのかもしれないけど。
「さてと、クレーム処理でも頑張っちゃうゾっと」
どちらでも良い。自分がすることはリアス達を外から守る事。
その為なら何でもするし、何ならこんな魔王だなんて立場も喜んで捨ててやる。
こんな地位よりも妹の方が大切なのは云うまでもないのだから。
ただ、この地位に座ってるからこそ守れる事もある。だからわざわざ魔王の一人をやっているのだ。
それに――
「キミが心配するほどでもないと思うけどね」
「それはそうなんですけど、ついね……あははは」
「でもお姉ちゃん大丈夫かなぁ……。
付きまとわれてるみたいだし」
グレイフィアを妻にして無い理由は他にもあった。
一つは、あのグレイフィアはリアスに付きまとうソーナ達の様に『記憶』を持っていて、どう考えてもよりを戻そうとしている事。
そしてもう一つは、今グレイフィアを追い出した瞬間、何も無い箇所から音もなく姿を現した二人の存在――
「で、言ってやるのかい?」
「当然。
僕の大事な妹にストーカーをしてるのだしね。
大丈夫さミリキャス、リアス達はあんな連中に負けないさ」
「うん」
巫女服の様な紅白衣装に身を包み、真っ白で自身の腰よりも長い髪を持つ美少女と、サーゼクスと同じ長い赤髪の少女。
「それにしても、グレイフィアちゃんはサーゼクスとヨリを戻そうと必死だねぇ。
もう何年くらいこんなやり取りが続いてるんだか」
「何を言われようが僕はもう彼女は只の他人としか思わないさ。ミリキャスには悪いけど……」
「良いよそれは。
僕もそんな風に思ってるし……」
名を安心院なじみ、そしてミリキャス・グレモリー。
どちらもサーゼクスにとってかつての世界から共に居た、ミリキャスは自身とグレイフィアとの娘であり、安心院なじみは全ての真相を教えてくれた同志の様な存在だ。
「いっその事、僕を
「キミをそういう立場に置きたくは無いよ。
僕にとってもミリキャスにとっても恩人だしさ」
「恩を売ってやったつもりは無いけどね」
「でもなじみお母さんが居たらあの人も諦めると思う……」
「お母さんだってさ? 人でなしの僕が母親だなんて参っちゃうなぁ? ねぇサーゼクス?」
「確かに理想と言われた理想だけどね」
そしてとても不思議な関係だった。
長年共に――封じられた安心院なじみの個性を復活させる為に連れ添ったせいか、その仲は正直いってかなり深いものがある。
「キミがミリキャスの傍に居てくれたお陰で、あの男に手を出される事はなかった。
それだけでも僕の心の重荷は軽くなったし、ミリキャスがそう思うのなら血の繋がりなんて関係ない」
「人並みの言葉だけど、めだかちゃん達が今の僕を見たら、これまたシュールな顔をしそうだよ。
善吉君辺りが特にね」
一京の個性を持った人外。
しかし転生者による歪みにより無理矢理他所の世界から引き込まれ、あげくにその個性の全てを奪われた。
当初はその個性を取り戻す為に、一番御しやすそうな魔王を引き込んだつもりだったが、気付けばその娘にも懐かれ、膨大な個性も100未満程度しか取り戻せず仕舞い。
「キミの友人達だったかな。
本当ならそちらの世界にキミを送り返せたら良かったのだけど、結局それも叶わないままで申し訳ない」
「あー……まぁ、別に良いよ。
今更ぼやいた所で僕の持ってた個性が取り戻せる訳じゃあないしさ」
今だって、かつて球磨川禊に封じられた時と同じ姿のまま。
しかし安心院なじみは既に取り戻すのは不可能だという事を悟っている上で特に悲観はしていなかった。
「奴がくたばれば、自動的に元に戻ると思ってミリキャスちゃんを連れながら逃げ回ってたけど、結局くたばった後も僕の個性は失われたままだった。
ならあーだこーだ宣った所で無理なものは無理だとさっさと諦めて、適当に新しい事でも始めちゃった方が割りと建設的だと思うだろ?」
サーゼクスの使用してるベッドに腰掛け、ミリキャスを膝に座らせながら、安心院なじみは永久封印状態の今の己をネガティブにだけ捉える事はせず、別の道筋を見据えた言い方をしていた。
「不便な面はあるかもしれないけど、めんどくさい奴が居ないだけでも楽なもんだしね。
ミリキャスちゃんを犯そうとか考えた変態も居ないし?」
「それは確かに言えるが……」
「別にサーゼクスのせいじゃないし、気にする必要はないよん。
勿論、ミリキャスちゃんもね?」
「うん……」
膝の上に抱えられるミリキャスを抱き締めながら、安心院なじみはニコリと笑う。
何かを獲るには何かを失う。それが自分の個性と引き換えにこの二人とのんべんだらりとする、日常系ラノベみたいな時間を手に出来たと思えば割りと彼女的には悪くない気分なのだ。
「そうと決まれば、キミのお仕事が終わったら、今日の夜は川の字で寝るかい?」
「え、ホント!?」
「勿論さ。
持とうが持たなかろうが、恐れもしなけりゃ畏まりもしないのは二人くらいなものだし、となればジャンプ系バトル漫画展開よりも、日常系ラブコメ系ラノベ的な空気の方が良いだろ?」
「日常系ラブコメ……? バツイチ子持ちの男って背景がある時点でほのぼのとしてるとは思えないんだけどな……」
「じゃあ何かい? バツイチ子持ち男との廃れた日常青年漫画にシフトチェンジでもする? 流石にミリキャスちゃんの前では教育的に如何なものかと僕は思うけど、お前がそうしたいなら別に抱かれても良いぜ? あ、ちなみに僕は処女だぜ?」
「いや別にそんな事は言ってないんだけど……」
「『バツイチ子持ちが異世界転生したら元人外女とラブコメだなんて間違えてる』――って、昨今よくありそうな長ったらしいタイトルのラブコメラノベの始まりかぁ。
まかさ僕がそうなるとはなぁ……世の中って分からないもんだ」
「もしもーし? なじみさん聞こえてます?」
「なじみお母さんは結構寂しんぼうなんだよ。
お父様が殺された時、割りと凄い怖い顔をしながらあの男の人に殴りかかったし」
「……」
二人の悪魔父娘に絆された……シンプルだけどとても大きな理由で。
補足
なんてこった! どこかの世界の魔王が見たら発狂しちゃうぜ!
……ってレベルで親しいです。
その2
彼女は個性を100未満程度しか取り戻せませんでした。
お陰で常時白髪封印状態です。
けど、微妙に心は充実してるらしい。
その3
基本的に周りには別世界を共に生きた彼女と娘の存在は知られてませんし、もっといえば実は記憶保持のグレイフィアとも一切の他人行儀です。
眷属にしたのも本当に仕方なくだし、正直今更よりを戻そうとされても困るだけっつーか、嫌だとすら思ってて、ルキフグスのシスコン弟にさっさと拉致られねーかと辛辣な事まで思ってます。
その3
娘ミリキャスと安心院なじみさんと、まさか川の字で毎晩寝てるとは流石に知らないので、もし知ったら――まー、うん。