赤夜萌香の横に常に引っ付いてるだけの腰巾着。
それが青野月音に対する周囲の評価だったが、公安委員会を文字通り一人で蹂躙し尽くした様を見せられたこの日、一気に青野月音の評価覆った。
正体は分からないが、とてつもなく強大な力を持った妖怪として。
「退学にするならさっさと言ってください」
「……………」
その力を一介の生徒集団にぶつけた。
お陰である意味で秩序の象徴だった公安委員会はほぼ壊滅状態へと陥り、校内での暴力行為を働いた月音は案の定呼び出しを食らっていた。
とはいえ、月音の顔に反省の色は全く見えない。
寧ろ探し物が無いこの学園にはとっくに用は無いと思っていただけに退学なら上等だぜと云わんばかりの態度で、学園のトップに向かってふんぞり返ってる始末だった。
「キミを退学にするのは簡単であり、またそれに値する事を確かにした。
しかしながら、キミが暴れだした理由はキミの所属する新聞部の部員達から聞いている」
「は?」
「公安委員会はキミの手によってほぼ壊滅、近々解体する予定でもあるが、そうなるとある意味校内での抑止力となっていた存在が消えてしまうとなると、暴れたがりな生徒達が現れる可能性がある」
「…………」
「だからキミには退学ではなく罰則を与える。
今後は新聞部と兼用し、新たな公安委員会の長をして頂こう」
だが、多くの教師達にすらある意味恐怖を与え、即退学にすべきという声が多い中、学園のトップは寧ろその異様な戦闘力を上手く利用すべきと判断し、月音に新たな公安委員会を発足させる事を退学と謹慎の代わりに命じた。
「そうなれば退学になる事も無い」
「わかりました、是非やらさせて頂きます―――とでも言うと思ってるのか?」
「無論簡単に頷いてくれるとは思っていないよ青野月音君。
しかし私がキミを必要としている様に、キミもきっとこれを聞けば私に価値を見出だす筈だと思うがね?」
「価値だぁ? アンタに何の価値が――――」
「塔城小猫」
「なっ!?」
『!』
「失礼ながら、キミが何者でどんな理由があってこの学園に入学してきたのは知っている。
そして私は彼女という存在を知り、彼女の目的も知っている……言いたいことはわかるね?」
「貴様、あのガキは何処に居る……!」
「落ち着きたまえよ赤き龍帝。私を今此処で八つ裂きにしてまで吐かせたければそれで構わないが、彼女とキミを繋ぐパイプ役は私だけだぞ?」
『落ち着け一誠。
どうやらコイツの言っている事は嘘ではない』
目の前の理事長を名乗る存在の価値が一気に変わった月音はドライグに宥められ、一旦殺意を引っ込める。
「彼女の事をガキ呼ばわりするとはね。
この御子神 典明は今でこそ三大冥王だなどと呼ばれているが、くく、彼女の力は鬼神ですらまるで相手にならない強さだったよ。
そして青野月音君、キミが彼女の言っていた赤龍帝の生まれ変わりで、兵藤一誠という名の人間であると確信した時は、やっと彼女に恩を返す時が来たと喜んだものだ」
「あのガキは何処にいる?」
「彼女は少し複雑な場所に居てね。
普段は時間の概念も無い次元の狭間でキミが現れるまで眠っている。
厄介な事に、此方の世界から完全に隔離された場所故に、入学初日にキミが力を解放して彼女に呼び掛けても彼女はそれに気付かないのだよ」
「だからか……」
『奴は存在していた……』
御子神 典明がくつくつと笑い、白音との決して浅くはないだろう関係を話し、月音とドライグは彼女の存在の確定にどうリアクションして良いのか微妙にわからなかった。
「元々この学園を作り上げた――というか、彼女こそがある意味本当の創設者といえるかもしれない」
「あ? おい、あのガキは何時からこの世界に居やがる?」
「さてね、少なくとも私がまだ文字通りの子供の時代から彼女は存在していた様だがね」
「……………」
ただ白音は確実に存在し、この目の前の妖怪が鍵となるのは間違いない。
ともなれば半ば価値を失っていた認識は改める必要がある。
「という訳で話は戻すが、どうだね? キミにとっても決して悪くない取引だと思うが?」
「……………」
この目の前の理事長自体に興味は無い。
だが転がり込んできたこのチャンスを手放す訳にはいかない。
かつて果たせなかったケジメを付ける為にも……。
運命的な出会いがあるとするなら、まさに今年の入学式だったと自称17歳の猫妖怪は思っている。
別に目が覚めるような容姿を持ってる訳でも無いその新入生の男子を見た時、彼女は完全な運命を感じてしまったのだ。
それ故にあまり頼り無さそうな外見とは裏腹に見せた狂暴性を公安委員会に発揮した時も、特に恐怖は感じないばかりかそのギャップにますます惹かれていたし、その暴力行為のせいで退学になってしまうのではと本気で心配した。
だが彼は退学にはならず、そればかりか新聞部と兼用になってしまったものの新たな公安委員会のトップに君臨する事になった時は嬉しすぎてそのまま彼に飛び付こうとまでした。
普通に避けられたけど。
「と、いう訳で青野くん――じゃなくて月音くんは退学にはなりませんでした! はい拍手~!」
「……………」
何故こうも胸の中が擽られるのかはわからない。
けれどそんな理由を考えるくらいなら彼をもっと知った方が良いし、その内に秘める狂暴性もまた恐怖よりもチャームポイントとして捉える方が逆に刺激的だ。
「よかった……! よかったよー月音~!」
「理事長に呼び出された時はどうなるかと思いましたけど、これで安心ですぅ!」
「…………」
意気揚々と無言の月音を新聞部の面々のもとへと連れ帰り、退学にはならないと教えた瞬間、萌香と紫がとても喜び、銀影と胡夢はちょっと驚いてる。
確かにどんな取引があって退学すらも免れたのかは静にもわからないが、深く考えた所で意味は無い。
恐らくは公安委員会のトップになることが取引の内容なのだろうが、まあ、公安委員会に関してはそこそこやらせておけば問題ないだろう。
というか、なんなら部員全員を公安委員会と兼用させてしまえば良いのだから。
「えーっと? 九曜を九分殺しにしたのに退学にはならず、挙げ句の果てに新しい公安委員会の委員長やて? 何があってそんなオチになるんや?」
「退学と謹慎がない代わりらしいです。
曰く、俺の戦闘力があれば抑止力になるとかならんとか……」
「なるほど、毒を以て毒を制すって事ね」
「えぇ? でも月音さんが公安委員会になっちゃったら新聞部は……」
「それなら心配要りませんよ! どうやら今の公安委員会は解体され、月音くんが新たに発足するという形ですので、いっそのこと公安委員会兼の新聞部にしてしまえば解決です!」
「あ、なるほど、流石先生ですね!」
「な、なんやそれ……」
と、いう訳で肩書きのオマケに公安委員会が付く新聞部という部活動がこれより発足された。
この噂は直ぐに広まり、もし学園で悪さをしたら先代以上にヤバイ公安委員長が直々にぶちのめしに来るという恐怖による抑止力で、皮肉にも以前以上に学園の風紀はある程度良くなったとかならなかったとか。
「という訳で月音くん、最近先生のお腹がきゅんってして熱いの……。
理由を一緒に調べない?」
「冷水に飛び込んでろ」
『奴の呪いかってぐらい猫を惹き付けるな……』
学園を退学にならなかったまでは良かった。
お陰で今後も月音と遊べるのだから。
しかし最近の裏萌香は少しご立腹だった。
「おい、何時からお前は教師を口説く奴になった?」
「あ?」
理由はそう、最近また一層月音に対してベタベタしようとする担任教師の猫目静についてだった。
紫の場合はまだ子供だし、月音も紫に対しては子供に対する相応の接し方をしてるので目をつぶれる所はある。
だが静に関してはちょっとアレな雰囲気が出てるので見過ごせなかった。
「誰が誰を口説くって? あの猫妖怪をか? 冗談じゃねぇやめろ。
俺はこの世で猫という生物が一番嫌いなんだよ」
『え、猫ちゃんが嫌いなの月音は?』
『昔ちょっとしたトラウマがあってな……猫に関しての』
『へぇ? 意外……。でも確かに猫目先生は月音に対してちょっとアレかも』
そんな裏萌香に対して月音は、最近白音が存在していることを知った影響か、それまであんまりやる気が無かった鍛練を再開していた。
今も全身から学園に影響が出ない程度の力を放出させながら一人木に吊るしたサンドバッグを叩きまくって汗を流しており、それを眺めていた裏萌香は月音の言葉につまらなそうに鼻を鳴らした。
「その割りには張り倒さないだろうお前は」
「紛いなりにも教師相手だからな。
この学園に留まる理由がある以上、前みたいに大っぴらにヤッちまうのはまずいんだよ」
何でこんなモヤモヤしてるのかは裏萌香自身にもわからないが、あんまり相手にしてこない月音の態度はどうにも気に入らない。
既に何度もサンドバッグをダメにしてる月音のトレーニングを眺め飽きてきた裏萌香は、左右からデンプシーロールの様なリズムでサンドバッグを叩き終えて一息入れてる月音にタオルを投げ付けながら立ち上がる。
「やはり気にくわない。
お前がまだ私に何かを隠している事も含めてな」
「俺の背景を知った所で得はしないだろ? それに何でキミに逐一教えてやらないとならないんだか」
「損……か得かは私が決める」
汗を流したせいか鬱陶しいと感じたのか、裏萌香が見てるのも構わず上半身を露出させる月音の、一切無駄なく鍛え上げられた姿に若干声を詰まらせてしまいつつスッと構える。
「だから今からお前と遊んでやる。
そして勝ったら私に教えろ」
「…………」
『受けてやれよ。こんな殊勝な小娘は中々いないぞ?』
『お願い月音!』
「はぁ……」
ドライグともう一人の表の萌香にも説得され、小さくため息を吐いた月音は構えている裏萌香に向かって人差し指を向けながら応じる。
「懲りないねキミも。良いよ、遊んで貰おうか?」
「……!」
その言葉に一瞬だけ裏萌香の表情がパァッと明るくなったが、悟らせまいとすぐに表情を引き締め直し、何度も一蹴されてるとは思えない自信満々な笑みを浮かべる。
「フッ、私に全てを知って欲しいと言わせてやろう!」
「はいはい」
力の大妖としての地力はいくらか残念な子と化しても尚衰える事は無く、人差し指を向ける月音の眼前へと肉薄した裏萌香は挨拶代わりとばかりの鋭い蹴りを月音の即頭部目掛けて放つ。
「…………」
「フッ! ハッ!!」
案の定人差し指の先ひとつで軽々と止められてしまうが、それは予想済みであり、今度は一発ではなく無数のフェイントを織り混ぜながら何度も蹴り技を繰り出し――
「見えた!」
「む」
僅かな隙を縫った月音の人差し指の一撃――つまりはデコピンを前に裏萌香は月音から指摘された『気配の先読み』を駆使して見抜くと、弾丸の様な音を放つそのデコピンをブリッジしながら避け、そのままバク転の要領で後方へと下がる。
『あ、避けた』
『少しは成長したようだな。見ろ、下がった拍子に月音に一撃見舞えたらしい』
そんな二人の様子を保護者感覚で観戦していたドライグと表萌香。
そしてドライグの言うとおり、デコピンを避けた表紙の隙を突いた裏萌香の一撃が僅かに月音の頬を掠めていた。
「ふっふっふっ! どうだ! ちょっと私がその気になればお前にだって当てられるんだぞ!」
「…………」
『あちゃー……やっと当てられたせいか調子に乗っちゃったよ』
『それ程嬉しいんだろ』
僅かに掠めた頬から血をほんの少し流す月音。
確かに全くの舐めプだし、別に一撃食らったといっても文字通りのかすり傷でなんのダメージにもなっちゃいないが、ほんの少しだけながら月音の認識は変えた様だ。
……裏萌香本人はやっと当てられたとかなり嬉しそうだけど。
「この調子でお前を倒してやる。
くっくっくっ、この分だと私に話したがるのも時間の問題だなぁ?」
と、妙に悪役じみた台詞を宣うが、表情がさっきからニヨニヨとしたものになっていて、寧ろ可愛らしいお嬢さんになっている。
が、相手は月音だし、掠めた箇所から僅かに出血しているのを触れながら確認しているだけだった。
「ちょっと嘗めてたかな」
「ん? そうだろうそうだろう? 私は凄いだろう? もっと誉めてくれても構わないぞ?」
「完全に気を抜いてたとはいえ、出血するなんて何時以来か……」
「む?」
だからこそこれまで人差し指だけでしか相手にしなかった月音は一段階相手取るレベルを引き上げる。
それはどういう意味なのか? 答えは簡単だ……。
「ギャグ漫画みたいになるけど、まぁ良いよな?」
「え――」
人差し指を折り畳み、完全に拳の形を作り上げた月音はこれまでには見せなかった速度で裏萌香の目の前まで移動する。
あまりの速度に裏萌香自身も、そして表萌香も何が起こったのかはわからない。
そして――
「ぎゃふん!?」
相当加減した拳がコツンと裏萌香の頭を叩き、その瞬間彼女は勢いよく顔面から地面に激突した。
というか、盛大な地面とのキスをした。
「は……はひ……」
『い、痛い……頭がジンジンするよぉ』
『それなりなら頭蓋骨が変形してたから、まだ有情だ』
「…………」
本当にギャグ漫画みたいなデカいたんこぶをつけながら目を回して気絶する裏萌香と、痛みをリンクして痛がる表萌香。
どうやらまだ差は大きいようだった。
「い、痛い……まだ痛いぞ」
その後目を覚ました裏萌香だが、頭に残る瘤と痛みで涙目になっていた。
『公安委員会の人達はもっと痛いと思うよ?』
「うぅ……」
月音とドライグの前だと基本的に残念な子になってしまう裏萌香が、しれっと部屋に戻ってシャワーを浴びて終えて着替えてた月音をベッドの上から恨めしそうに睨む。
どうやら気絶した自分をわざわざ運んでくれたらしく、流石に萌香の部屋には見られたら変な勘繰りをされて困るからと月音の部屋に運ばれた様だが、既に第二の萌香の部屋と言っても過言じゃなくなってる。
「目が覚めたらなら自分に部屋に戻りなよ。
てか、俺の部屋も気付いたらキミの私物だらけにされてる訳だけど」
「頭が痛くて動きたくない」
「あ? 俺に外で寝ろってか?」
このうざいくらいの強引さには最早何を言っても聞かないと理解してるのか、ある程度放置してる月音は、痛いと涙目でこっちを睨んでベッドから降りる気配のない裏萌香に、いっそ医務室レベルの一撃にしてやれば良かったと少し後悔する。
「しょうがない、仙童さんの部屋で寝かせて貰うか……」
しょうがないので、最近色々あってそれなりに仲良くなってきた紫の部屋でも訪ねてソファーを貸して貰おうかと呟く月音。
別世界の英雄の魂を継いでる青年が知ったら、大笑いしながは『やっぱりロリコンだな!』とでも言いそうな台詞だが、生憎本人は単に寝床が欲しいだけで紫に対してそんな感情はまず皆無だし、何よりその言葉を聞いた瞬間、裏萌香が怒るのだ。
「ダメに決まってるだろ! 何をする気だお前は!!」
「何って、ソファーでも借りてそこで寝るんだよ。
キミがベッドを占拠するから」
「だからといって女の部屋に行くか!? ありえないだろ普通!」
「はぁ? 子供じゃねーかよ」
「ダメだダメだ!! いくら子供でも女は女だ! 許さん!!」
「何でキミに一々許可を求めなきゃならないんだよ。
だったらさっさと部屋に帰れよ」
「お前にひっぱたかれた場所が痛くて動きたくないんだよ!」
「だから俺に床で寝ろってのか? 流石にふざけんなよ?」
子供の駄々みたいにダメだの嫌だのと繰り返す裏萌香に、そろそろイライラしてきた月音はそのまま窓から投げ捨ててやろうかと思い始める。
が、その時だったか、それまで聞いていたと思われる表の萌香が名案だと云わんばかりに声を出したのは。
『それなら一緒に寝ちゃえば良いのよ!』
「は?」
「はぁ!?」
表萌香の提案に月音と裏萌香はリアクションの差があれど声が重なる。
『多分この子も帰る気は無いし、月音も床で寝るのは嫌なんでしょう? それなら一緒に寝ちゃえば解決じゃない?』
「いや、だからキミ達が帰れば良い――」
「待て待て待て!! こ、コイツをとなりに寝るのか!? ど、どうなると思ってるんだ! ま、また前みたいになったら……」
『んー? 別に良いんじゃないの? だってあの時結局月音が起きるまでそのままにしてあげてたし』
「いや、あんな黒歴史が掘り起こされるくらいなら外で寝るわ」
「黒歴史とはなんだ黒歴史とは! 私にあんな事しておきながら!!」
「キミが勝手にやった事だろ、俺は知らんし出来れば記憶から消去してぇよ永久に」
「なんだと!」
外で寝ると言い始め、黒歴史とまで宣言した月音に裏萌香がムキになる。
「そこまで言うなら来い。別にお前が隣で寝ようが私はどうとも思わないからな!」
「嫌だよ」
「うるさい! 嫌だは禁止だ! 来ないと騒ぐぞ! 泣くぞ!! 大泣きするぞ!!!」
「な……なんだこの子は……」
『えっと、多分ムキになってるんだと思う。
ごめんね何か……』
「キミは時々要らない爆弾ばっかり放り込むよな……。ある意味Sだろ」
泣くぞと良いながら半分ほぼ泣いてる裏萌香のまためんどくさい様子に月音は表萌香の隠れSっ気の事もあって果てしなく微妙な気持ちだった。
そして結局……。
「い、良いか? 今度何かしたらたたき起こすからな」
「……そんだけ元気があるなら部屋帰ってくんないかな」
「う、うるさい……! 今ここで誓え、変な事はしな――」
「くかー……」
「なっ!? な、なんという寝付きの良さ……もう寝てしまったぞ」
『疲れてたんじゃない?』
『いや、それだけでもないけどな……』
月音はうるさい裏萌香をしゃべる置物と思ってさっさと寝ることにした。
その寝付きの良さに裏萌香は消化不良な気分になるものの、寝顔があまりにも良かったのでそのまま自分もどぎまぎしながら寝ようと務めたのだが…………。
「お、おい……」
『あ……本当に来た』
『だから前にも言っただろう。
俺はもう知らんぞどうなっても』
以前と同じく、月音が眠りながら裏萌香に思い切り抱きついてきたのだ。
そりゃあもう何時もの素っ気なさが嘘の様に、気持ちよさげな寝顔でしっかりがっちりと抱き付きながら。
「ど、どうしよ……」
『さぁ? 我儘言って困らせたと思えば仕方ないと私は思うよ? ねぇドライグくん?』
『そうだな、大人しく抱き枕にされろ』
「うぐ……」
表の自分とドライグの対応が少し冷たいが、確かに困らせたのは事実だった。
現在進行形で月音だ寝息を立てながらもぞもぞと動くせいで微妙に変な気分にさせられるし、裏萌香はハッキリ言って眠れる気がしなかった。
『それじゃあお休み~』
『責任とれよな? あと騒ぐなよ?』
「ぐっ……!」
あげくのはてに二人にまで放置されてしまう。
どうしたものかと、ちょっとドキドキしながら考えても何も浮かばないまま暫く経った時、月音が小さく寝言を呟いた。
「しろ……ね……ま、て……」
「……しろね?」
なんのことだ? と一瞬思って何気にがっつり自分の胸に顔まで突っ込みはじめてるスケベ男を見てると、今度はハッキリとした寝言を放つ。
「白音……どこにいやがやる……俺はお前が……」
「…………………………………………」
白音という、きっと誰かの名前だと思われる誰かの夢でも見てるのか。
途端に裏萌香は複雑な気分になった。
これはきっとまだ自分の知らない月音の背景のひとつであり、寝言の内容からしてその者を探している……。
ひょっとして女なのだろうか? だとしたらどんな気持ちを持っているのか……。
「……白音って誰だ。私は白音とやらじゃないぞ月音」
「くー……」
「チッ、こんな事をしてる癖に知らん女の名前を言うとは失礼な奴め。
あーもうモヤモヤする……! なんなんだこの気分は」
「くーくー……」
「し、しかも……無遠慮にぐりぐりしてくるし……お、お前本当は起きてるだろ……! ちょ、ちょっと……そ、そこはやめっ……あぅ……!」
とても複雑だった。
補足
その昔、後に三大冥王と呼ばれる者の一人と邂逅し、腹も減ってたのでシャクシャクしようと考えて適当に相手をしてやってたら、生き残った挙げ句割りと使えそうだったので、彼に捜索を任せて暫く眠る事になったらしい白猫。
そういった界隈では彼女は消えた伝説となっており、現在彼女を知るものはわずかしか居ない。
その2
で、寝言で聞いてしまってモヤモヤがとらまらんらしい。