その理由は……
紆余曲折が少しあった果てにベルがヘスティア・ファミリアに加入した訳だが、その主神であるヘスティアは、当初加入に難色を示していたものの、結果的には良かったのかもしれないと思い始めていた。
かつて極度の人間不信に陥り、全てが敵だと云わんばかりの殺意を振り撒いていたあのイッセーが兄貴風を吹かせていて、ベルを導く毎日が楽しそうなその姿を見ていればそう思う訳で。
先日、あれだけ行くなといった例の店にロキの所の元士郎と共にベルを連れて行ったと聞いた時は流石に怒ったけれど、聞けばベルがダンジョンでひとめぼれした相手を探す為の情報収集だったとか。
ベルがそんな事になっていたと聞いた時は若いなぁと思ったのは決して自分の実年齢が信じられない事になっているからとかではない。
それよりも、なんだかんだ順応し始めたベルに対してヘスティアは自分は特に何もしていないことに気付いたので、イッセーに言われた通り、ここは少しだけ主神らしい威厳を示そうかなと、ベルにちょっとした武器をプレゼントしてみようと考えた。
無論、そこら辺に売ってる安物ではなく、上等な逸品を。
「………………」
「彼が戻ってきて漸くマシになるかと思いきや、結局おんぶにだっこ。
そして久々に来たかと思いきや、その行動の意味はなんなのかしら?」
「………………」
「芋虫みたいに丸まって床に額を押し付けて黙ったままでは困るのよ……」
「………………………」
だからヘスティアは自分の知る限りでは最高峰の武器を製造可能な人材のもとへと訪れてみた。
そして到着と共にいきなり、その友人に向かって清々しいまでの土下座を披露した。
当然その友人は仕事場の執務室にいきなりやってきてジャンピング土下座をかます友人に驚きと呆れ半々の気分で対応する訳だが、聞いてみるとどうやら噂の通り、あの
「私に直接作らせるとそれなりの金額が必要だってのはわかるわよね?」
「こ、これくらいでなんとか……」
友人ではあるが、ビジネスの事となれば話は別だし、友人同士であるからこそそういう線引きは大切だと思っている紅眼紅髮の女神ことヘファイストスは、かつて彼と一時的に別れる事になって完全に魂が死にかけていたヘスティアの面倒を見ていた仲を感じさせる口調で問い掛けると、彼女はそのビジネスの要である通貨を一枚出して見せた。
金貨……ではなくて銅貨を一枚。
「…………。それ、洒落のつもり?」
「一応僕は大真面目……」
金貨一枚ですら論外なのに、銅貨一枚で自身に直接オーダーメイドの武器を一本作成させようとする、堕落友人女神にヘファイストスは厳しい視線で睨む。
一時期、自分が主神を勤めるヘファイストス・ファミリアで彼を失って毎日魂が死んでたヘスティアの面倒を見ていたが、その当時からこういうビジネスを嘗めてる態度は変わってないし、完全に彼におんぶにだっこなのも変わってない。
「そこら辺の石ころでナイフを作るのですら、それじゃあ足りないわ」
「そ、そこをなんとかっ! これが今僕のお小遣いの全財産なんだ! だからお慈悲を! お慈悲を僕にください!!」
どこぞの鷹をモチーフにした悪の組織のダメ総統みたいな台詞を連呼しながら土下座を続ける友人に、ヘファイストスは『お小遣い制なのね……』と、この友人のファミリアの財政を握ってるだろう彼の判断に拍手を送りたい気分だった。
「彼が居なかったらとっくに破綻してたわね、アナタのところは」
「だ、だって……イッセーが『良いよ、俺が働いて金稼ぐから』って言うし……」
「その言葉をそっくりそのまま受け取ってどっぷり甘えるアナタの図々しさがある意味凄いわね」
「最初は勿論僕だって、そんな訳にはいかないって働いたさ! じゃが丸くん売りだって呼子だってなんだってしたよ! でもその時、男のお客さんにお尻を触られて、それを知ったイッセーが……」
「……………あ、そう」
訂正、どうやら彼もかなり別の意味で駄目なタイプだった。
思い起こせば、
聞いてみる限りだと、客にセクハラされたヘスティアの話を聞いて、イッセーがその時点で自分がその分も働く方向にシフトさせてヘスティアを甘やかしたのだろう。
………そのセクハラした客がその後どうなったのかの想像はしない方が良さそうだが。
「思い起こせば、彼はかなりアナタを大切にしてるものね」
「えっへへ~♪ そう思う~?
そうなんだよねぇ、ちょっと女にだらしない部分はあるけどイッセーはー――」
「長くなりそうだから話さなくて良いわ。
アナタが余計堕落してる理由がどうも彼にも少なからずあるってのは分かったし、取り敢えず今彼に連絡してアナタを引き取りに来て貰う事にするわ」
「ええっ!? ぶ、武器は!?」
「銅貨でやると答えるバカは居ないわ。
友人ではあるけどこれはビジネスよ」
「そ、そこをなんとか! な、なんなら出世払いで……!」
「出世しそうな見込みの無い者が言うだけ滑稽よ」
とにかくヘスティア一人では話にならないと、部下を使ってイッセーを呼び出す事にしたヘファイストスは、出世払いだのリボ払いだのと訳のわからない事を言いながら額を床に何度も激突させまくるヘスティアを無視した。
そして待つこと数分。タオルを頭に巻き、タンクトップに黒いスラックスみたいなズボンを履いたイッセーがビックリしたような顔でヘファイストスの仕事場にやって来る。
「ヘティ! お前なにしてんだよ!」
「う、い、イッセー……」
どこかで労働でもしてたのだろう姿。
タンクトップ故に上半身のラインが見えるのだが、首から下の腕や胸元に至るまで、まるで戦地帰りの歴戦の戦争屋みたいな傷が刻まれていた。
「すまんヘファイストスさん」
「銅貨一枚で私に直接武器を作れとしつこくてね、保護者のアナタに引き取りに来て貰ったのよ」
「ど、銅貨? ヘティ! お前この人に何を無茶言ってんだよ!?」
不在だった期間中、ヘスティアの面倒を見ていたというのもあって、他の女神と比べても大分話口調が丁寧なイッセーは、ヘファイストスの話を聞いてすぐさまヘスティアを叱る。
「だ、だってお小遣いがこれしか無くて……」
「アホかお前は! この方に直接武器製造をオーダーする時点で足りる訳がないし、なんだってまた武器なんか……」
「ベル君にと思って……」
「ベル坊に? その意気は認めるけど銅貨一枚は無いだろ……」
これが他の神々が未だ欲しがる最強の眷属の一人なのかと思うと、結構な物悲しさを感じるが、黙認で言われたらすぐ誰かを消しにいく様な殺し屋気質を持ってるよりは良いとヘファイストス個人は、ペコペコとヘスティアの後頭部を抑えながら一緒に頭を下げるイッセーに思う。
「本当にお手間掛けさせて申し訳ないっす。
でも根は悪い子じゃないので、どうかお許しを……」
「知ってるわよ。
……やっぱりアナタはヘスティアに甘いわね」
「他の人にもよく言われます。
多分きっと良い影響を与える訳じゃないのもわかってますが、どうもね……」
「………」
「ケチ」
「こらっ、ヘティ!!」
ヘスティアに甘い部分があるのは自覚してるらしい。
どうやら本人は一時的に彼女の前から居なくなって待たせた事に対する引け目があるらしい。
彼とロキのところに居る今はバラゴと呼ばれる暗黒騎士は、この世界とは別の世界を生きた人間である話はヘファイストスもヘスティアから聞いた事がある。
そしてその世界で、ある者によって豹変し、自分達を捨て駒の様に扱った悪魔達や、その世界の神達と戦って勝利し、決着をつけた話も……。
「アナタなら、その気になれば私を力で脅して言うことを聞かせられるけど、それはしないのね?」
「え!? とんでもない! 貴女に向かってそんな仁義の欠けた真似は死んだってしたくないですよ。
ヘティの面倒を見てくれた恩人ですし……」
「途中で我慢の限界で追い出したけどね」
「それでもです」
その力をもってすれば支配者にすらなれる。
だけど彼と元士郎は決してその様な事はしない。
「どうしよう、ベル君の武器……」
「まだベル坊には武器は早いし、今はちょっと恋に夢中な面があるからなぁ。
アレから調べた結果、どうやらその相手がロキの所のアイズって子だしよ」
「はぁっ!? ろ、ロキのあんちくしょうの所の子にベルくんは恋したのかい!? 駄目でしょうそれは!?」
「恋に良いも悪いも無いだろ。
ただ、元士郎から聞いた限りじゃ、仲間のベートのわんこくんがライバルになりそうだって話だが……」
それはイッセーにはヘスティアがそうさせ、元士郎にはロキがそうさせたのか。
「ぐぬぬ、ベル君の恋自体は応援したいけど、よりにもよってロキの所の子なんて複雑だよ……」
「ちょっと世間知らずな面があるけど、良い娘だろあの子は……」
「別に彼女が悪い訳じゃないよ、ただロキの影がちらつくのが嫌なんだよ」
変な人間。
一切見限る様子が見えないイッセーが、ヘスティアと腕を組みながら、何やら相談し合っているのを眺めながらヘファイストスは小さくため息を吐いた。
「良いかしら二人とも?」
「あ、すいません、勝手に喋って」
「ロキかぁ……うわぁ、複雑だよ」
自分もあまりイッセーの事は言えないかもしれないと内心自嘲しながら、ヘファイストスは口を開く。
「しょうがないから、アナタ達のやり取りに免じて条件付きで武器を作っても良いわ」
「え……?」
「へ? どうしたのさ急に?」
元々姉御肌で面倒見が良いタイプのヘファイストス。
なんやかんやで自分の右目に対してかつて晒しても特に恐怖を示さなかったヘスティアやイッセーの事は気に入っていた。
「仕事はこちらで紹介するもので、実働八時間。ヘスティアにも仕事をさせるという条件よ」
「ヘティにもっすか……」
だからこそ、ヘスティアのこのイッセーに対する甘え癖だけは改善させないといけない気がする。
無いとは思うが、調子に乗り過ぎてイッセーがヘスティアに愛想を尽かして永久に去られたら悲しすぎるので。
「それ、実働16時間にして絶対に休まないから俺一人に……」
「駄目。
アナタのその無尽蔵の体力なら可能でしょうけど、それではヘスティアの為にはならないわ。
大丈夫、紹介するお仕事は同じにしてあげる、これならアナタも安心でしょう?」
「むぅ……」
やはり無意識にヘスティアに対する甘やかし癖がついてるイッセーにヘファイストスは断固として受け付けず、紹介する仕事を同じにする条件をつける。
それでもイッセーはヘスティアを見ながら難しそうに唸っているが。
「アナタが来る前にヘスティアから聞いたけど、以前少しだけヘスティアは働いたらしいわね? 勤め先の客にセクハラされたから辞めさせたって」
「あー……まあ。確か異様にムカついて、そいつ探し出したあと、殺さない程度に痛め付けてからヘドロの貯め池に――」
「はいはいはい、それ以上は言わなくて良いわ。
そこまで不安なら、アナタが見ながら一緒に労働すべきよ。
じゃないと本当に駄目になるわよヘスティアが」
「うーん……」
「僕は別にイッセーと共働きでも良いけど……」
ヘスティアに関してのスイッチが入ると見境がなくなるらしいイッセーにヘスティアも、流石に今の状況の自分が駄目なのは自覚してたようで、働く意思を示す――
(イッセーと一緒なら、変な所にフラフラ行く事も少なくなりそうだしね! あの店の猫店員とかに色目を向けられるのも嫌だし!)
(…………。別の思惑があるって顔ねヘスティアは)
――てのは建前で、女関係に微妙にだらしないイッセーをより近くで牽制する思惑があったらしく、その表情を見事にヘファイストスに見抜かれていた。
「わ……かりました。
じゃあお願いします」
「商談成立ね」
「なんかすいません、またお世話になっちゃいまして……」
「アナタ達を見てるとどうもね……甘いって自覚はしてるけど」
「だったらタダでやってくれても……」
「ヘティ!」
「い、嫌だなぁイッセー、冗談だって! あははは!」
こうしてこの世界最高峰の武器職人との商談が成立した。
ヘスティアの労働復帰という、普通なら割安すぎる破格のお値段で。
そしてその帰り道……。
「俺は果てしなく不安だぜヘティ」
「バイトくらいの経験はあったし、そこまで心配しなくても良いじゃん?」
「そりゃ知ってるけどさ。
たまに思うんだよなー」
「? 何が?」
ヘファイストスにペコペコと何度も頭を下げながらその場を後にに、ホームへと帰る道中、労働復帰となったヘスティアに対する不安感を顕にするイッセーが言う。
「お前が知らん男に何かされてるの見てると、時折そいつに対して殺意が沸くっつーか。なんだろねこの意味不明な気分は? お前がバイトしてた時の例の話聞いた時は危うく本当にその野郎を殺しそうになったからなぁ」
「凄まじく怖い顔してたっけ、あの時のイッセー」
「またあの意味不明な殺戮衝動に駆られるかもしれないと思うと不安だし、ヘファイストスさんから紹介される仕事がどんな仕事か知らんけど、お前が知らん奴にまたペタペタ触られてるの見たら………多分俺やらかすかも」
大真面目な顔して言い切る危険人物極まりない台詞に、ヘスティアはちょいと驚くものの、結構嬉しい気持ちだった。
というか、分かってないのがまたイッセーらしかった。
「たまに思うけど、やっぱりイッセーって僕のこと好きでしょ?」
「? おう、好きだけど? じゃなかったら一緒に居ないだろ?」
「いやそういう意味じゃなくてさ……。
これでよくベル君に対して偉そうに恋なんて語れるね……」
「なんだよその呆れた目は? なんか腹立つなこんにゃろ!」
「ふへにゃ!」
ちょっとバカにされた気がしたイッセーがヘスティアの頬っぺたをムニムニしてやる。
「おお、やっぱ柔っこいなヘティのほっぺ」
「もう! お返しだよ!」
「うひひひ! く、擽るなよ!」
そしてお返しにヘスティアがイッセーを擽る。
「このやろ! 乳揉むぞコラ!」
「へへんだ! 別に良いよーだ!」
「言ったな!? 俺に今いいって言ったな!? よっしゃ! 覚悟しろこのやろ!」
「揉まれるどころが寝ぼけて吸われたし、今更感があるからね」
「ちょっ……!? そ、それは言うなよ、微妙に恥ずかしいぜ……」
なんだかんだ仲はかなり良い二人は、すれ違う人々達めっちゃ見られたり聞かれたりしてヒソヒソされてる事に気付かずにお家に帰るのだった。
補足
一回捨て駒扱いされてる苦い経験があったせいか、表裏が無いヘスティア様に対する信頼感が若干強すぎる模様。
その2
基本的にヘファイストスさんには頭が上がらないらしく、どこかのしつこい美の女神様と違ってかなりペコペコ対応。
なので、ヘファイストス様は地味にその美の女神様に逆恨みされてる噂が……。