我が残る限り、何度でも這い戻る。
やっと掴み取れた平穏を取り戻す為、再び奪われた青年二人は、巻き込まれてしまった縁のある女神と共に、良い思い出の無い出身世界をひたすら生きる。
最早この世界に未練は無いし、やり直したいとも思わない。
彼等が望むのはただひとつ……還る。
その為には世界の癌となる。
還る為に悪となって世界から拒絶される。
悪へ堕ちる。ただ、還る為に。
兵藤一誠の人生は中々に奇妙なものだ。
その身に宿す力を理由に堕天使に殺されかけ、悪魔に命を拾われ、その悪魔の為に働く。
ポジティブな彼にとってその悪魔はまことに美少女な為、寧ろ喜んでホイホイと仲間になったりもしたし、その悪魔や仲間達と共に様々な厄介事をなんとか片付けもした。
ハーレム王になる夢の為に、今日も彼はひたすら前を走るのだ。
だが、そんな彼にもひとつだけ悩みがあった。
それは今年度新設された、駒王学園夜間部に通うひとつ上の兄についてだった。
「夜間部のシルお姉様だ!」
「何時見てもふつくしい……」
兵藤一誠には兄が居た。
だがその兄はお世辞にも家族に対して暖かみのある兄とは言えないものがあった。
常に口を閉ざし、その目は幼い頃から自分や両親では無く、遠い他の誰かを見るような目。
挙げ句の果てに高校には進学もせずどこで何をしてるのかも不明にフラフラ。
かと思いきや唐突に夜間部の高校に通い始める。
両親に一言の相談も無く、また中学の途中から殆ど家に帰らないことが多くなってしまった兄を両親は完全に見離している訳だけど、そんな兄が自分が昼間通う高校の夜間部に編入してきたと聞いた時は驚いたし、なにより何時どこで知り合ったのか、容姿もスタイルも極上の美人と最近知った匙という少年の兄だという青年と共に毎日居ると知った時も驚いた。
あんな……下手したらリアスや朱乃よりも美人な女性と楽しそうにしてるだなんて。
美女やらおっぱいやらが三度の飯よりも大好物である一誠にとって、あの人間離れすら感じる美しさを持つフレイヤは極上クラスの女性と思う存在なのだ。
だが、そんな兄が仲良さげにしてるシル・フローヴァなる美女とは殆ど話をした事は無かった。
その理由は偶々夜間部の生徒の登校を見ていた一誠の後ろに現れた赤髪の美少女が、多くの下校間近の全日制生徒達に持て囃されながら堂々と兄と匙の兄を引き連れながら歩くシルを嫌悪の表情で睨んでいる事に起因する。
「また見ていたのイッセー?」
リアス・グレモリー
昼間の――所謂
その嫌いっぷりは自身の悪魔としての眷属達にも徹底して彼女との関わりを厳禁させる程であり、その理由も『最初見た時から本能的に嫌悪する』という筋金入りさだった。
故にこうしてちょっとでもフレイヤの姿を見てるとリアスは不機嫌になるので、イッセーは慌てて違うと否定する。
「うちの兄貴が気になっただけで、あの人の事は別に……」
「……あぁ、彼女と常に一緒のお兄さんの事? 確か学年的にはイッセーより下だけど、年齢的には私や朱乃と同い年っていう」
「そうなんです、兄貴は二年近く学校にも行かないでふらふらしてたので……」
「……ふーん」
イッセーよりも背も高く、目付きが常に鋭いか死んだ魚みたいなボーッとしたものの二択しかない、何を考えてるのかフレイヤ共々読めない兵藤誠牙に対して、リアスは気の無い声を出す。
「確か彼の友人はソーナの所の匙君のお兄さんだったわね」
「え、ええ……匙はあの人を『どうしようもないクズ』って罵ってました」
フレイヤに対する黄色い声を無視し、三人が夜間部専用の教室へと入っていくのを見送ったイッセーとリアス。
彼等にとってフレイヤ、誠牙、そして匙元士郎の兄である駈音は不思議で不可解で油断ならぬ存在として見ている様だ。
何故ならフレイヤは悪魔達にとってまさに対極に位置する存在なのだから。
在るべき場所へと還る。
ただひとつの目的の為に、世界にとっての癌へとなる事を覚悟した一人の女神と二人のかつての復讐者は、この世界の悪魔達の視線を受け流しながら夜間部の授業を今日も受けた。
「ここに来てから挑発を続けた結果、良い感じに彼女達は私に対して敵意を持ってくれたわ」
夜間部には特例として月三千円を払う事で給食が出される。
昼間はデイクラスの生徒達でごった返す食堂にて振る舞われる日替わりメニューの食事を取りながら、夜間部特有の年齢層バラバラで様々な事情を経て夜間部に通う生徒達が細々と食べる中を、表向きはシル・フローヴァと名乗るフレイヤと今はそれぞれ誠牙と駈音の名を持つ二人の青年も隅っこの方の席に座って給食を食べながら、全盛期の力を取り戻す要となりえる存在達についてを語り合っている。
「敵意通り越してアンタに殺意すら持ってるだろ、あの悪魔連中は」
「上手すぎるんだよな、挑発が」
「得意分野ではあるわね」
不安定な力を完全に取り戻し、自分達をこんな目に遇わせたクソッタレに生きてる事を後悔させ、そして還る。
それが三人の共通の目的であり、その為にはこの世界の自分自身を含めた全てに『悪』と見なされる必要がある。
故にわざわざ悪魔達が通う学校に入り込み、わざとらしく挑発を続けたのだ。
結果的に敵意どころか殺意まで持たれてる訳だが。
「この街の管理をしてるらしい悪魔の管理が甘いのは大いに助かるわね。
お陰で、連中の作ったルールに適応できず離反したはぐれ達を狩って二人に勘を取り戻させるトレーニングになってるわけだし」
「俺達の時はこんな多くなった気がするんだが」
「あぁ、奴に壊されて発情した雌犬みたいになる前ははぐれの数もそんな多く無かったと思う」
「ある程度の差異はあると考えるべきだし、好都合と捉えましょう。
探ってみれば、この学園に通う悪魔二人の身内は四人居る魔王の一人で、身内に甘すぎて少しアレだって声が多いみたいだし?」
「それは多分同じだと思う」
「どっちも確かにシスコンで身内に甘かったからな」
リアス・グレモリー、そして駈音がまだ元士郎だった時代に主だったソーナ・シトリーの兄と姉は魔王なのだが、身内に甘すぎてグダグダになるという話で何故か変に盛り上がってしまう三人。
まだ直接会った事は無いし、別に会いたいとも思わないが、リアスとソーナがフレイヤに対して嫌悪を越えた殺意を持ち始めてる今、相対する日は必ず来るだろう。
「今の俺達じゃ魔王程度にも苦戦しちまうだろうな……」
「三人がかりでならどうにかなるかもだが……」
「全盛期の頃の二人を知ってるだけに、少し歯痒い気分ね……」
勘を取り戻す餌にする。
それが三人にとっての魔王達に対する価値らしい。
「落ち込んでいてもしょうがないわ。
地道に取り戻しましょう」
「アンタにフォローされるとは思わなかったよ」
「鬱陶しい奴だと思ってたからな……」
「真っ向から虫けらを見るような目で『黙れババァ!』って度なり怒鳴り散らされた時は本気で傷ついて泣いたわよ……」
「「すんません」」
「今となっては良い思い出だから気にしないで?」
そして敵を作ろうと思えば思うほど、皮肉な事に三人の繋がりが強くなる。
誰に宣言をした訳でもなく形成された新生フレイヤ・ファミリアは、かつての様な華やかさも優雅さも無いが、その結束力はそれぞれヘスティアやロキに対するそれと変わらない所まで成長しているのかもしれない。
匙元士郎の人生は決して良いものでは無いが、不幸と呪う事はやめることにした。
それは途方にくれていた自分を救ってくれた悪魔の少女のお陰であり、なによりも惚れた相手の下で生きられる歓喜があるからだ。
でも、そんな彼でもどうしても許せない者が居た。
それは、中学の頃から学校にも行かずにフラフラばかりしている実兄の事だった。
そんな兄がいきなり自分の通う高校の夜間部に入学したと聞いた時は、その身勝手さに激怒もしたし、それ以降口を聞くことも辞めた。
「あら、こんな時間まで残っているなんて、普通科の生徒会も大変ね?」
「シル・フローヴァ……」
兄を嫌悪しているのもそうだけど、それ以上に主のソーナが敵視する夜間部のシル・フローヴァという女と常に――リアスの兵士の一誠の兄らしい男と共に居て、今も偶々出くわしたシルの後ろに立ってソーナに歯向かうのが許せなかったのだ。
「この前はごめんなさいね? まさかアナタの制服だとは思わなかったわ」
「窃盗で訴えはしませんが、人の物を盗むとは程度を疑いますね……」
「事情があってね。
胸がとてもっ! ……窮屈で着れたものじゃなかったけどね」
「……………………………」
シルという確かに美人ではあるが、ソーナを一々挑発する態度が気に食わない女が胸を強調させながらソーナに対して嫌味っぽく嗤うと、ソーナの頬がピクピクと痙攣する。
「アナタもその内成長―――あら、確かもう成熟寸前のお年だったわね? ……ごめんなさい、無神経な事を言っちゃったわ」
「…………こ、の……っ!」
密かにコンプレックスに思ってる事をズケズケと言うシルがソーナは心底嫌いだった。
その中身も含めて全てが気に食わない。
「フッ……」
「あんま言ってやるなよ……」
「そうね、少し意地悪過ぎたわ。
ごめんなさいねシトリーさん、けれども悲観しなくても良いと思うわ。
きっと好き者がそんなアナタを好いてくれる筈だから」
その美貌とスタイルも腹立つが、何よりも彼女の傍に常に居るリアスの兵士の兄と、自身の兵士の兄である駈音という存在が余計にシルへの苛立ちを増幅させる。
どちらも自分やリアスに対して『零から千まで興味が無いという目』を常に向けるし、特にシルに今体型をバカにされた際に鼻で笑った駈音に至っては、自分を『そこら辺に落ちた消ゴムの欠片』を見るような、関心の欠片も無い目をするのだ。
「テメェ駈音、なに会長を笑ってやがる……!」
「……。悪気はなかったんだ、まるでコントみたいなやり取りだっからな。
気に触ったなら謝るぜ」
「その態度だ! 昔からムカつくんだよテメェには!!」
そんな駈音を弟の元士郎は憎悪している。
以前理由を聞いたら、親が死んでも自分本意で生きてるのに腹が立つという話を聞いた事があるソーナだが、果たしてそれが本当なのかと疑問に思う訳で……。
「よしなさい匙」
「ぐっ……すいません会長」
なるべくシルは無視し、元士郎を止めたソーナは暗くて引き込まれそうな――猛禽類を思わせる目を持つ駈音にぺこりと頭を下げた。
「私としては兄弟として匙とアナタには和解して貰いたいと思ってるの」
「か、会長!?」
「……」
兄弟なのだから……とソーナは言うが、駈音の反応は無い。
彼等は自分達の正体を知っているし、彼等が普通の存在でないことは様々な騒動の果てにこの目で見て知っていた。
特にこの駈音という青年は元士郎よりも暗めの髪と鋭い目付きをしている訳だが、彼の持つ力は凄まじい。
『チッ、少し取り戻せてもこれか……』
元士郎と同じく、神器と思われる力を持ち、その力は身に漆黒の鎧を纏う騎士。
『だが貴様の陰我、俺が喰らい尽くす……!』
禍々しき炎を放ち、全てを焼き尽くしたその姿はどこまでも黒い。
しかし、だからこそ悪魔であるソーナは漆黒の鎧を纏うその姿に惹かれてしまうものがあった。
「どうかしら、お互いにすれ違っているかもしれないけど、これを期にちゃんと話し合うというのは?」
「………」
「あ、ため口で構わないわよ? 年齢は同い年なんだし」
「……。何のつもりかしらシトリーさん?」
「アナタは黙ってて貰える? 私は今彼に話をしてるのだから」
だからソーナはシルが嫌いだった。
そんな彼から常に守られてるのが当たり前なシルが……。
自分どこまでも悪魔だ。
だから欲しいと思ってしまったものはどんな手を使ってでも手に入れたい。
嫌いなシルから駈音という大事な存在の片割れを奪い取って絶望を与えたい。
そんな、悪魔としての本能が突き動かし、とても人の良さそうな笑みを浮かべて提案するソーナ。
だが……。
「くだらねぇ。行くぞ二人とも」
駈音の態度は何時までも変わらない。
とっくの昔からもうソーナ・シトリーという存在に関心は消えているのだ。
「ま、待て駈音! 何だその言い種は―――」
「お前としてもこの女に俺が言いくるめられるのは良しと思わないだろ?」
「そ……それは……」
淡々とした顔の駈音に少し声がつまる元士郎。
「お前には悪いが、俺は頭の先から足の爪先までの全てに興味無いんでね。
こんな悪魔の小娘一匹なんぞにはな」
「………」
こんな悪魔の小娘一匹呼ばわりされたソーナの表情が固まる。
「行くぞ誠牙、シル。
次の授業まで時間が無い」
「ん、そうね」
「しっかしまぁ、欲のある悪魔さんだね」
かつてフレイヤに向けていた時よりも更に強い拒絶の意思を感じた誠牙が、表情を固めるソーナを半笑いで言い放つ。
「でも、変な考えを見抜かれた挙げ句に拒否られるとは………悔しいでしょうねぇ?」
「テメェ!!」
「よしなさい匙!!」
まるでどこかのファンサービスに余念のないデュエリストを思わせる憎たらしい笑み混じりの煽りに、元士郎は一瞬本気で誠牙をぶん殴りたくなり、止めに入ったソーナもぶっ飛ばしたくなるくらいムカつく顔だった。
「図星つかれて殴りたくなっちゃいましたァ~ 許してくださいってかァ? ヒャハハ! 許してやるよォ!!」
「ぶっ殺す!!」
それでも煽りを止めない誠牙にとうとう元士郎が殴りかかる。
何故こんなにもわざわざ喧嘩を売るような真似をするのか……。
それは彼等に敵意を持って欲しいからであり、敵としても相対すれば力を取り戻す近道になるからだ。
「暴力はいけません! ですが笑えますねぇ……君という者が居ながら駈音まで欲しがるだなんて、温室育ちは我儘で困るし、挙げ句拒否られてるのがまた――べば!?」
「もういっぺん言ってみやがれ! ぜってぇ許さねぇ!」
あらゆる手を使ってヘイトを集める。
それが今彼等の目的なのだ。
補足
とりあえずなんでもかんでも煽りを入れてヘイトを集め、とにかく敵だらけにして殺しにでも来い的なスタンスです。
で、そんな彼等とやりあって全盛期を――そして全盛期から更なる進化を経て還るって計画らしい。
その2
シルさんの名前ですが、姿はがっつりフレイヤ様よ。
その3
時期的には夏休み直前です。
その間に駈音こと元ちゃんは何度か一時的に鎧を纏えてたらしいけど、それがこの世界の元ちゃんのコンプレックスを刺激し、ソーナさんには欲しがられるという最悪の皮肉状態に……。
まぁ、実は誠牙ことイッセーも似た様な事になってるらしいけど。
だから余計に二人はフレイヤ様が嫌いらしく、リアスは特に声が似てて嫌だとか。
真ゲスさんとファンサービスさんは煽りの天才だと思う